其の四 調査開始 一
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
……と言うか文句はペンギンに言って下さい。
「ふむ……催眠療法も無意味か……」
サラは俺とレトに向けてそう呟いていた。
「こうなると、もうあたしに出来ることは無い。残念だが、現代の医療技術では二人の記憶を取り戻す手段はもう無いだろう」
「……そうか。まあ、仕方無い。調査である程度思い出せれば万々歳って考えるさ」
「力になれず申し訳無い。今後もお前等の検査は続けるつもりだ」
「分かってる」
俺は金属加工をしている施設へ入った。どうやら外の調査の為の武器が出来たらしい。
「やぁやぁナナシ君。要望通り作っておいたよ。このエイミーちゃんに感謝するが良い」
エイミーは奥から引き摺りながら長剣を運んで来た。
「要望通りの両手剣の切れ味めちゃスゴの片刃、それでいて出来る限り重くする。ちょっと持ってみて」
渡された剣の刃は、とても白かった。白い刃に良く分からないが赤い文字が書かれているが、恐らく魔法技術に関係する物なのだろう。
白い刃に相反する様に柄と持ち手は黒く冷えていた。それを片手で握り、持ち上げてみた。
「これを振れるならもう素手で戦えるとも思うけど……」
「……ちょっと重過ぎる気もするが……まあ問題は無い」
その場で素振りをしてみると、重く、速く、風が切れる音がした。これ位なら許容範囲だ。
「フィリップと同じ位馬鹿力があるんじゃ無い?」
「そうだったら良いが……」
エイミーから白い石の様な質感の鞘も受け取った。その鞘には金色の装飾があり、それは植物の枝と葉にも見える。その鞘に何かを傷付けられる危険な刃を隠した。
ある程度この剣を扱い方を教わり、俺は感謝の言葉を述べた。するとエイミーは少しだけ恥ずかしそうにしていた。
「さて、私が出来るのはここまで。後は良い報告が聞ける様に祈るだけ」
「感謝するエイミー。これがあれば敵無しだ」
「ま、私が作ったし。当たり前だよ当たり前」
エイミーは自信に満ち溢れた様に笑っていた。その自信以上の出来栄えの武具だと確信出来る俺の剣は、やはり違和感がある。しっくりと来ない。仕方の無いことではあるのだろうが。今はこれで戦うしか無い。
それを片手に、俺とレトは司令室へと向かった。そこではもうフラマとフィリップが準備を終えており、待っていたと言う様に俺達に話し掛けた。
「来たか。目的は覚えているな」
「ああ、勿論」
俺達は橇に荷物を乗せ、メルトスノウから出発した。
相変わらず雪は永遠と振っている。今日は少しだけ落ち着いているのか、まだ幻想的な景色と表現出来る。この降雪の量が増えてホワイトアウトすればもう幻想的な景色とは言えない。人々から体温を奪い、一度吸い込めば数時間で人を変える恐ろしい物だ。
無害な雪が降る地域は無いのだろうか。……あれば、そこに人は住むだろう。
何時も通りレトは俺の体に抱き着いている。防寒着を着ていてもまだ寒いから丁度良いが、それでも包帯姿で外に出るのはどうかと思うが……。
上着を羽織っている為まだ良いが……。
今回の調査は、大分遠出になるらしい。まずあの植物が生えている場所へ行くまでに橇で二時間程。そこから橇を少しずつ、ゆっくり進みながら確認し、その木の源流を辿る。
数日の調査はするつもりで物資を橇に乗せている。ただ食料に関してはフラマとフィリップの分だけだ。レトは食事を必要とせず、俺はそのレトの血を吸うことが食事行為だ。物資は二人分で問題無い。
やがて俺達は、あの木の場所まで来た。橇から降り、その木を観察する様に凝視した。
あの時から変わらず無垢金色と無垢銀色の焼け爛れた様相の木だ。依然変わりなく、それは葉も実も付いていなかった。
……何故だろうか。この木を見ていると、少しだけ哀しい色が俺の心を塗り潰す。やはり、俺は大事なことを忘れている。もう分かりきったことではあるが、この木を見た時の感情からそれを再確認出来る。
「……なあレト」
「……はい……何でしょうか……」
「……この木は、何なんだろうな」
「その記憶は……私の中には……ありません。……かつては……存在していたのでしょうが……」
「まあ、何時か分かるとは思うが……それでも、焦燥が俺の中にある。レトはどうだ?」
「……済みません……。……私の心に……現時点では……焦燥はありません……。恐らく……記憶が無いことも関与していますが……」
「そうか。分かった。それでどうだ? 通っている何かは見えるか?」
「……はい……あちらです……」
レトは、前を指差した。
「……恐らく……流れはあちらに……」
俺達は馴鹿が引く橇の上に乗りながらその先へ進んだ。
「……雪が強まって来たな」
フィリップがそう呟いた。確かに先程より雪が強くなっている。
そのまま黒い金属のマスクに積もった雪を手で払っていた。
フラマとフィリップは外を歩くにはマスクを付けていないと即座に変異してしまう。少しでも雪が入ってしまえばすぐに危険になってしまう。雪がそのマスクに積もるのは死活問題なのだろう。それに加え呼吸がし辛いはずだ。
その様子を見れば、俺とレトがどれだけ優秀な体を持っているのかが良く理解出来る。フラマの様子からして変異しない人間はいなかったのだろう。
やはり、レトの言う通り俺達は作られた存在なのかも知れない。まあ、それも後で分かるだろう。
かなりの時間を使い前へ進み、やがて雪と同時に強い風が吹き荒れ始めた。
「おーさっぶ! おーさっむ!」
フィリップは大声を出していた。確かに相当寒くなって来た。ただ、俺はレトが抱き着いているからかそこまで寒くは無い。むしろレトが心配だ。心配する理由も無いことは分かっているが、それでも薄着……包帯を体に巻いているのは薄着どころでは無いが、寒くは無いのだろうかと思ってしまう。
……何かいる。
「フラマ、フィリップ、前方、五人」
「……確認した」
フラマはそう言葉を発すると、橇を止めた。フィリップは橇が止まると同時に高く跳躍し、白く染まり前が見え難い視界の先にいる複数の影まで飛んだ。そのまま抱えていた大鎚を思い切り上から振り下ろした。
一体の影はその力任せの大重量に押し潰され、地面に激突した衝撃で周りの影は立つことが難しくなっていた。
そのまま大鎚を横へ薙ぎ払い、纏めて四体叩き飛ばした。
「おーいフラマー! ナナシー! もう終わったぞー! 変異体だー!」
僅かに橇を前へ動かし、フィリップが蹴散らした変異体をこの目に見た。
腕が肥大化しており、最早人間としての顔を持っていない怪物。これが元人間だと言うのなら、この雪はどれだけ罪深い物なのかを、理解出来た。
せめてもう苦しむことの無いように。せめてもう何も感じることが無いように。冷たい雪に彼等の死体を埋め、俺達はまた前へ進んだ。
こんな所で埋葬が出来る程、俺達に余裕は無い。何時変異体が襲って来るかも分からないこんな場所で、そんな余裕は無い。
やがて俺達はある森の前へやって来た。高く真っ直ぐ伸びる木の短い枝の上にも雪が降り積もっており、それが時折落ちて来ている。
高密度に木々が立ち並ぶその光景に、フラマは困った様に声を出した。
「この森は橇では進めないな。この先にあるのか?」
フラマはレトにそう聞いた。
「……はい……もっと……向こうに……」
「……そうか。今日は一旦ここで休もう。雪も強くなって来た」
雪雲に空は覆われて、昼か夜かも分かり辛い。ただ懐中時計を見ると、もう夕方頃なのだろう。休むならこの時間が丁度良い。
フラマとフィリップは食事をしていた。
「それにしても、不気味な位に変異体と遭遇しねぇな」
フィリップが肉を噛み千切りながらそう呟いた。フラマもそれに同意する様に頷いた。
「もう少し跋扈していてもおかしくは無いはずだ。にも関わらず……」
「……ま、倒してもあんまり良い気分にはならないから別に良いんだがよ。あいつら元人間だし」
……やはり、変異体になってしまった人達に同情はあるらしい。ただ、殺さないと言う優しく慈悲深い精神を持つことは出来ないのだろう。彼等は此方を餌と認識し、殺し蹂躙する獣に成り下がっているのだから。殺さなければ殺されるだけ。
残酷だが、それがこの世界だ。皆生き残るのに必死なのだ。その中で変異体は元人間だから殺さないで下さいと言う願いは生まれないのだろう。それならまだ、変異体は獣だと、自らに言い聞かせた方が幾らか精神的にマシだ。
俺も、同じだ。俺は知らなかったとは言え変異体を殺した。あれが元人間だと聞かされた現在でも、俺は変異体を無情に殺せるだろう。
お腹空いた……。
「レト」
「……空腹……ですか……?」
「少しだけな」
「分かり……ました……」
相変わらずレトは俺に対して献身的だ。複雑な気分になることが多いが、他者を襲って血を啜るよりかはマシだろう。
レトの首筋に噛み付き、甘い血を僅かに啜った。温かい血が、甘い血が、俺の渇望を満たす。
今はそんなに大量にいる訳じゃ無い。俺はレトから口を離した。
「……もう充分なのですか……?」
「ああ、傷付いた訳でも無いしな」
「そう……ですか……」
レトは少しだけ寂しそうな顔をしていた。そのまままた俺に抱き着いた。温かいから別に良いが。
「しっかし、こんな場所に森があるとはな」
フィリップは馴鹿に餌をあげながらそう言った。
「そうなのか?」
「ああ、そうか。まだ教えて無かったな。調査が始まったのはここ数年の話だ。以前まではメルトスノウのインフラ整備に労力を費やしていたからな。流石に生き残る拠点を作る方に労力を割かないとこの雪を止めることなんて出来る訳ねぇからな」
納得した。調査と言うのは潤沢な物資があってこそだ。生き残ることさえも難しい状態では調査も不可能だろう。
「ここ数年で分かったことはあくまで周辺地域、しかもその日には帰れる場所だ。丸一日掛けてこんな場所まで来ることは初めてだ」
明日はこの森に入ることになりそうだ。
簡易的な屋根を作り、俺達はその下で寝ていた。毛布に包まり硬い床の上のせいで眠り辛い。レトが隣にいるからまだ良いが。
意外と、簡単に眠ることが出来た。レトのお陰かも知れない。
意識が戻ったのは、若干の空腹感に襲われたからだった。夜に少しだけ血を啜ったからか、少しだけ満たされていた。
「……お早う……御座います……」
レトの挨拶に、俺の瞼は開いた。視界いっぱいにレトの白く綺麗な顔が映り、何時も通り無表情だった。もうすっかり慣れた物だ。
俺の冷えた耳先を温める様にレトの手で包まれている。……心地良いから別に良いか……。
レトはそのまま包帯を解き、首筋を俺の口元に近付けた。何時も通り俺はその首筋に牙を突き立て、噛み付いた。血を啜り、堪能し、とても美味なレトの血。俺だけが堪能出来る俺だけの血。
「……美味しいですか……」
「……ん」
「……貴方を……満足させられるのは……私だけ……でしょうか」
「ん」
「……良かったです……。……私は……貴方だけの物ですから……何をしても良いんですよ……?」
満足出来るまで血を啜り、口を離してレトと会話をした。
「傍にいてくれるだけで良い。それだけで満足だ」
俺はレトの頬を撫でながらそんな言葉を発した。この言葉に嘘は無い。俺にとって彼女はもう、大きな存在になってしまった。
その変わらない顔が、その肌の奥に流れる甘美な血が、その綺麗な指先が、その微かに温かい体温が、その銀色に輝く瞳が、その白色の美麗な髪が、その俺に尽くそうとする精神が、その全てが、レトの全てが、何よりも何よりも、愛おしい。
頬を撫でる俺の手を握り、レトは珍しく微笑んだ。
「……私は……貴方を愛しています……。貴方の為ならば……この身を捧げましょう……」
すると、隣からフィリップの咳払いが聞こえた。
「あー……いちゃつくのは良いんだが、あんまりそう言うのは……二人きりの時にやる物であってだな……」
「覗き見とは趣味が悪いな」
「お前等がここでいちゃついてんだ!」
フィリップは気不味そうに頭を押さえていた。
フラマとフィリップの食事が終わった頃、俺達は馴鹿と橇を置いて森の中を進んだ。
少しだけ収まったのか、雪ははらはらと降るだけだった。
フラマは長い柄の槍を、フィリップは奇妙な形をしている大鎚を、俺はエイミーが作ってくれた剣を抱えながら森の中を進んでいる。
相変わらずレトは俺の横で歩いている。今見れば大分綺麗な歩き方だ。優雅と言うか、可憐と言うか、何と言うか。背筋が真っ直ぐで一歩一歩が丁寧だった。
フラマは偶に足を止め、辺りに生えている植物を調べるように見ていた。
「……百年以上前に品種改良された寒冷地でも育つ植物だな。と、なると……この辺りは元々誰かの所有地だった可能性が高い」
「そうなると、どっかに廃墟が残ってるかも知れねぇな」
「屋根がまだ残っているなら仮の拠点として使えるな」
「ま、それがほぼありえないってこと位分かってるさ」
更に歩いていると、レトは何かを見付けた様に横に歩いた。その場でしゃがみ、何かを見詰めていた。
「レト? どうした?」
「……いえ……ここに……」
レトが見詰めていたのは、フラマとフィリップが付けている様な黒い金属のマスクだった。何か強い力で壊されたのか破片が散らばり、半分に割れていた。雪の積もり具合からして相当時間が経っているはずだ。
「……人がいた……ってことだよなフィリップ」
「そうなるが……この様子だともう……だろうな」
「……警戒しよう。一体だけならまだ良いが」
俺達は更に進んだ。途中レトは、何かを探すように辺りを見渡す動作をしていた。恐らくあの木を生やす為の何かを視界で探っているのだろう。
雪が足先を冷やす。肌に触れる雪が更に体の芯を冷やす。
雪の銀景色は未だに溶ける様子は無い。
俺がこの世界の記憶を持っているのはここ一ヶ月少しだけだ。そのせいでもあるが、目に映る景色は全て新鮮な物だ。この新鮮さだけは、記憶を失って良かったと思える。記憶を失う前の俺は、この景色さえももう見飽きた時期だったのだろう。
確かにあまり考えたくも無いことが多い。振り続ける雪、変異する人々、解決の見込みは今の所は無い。ただ、それはずっと同じだ。
出来るのならば、ずっとこの景色を見ていたい。ずっとこの雪を見ていたい。だが、世界はそれを許さない。俺とレトがこの世界で生きるのならば、やはり変異体の根本的原因を解明し、対処しなければならない。
それが出来るかも知れないのが俺とレトなのだが。
……何度考えても、俺とレトは一体どんな目的があんな場所を歩いていたのか。それに俺は……何故傷付いていたのか……何かと戦っていた?
それなら記憶を失うのは俺だけだ。レトまで記憶を失う理由が見当たらない。
だが、結局分からないことが多い。何度も重ねる調査で、俺の記憶が、それ以上にレトの記憶が戻るのなら、とても良いことではあるのだが。そう簡単なことでは無いだろう。
……何かがちらちらと見える。それに気付いたのか、フラマとフィリップは両手でその武器の柄を掴んだ。
「ナナシ、気付いているか」
フラマがそう言った。
「あまり舐めないで欲しい。もう気付いている」
「それなら良かった。駝鳥の様では無いらしい」
「駝鳥……ああ! 鈍感って意味か!」
どうにもフラマは分かり辛い表現を多用する。せめて戦闘中の掛け声のときには分かり難い表現をしないで欲しい。
警戒していると、どうにも人とは思えない気配だ。大抵こう言う存在は……。
「変異体だ」
そのフラマの声に、俺は抱えていた剣を鞘から抜いた。
偶に聞こえるその足音からして、相当体重があるはずだ。にも関わらず右から聞こえたと思えば左からその音が聞こえる様になる。音の動き方からして複数いる訳では無く、一個体しかいないことは分かる。つまりこの変異体はあまりに速くあまりに重い。
「フィリップ! そっちから来るぞ!」
そのフラマの声にフィリップは即座に反応し、あまりに鈍重なその大鎚を振り回し、背中に回り込んだ変異体と思われる存在に叩き込んだ。
その痛みに悶えるような声が聞こえると、俺達の前にその変異体は姿を現した。
四足の獣の様にも見えた。ただ、その背には黒く揺らめく翼の様な物があった。だが、それを鳥類の翼と言うにはあまりにも異形な造形だった。
何十にも折れ曲がっているその黒く揺らめく六枚の翼の様な物を羽撃かせることも出来ずに、ただ動かしていた。まるで空を目指す雛だ。
その鈍重な体が速く動ける理由は理解出来た。四肢が不自然な程に長く、それでいて圧縮された筋肉が良く見える。その四肢の先には先程まで狩りをしていたのか赤い血が付着していた。その血さえも、振り続ける雪で隠そうとしている。
顔に何も考えずに貼り付けただけの様な眼球と瞼が複数あり、目をぐるぐると回しながらも、必ず一つの瞳は誰かを見ている。その鈍く憂るわせている瞳は、何処か弱々しさを感じる。
「相当強いな。人間離れした体をしている変異体は大体強い」
フィリップがそう言った。何度か対峙して来たフィリップだからこそ分かることなのだろう。それともこの世界では常識なのだろうか。
何れにしても、油断するべき相手では無いことは確かだ。
その変異体は、獣の様に咆哮を発した。最早人間として生きていた頃の記憶も忘れてしまっているのだろう。ただ本能のままに狩りを続ける怪物に成り下がっているのだから。せめて人間の手で弔ってやろう。そう思う程には、彼の姿は人間としては悲しい物だ。
ただ、やはり俺の中にはそれを殺したく無いと言う抵抗は一切無い。あまりにも無情だ。ただ、それで良いとも思ってしまう。結局の所、俺はバケモノだ。
フィリップは走り出した。それと同時に大鎚の打撃部分の左側から炎が勢い良く吹き出し、振り回すその速度を更に速めた。
これも魔法技術の一つらしい。奇妙な形をしていることがそれを証明している。
速度が増し、そのフィリップの大鎚が変異体の体に激突した。だが、先程とは違い確かに激突したはずなのにも関わらず変異体はビクともしない。
逆にその大鎚の柄をその手で握り、大鎚ごとフィリップを投げ飛ばした。
そのまま変異体は高速で動いた。辺りの木々を飛び回り、その上の積もった雪を地面に落とす。
俺は左腕に鎖を巻き付け、横に振り回した。辺りに無造作に高く生えている針葉樹の幹に黒い鎖は、更に隣の幹に巻き付き、更に伸びていく。
俺を中心として、数十本の幹に巻き付き黒い鎖に変異体は引っ掛かった。それと同時に、俺の体に限界が訪れた。
左腕に罅が走り、激痛と共に血を流し始めた。そのまま黒い鎖は消えてしまったが、その変異体にフラマは槍を投げ付けた。
黒い鎖に引っ掛かってしまった変異体はその一瞬の内に動くことも出来ずに、頭部にフラマの槍が貫いた。矛先を越え柄の中腹辺りまで頭部を通り抜けていた。
だが、変異体は脳に大きな損傷を受けているのにも関わらず未だに動き続けた。背に生えている六枚の翼を更に大きく横に伸ばし、何十にも折りながら動かし、空に逃げようとしていた。
その変異体の更に上、そこにフィリップはいた。その大鎚を両手で持ち、打撃部分の左側を上にした。そこから先程より大きな炎が吹き出し、その振り下ろす速度を更に上げた。
鈍い音が響いた。
フィリップが着地すると同時に、大鎚によって叩き潰された変異体の死体が雪の上に残った。
「ふぅ。何だこいつ」
「珍しいのか?」
「いや、異形な変異体は少ないながらも確認は何百もされている。ただ……脳って言うのは変異体も同様に潰れれば死ぬ。さっきはフラマの槍が貫いただろ?」
「ああ、成程」
フラマはその変異体の死体を詳しく調べるように弄っていた。
「……擬似的な脳の組織があるのかも知れない。だとすると……背中に付いていそうだが」
「そんな物まで出来る場合があるのか?」
「聞いたことは無いが……。それより大丈夫かナナシ。左腕の傷が酷いが」
「血を飲めば解決だ」
俺達は休息の為に、この場所に座り込んだ。地面に積もる雪はフィリップの大鎚から出る炎の出力を弱めて溶かした。
レトを抱き締めながら、その首筋に牙を突き立てた。溢れ出る血を啜り、左腕の傷を治す。少しずつ痛みも引いて来た。
「……大丈夫……ですか……?」
「……ん」
「……それなら……良かったです……」
少量で問題無い。もう傷は綺麗に治った。
レトを離すと、無表情ではあるが少しだけ物欲しそうな感情が見える。最近はレトの無表情でも感情が読み取れる様になった……気がする。そうだったら、まあ、色々嬉しい。
「……私は、貴方だけの……物ですから……」
「どうした急に?」
「……いえ……少し……言いたくなったので……」
フィリップは、顔を逸らしていた。フラマは何時も通り好奇心で動いており、死んでいる変異体をまだ調査していた。
充分に休息をすると、俺達はレトの感覚を頼りにまた前へ進んだ。
ある程度進んでいると、最近ついたであろう人の足跡が見付かった。相当急いでいるのか幅が広い、それに足先の跡しか残っていない。だが、靴を履いているのは分かっている。
「……あの変異体から逃げていたのか?」
「何でこんな所で人がいるんだよ」
「それは分からないが、嫌な予感がする。少し急ぐぞ」
そのままフラマとフィリップは素早く走り始めた。仕方無く俺はレトを背負い、その二人に追い付ける様に何とか素早く走った。
あの二人の身体能力は素晴らしい。こんな過酷な環境で何度も外に出て何度も生き残っている二人なのだ。これ位動けないとこの雪の犠牲者を増やすことになるのだろう。
あの二人が基準だとすれば、戦闘員が集まらないのも納得出来る。世界的な上位の身体能力を扱える二人と同等と言うのは、産まれることも見付けることも遥かに難しい。
やがて俺達は、その足跡は終わりを迎えた。ただ、その代わりではあるが雪が深く降り積もる豪勢な屋敷が見えた。その前の門から玄関までを雪掻きしていたのか、地面が僅かに見える。
「住居があるとは予想していたが、まさか人が今も住んでいるとは」
「恐らく孤立してるんだろう。……まあ、この様子だと……」
「……それでも行こう。雪が強まって来た」
俺達はその屋敷の玄関へ向かった。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
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