其の二十四 蝗害 五
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
……と言うか文句はペンギンに言って下さい。
死闘の最中、雪が積り続けるゲッセマネの上、フィリップは息を切らしながらその上へ自力で登った。
しかしその上には、もう既にフラマ、テミス、レト、ジークリンデがおり、テミスの背には僅かな睡眠をしているナナシがいた。
「何で……何で俺だけ……!!」
「遅かったなフィリップ」
「何で俺だけテミスとかに運んで貰えなかったんだよ!!」
ナナシは少しだけ目を開けると、テミスに小さく耳打ちをした。いや、その声は矮小で枯れた物でしか出せないのだ。
「……大変申し訳御座いません、最愛の人よ。余りにも声が小さく、それでいて途切れ途切れなので……本当に、申し訳御座いません」
テミスが本当に申し訳無さそうにナナシの目を見詰めると、レトが声を出した。
「……『七人……やるべきことは……分かっているはず……。……後は……立たせてくれれば……』と、仰って……おります……」
「……聞こえたのですか? 先程の声が?」
「私は……テミス様とは違うので……」
テミスは無表情ながらも不満感を顕にさせると、構えている剣を雪に刺した。
「おい、そこの男共」
そう言ってテミスはフラマとフィリップを指差した。
「今だけ最愛の人に不躾に触れることを許可する。しっかり最愛の人の体を支えろ」
「……何故だろうか」
「何故? 理由を聞く権利も理由も貴様には無いはずだが?」
フラマは渋々ナナシを抱え、フィリップと共にナナシを支えた。
「……これ、意味があるのか?」
「知らない。今は信じてみよう」
「……下じゃ、もう戦い初めてる。さっきからずっと砲撃音が聞こえてるし、空はあの変異体でびっしりだ。やっぱり今からでも――」
「黙ってろフィリップ。切られるぞ」
「……確かに」
下から聞こえる音は爆発であり、怒声は王の奮闘を鼓舞している者達の声。
ナナシは、そんな彼等を不遜にも見下した。
ナナシの体は欠けていた。まだ彼の体は治り切らない。
そんな状態であろうとも、彼は何かの為に動いていた。彼は何かの為にその穢れた聖火を盛らせた。
フラマとフィリップの額に汗が浮かんだ。
「……何か、暑いな」
「……気付いてないのか。ナナシを見てみろ」
フィリップがナナシの方へ視線を動かすと、その姿に驚愕した。
彼の口から黄金の焔が吐き出されており、荒い呼吸の度に周辺の熱が高まっていった。
その穢れた聖火は彼の体を燃やし、しかしその体は灰になることは無かった。だが、フラマとフィリップは流石にその熱に耐えることは出来ずに、その手を離した。
直後にナナシの体は前へと倒れたが、溶けかかっている雪の上に触れる直前、彼の残った左腕が空に向けられた。
その直後、その左腕に糸が絡まった。ナナシの意識は以前よりもはっきりとした物になり、その糸を掴んだ。
その糸は何処からやって来たのか、それは分からない。天から伸びている様にも、先は無い様にも見える。
『……ああ、大丈夫だ。離しても』
ナナシから、そんな声が聞こえた。しかし彼の口は動いていない。彼の舌は動いていない。
彼が握る糸が、突然ごうごうと燃えた。彼を縛る糸は燃え尽きた。
残るは、彼を縛る自らの鎖だけ。その鎖は永遠に壊れることは無いだろう。融けることも無いだろう。
運命によって彼とあれは戦う定めであった。運命は破壊者によって教義に逆らい、人々を誑かす獣を殺すはずだった。しかし運命の糸は燃え尽きた。
彼は鋏を持っていない。彼は鎖に縛られた獣の王なのだから。鎖に縛られた者の手に鋏は無い。持ってはならない。もう捨てたのだ。
ナナシは、立っていた。その怪我では立つことも出来ないと思われていたはずの彼は、その二つの脚でしっかりと立っていた。
そんな彼の周りに、テミスとレトは跪いた。
『……ジークリンデ』
ナナシは口も動かさずにそう言った。
まるで右腕を差し出す様に体を動かすと、余りにも黒く、光さえも飲み込む焔が彼の右腕を模した。
「何だい? いや、やっぱり何も言わなくて良い。理解はしているつもりだ」
『……そうか。……なら、頼んだ』
「ああ、任せてくれ。僕は君の八人目だ」
ジークリンデは、彼のその黒い焔の右手を握った。
そしてジークリンデはテミスやレトと同じ様に、彼の下で跪いた。
『フラマ、フィリップ』
ナナシは瞳を無垢金色に輝かせながら、二人にそう語り掛けた。
『時間稼ぎは頼んだ』
「……どう言う意味か教えて貰って良いか?」
フィリップがそう聞いた。
『……今から破壊者を引き寄せる。もう彼奴も気付いたはずだ。それなら、先に此方から攻撃する』
「アバドンってのはあれか? あの巨大な変異体か?」
『ああ。もう時間は無い。俺達はもう準備を始める』
すると、ナナシは右腕を天に掲げた。その瞬間、降り続ける雪はぴたりと止み、ナナシが引き起こしたバプテスマの後の日の様な熱風が押し寄せた。
彼の背から黒い翼が現れると、黒い羽根が雪の変わりに舞い散った。
ナナシは左腕を跪いているテミスに差し出すと、テミスは目隠しを外し、その手に唇を付けた。
テミスの体中から銀色の炎が吹き出し、その衣服を燃やした。燃えているのは衣服だけ、彼女の体は燃えていない。
しかしその全身に巻かれた包帯だけは燃えず、その銀色の炎は全てナナシの左腕に集まり、そして右腕へと伝った。
『"黄金の月"』
ナナシがそう口も動かさずに呟くと、ナナシの黄金の炎と、テミスの白銀の炎が混じり合い、黄金に輝く月光が作られた。
黄金の月光を放つ焔の数は三十。大きさこそテミスの身長の二倍程度で、あの大型の変異体に当てても心許無い。
しかし、この月光は獣の王と掟の聖母の、魔法と言う名前が付けられる前から存在する根源である。その根源を見知っているのか、それとも理解しているのか、大型の変異体は遥か上を見上げた。
次にエルマーがそれを驚愕の表情を浮かべながら見詰めた。その次には、雪が止んだことを不思議がる民衆が空を見上げた。
「まさか……本気か! あの怪我で!」
エルマーはそう叫んだ。叫ぶ程に、驚愕していた。
「聞こえているはずだジークリンデ! 今すぐにそれを辞めさせろ!! その怪我では、幾ら獣の王だとしても死んでしまうぞ!!」
ジークリンデの耳には、エルマーの声が届いていた。しかし彼女は、それに答えることは無く口を閉ざした。
「……ジークリンデ様……?」
レトが小さくそう呟いた。
「ああ、何でも無い。友人が煩いだけさ」
直後、ナナシは遂にその右腕を模した焔をゆっくりと降ろした。瞬間に三十の月光は空を覆い尽くし、地に降り立つ蝗の群れに近付き、一層に輝いた。
音は無い。ただ起こったのは熱だけである。その熱は鉄をも溶かし、土すら溶かし、空気さえも燃やした。
「全員! 撤退!」
エルマーは叫んだ。
「更に大きいのが来るぞォ!! ゲッセマネの扉まで間に合わない者は全力で私の方へ走って来い!!」
エルマーはそう叫び、その剣を地面に突き刺した。
三秒、三秒である。三秒経ったその時、黄金の月光は嘗てこの美しき星に落とされた生命すらも焦がした爆弾の様な熱を発した。
その熱は大き過ぎる熱を生み出し、その熱は生命を焦がした。
しかし、どうだろうか。大型の変異体だけは、その肉と魂の殆どを焦がされても、動き続けていた。
寧ろその月光の主を見詰め、笑う口も無いのに不敵に笑った。
その熱波の中、変異体は羽を広げ、大きく飛び立った。
ゲッセマネの上へ降りると、不敵にナナシを見下ろした。
『……久しいな、獣の王よ』
確かに、変異体はそう言った。口も動かしていない。しかし確かに、あれはそう言った。
しがれた老人の声だった。寧ろ知性さえも感じさせる穏やかな声だった。
『いや、最早それさえも忘れたか』
『……破壊者……今はその名前しか思い出せない。貴様が何者なのか、何故俺を知っているのか、それは心底どうでも良い。貴様は不愉快でしか無い』
『ならば問おう。この世界にとって、貴様は穢れであるはずだ。この世界の敵であるはずだ。世界の敵であるはずの貴様が何故、人を救おうとしている』
『……さあ、何でだろうな。言ってもどうせ、貴様には理解出来まい』
変異体が胴体にある無数の腕を広げ、その右手の五指の間の全てに赤い光が灯ると、そこから無数に枝分かれする光線が放つと、その光線を一瞬でこの上にまで飛んで来たエルマーによって切り落とされた。
その表情は険しい物だが、決して変異体には向いていない。彼の軽蔑の眼差しは、ジークリンデに向いていた。
しかしエルマーはすぐにジークリンデから視線をフラマとフィリップに移し、大きく叫んだ。
「フラマ君! フィリップ君! 緊急事態であるからこそ! 命令を下そう! ナナシ君を全力で守れ!! 突き落とす勢いで彼奴に攻撃を与えよ!!」
エルマーの叫び声を理解しているのか、その変異体は高く飛び上がった。
「何故こんな所にいるのかは知らないが、先程の攻撃はナナシ君が行った物だと言うのは理解した! 情けない話ではあるが、私ではあの変異体を殺すことは出来ない! 今は、ナナシ君に賭ける!!」
その言葉に頷き、フラマとフィリップはエルマーの傍に駆け寄った。
「陛下、一つ質問が」
「何だこんな時に」
「……何故、ジークリンデを睨んでいたのですか?」
「……気の所為だろう。いや、もしかしたらだが、何せこんな状況だ、私は疲れているのかも知れない」
「……そうですか」
すると、変異体は素早く空を駆け、桁外れの速さでナナシに向かって突進した。
しかしその変異体は、エルマーとフィリップの二人が体で抑え付け、静止した。
「おっっっっも!! 陛下! こんなバカげた奴相手にしてたんですか!?」
「気軽に声を出すな! 体力がそっちに持っていかれるぞ!!」
その隙に、フラマが変異体の体を駆け上がり、その長槍を未だに再生が終わっていない火傷の痕に突き刺した。
フラマが僅かに力を込めると、その長槍の矛先が三叉に別れ、まるで植物の枝の様に広がり、伸びた。
伸びた矛先は変異体の体の重要器官であろう部位を的確に貫いた。変異体は悶える素振りを見せるが、複雑に絡み合い突き刺さったその矛先は外れることは無かった。
更にその隙にエルマーとフィリップはその場から離れ、一瞬の内に変異体の翼の傍まで走って行った。
エルマーはその大剣を振り翳し、その翼を切り落とした。フィリップはその大鎚を果敢に使い、翼が生えている場所ごと叩き壊した。
そしてフィリップは勇猛に走り出し、変異体の頭部にまで足を運んだ。そして高く跳躍したと思えば、大槌の片方から火を吹き出させ、落下の勢いと合わせ強烈な打撃を叩き込んだ。
変異体の頭の眼球は葡萄の様に潰れ、そのまま大鎚の衝撃は更に下へと流れてゆく。
変異体の頭は地面へと叩き付けられ、軽く目を回していた。
その直後には、エルマーが地面に落とされた頭部に大剣を思い切り突き刺した。直後には、その刃から爆発が起こり、その頭部を弾き飛ばした。
しかしまだ変異体は生きている。それはまだ動き続ける。
すると、撒き散らし続けている黒い灰が集まり、それは奈落の底から登る煙の様になった。その灰の中から、突然蝗が飛び出した。
それはただの蝗では無い。それは蠍と同じ様に人を刺す力を持っている。
その小さな頭部には、金の王冠を乗せていた。
頭部は人の顔を浮かべており、女性の様な長い髪を靡かせていた。獅子の様な牙を人の顔から覗かせ、尻尾は蠍の様な針を持っている。
夥しい数のその蝗は群れを為して、ひたすらにナナシに向かって飛び回った。
しかしその蝗はナナシに近付いても、その小さな身体の所為なのかナナシの周辺に蔓延る熱によるその身が焼けてしまった。その人間の口から何とも人間らしい悲鳴が聞こえた。
その直後のことだった。彼は、口を開いた。
『テミス』
「はい。最愛の人よ」
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
「仰せのままに」
テミスは自分の背から白い翼を生やし、自らの剣でその喉を切った。
『スティ』
その言葉の後に、白い温かみと白い羽根が雪の様に舞い降りた。
ナナシの傍に、白い何かが跪いていた。それは人の形をしており、その背から白い翼を生やしていた。
『お呼びでしょうか。我等が主よ』
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
『仰せのままに』
その白い何かは、その手に握る鋭い破片を自分の首に突き刺した。
『モシュネ』
また同じ様に、ナナシの傍に白い何かが跪いていた。やはり白い翼を生やし、温かな輝きを発していた。
『ええ、分かっております。御主人様』
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
『仰せのままに』
彼女もまた同じ様に、その首に刃物を突き立てた。
『レト』
「……ああ……貴方の……力になりましょう……永遠に」
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
「仰せの……ままに……」
レトはその服を脱ぎ捨て、全身に巻かれた包帯だけを見せた。そしてテミスから剣を受け取り、その剣で自分の喉を掻っ切った。
『セレネ』
また、同じ様に白い何かが現れた。それは白い翼を広げているのは同じだが、何処か様子がおかしい。先程までの白い影は、その体格からある程度個人が特定出来た。
しかし彼女は、ナナシの傍にいる聖母では無い。まだ何処か遠くを彷徨っているはずの、セレネの物であった。
『息災で御座いましたでしょうか、我が君よ』
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
『……宜しいので御座いますか? この僕がそれをやっても。……いえ、仰せのままに』
彼女は自らの首に刃物を突き立て、その喉元に深々と突き刺した。
『リュノ』
やはり同じ様に、白い何かが現れた。その白い翼を広げ、清浄な温かみを発している。
『……お呼びでしょうか旦那様』
『■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
『あぅ……分かっております。仰せのままに』
それは、果実を切る為の小振りなナイフで喉を切り開いた。
そして、ナナシはジークリンデに視線を向けた。
『……ジークリンデ』
「ああ、分かっている。僕はもう君の八人目だ」
ジークリンデはその服を脱ぎ捨て、裸体を隠しているその包帯を彼に見せ付けた。
「僕はそれで良いとさえ思っている。心地良さも感じているんだ。君がそんな顔をしなくても良いんだ。これは僕が選び、そして僕がそうでありたいと願った。……けれど、ありがとう。僕を憂いてくれて。さあ、その言葉と口遊むと良い」
「……ありがとう。ジーク」
「何だい、君らしくも無い」
『……■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■■■■■■■』
ジークリンデは薄ら笑いを貼り付けた。
「ああ、君の為に」
ジークリンデがその首を自分の両手で覆い隠すと、そこに深々と切創が刻まれた。
御膳は整った。
七つの聖血は命を司る喉から溢れ、その聖血は王の御前で浮かぶ。聖血は王の左手の上に集まり、一つの血涙へと変わった。
御膳は整っている。
獣の王は、ルーラッツ=ゲブニーは、その血涙を飲み干した。
その瞬間、彼の体は黄金に輝いた。発せられる熱は鳴りを潜め、冷たい空気だけが流れた。
しかし、まだ準備は整わない。エルマーはそれを理解し、蝗の群れに飛び込んだ。
「こっちだ! 蝗害の悪魔共!」
蠍の様な棘に刺され、常人が刺されれば五ヶ月は続く痛みに苛まれる毒にも怯まず、エルマーは世界の王として果敢に立ち向かった。
叩き落とし、切り落とした蝗の数が四百を超えた時、彼の視界は突然深淵に染まった。
幾ら彼でも、限界が来たのだ。幾ら数多の戦いを生き抜き、王となった彼でも、蝗害に一人で立ち向かうことは無謀だったのだ。
しかし、彼は王である。真の王であるのだ。王とは何か、王を名乗る者はどんな者か。
それは人々に希望を与え、多くの者に慕われる懐の広さである。
フラマは蝗の群れを掻き分け、手を伸ばした。世界の為に血を流した王に手を伸ばした。
雪の上に倒れそうになった王の服の襟を掴み、そのまま後ろへ投げ飛ばした。
「やれッ! ナナシ!!」
ナナシは大きく息を吸い込んだ。その直後に、黄金の輝きは彼の穢れた魂に潜んだ。
星にも似たその輝きを魂に刻み、それを確かに見せびらかした。
アバドンは怒り狂った。その輝きは、その刻印は、その獣の刻印は、それにとっては恨むべき狂気の印であるのだから。
獣の王はふらりと足を踏み出すと、世界から姿を消した。
その直後、その怪我ではあり得ない速度でアバドンの頭部の上にまで飛んでおり、片脚を上げていた。
そのまま勢い良く片脚を振り下ろすと、その衝撃で治りかけたそれの頭部は更に拉げた。
『貴様ッ……貴様貴様貴様!!』
『もう黙ってろ、不愉快だ』
獣の王は炎で模した腕と合わせ、両手を組んだ。彼に祈りは必要無い。故にその組まれた手は、祈りの為では無い。
その組まれた掌の隙間、そこに熱が一点に集中した。彼はそのまま手を離し、左手を力強く握り締めた。
アバドンはその黒い灰を更に散らし、多くの蝗を奈落の底から導いた。全ては、獣の刻印を刻まれた彼を殺す為。
その時だった。本来、あり得ないことが起こった。
太陽が見えたのだ。雪を降らせ続ける厚い厚い雲が避け、その美しき太陽の輝きが見えたのだ。
太陽が顔を見せなくなって百年近く。しかしその輝きは衰えることを知らず。エルマーは、久しく感じた太陽の輝きを浴び、目を覚ました。
「あぁ……何と、何と言うことだ……」
彼の心に広がるのは、懐かしみでも感激でも無い。徹底的にまで痛め付けられた恐怖と、体の震えだ。
その目に涙を浮かべ、その太陽を眺めた。
「あの悪しき太陽の輝きが……」
獣の王は太陽を背に、その力を存分に振るった。
彼が左手をぱっと開くと、そこから常識離れの熱が放射された。しかし熱は、全てアバドンに向けられる。熱とは本来、丸く広がる。しかしその熱は一直線に、アバドンに向かう。
そして獣の王がその目を蝗の群れに向けると、触れてもいないのに、動いてもいないのに、その蝗の群れは一斉に、一切の時間差も無く、一瞬で燃え尽き灰へと変わった。
アバドンは人間らしい悲鳴を発し、獣の王を睨んだ。恨み辛みは耐え切れない程に溜まり、先程とは比べ物にならない程の殺意を彼に向けた。
獣の王の姿は、変わっていた。三対の黒い翼、黒い山羊の様な十本の角。そしてその角には六つの銀の王冠が嵌まっていた。
『破壊者、終わりだ』
『終わり……終わりだと? いいや、終わるのは貴様の方だルーラッツ=ゲブニィィィィ!!』
アバドンは燃え尽きそうな体を奮い立たせ、勢い良く獣の王に突進を企てた。
しかし、その速度を、その重さを、その狂気を、彼はたった一発の蹴りで、たった一発の、何の変哲も、仕掛けも無い蹴りで止めたのだ。
『最後に、一つ聞こう。ルミエールは何処にいる。何処で、彼女は眠っている』
獣の王はアバドンに、その熱に似合わない冷たい眼差しを向けていた。
アバドンは、初めて恐怖を抱いた。今まで恐怖を感じることは無かった。アバドンの生は、永遠なのだ。永遠不滅、その魂が穢れた聖火に燃やされるまで、朽ちることは無いのだ。
そんなアバドンが、初めて恐怖を抱いた。初めて恐れた。初めて冷たさを知った。
『い、言えない……言えないのだ……! 辞めろ! 辞めろ辞めろ! それを聞くな! ルミエールは死と共に世界の贄となったのだ! もういない!』
『……そうか。……もう死ね』
獣の王は左手を掲げた。その左手に黒い鎖が巻き付いたかと思えば、その掌に熱が溜まった。
黄金の焔は、夜空に輝くであろう星の輝きに酷似していた。もしくは、太陽の輝きだろうか。
久し振りに太陽に照らされたこの世界よりも、輝かしい熱は、アバドンが見るだけでその身を焼いた。
アバドンの最後は呆気の無い物だった。悲鳴も発さず、実に穏やかで、身動ぎもせずに、灰となって風に吹かれた。
そこには、大きな釣り針の様な石が残っていた。それを獣の王は握り、一気に燃やして砕いた。
「……疲れた」
ナナシの口から多量の血が吐き出された。
体中から止め処無く血が吹き出し続け、やがて彼は倒れてしまった。そんな血塗れのナナシを、レトは優しく抱き止めた。
「……大変……立派でした……。……しっかりと……お休み下さい……」
「……ああ……そうだな……。……疲れた……。……ジークは何処にいる……?」
「……そう言えば……見当たりませんね…………」
「まあ……良いか。どうせひょっこり帰って来る……。……ああ、眠い……」
「ええ、お休みなさいませ……」
ナナシはレトに抱き寄せられながら、その胸の上で目を瞑り眠りに沈んでしまった。
そんな彼に、覚束無い足でエルマーが近付いた。
「……レト君、だったか」
「……ええ……レトで……御座います」
「……いや、やはり何でも無い。……彼をしっかりと休ませて上げなさい。酷く疲れている様だからな……」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
いいねや評価をお願いします……ペンギンの自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒…




