序章 後編
高さ約100メートル、幅20メートル、厚さ5メートルの完全な直方体。
漆黒の表面は一切の反射を拒み、夜の闇よりも深い。
監視衛星が感知した後、最初に肉眼で目撃したのは、気象庁の観測技師だった。
「星が一つ、消えたように見えたんです……」
数分後、各国の軍事衛星、気象機関、民間観測チームが一斉に騒然とする。
しかし、誰も“それがいつ、どのようにして出現したのか”を説明できなかった。
ただ、気がついたときには「そこに在った」。
【午前4時12分の出現から、わずか8時間後】
午前中のニュース番組は、すべて通常放送を中断し、「特別編成」へと切り替えられていた。
テレビ画面には、東京上空に静止する黒い直方体の巨塊――「モノリス」が、くっきりと映し出されている。
しかし、どのキャスターも専門家も、言葉を失っていた。
「政府は現在、緊急対策本部を設置……ただちに詳細を――」
「……これは、隕石でも、気球でも、ドローンでもありません……」
SNSは瞬く間に炎上した。
「UFOか?」「地球外知性体の警告?」「終末のサインだ」「AIの反乱だ」
タグが乱立し、トレンドは1分ごとに更新され、情報と憶測と恐怖が、世界中を駆け巡った。
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■ 市民の混乱
モノリスを見上げながらやがて、走り出す者、膝をついて祈る者、絶叫する者。
「おい、なにアレ!? 止まってるぞ! 空中で!」
「え、飛行機!? やばい、ぶつかる!」
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SNSは一気に“謎の物体”で埋め尽くされた。
だが次の瞬間――地下鉄の運行がすべて停止した。
「現在、全線で運転を見合わせています。上空における不審物体の影響により――」
新宿駅構内のアナウンスが繰り返される。
だが、言葉が終わる前に乗客たちが一斉に出口へと走り出す。
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■ 地上:渋谷スクランブル交差点
大型ビジョンに映し出されたモノリスの映像が、不気味にノイズ混じりに明滅する。
「人工衛星がジャミングされてるって……」
「誰かの兵器じゃないの? やばくない?」
逃げ惑う人々。
車道を塞いで動けなくなったバス。
信号が狂い始め、衝突音と叫び声が交錯する。
警察官が拡声器で叫ぶ。
「落ち着いてください!地下へ避難を――」
だが、地下鉄も、スマホの通信も止まっていた。
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■ 空を見上げる子ども
そんな中、逃げ遅れた子どもが、一人だけ空を見上げていた。
その目には、恐怖ではなく、不思議な懐かしさが宿っていた。
「……なんで、泣いてるの?」
空に浮かぶ漆黒のモノリスは、何も語らない。
けれど、その無言の存在が、人間の“何か”に直接訴えかけているような錯覚を、誰もが抱いた。
通勤電車は止まり、株式市場は開かれる前に急落。
コンビニやスーパーには人が殺到し、水と保存食、携帯バッテリーが即座に売り切れた。
一部の地域では暴動と略奪も始まった。
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■ 政府・宗教団体・学術界の反応
【首相官邸・記者会見】
「――現時点では、この物体が敵対的意図を持つものかは確認されておりません。」
官房長官の言葉は、逆に国民の不安を煽った。
【バチカン】
「これは“裁きの日”の予兆である」
ローマ法王の声明が、全世界の宗教者に広がりを見せた。
【MIT・CERN・理化学研究所】
「現在の物理法則では、あの存在を説明できない」
記者たちは絶句し、質問が止んだ。
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そして誰もが思った。
「これは、ただの事件ではない。世界が変わる“起点”だ」と。
日本政府はただちに緊急対策会議を招集。
航空自衛隊がスクランブルをかけ、光学観測とレーザー測距を試みるが、すべて無効。
レーダーにも、熱源にも、その“物体”は一切の反応を示さなかった。
そして――
あるニュースキャスターが、こう呟いた。
「まるで……誰かに“呼びかけられている”ようです。」
人類の知性が初めて、**“ゼロ次元からの呼び声”**を耳にした瞬間だった。




