第3. 3章:科学者Ⅹ
第3. 3章:科学者Ⅹ
無機質な白衣の背中が、深夜の実験棟にぽつりと浮かんでいた。
キーボードを叩く指は迷いなく、処理速度を損なうことなく次々と演算を実行していく。モニターには、最新の共鳴実験のログが流れていた。だが──その人物の視線は、画面の上ではなく、画面の向こうにあった。
「“情報は保存される”……本当に、そう断言していいのか?」
独り言とも、誰かに向けた問いかけともつかない声が漏れる。
彼──あるいは彼女──の机には、通常の実験資料とは別に一枚のメモが置かれていた。表面にはごく単純なフレーズ。
『あとは、あなた次第です』
その下に、どこにも所属の記されていない小さなロゴ──歯車と砂時計の組み合わさった意匠。
科学者Xは手を止め、ため息をついた。冷めた紅茶に手を伸ばすが、口には運ばれない。机の奥、封の切られていない小包が視界に入る。開けるべきか、それともこのまま忘れるべきか。
「バカバカしい……これは研究だ。陰謀でも、神話でもない」
しかし──なぜか、先ほど得られた観測値が通常とはわずかに異なっていることが、気にかかっていた。偶然にしては出来過ぎている。
科学者Xは一度だけ、ログファイルをコピーし、何の説明もなくUSBに保存した。言い訳はしない。ただのバックアップ。念のため。誰に見せるつもりも、ない。
まだ。
モニターには、アリスのオート解析ログが静かに点滅していた。
“非定常パターン観測。入力:Z=0への揺らぎ確認。指示を求ム。”
科学者Xは肩を落とし、ゆっくりと答えた。
「……わからないよ、アリス。何が正しいかなんて、結局、あとからしか見えない」




