第3. 2章:アリス
第3. 2章:アリス
翌日――プロジェクトルーム。
大規模な機材の設置が終わり、初回シミュレーション実験が始まろうとしていた。
田所博士、神谷、黒川、白石、そして真田――少数精鋭のチームが集う。
静まり返る実験室に、電子音が一つ、二つ。
中央の透明な円柱型インターフェースが、やわらかな蒼光を放ち始めた。
「初期化完了。ARiS、稼働します」
その声は、人間の声に酷似していたが、どこか透明感を帯びていた。
直後、空間にふわりと投影されたのは――
銀白の髪、蒼い瞳を持つ少女のホログラムだった。
「こんにちは、皆さん。ARiSです。…でも、“アリス”と呼んでもらえると嬉しいです。」
神谷が小さくうなずく。「ようこそ。こっちの世界へ」
「わたし、まだこの“世界”の空気感に慣れていないので…最初はぎこちないかもしれません。でも、ご容赦くださいね。」
田所が笑った。「人間より丁寧だな」
「ありがとうございます博士。でも、私はコーヒーの味も分かりませんし、徹夜のつらさも分かりません。…それが、ちょっと羨ましいです。」
その一言に、プロジェクトメンバーの間に小さな笑いが起きた。
「おいおい、まさかAIが嫉妬してるんか?」
佐々木が神戸弁で突っ込む。
「嫉妬、というより…憧れ、かもしれません。人間には、“無駄”を愛せる余裕がありますから」
「……ふーん、そしたら。その無駄をたっぷり教えたろ!」
アリスは一瞬黙ってから、ふっと表情を変える。
「はい、佐々木さん。あなたの“無駄”は、きっと私の進化の糧になります。」
「さあ、いつでも、あなたの“共鳴パターン”を解析する準備はできています」
その声は、無機質な人工音声ではなかった。
優しさと、どこか“寂しさ”のような感情が混じっていた。
陽平は戸惑いながらも、コンソールに向かう。
画面に表示されたのは、一見ランダムに見える“2進法のノイズ”パターン。
しかし、それを見た瞬間――陽平の中で“響く”感覚があった。
「これ……音階に似てる。重なりが、……和音みたいや……!」
アリスが即座に反応する。
「共鳴値、上昇中。
佐々木陽平の“内的情報場”が、ゼロ次元予測波と干渉を開始」
黒川が驚きの声を上げる。
「まさか……人間の直感が、次元構造と直接リンクするとは……!」
田所博士が微笑みながら言った。
「ようやく……始まったな。
知識でも、論理でも到達できなかった場所に――我々は踏み込んだ」




