序章 前編
20××年 東京上空
物体は既に浮かんでいた・・・
0次元からの呼び声
序章:静寂の中の呼び声
~世界はなぜ沈黙したのか~
21世紀半ば――世界は音を失ったように、静かだった。
膨れ上がったSNSと動画、無限に流れるニュースと広告。
情報は溢れているのに、人々の心は沈黙していた。
「もう、夢を見る時代じゃない」
誰もがそう思っていた。
経済は停滞し、技術革新も足踏みを始めた。
気候変動、格差、戦争の記憶――問題の存在を知っているのに、声を上げることは“無駄”だとされていた。
挑戦は、笑われるものになった。
革新は、打ち捨てられた理想論として忘れ去られた。
“現実的”であることを求められ、未来を語る者は静かに退場させられていく。
そんな中で、世界の片隅に、一人の物理学者が立ち上がった。
田所直哉――
かつては量子物理学と情報理論の両分野で業績を残したが、今では大学を離れ、どこか得体の知れぬ理論に没頭している男だった。
彼がネットに投稿した一本の動画が、すべての始まりだった。
「我々は、ゼロ次元と交信できる。
それはこの宇宙が、“情報”によって構成されていることを意味する。」
「ゼロ次元と交信する」――
その突飛な響きに、人々は笑い、蔑み、無視した。
だが、同時にそれは、“何かが始まる音”でもあった。
動画のリンク先には、クラウドファンディングのページがあった。
計画の名は――「シン・オオハタ予想計画」。
宇宙の本質は、次元ですらなく、最も純粋な“情報”でできている。
その情報は、かつてゼロ次元という「始まりなき始まり」に潜んでいた――。
その理論は、どこか禅問答のようで、論理と非論理の境界をなぞるような危うさを孕んでいた。
だが、ある種の人々には“それ”が響いた。
数学者、思想家、哲学マニア、そして――まだ名もない一人の若者。
計画の公開から3日後。
世界は、決して戻らない地点を超える。
【時刻:午前4時12分 場所:東京都上空】
その瞬間、誰もがまだ眠っていた。
だが、監視衛星が最初に異変を感知した。
東京23区のほぼ中央――霞ヶ関上空、およそ1,000メートル。
「それ」は、あまりにも静かに、あまりにも唐突に、そこに“存在”していた。
音も、光も、熱も伴わず。
どのレーダーにも映らず、通信波も乱れない。
空間の“密度”だけが、僅かに異様な圧を放っていた。




