其の四 調査開始 二
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
……と言うか文句はペンギンに言って下さい。
玄関は数十年経っている所為か汚れていた。ただやはり手入れはされているのか、まだ玄関としては使えるはずだ。
汚れて廃れているとは言え、まだ豪華だった頃の様相を僅かに残しているその扉を開け、俺達はその屋敷の中に入った。
中はやはり掃除をしていた痕跡は残っている。少なからず最近までは人がいたことは良く分かる……と、フラマが言っていた。
正直言って俺はそう言う物が分からない。そんな技術があったとしても記憶喪失の所為でもう忘れている。記憶が戻ったとしてもそんな技術が俺にあるのかはまた別の問題だが。
灯りとして使っているのであろう火は蝋燭の先にまだ灯っている。
「……溶けた蝋の量から考えるに……二時間程か?」
フラマが灯りとして使っている蝋燭台の皿を覗きながらそう呟いた。
「二時間……もし雪を吸ったとするともう無理か」
「恐らくな。今の所誰も見えないとなると……」
「……全滅、か」
フラマとフィリップの会話を聞きながら、俺達は玄関から前へ進んですぐに見える大きな階段を上った。踊り場には切り刻まれ薄汚れている絵画の様な物があった。
すると、フィリップが驚く様に声を大きく出した。
「こりゃ写真か!? まだ残ってるとは……」
「……写真?」
「ああ、そうか。ナナシは知らねぇのか。写真……なんて説明すれば良いのか……」
悩んでいるフィリップの代わりに、フラマが呟き始めた。
「簡単に言えばその景色を特殊な紙に写し取るロストテクノロジーだ。絵画とは違いただのインクでは無いらしいが、原理までは分からない。どうやら専用の暗箱になっている機器に光が入ることで写し取るらしいが……」
絵も描かずにその場の景色を写せるのなら、当時は相当な衝撃だったのだろう。今の俺の心情がそれを証明する。
……無情にも思うが、過去に失った技術の片鱗を見るのは妙な奥ゆかしさと言うか、更に好奇心が刺激されると言うか。表現が難しい。
そのまま二階に上がり、長い廊下を進んでいた。
……妙に、血腥い。まるで多量の血が近くに垂れている様な……いや、死体があるにしては匂いが薄い。つまり、どう言うことだ?
その血の匂いは、あまり美味しそうな物では無い。むしろ食欲が減衰してしまう。余程レトの血が美味なのか、それともやはり滴っている血が不味いのか。まあ、考えるだけ無駄だ。余程の緊急事態で無ければレトの血以外を啜ることは無いはずだ。
俺は見える扉を開けながら、その血腥さの正体を探した。
すると、僅かな血痕が廊下に見えた。それを辿り、一つの扉を開けた。
……一応見付けた。見付けたが……。
そこにあったベットの上に、大量の血痕が残り、まだ凝固しておらず床に一滴、一滴、落ちてしまっている。出血量ならもう死んでいるとは思うが……それにしては妙だ。
その不自然さはフラマも理解している様だ。
「殺されたとしたら、誰が死体をここから移動させたんだ? まず何故死体を動かしたんだ? 変異体にしては何かおかしい」
「……まだ生き残りがいるとか」
俺の意見はこれ位だ。こう言うことを考えるのはフラマの方が向いている。
「……ナナシの意見はある程度同意出来る。だが、それにしては……何故その人は無事なんだ? 変異体がこの屋敷の中にいるのだとすればその人も襲われるはずだ」
「それもそうか。じゃあ何でだ?」
「今は分からない」
それを答えとして考えるしか無いのだろう。この時の状況を証明出来る痕跡が血痕以外一切無い。
分かることはここで何かに誰かが襲われたことだけだ。何かは変異体、誰かはやはり人だとは思うのだが……。
そのまま二階を隅々まで調べると、同じ様な痕跡がもう五つあった。三階も同じ様なら中々に大所帯だったのだろう。
途中で、ぎりぎり食料と言える乾燥した物が転がっている時がある。俺とレトは大丈夫だが、フラマとフィリップは食事を必要とする。
重要な物資だ。橇まで戻れれば物資はまだ充分にあるが……もう雪が強まっている。今外に出ることも出来ないだろう。
それと、古びた服が多い。真新しい服は毛皮を適当に切り取った乱雑な物だけだ。やはりここで自給自足の生活をしていたのだろうか。そうだとすると……少しおかしい気もするが。
俺達は三階へ向かった。
そこにも人は一切いない。隅々まで調べても、血痕も無い。
変異体もいなければ生き残りの人もいない。完全に蛻の殻になっている。
だが、外に逃げた様な痕跡も外には無かったはずだ。それに動かされた死体も見付けられていない。恐らくこの屋敷に必ずあるはずなのにも関わらず。
血の匂いは確かにある。対して食欲も刺激されず、むしろしばらく何も食べたく無い程に不味そうな匂い。だがそれでも匂いを感じるのは、紛いなりにも俺にとっての食料だからだろうか。
「……どうしました……?」
レトが首を傾げ、俺にそう尋ねた。
「……いや……不味そうな血の匂いがする。この屋敷から入った頃からずっと臭ってるんだが……」
「……口直しでも……しましょうか……?」
「口直しって……あー。じゃあ貰うぞ」
俺はレトの白い手を握り、細い指先に噛み付いた。僅かに出た甘美な血を舐め取り、小腹を満たした。
少しだけ、不愉快な気分が薄れた。
まあ、少しだけだが。
俺達は一旦一階へ戻り、疑問を口に出し合った。
「どうするよ。死体はどっか行ってるし、原因は分からずじまい」
「だがこのまま何もせずにここにいるのは危険だ。それなら事前に原因究明をした方が良さそうだろ」
「ナナシの言うことは理解出来るが、証拠が全く無い。恐らく五人死んだって位だ。何処にいるのか分からねぇなら、もうこれ以上この屋敷を調べるのも無意味だろ」
横目でフラマを見ると、深く思慮を巡らせている表情がそこにはあった。
「……隠し部屋がある、とは考えられないな。それなら何かしらの痕跡が何処かにありそうだ」
すると、レトが小さく呟いた。
「あの……ここまで大きな……屋敷ならば……地下室が……あってもおかしく……無いのでは」
……確かに。
二人も納得したのか、頷いていた。
一階を全員で散策すると、フィリップの大声が聞こえた。すぐに集まると、案外簡単に地下室らしき場所へ繋がる扉が見付かった。
ただ、フィリップが幾ら押しても開く気配が無い。これはもう仕方無い。
俺は剣を抜き、そのまま振り下ろした。
もう古びた扉だったせいでとても簡単に砕け散った。
「良し!」
「破壊するのはあまり宜しく無いが……まあ別に良いか。どうせ誰も生きてねぇし」
フィリップのその言葉は、冗談で言っている訳では無いのだろう。そこまで悪趣味な冗談を……まあ、言いそうではあるが、先程の言葉は誰も生きていないと言う諦めの意を呟いてしまった感覚に近いのだろう。
その薄暗い下に続く階段を降りた。
蜘蛛の巣が故意的に落とされた痕跡が残っている。それと若干の血痕。
「どうやら当たっている様だな。良くやったぞフィリップ」
フラマの言葉に、フィリップは髪を乱雑に掻き毟っただけだった。
その下へ行くと、蝋燭で灯りを確保している地下の広い廊下に出た。
「血の匂いは、この先だ。恐らくいるな」
レトを後ろに下げ、俺達は即座に戦える様に武器を握りその先へ歩いた。
他の物よりも重厚で、それでいて黒い両開きの扉の前に俺達は立った。金庫の様にも見えたが、何方かと言うと死体を入れる棺桶に見える。ただそれも哀悼の意では無く隔離の為の印象を受ける。
実際そうなのだろう。
俺とフィリップがその扉を力一杯押すと、意外とすんなり開いた。まるでつい最近誰かが入ったかの様に。
答えは、そこにあった。
生まれ付きなのかは分からないが、目に見える真新しい死体は全て何かが歪だった。片腕が無かったり、あったとしてもおかしな方向に曲がっていたり。頭部の形がおかしな死体もあった。
その真新しい死体の数は五つ。周りには白骨化した物はあるが、やはり最近死んだのはあの五つの死体なのだろう。
その死体を見詰めている、変異体がいた。
四足の獣の様にも見えた。ただ、その背には黒く揺らめく翼の様な物があった。だが、それを鳥類の翼と言うにはあまりにも異形な造形だった。
何十にも折れ曲がっているその白く揺らめく六枚の翼の様な物を羽撃かせることも出来ずに、ただ動かしていた。まるで空を目指す雛だ。
四肢が不自然な程に長く、それでいて圧縮された筋肉が良く見える。
顔に何も考えずに貼り付けただけの様な眼球と瞼が複数あり、目をぐるぐると回しながらも、必ず一つの瞳は誰かを見ている。その鈍く憂るわせている瞳は、何処か弱々しさを感じる。
……あの時見た変異体に似ている。いや、翼の色が違うだけで全く同じだ。偶然の産物とは思えない。
その変異体は、何もしない。此方に気付いているのは確かだ。俺達に向けて眼球が動いているのは見れば分かる。つまり……。
「まだ、意識が残っているのか?」
疑問を素直に口から出すと、フラマは否定の声を強く出した。
「ありえない。意識が残っているのなら、何が死体を作った。変異体の手先を見れば分かるはずだ。口元を見れば分かるはずだ。血が付着している時点で、彼はもう人を殺してしまっている」
「なら何で俺達を襲わないんだ」
「それは……。……分からない。……分かりたくも無い」
……フラマは、好奇心旺盛だ。そうでも無ければ自分から雪が降る外に出ることは無いはずだ。
「……あくまで……私の……意見ではありますが…………」
レトがゆっくりと呟く言葉が聞こえた。言葉を紡ぎながら俺よりも前へ足を進め、その変異体の前に座り込んだ。
変異体に腕を伸ばし、その頭部に触れた。
「……ここは……墓場の様な物…………なのでしょう……。……この様な所に……獣に成り下がった……彼が……彼等を運ぶはずがありません……。……罪を、認識している……のでしょう……。……せめてもう……何も感じない様に……」
そう言って、レトは俺の前へ歩みを進めた。跪く様に脚を曲げ、祈る様な体勢で俯きながら言葉を発した。
「これが……失礼であるかも……知れませんが……。……彼を、その火で……もう、弔うことは出来ないでしょうか……。……もし……その様な意思が貴方にあるのなら…………懇願したいのです……せめて、裁いてあげましょう……」
レトのその願いを、断ることは出来なかった。
俺は、この変異体を人間と思いながら殺さない。人を殺した殺戮の限りを尽くそうとする人類の敵である獣として殺す。
レトの言葉の一つの、「裁く」と言う言葉だけは全く同意出来ない。裁くのは人間から人間に下される物であり、俺が今殺そうとしているのは人間では無い獣だ。そうで無ければ、ならない。
俺は剣を握り、頭部を下げている変異体に振り下ろした。
無慈悲に、それでいて、人とは思わず。人なのならば……いや、これが人とは思いたくない。人と思えば、俺は人殺しになるだけだ。
何度も振り下ろした。もう二度と動かないように。もう二度と人を殺さない様に。
俺は黒い鎖を左腕に出した。それは簡単に変異体に巻き付き、罅から炎を吹き出した。
その炎は簡単に変異体を燃やし尽くし、簡単に灰へと変えた。ただの灰だ。
……少し疲れた。人と知ってから変異体を殺したのはこれが最初だろうか。……人と分からなければ、まだ、楽だったかも知れない。それでも、結局俺は何も思っていない。
フラマとフィリップに頼むことは出来なかった。調査に赴けば結局変異体は殺さなければならない。元々人であっても、今は獣なのだから。
レトが俺に頼んだのは、そう言う覚悟を持たせる為でもあるのだろう。……いやそう言うこと考えてるか……? あの無表情なレトが……いや感情があるのは行動の節々に感じる。
「……少し……顔が暗いですね……」
「……そうか?」
レトは俺の顔に触れながら、顔を近付けた。
「……気にする……ことはありません……所詮あれは……獣なのですから……。……それを……殺すことさえも……心を……傷付ける貴方の……その…………優しい心も……美徳ではあるのでしょうが…………」
……ああ、そうか。納得出来た。
レトは、何も思っていない。「裁く」と言う言葉を使ったのも変異体が人間だったからだ。ただ、人間だとしても容赦無く殺せるだろう。それこそ何も思わず。俺も同じだ。
変異体を殺した後にも、俺の心の中には何も無い。誤魔化しているだけかも知れないが、それでも何も思っていない。
「あの変異体は……もう…………裁かれました……それこそ……もう二度と我々に牙を……向けないでしょう……」
……レトも大概な化け物だな。
この死体は俺の火で燃やし尽くした。フラマが言うには感染症の危険性があるらしい。その感染症が何かは分からないが、まあ、病気の原因の様な物だろう。それを根絶出来るのならやはり必要だ。
焼失を終わらせ、この屋敷の中を歩いていると鎖から出る火を出し過ぎた所為か、左腕に激痛が走った。血は出ていないが、相当な痛みだ。
針を突き刺した傷をぐりぐりと広げられる様な激痛。レトは心配したのか、俺の左腕をすぐに押さえた。
「……すぐに解きますので……」
そう言いながらレトは首辺りの包帯を解いた。露出した首筋に、もう抵抗も無くその綺麗な首筋に俺の鋭利な牙で噛み付いた。
この時だけ、本当は思ってはいけないのだろうが、レトは俺だけの物だと思ってしまう。あまり好ましい考えでは無いのだろうが、この甘く美味な血を俺だけ啜れると思うと、僅かな優越感に襲われる。
俺だけが、レトの血を啜れる。俺だけが、レトの首筋に傷を付けられる。
左腕から痛みが引いて、俺はレトの首筋から口を離した。先程まで感じていた優越感を、レトから必死に隠して。
だが、解いた包帯を巻き直しながらレトは首を傾げていた。
「何処か……嬉しそうですね……。……レトは……美味しかったですか…………?」
「美味しかった。それは何時も言ってるだろ?」
「……何か……違う様に見えますね……。……もっと違うことに……喜びを感じている様な……」
「いや……特には」
「……何か悩みがあるのなら……どうぞ私に……吐き出して下さい……。レトは……貴方だけの物ですから……」
……それが原因なんだが。……まあ、この感情は隠しておこう。
俺達はこの屋敷で、雪が弱まるまで泊まることになった。
各々がまだ使える部屋で寝泊まりをすることになっているが、やはりレトは俺の傍に引っ付きながら同じ部屋にいた。
それにしても、あの雪が降ったのは九十年以上前らしい。つまりここに住んでいた住人はその時から隔離されていた可能性がある。
相当な苦労だっただろうが……まあ、もう関係無い。住人は全員死んでいたのだから。
……小腹が空いた。隣に座っているレトの手を持ち上げ、同じ様に指先に噛み付いた。
レトは無表情だったが、少しだけ驚いた顔をしていた。最近は僅かな表情筋の動きで感情が分かる様になって来た。その驚いた顔も、少しすれば嬉しそうになっていた。傍から見れば無表情なのだろうが。
ある程度レトの指先から溢れた血を舐め取ると、指先の傷が一瞬で塞がった。
「……もう満足なのですか……?」
「小腹が空いただけだからな。もう大丈夫だ」
「……そう……ですか」
レトの顔は少しだけ悲しそうだった。
それからどれだけ経ったのかは分からないが、俺は若干の眠気に襲われた。
レトは眠らなくても良いのか、あまり眠そうでは無い。そう言えば、何時も俺が先に寝ている。
レトは俺が眠いことに気付いたのか、俺を優しく抱き締めた。子供を寝付かせる様に、俺の顔を胸に押し付けて頭を撫でていた。
レトの心音が良く聞こえる。少しだけ速く、ただ今の眠気を更に促進させる。
「……俺は子供か」
「いえ……こうすれば……より深い眠りに……誘われると聞いたので……」
「……誰に。……サラか」
「……はい……どうやら生物と言うのは……母親の胎内にいた時の……記憶を僅かに覚えている……らしく……。人の心音を聞くと……その記憶を……思い出し……リラックス出来ると……」
「……確かに眠くなって来た……」
俺はそのまま眠気に従う様に目を閉じた。
「……私は……貴方だけ……貴方だけに……慕い……従います……。……今はゆっくりと……疲れを癒やして……お休み下さい……私の……唯一人の御主人様……」
俺は、レトの優しい声に疲弊した心を落ち着かせながら、深い眠りに入った――。
――夢の中で、ナナシは歩いていた。
それが何処なのかは、ナナシにも分からなかった。
ただ僅かなデジャブを感じながら、ナナシは前へ進んでいた。
歩いていた道は、雪が積もっていなかった。久し振りに見た青空が広がっており、ナナシは林檎を齧っていた。傍にレトはいなかった。
ここが夢の中だと言うことさえも忘れ始め、ナナシは青空の下を歩いていた。
だが、僅かに残っているのは銀色の輝き。その銀色の輝きを持っている彼女の姿を思い出し、レトの名を思い出した。
そこから降り続ける雪の様に延々と積もる様な違和感を覚えていたナナシは、言葉を口ずさんだ。
「……何処だここ」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
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