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ホロビタセカイデバケモノノタビ  作者: ウラエヴスト=ナルギウ(のペンギン)
41/51

其の二十二 獣と平和

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


……と言うか文句はペンギンに言って下さい。

「……典型的な軽度の熱中症の症状だな。命に別状も無ければ、恐らく障害も残らないだろう」


 取り敢えず俺は安堵の息を吐いた。


 黒く艷やかな髪と、穏やかな寝息を出しながらベッドの上で寝ているナツヒは、何処か俺と似通っている。妹だから当たり前だろうか?


 ただ、先程サラが検査の為に見えたが、俺の金色の瞳とは違う。レト達の様な銀色の瞳だった。


「……さて、色々言いたいことがあるんだが」


 俺の腕に引っ付いて啜り泣いているジークリンデに、冷ややかな視線を向けた。何度も俺の腕に自分の顔を擦り付けて、涙を拭っている。


「何でお前が泣いてるんだ」

「だって……死んだかと思って……ひっぐ」

「……お前なぁ……。自分で、ナツヒを放置して? 自分では助けずに、俺に任せた挙げ句にこうなったんだろ。何でお前が被害者面するんだ」

「……確かに?」

「おい」

「まあまあ、お互い無事だった――……いや若干無事では無いが、命に別状は無かった。それで良いじゃないか」

「……真面目に答えて欲しいことが一つある」


 ジークリンデは泣きながらも、薄ら笑いを貼り付けていた。僅かに香る薬草の様な匂いは、今となってはもう慣れてしまった。


「ナツヒが死んだ場合、どうする気だった」

「それはあり得ない。いや、あり得るかも知れないが、そうならない。なったとすればそれは、僕の目的と果たされた宿命は意味を為さなくなり物語は終わる」

「……お前は、俺に何も教えてくれないんだな」

「違う。全てを教える。勿論だとも。だがその時では――」

「もう黙れジークリンデ」


 ジークリンデは僅かに肩を揺らした。薄ら笑いは消え、涙も引っ込んだ。彼女の表情は真に無くなったのだ。


「もうお前に期待もしないし、何も聞かない。どうせ意味が無いからな」

「ちょっと……ちょっと待ってくれ。そんな言い方は――」

「俺の妹をわざわざ彼処に放置して、まだそれを言うのか」

「いや……違う、違うんだ。僕は君の為に――」

「じゃあ何でナツヒを放置した?」

「それ、も、君の為に、だ。ああ、全ては君の為だ。あれも、これも、僕がここにいるのも、僕をエイミー君が見付けてくれたのも、君が、君がここにいるのも、全て全て、君の為だ。ナツヒ君も――」

「もう良い。聞き飽きた」


 ジークリンデは俺の腕から離れた。余りの衝撃に、自然と離れ、そして混乱している様にも見える。それでも彼女の表情は一切変わらない。ぴくりとも変わらない。


 レト達の無表情は、最早愛らしさも感じる。だがこいつは、ジークリンデだけは、どう言う訳か気分が悪い。不愉快に感じる。


「違う、違うんだ、ずっと僕は、君の為に。何百年も、君の為に。ジギスムントと一緒に、だって、ルミエール君が、ずっと探して、え? 僕は、何か間違っているのかい? 僕は何も間違っていないはずだ。あの方は協力してくれるはずだ。こんな結末は望んでいない。誰も、彼も、彼女も、僕も、君だってそうだ。君が望むのは露悪的な結末では無いはずだ。なら何で僕がこんな目に合っている?」


 ジークリンデの発言は次第に意味の分からない物になっていった。恐らくそれは、彼女の本心だ。ずっと隠されて来た煩わしくも感じた、目的の為の本心。


「君が望む結末の為にこれは必要かい? いいや、そんなはずは無い。君の性格は良く分かっている。救われない結末は望まない。それを望むのは□■□■□■=□■□■の方だ。君はそんなことをしないはずだ。僕の全てを理解してくれるはずだ! 何だ、何が起こっている」

「……俺はお前の全てを理解出来ないな」

「……は? 嘘だ、肯定してくれるはずだ。何が起こっている。肯定はせずともそれを納得してくれるはずだ。してくれるはずだ! してくれるはずなんだ……まさか君は変わったのか? いいや、そんなはずは無い。そんな気配は一切感じない。変わったのなら変化があるはずだ。だが何も変化は無い」

「……ああ、俺は変わった。お前が知ってる俺は、多分戻らない」

「……ああ、違う。違うんだナナシ君。僕は、違う。ああ……済まない。僕は、目的の為に、全ての自由意志の為に、ここにいるんだ。それは善でも、悪でも無い。それ以前の尊き思考であり、善にも悪にも変わる偉大なる意思だ。だがそれはそれ以前の不純な思考であり、善にも悪にもならない劣悪な意思だ」


 ……駄目だ。何も理解出来ない。むしろ自分の中で苛立ちの感情が燃え上がるだけだ。


「だから変えなければならない。いいやしかしそれには変えてはならない。それに変えれば世界は始まり、それに変えれば世界は終わる。それに変わらなければ世界は始まり、それに変わらなければ世界は終わる。その手を伸ばし、そして掴む。しかし手を伸ばしてはいけなくて、そして掴んではならない。分かるかい? 分からないことも良いだろう。しかし分かれば破滅へと導かれ、理解すれば想像へと迎える」


 ジークリンデは自分の頬を掻き毟り、血を出すまで爪で皮膚を傷付けた。痛がる様子も躊躇する様子も無く、ずっと無表情。変わらず無表情。


 ……ああ、こいつには何も無い。空っぽだ。感情も、思いも、きっと何も無い。初めから何も無かったんだ。そう振る舞っていただけだ。


 今のこいつは、まるで、壊れた人形だ。


 ああ、だから不愉快なんだ。俺は人形が嫌いだ。それは自分の意思で指の一つも動かせない、自由意志の欠片も無い。そんな物体が人間を模しているのが気に食わなかった。


 不愉快な理由がようやく分かった。こいつは人形だ。誰に操られて、誰の言いなりかは分からないが、それを僅かに感じているからこそ、俺は彼女を不愉快に思うのだ。


「……辞めて、辞めてくれ。僕をそんな目で見ないでくれ。その無垢金色の瞳を、冷たくして僕を見ないでくれ。違うんだ。僕は、違うんだ。ああ、嫌だ。いや、やめて、いや……ぁ……だめ、だめだ。あ、ああ、あああ、ああああ、あああああ、ああああああ、あああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――」
























 ジークリンデはメルトスノウから消えてしまった。


 出て行った訳では無い。消えたのだ。俺達の視界からいない瞬間に、誰にも見られずに、消えたのだ。


 妙にすっきりとした気分だ。だがどう言う訳か、俺の器の底にずっしりと伸し掛かる何かが残っている。ジークリンデがいなくなって、気分が悪くなってるのか?


 そんな訳が無い。ようやく分かった。俺は彼奴が嫌いだ。あの人形が俺は嫌いだ。


 俺の膝の上には、リュノを座らせている。姉妹の中では一番体温が高い。


「……本心を言っても宜しいでしょうか」

「聞かなくても良いぞ」

「では、遠慮無く申し上げます。……ジークリンデ様が旦那様の前からいなくなったことに、あたしは心から安堵しているのです」

「だろうな。俺も大体同じだ」

「……どうにも、旦那様は自身にそう言い聞かせている様に感じるのです」

「……俺が?」


 リュノは自分の座っている位置に若干の違和感があるのか、体を揺らして位置を調整していた。収まりの良い場所が見付かったのか、背中を俺の体に密着させた。


「どうにも旦那様は、辛い感情を持つことに余り慣れていない様です。……痛みに泣き、孤独に泣き、今まで感じたことの無いそれに関しては、未だに困惑しているのでしょう」

「……不愉快だったのは変わりない。ずっと、ジークリンデに対して快く思ってなかったのも事実だ。出会った時からずっと、ずっとだ。何も変わってない」

「……ならばやはり、あたしと同じ様に清々すると思うのです。そうでは無く、何かしらの、何処かに、引っ掛かっているのだと言うのなら、やはりそれ以外の感情があるのでしょう。直視をしたく無い、辛い感情が」


 ……俺にそんな感情があるとは思えない。いや、リュノの言う通り直視したく無いだけか? ああもう意味が分からない。


「……リュノ、ちょっと悪いが、用事が出来た」

「……そうですか。何時でも待っていますよ。それでせめて答えが出せると良いですね」


 こう言う時の相談相手はもう決まっている。フラマだと理屈を立てて感情論では無く理論的に導く。だが今回は感情論の方が適している。だからフラマは除外だ。


 エイミーはうざったらしいから除外。サラはカウンセリングも出来るだろうが、最近酷い目に合ってるから会いたくない。


 彼は、今日エイミーの手伝いに言っていると聞いた。つまり鍛冶区画にいるのだろう。


 赴いてみれば、やはりだ。フィリップがいた。ようやく寒くなって来たと言うのに、特に外に出ることも無く、こんなクッソ熱い場所で体を動かすのは、流石としか言えない。


「フィリップ」

「お、何だナナシ。手伝いに来たのか?」

「……そうだな。手伝いながらちょっと聞いてくれ」


 石炭を溶鉱炉に入れながら、俺はフィリップに話し掛けた。


 ……どうでも良いが、一体どうやって石炭を入手しているのだろうか。金属はそこら辺に落ちている滅んだ都市のスクラップでも使っているのは容易に想像が付く。


 まあ今は関係無い。


「ジークリンデのこと何だが」

「あー、お前あんまり好ましく思って無かっただろ?」

「……まあ、そうだな」

「で、どうした。縁の切り方か?」

「関係はある。……ジークリンデが消えた」

「……何処にいるか、ってことじゃ無さそうだな」


 最早使い方も失われた鉄のスクラップを溶鉱炉の中に突っ込みながら話を続けた。


「……ああ、少し待ってくれ。自分でも良く分かってないし、なんて表現すれば良いのか分からないんだ」

「ああ、待ってやる」

「……良し、良し、大丈夫だ。……ジークリンデが消えて、良かったと思う俺がいる。だが、だけど……あぁ……済まない、ごめん。……分からなくなった」

「ゆっくりで良い。……相当混乱してるみたいだからな」


 ……ああ、駄目だ。何だ、何なんだこれ。


「だから、つまりだな、えーと、ああ、違う、ああ、多分これだ」

「……どうにも、後悔してる様に見えるな。何だ、喧嘩でもしたか?」

「……まあ、そうとも言える」

「で、俺の所に来たと。……俺よりもレトみたいな、ナナシにベタ惚れな奴等に相談した方が良いんじゃないか?」

「俺はフィリップの方が良いと思った。それで良いか?」

「……まあ、良い。ジークリンデのことは嫌いか?」


 フィリップの言葉を待ち侘びていると、数秒の間だけが流れた。


 ……ああ、俺が答えるのか。


「……好きでは無いな」

「理由は分かってるか?」

「ああ、分かってる」

「それでも悩むってことは……何か引っ掛かってるのか」

「……ああ、だから分からない。ジークリンデが不愉快に思ってたのは、嘘偽りの無い真実だ。ああ、そのはずだ」

「不愉快に思っていた要素以外は問題無かった、むしろ好ましく思っていた。多分そう言うことだろ」

「……あー……そうなのか……?」


 ……妙に納得出来る自分がいる。


「それなら話は結構簡単になる。それが解決出来るジークリンデの欠陥なら、諦めるしか無いな。だがもし、治せる物なら、お前達は親友でいられる。で、どうだ。答えで良いか?」

「……もう少し、もう少しだ。後もう少し」

「より言うのなら、お前はそれを解決出来ると思ってるんだろ」

「お前の勘か?」

「ああ、俺の勘だ」

「……そうか。……そうか……」


 ……モシュネ、それと、テミスに会わないとな。


「多分もう大丈夫だ。ありがとう」

「そうか。あー次はそこの――」

「済まないフィリップ、俺はやることが出来たから」

「ちょっと待てナナシ、せめて最後まで――」

「にーげろー!!」


 危ない危ない。相談しに来たのに手伝いに巻き込まれる所だった。さて、最初はモシュネの場所に行かないとな――。






















 ――ジークリンデは暗闇にいた。


 そこは窓から差し込む十字に切り裂かれた光だけが存在する部屋だった。扉も無ければ彼女が座り込む椅子以外は一切、何も存在しない質素で淋しい部屋だった。


 ジークリンデは両膝を抱えながら足裏を椅子に置き、俯いて腕で自分の顔を隠していた。


「……ジギスムント?」

「おや、バレてしまったね」


 十字に裂けた光は、ジークリンデの目の前の男性に差し込んだ。僅かにジークリンデと同じ香水の香りを漂わせながら、薄ら笑いを貼り付けていた。


 一体何処から入って来たのか、ジークリンデは一切それを聞かなかった。


「君の目的はどうしたんだい?」

「……多分、もう無理だ。ルーラッツ=ゲブニーに否定された」

「それは何も問題が無いはずだが」

「違うんだ。理解して貰う必要は無かった。僕が知らないことが起こっている。だから、だから……」


 ジギスムントは薄ら笑いを深めると、ジークリンデに背を向けた。


「君は何か勘違いしている様だ。それさえもあの方の目論見通りだ」

「そうとは思えない。僕はここにいる。だから、違うだろう」

「あの方は性格が悪い。彼もしくは彼女の影響だろうね」

「……何が言いたいんだい」

「さあ? ジークリンデ君が考えるべきことだ」


 ジギスムントは霧の様に消え去った。ジークリンデはその様子を一瞥もしなかった。


 そして彼女は一切の表情を浮かべずに、俯いたままぴくりとも動かなくなった。


 すると、その部屋からジークリンデは出たのだ。彼女が自分の意思で出た訳では無い。ふとした瞬間に、彼女は部屋から出ていた。


 ジークリンデがいる場所は、嘗て人々が集まり体に鞭を打ち労働に勤しんだビルの屋上だった。その屋上の縁に立ち、雪が降り始めた暗い空を見上げた。


 薄ら笑いを貼り付けると、それを忌み嫌い毛嫌いする様に頬を掻き毟った。


 その綺麗な肌をぼろぼろに傷付け、自傷行為を繰り返した。


 ジークリンデは嘗てまで自分を愛していた。自分こそが最愛であり、他への愛の大きさは自分以下であった。だがそれは、獣の王が失踪したことによって変わった。


 ジークリンデの最愛は獣の王に移り変わった。自分から獣の王へ、愛は移り変わった。彼女は愛を裏切ることは出来なかった。何人足りともそれを裏切ることは出来ない、唯一人ナナシだけは。


「彼は僕を裏切った。いいや、それは僕の被害妄想か。だから、だから、ああ、違う。違うんだ。僕は、何も、彼も、何も。ああ、でも、違う」

「そうだな。全く違う」


 ジークリンデの背には僅かに感じる熱風が流れていた。肌が焼けそうな程に暑苦しく、汗がどっと浮かぶ。だがどうにも嫌な汗には感じない。べた付く汗はどうにも心地良く感じる。


 ジークリンデは振り返った。


「……やあ、ナナシ君。良くここが分かったね」

「まあ、親友だからな」

「……うーん、やはりと言うか、君は女誑しだ。うん、間違い無い」


 ジークリンデは薄ら笑いを貼り付けた。やはりナナシはそれに不愉快さを抱いていた。


「……やっぱりあれだな。俺はお前が嫌いな様だ」

「知ってるさ。すけこましのナナシ君」

「何だすけこましって。文学には疎いんだ」

「女性を誑し拐かすことが上手い人のことだよ」

「……失礼な」


 ナナシの体から、黄金と漆黒の焔が混じって噴出していた。故に彼の周辺は揺らめいており、広げている黒い翼と、雪と共に舞い落ちる羽根がナナシとジークリンデを包んでいた。


 その焔はその一対の翼から噴出されており、ナナシはそれをさも当たり前だと言わんばかりの顔立ちだった。


「……さて、話に戻ろうか。ジークリンデ」

「何だいナナシ君。僕は、もう君の親友になれないんだ」

「『これは契約であり聖約』、そうじゃ無かったのか?」

「契約と聖約は僕から破棄すれば何も問題は無い。だから君は安心してくれ」

「そうか。俺はその契約と聖約をお前と結んだ。無断破棄は許可されない。俺がそれを了承しない限り、お前は俺の親友だ」

「……やはり君は、分からないな」


 ジークリンデの表情に陰りが見えた。それこそ、少しずつ表情が彼女から抜け始めているのだ。


「……分かるかい? ああ、分からないだろう。僕は君達が持っている物は無いんだ。それは君の思った通り、僕は人形だ」

「……また、俺の心を読んだんだな」

「気持ち悪いかい?」

「ああ、果てし無く不愉快だな」

「……まあ、だろうね。僕はそれを感じ取っているし手に取る様に読み取れる」


 ナナシの不愉快に思う感情は次第に膨れ上がった。それをジークリンデは敏感に感じ取っている。


「僕は、君の親友になれない。なれなかった。それを望む人は誰もいなかった。それで、僕達はもう終わりだ」

「……少し、思ったんだ」


 ナナシはジークリンデに手を差し伸べた。そこには二つの炎が立ち上っていた。一つは黄金に輝く炎、一つは白銀に輝く炎だ。ジークリンデはその手を取らない


 ジークリンデは目を見開いた。だが結局はそれも、その振りをしているだけなのだろう。


「俺はお前の親友だ。だから、人形みたいなお前に、命を宿す。色々大変だったさ。何で人形みたいに見えるのか、モシュネの力で想起させて、テミスに頼み込んだ。その所為で今日はテミスと初めてのリュノを両方相手にしないといけなくなったんだぞ? テミスは本当に……何と言うか、被虐趣味って言うのか?」

「……やはり分からない。僕の為なら、その不愉快さはどうするつもりなんだい。僕から感じるその嫌悪感は、君の確かな真実のはずだ」

「なら言い方を変えよう。お前の為じゃ無くて、俺が不愉快に感じない様に、俺から一方的にお前に命を宿す。お前がどう思おうがどうでも良いし、関係無いし、聞くつもりも無い。俺は俺の為にお前に無理矢理命を宿す。お前が、どれだけ暴れても、お前がどれだけそれを拒否しても」


 ナナシは意地悪そうに微笑んでいた。


「……僕に命は無い。故に命から育まれる感情は一切無い。歓喜も憤怒も悲哀も、本当は無いんだ。これは全部、僕の、偽り。僕の命は――」

「もう黙れジークリンデ」


 ナナシの黒い翼は更に大きく広がった。巻き上がる熱は周囲を揺らし、そして降る雪を溶かした。


「ジークリンデの感情が偽りとはどうにも思えない。いやまあ、偽りではあるのか。要は俺の認識と、捏ね繰り回した理屈の話だが、少なくとも俺はそう言われるまで感情が無いなんて思わなかった。それ位お前の演技は完璧で、自然に出来ていた。それが偽物か、って言うのは、ちょっと納得が出来ない」

「……君の主観だ、君の、主観だよ、それは。理屈じゃ無い。安っぽくて薄っぺらい、感情論さ」

「そうか。なら泣いている理由もきちんと説明して貰わないとな」


 ジークリンデは泣いていた。無表情に溢れた涙を拭うこともせずに、ジークリンデはナナシをじっと見詰めていた。


()()()、俺は、親友だ」

「……ああ、そうだ。そうか。そうなのか。僕は、あ、ああ……」


 ナナシはジークリンデに手を差し伸べた。ジークリンデはその手を取った。


 ナナシの手にあった二つの炎は混じり合い、やがて無垢銀色の炎に変わった。


「僕は本来命を持たない。それを持ってはいけない。何をやっているのか分かるのかい? それは本来大罪を意味し、そして僕を鎖から解き放つ行為に他ならない。僕を生物としてこの世界に立たせる、それがどれだけ穢れたことなのか」

「そんなこと知らん。俺がやりたくてやってるだけだ。邪魔する奴がいるなら燃やし尽くせば良い」

「……傲慢だ。限りの無い不遜だ。それが出来る力が君にあるのかい?」

「ある。断言出来る」

「……責任は、取ってくれるかい?」

「ああ、勿論」

「……全く、君は本当に……」


 ジークリンデの手に、無垢銀色の炎が燃え移った。それは徐々に彼女の体の全てを燃やし、やがて一つの巨大な焔へと変わった。


 その焔が収まると、その中心にいたジークリンデは静かに目を開いた。ジークリンデは何も変わらない。だがナナシによって生み出された命の灯火を、その胸中に宿していた。


 それは七人の聖母と変わらない、とても尊き祝福を受けた白日の魂。彼女に無かった物、そして彼女が欲した物。


 彼女の糸は燃やされたのだ。彼女の糸は炎によって燃やされたのだ。彼女の操る糸は獣の炎によって燃やされたのだ!


 それは彼女の自由意志を意味する。それは彼女の自由意志を意味する。それは彼女の自由意志を意味する。それは彼女の自由意志を意味する。それは彼女の自由意志を意味する。それは彼女の自由意志を意味する。それは彼女の自由意志を意味する。それは、彼女の、自由意志を、意味する。


「……僕は、僕さえ犠牲になればそれで良かった」

「自分さえ犠牲になればそれで良かったと?」

「……君は僕の何を思い出したんだい?」

「思い出は無い。お前の命が無いこと以外は、思い出していない」

「……そうか、残念だ。……まあ、これから作っていけば良いよ。僕は君の親友なのだから」

「そうだな、ジーク」

「……はぁぁー……もー駄目だ。君のそう言う所が僕は嫌いだ。とてもイライラする」

「良かったじゃ無いか。俺もお前のそう言う所が嫌いだ」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


いいねや評価をお願いします……ペンギンの自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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