Shutter:7 ドライブしましょ
水もこれ以上ないし、食糧もチョコレート×996個しかない。
それに、せっかく異世界に来たんだから、クエストなどを受注してこなしてみたい。
……とりあえずここを抜け出そう!
「ミュー、人のいるところに行くには、どうすればいいかな?」
「道に出て、辿っていくのが早いと思うにゃ」
「道、ね。ここから近いの?」
ミューは目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。
髭がピクッと動くと、あちらの方向へ顔を向けた。
「向こうに馬の蹄の音がするにゃ」
「りょうかい。とりあえずそっちに行けばいいのね」
散らかした荷物をリュックのブラックボックスに適当に放り投げ、車の後部座席に積む。
助手席のドアを開くと、ミューが「乗せるのにゃ」と足をツンツンしてきた。
……猫なのは見た目だけなの? ジャンプできないの??
脚の土を払い、脇のあたりをつかんで、座席にそっと乗せる。
「ここだと見えないにゃ」
文句を言うと、体を縮めて力を貯め、ダッシュボードに向って飛んだ。
「うにゃあ!」
目算を誤ったのか、フロントガラスに頭をぶつけ、へにゃとその場に落ちる。
……とても、とても鈍くさい。
座席に乗せた時のように、私が運んだほうが確実だ。
「ぐふふふ」
笑いをこらえられない。
へんな声を発しながら、ミューを改めて、これから定位置になるだろうダッシュボードの上に乗せた。
嫌な顔をしながらこちらを見るミューを指差して「ぐふ」と一笑いしてから、助手席のドアを閉める。
自分も運転席に乗りこむと、エンジンをかけた。
ギュルルルル。
スマートキーは、リュックの中でも反応するようだ。
寝る時は存在を忘れていたオーディオだが、Bluetooth設定のためか音楽が流れない。
スマホは初期装備になかったもんな。
内蔵HDDから読み込む設定にすると、再生リストに元の世界で取り込んだ音楽が、ズラリと表示された。
「よかった〜! これは救い! 異世界でも推し活ができる!!」
再生リストから推しグループのデビュー曲を選択して流すと、ミューがビクリと反応した。
「なんにゃこの音楽は! はじめて耳にしたけど素晴らしいにゃ!」
「でしょでしょ〜! キラッキラアイドル曲なの最高でしょ〜!」
テンションアゲアゲでフットブレーキを解除し、シフトをDに入れると、車が通れそうな木立の隙間に向けてゆっくり動かしながらハンドルを切る。
「ハ○ラーくん、発進!」
木の根や石の上をガタガタと進んでいく。
車高が高い車だから、ちょっとくらいの悪路は気にしない。
「ふんふーん、ふんふふんふ、ふんふふふ〜♪」
鼻歌を歌いながらアルバム1枚ぶんほど運転していると、小さな沢にたどり着いた。
水の確保……、と車を降り、ミューもおろして辺りを見渡す。
よく見ると大ぶりの枝や、大きな石が転がっている。
……もしかしてアレ作れないか!?
もとの世界で三桁単位で時間を費やしてきたあの3Dサンドボックスゲームのレシピ通りに、枝と石を目の前に集める。
完全した姿をイメージし、素材の上に左手をかざした。
「錬金!」
すると眼前がホワッと光り、思い通りの「斧」と余ったであろう素材が現れる。
「すごいにゃ、リズ。錬金を知っていたんだにゃ?」
「うん。元の世界のゲームで見たことがあったからね。素材の消費量は違うけど。ミュー、この世界でクラフトしたものには、使用回数とかあるの?」
「使用回数はないにゃ。ただ、経年劣化や手入れ不足による劣化はあるにゃ」
「りょうかい、元の世界と同じね」
斧を手にとり、試しに軽く振り回すと、手にしっくりと馴染んだ。
近くにある手頃な木に向かって、片側に三角形を作るイメージで抉っていく。
10回ほど振り下ろしたところで、大きな音を立てながら抉れた方向に倒れてきた。
「まあ、こんなもんか」
額に浮かんだ汗を、タオルハンカチでていねいに拭う。
遠くで眺めていたミューがゆっくり近づき、グルグルと辺りを周ったと思ったら、ストンと腰を下ろして口を開いた。
「……リズは、なんでもできるにゃ」
「そんなことはないよ。料理は壊滅的にできないし」
「もしかして、この世界では女がするような炊事や刺繍より、男のするような力仕事のが得意なのかにゃ?」
「そうだね、刺繍とか見るのは好きだけど、やるのは考えただけで目眩がしそう」
リズがそう言い遠い目をすると、ミューは納得したように大きく頷いた。
「リズ、もしかして魚を捕れないかにゃ」
「魚かぁ。捕まえればいいんだよね。網があれば出来るんだけどな〜」
「魚なら、川を下れば生息しているはずだにゃ。リズが食べるものになるにゃ」
……網、か。
2Dのサンドボックスゲームだと、行商人から1goldで買えるんだけどな〜。
その辺にあるツタと木の枝でできないかなぁ。
試しに、ツタをたくさんと木の枝を集め、完成形をイメージする。
「錬金!」
思ったような目の細かい網はできなかったが、1cmくらいのネットが張られた手網ができた。
……今後改良が必要だな。
このままだとチョコに飽きそうだし、今日中に魚にありつきますか。
「ミュー、この沢下るよ」
「わかったにゃ。車にのせるにゃ」
ミューをダッシュボードに乗せると、下流に向かって車を走らせた。