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その時、彼女は

 捕まった、というニュースは、ある日私の日常に飛び込んできた。

 

 インフルエンサーの女逮捕ーー


 なんて事のない昼のバラエティ番組の報道。いつもなら見過ごしてしまいそうなそのニュースが目に止まったのは、SNSよりと書いてある画像が、私の見覚えのある写真だったからだ。

 あまり派手ではなく、それでいて、普通よりもちょっとかわいい女の子。映っているのは、間違いなく、凛ちゃんと凛ちゃんママだった。


 まず、心配したのは、自分や結菜も写っている写真が使われていないか、だった。幸いニュース画像には、私たちの写真は使われていない。


『SNSは、過激な写真の方が反響が出やすいという側面があり…』


専門家という人が何やら話しているのを聞き流して、インスタグラムを開く。凛ちゃんのアカウントを開いた。


『最低』

『くそ親』

『虐待してたなんてありえない』

『死んで償え』

『虐待乙』


 ありとあらゆる罵詈雑言が、凛ちゃんの最新の投稿写真に書かれていた。スイスイッとスクロールして、過去の写真を見る。

 やっぱり消されていなかった。


 過去に凛ちゃんと一緒に写った写真がアップされたままだ。この写真が他の人にも見つかったら、私のところまで飛び火するかもしれない。特定でもされたらどうしよう。

 一刻も早く消してほしくて、メッセージで消して欲しいと送った。だけど、反応はあるわけもなく、私は他のママにメッセージを送ることにした。


『久しぶりー!忙しいところにごめんね。凛ちゃんのニュース見た?』


 海外にいる芽依ちゃんママは論外だから、とりあえず笑茉ちゃんママに連絡することにした。咲良ちゃんママみたいに意識低いママに連絡しても仕方がないし。


 なかなか返信がなくてイライラする。気を紛らわせるために家事をしていると、メッセージをして1時間以上経ってから返信があった。


『久しぶり!ニュース見たよ…めちゃくちゃびっくりした…そんな素ぶりなかったのにね…』


 私はすぐに返信する。


『本当そうだよね…なんか今までの凛ちゃんママの投稿に私たちも写っているじゃない?なんか、こちらにまであらぬ疑いとかかけられてないか不安で…写真とか消してもらえないものなのかな…」


 今度は、すぐに返信がきた。


『そうだよね…私知り合いに弁護士いるから、ちょっと聞いてみるわ』


 やっぱりこういう時に役に立つのは、顔が広くて、いい育ちの人だ。

 旦那に相談したら何してるの?と呆れられそうで、かといって、私の周りに専門家もいないし、どうしたものかと思っていたから、よかった。


 凛ちゃんママは見栄っ張りなところがあるな、とは前々から思っていた。話していて、多分CAというのも旦那さんが国家公務員というのも嘘だなと気づいていた。大学時代の友人にCAの子がいたけど、福利厚生の内容が微妙に違っていたし、持ち物も貧相だったから。会話していたら、だいたい相手がどういう人なのかは、わかる。どうせグランドスタッフとか、そういう感じなんだろうなと思っていた。本人はバレていないつもりだったみたいだけど。


 インスタグラムで一旗上げたかったのかもしれない。犯罪者になって、写真付きで報道されて、アンチも含めてフォロワーも増えて、ある意味、願いは叶ったといえるのかも。


「ただいまー」


 玄関の鍵が開く音と共に義理の娘の葵ちゃんの声がした。

 今日は水曜日だから、昼までで学校は終わりだ。


「お帰りなさい」


 私はいいお母さんの顔をして、結菜と一緒に玄関に顔を出す。


「葵ちゃん、まずお勉強する?」

「うん。優子さん、今日のおやつは何?」

「今日は、クッキー焼いたよ。葵ちゃんの好きなチョコチップ」

「やった!勉強頑張れる」


 義理の娘の葵ちゃんとは程よい距離の関係を築けている。

 葵ちゃんのことは、かわいいと思ったことも、愛しいと思ったこともない。私のことをいつまでも「お母さん」ではなく「優子さん」と呼ぶ子を、自分の実の子と同じように愛せるはずがない。

 一方で、親に捨てられた可哀想な子だなとは思っている。母親に選ばれなかった子。


 葵ちゃんは、将来医者になりたいらしい。たくさん手術をして、たくさんの患者さんを救いたいという。それは、実の母親の受け売りだということは、薄々勘づいている。


 夫の前妻は、外科医だった。優秀で美人で鼻持ちならない女。家庭よりも仕事を選ぶ女。私は仕事に専念したいから子供の親権はいらない、とあっさり捨てることのできる女。

 だから、夫は、正反対な女を自分の後妻に添えたのだなとわかった。前回の失敗を活かして、仕事よりも家庭を選ぶタイプの、専業主婦志望ですと言っているようなタイプの、私を選んだのだ。

 だから、私は、毎日家にいて、葵ちゃんの帰宅時間に合わせてお菓子を用意して待つ。塾のある日には、塾弁を作って持たせて、遅くなる時は駅まで車で迎えに行く。これは私が果たす義務だ。義務と引き換えに、私は働かずに毎日家で過ごすことと、夫の稼いできたお金を好きに使うことが許されている。

 不満は一つもない。

 同い年のイケメンではなく、ひとまわり上のバツイチの男を選んだのは、すべて計算だった。

 自分の望む生活を手に入れるための計算。私は自分の欲しいものを手に入れるために、何を捨てるべきかきちんとわかっている。


 私は、笑茉ちゃんママみたいに取り立てて美人ではない。かと言ってブスではなく、レベルでいうと中の上くらいだ。けど、今まで彼氏は途切れることなくいたし、それなりにスペックの高い男と付き合ってきた。私は見た目だけで勝負できない分、それ以外の部分で相手に選ばれるように努力してきた。

 例えば、服のボタンが取れかけていたらサッとその場でボタン付けをしたり、具合の悪いという男のところにレトルトのお粥や栄養ドリンクを差し入れたり、デートの時に凝った手作りのお弁当を持参したり…相手が求めることをいつもしてきた。

 旦那とは、知人の紹介で知り合った。

 知り合った時からいいなと思い、ガツガツしていると思われない程度にアプローチして、夫の気を引いてきた。夫はあっという間に私に夢中になり、出会って3ヶ月でプロポーズされた。そのまま、都内の高級ホテルで親族だけのひっそりとした式を挙げ、翌年結菜が生まれた。来月には男の子が生まれる。

 全て計算通り。私の計算に狂いはない。


 私は、笑茉ちゃんママみたいにお金持ちの家に生まれたわけでもなく、至って普通の、いわゆる中流家庭の長女として生まれた。

 出身は?と聞かれたら、横浜といつも答えている。

 仮に、生まれ育ったのが、どちらかというと川崎に近く治安の微妙な工業団地でも、横浜といえばなんとなく許される気がする。横浜といえば、世間の人はみなとみらいや横浜駅みたいな、海沿いのおしゃれな場所を想像してくれる。

 そんな横浜で育った私は、特徴もない普通の女の子に育った。見た目も普通、中身もヤンキーでも優等生でもなく、平凡を絵に描いたような女の子。特に、将来なりたいものもなく。強いて言えば、普通よりも少し裕福な暮らしがしたかった。

 今は、まさに私の理想通りの生活だ。だから、私は今の生活を守りたい。


『弁護士の友達に相談したけど、プロバイダーに強制的に削除してもらうのは難しいみたい。あくまでも、投稿した本人に依頼するしかなさそう。一応、プロバイダーに削除依頼とかはしてみたら?ってことだったから、私は依頼しておいたよ。結菜ちゃんのアカウントからも依頼するのも手かも』


 あー役に立たない。

 私はイライラしながら『聞いてくれてありがとう。私からもプロバイダーに削除依頼しておくね』と返信した。

 私のアカウントからは、凛ちゃんの載っている写真を削除した。けど、凛ちゃんのアカウントはそのままだ。

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