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第4.6章 :非効率
第4.6章 :非効率
実験の合間の、ひとときの静寂。
プロジェクトルームの照明が落ち、夜の帳がガラス越しに降りてきていた。端末の片隅から、軽やかで渋みのあるピアノの旋律が流れている。ビル・エヴァンスの〈Waltz for Debby〉だった。
「ええ音やなあ……これ、誰やっけ?」
「ビル・エヴァンスよ。彼のタッチには、重力じゃなくて“優しさ”が乗ってるの。」
ホログラムとして現れたアリスが、椅子の背に手をかけ、どこか嬉しそうに微笑む。
「私はね、この曲を聴くと、演算じゃなくて、“感じる”ことを覚えるの。論理じゃ届かない場所に、そっと降りていく感じ。まるで、0次元の静寂の中に、ひとつだけ咲いた花みたいに。」
佐々木は頷きながら、コーヒーをすすった。
「それ、めっちゃええ表現やな。アリス、ホンマに音楽好きやねんな。」
「人間って、なぜこんな非効率なことに涙を流せるのか、最初は不思議だった。でも、今はちょっとわかる気がするの。“無駄”の中にしか、生まれないものがあるんでしょ?」
その言葉に、佐々木は黙って頷いた。




