其の三 メルトスノウ
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
……と言うか文句はペンギンに言って下さい。
ナナシとレトがメルトスノウに来てから早三週間。フラマは頭を悩ませていた。
フラマは科学者でありながらこのメルトスノウの司令官であり、戦闘員であった。今は科学者として頭を悩ませていた。
「……何故ここ最近の平均気温が上がっている……」
メルトスノウ周辺、一日の平均気温はおよそ-48℃である。その平均気温が、およそ1℃上がっていたり下がっていたりを繰り返している。
原因は心当たりがある。レトが生やしたあの枯れ木のような物だと確信めいた物はあった。
だが、その証拠が無い。状況証拠としては充分ではあるが、何故そのような事象が発生し、それをどうやってあの二人が引き起こしたのかが全くの謎である。
二人の体は可能な限りある程度の調査を定期的にしてはいるが、それでも未だに謎が多い。
「……まずレトは何故傷を治せるのか。ナナシは何故血を主食としているのか。まるで伝承にある吸血鬼のようじゃ無いか。だが、あれは……当時はまだ変異体など無かったはずだ。つまり吸血鬼と言う存在はまやかしであり……」
何やらぶつぶつと呟きながら思考を続けているフラマの頭に、鉄の棒で叩いている女性がいた。
金髪で赤い瞳の女性だった。レトが目覚めた時に傍に居た人である。
「なーにぶつぶつと喋ってるのよ司令官」
「……ああ、ナナシとレトの体のことを考察を交えて考えていてな。どうにも分からないことが多過ぎる。彼等を希望の火と表現したが、どうやら本当に火を操るとは……」
「はいはい難しい話は私には分かりませーん。そう言うのは全部フラマに任せてるんだから」
彼女の名前は"エイミー"。武具職人であり、その他改造を担当している職人である。
「……鉄で叩かないでくれ。私の頭はこれから重要になってくる。それこそ毎日使うくらいには」
「逆に聞くけど、使ってない日ってあった?」
「……あの二人は今何処にいるか知っているか?」
「あ、誤魔化した。まあ良いや。訓練場にいるって聞いたよ」
フラマは訓練場に向かった。
「でりゃー! どりゃー! そいりゃー!」
ナナシは腕を動かし、脚を動かし、腰を捻りながら妙な動きをしていた。
「……うーん。これは……出ない!」
フラマは傍にいたフィリップに、ナナシが何をしているのかを聞いた。
「ああ、あれか。あいつ大型の変異体を剣で倒したって言ってたろ?」
「そうだな。だがそのような武器は発見出来なかった」
「だから鎖みたいに体から出したんじゃ無いかって予想で頑張ってるんだ」
「成程」
ナナシは諦めたのか、腕を落とした。
「どうやって出したんだろうなあの時の俺は……」
無意識的に出した剣だが、あれはとても俺の手に馴染んでいた。恐らくあれを使ってこの世界を歩いていたんだろう。それこそレトと……。
……ああ、駄目だ。記憶は絶対に戻らない。レトは幾つか思い出しているのに……。
いや、焦ることはしなくても良い。それはきっと、時間が解決してくれるはずだ。……多分。
すると、フラマが俺に話し掛けた。
「体の調子はどうだナナシ」
「問題は無い。何で今なんだ?」
「ナナシにはまだ謎が多い。何かしら体の異常が発生すれば何が起こるか分からないからな」
「ああ、そう言うことか。ま、その心配も大丈夫だ。そんな時がもし来たらちゃんと俺を止めてくれよ?」
「そんな時が来ないことを願う」
ここ、メルトスノウの生活も相当慣れてきた。まず俺達が数日程過ごして来た環境が過酷だったこともあるが、相当快適だ。
温かいだけでも相当快適だ。温度を感じないレトにとってはあまり関係は無いかも知れないが。
この訓練場でやるべきことはまだある。俺が一体どれくらい動けるのかを一度確認したい。
フィリップに頼み、手合わせを頼んだ。どうやらフィリップはメルトスノウの数少ない戦闘員らしい。相手としてなら最適だろう。
大型の変異体と表現されたあの蝶を倒した実力は未だに未知数。ある程度の強さを証明出来れば雪が降る外の調査にも同行が出来るだろう。調査が出来れば更に俺とレトの謎が解明出来る……かも知れない。
あの女性が俺とレトをこの雪と関係があると言っていた。あの女性の言葉が正しいのなら、俺とレトの謎を解明すればそれに付随してこの雪の意味も分かるだろう。
ようやくフィリップがやって来た。木剣を二本両手に持ち、一本を俺に投げ渡した。
「待たせたなナナシ。木剣を集めるのに手間が掛かってな。元々戦闘員をやってるやつはあまり多くないし、戦闘員だけをやってるのは俺だけだ。他の奴等は別の仕事もあるからな」
「別に良いさ。今日から一人増えそうだ」
「此方としても、大型の変異体を単独で倒した実力が見たいからな」
フィリップは俺の少し前で不器用ながらも構えた。
「……何だよその目は」
「いや、不器用だなと」
「何方かと言うと鈍器の方が使い慣れてんだよ。あまりこう言う剣は専門外だ」
「そうか。それなら俺がぼっこぼこにされる心配は無くなった訳だ」
俺は木剣を持ちながら、一番慣れている体勢にした。
……これを握ってみると、あの剣がどれだけしっくりしていたのかが良く分かる。だがこんな物でも、体の中から少しずつ溢れ出す闘争心。
妙に気持ちが昂ぶる。鼓動が更に上がり、呼吸は深く、視界以外の情報を遮断する程の集中力。
何も聞こえず、風も感じず、何も香らない。ただ目の前にいる二足歩行のあいつを倒すだけ。
僅かながらに、目の前のフィリップが動き出した。それと同時に俺の足は無意識的に踏み込めた。次にもう一度踏み出した頃には、両者とも間合いの内側に接触していた。
ほぼ同じタイミングで木剣を振った。二本の木剣は激突し、中々に良い音が聞こえた。
競り合いになる前に、二本の木剣はまた離れた。フィリップの腹部を狙った横払いを起こした。
だが、それを縦に構えたフィリップの木剣に防がれた。そのフィリップの木剣に押し返され、俺の体勢が崩れた。
そこから間髪入れずにフィリップは俺に木剣を振った。それを何とか上げた右足で受け止めた。
受け止めた木剣を蹴り、自らが握っている木剣を両手で力強く握り、振り下ろした。
それさえもフィリップは腕を伸ばして受け止めた。だが、余程俺の力が強かったのかフィリップは少しだけ後ろに下がった。
間髪入れず距離を詰めながら、木剣を何度も振るった。その全てをフィリップは木剣で防いでいた。
フィリップの木剣が、先程より力強く振られた。そこから防戦は此方に移った。
ただ、木剣が打つかり合う度に、更に木剣を強く握り、更に足を動かし、更に集中力が上がる。
闘争心が膨れ上がり、乾きが内部に広がってしまう。体の血は湧き上がり、肉体は闘争心の増大により躍動を強めていく。
渇望は、何処までも広がる。
今なら、あの時の動きが出来そうだ。
俺は強く踏み込んだ。とても自然に、無意識に、俺の体は流水のように動いた。
木剣を思い切りフィリップに向けて振り下ろした。それはきっと、俺が出せる思いやりも手加減も無い全力だったのだろう。
フィリップの肩に木剣が激突した。誰も反応が出来なかったのだろう。フィリップの視線は未だに俺が先程まで居た場所を見ている。
振り下ろされた木剣は、抵抗も無く肩を通り抜けて腹を通りフィリップの足元まで落ちた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。集中力が切れ、先程まで意識を保っていたのかも分からない状態だったせいか寝起きのような感覚に襲われた。
何とか状況を思い出し、木剣を見ると、持ち手の部分から壊れていた。
壊れた部分には、まるで焦げたような黒い痕が残っていた。フィリップも驚いているのか、肩を何度も触っていた。
「何時の間にそんな近くに来たんだ!? いやそれよりも何で木剣が折れてんだ!?」
「……あー……ヤバイ……」
「どうしたナナシ?」
「……腹減った……」
俺は弱々しくその場で倒れた。渇望は脱力感を生み出し、やがて涎が口角から僅かに溢れ始めた。
レトはすぐに俺の傍に来て、上体を起こした。そのまま首筋の包帯を解き、俺に近付けた。
俺は何時も通り噛み付いた。レトの白い肌に俺の牙が突き刺さり、そこから血が僅かに出た。それを啜り、少しずつ渇望を満たした。
徐々に脱力感から開放され、レトの体を両手で掴んで力強く抱き寄せた。更に深く牙をレトの白い肌に突き刺し、甘い血を求め続けた。ある程度啜っていると、フィリップが気不味そうに話し掛けた。
「あー……色々聞きたいことがあるんだが」
「……少々……お待ち下さい…………フィリップさん。今……啜っておられるので……」
レトがそう返した。
そろそろ大丈夫だろうか。俺はレトの首筋から口を離した。牙の傷はすぐに塞がり治った。何度見ても不思議な現象だ。
俺は立ち上がり、一回だけ腕を回した。
「……ふう」
「大丈夫かナナシ」
「多分久し振りに動いたせいで疲れたんだろうな。レトの血を啜ったからもう大丈夫だ」
「それも気になるが、何で木剣が折れたんだ」
俺が折れた木剣の先を目で探していると、フラマが拾い上げ興味深そうに観察していた。
「……興味深い。ナナシ、この後は特にやることも無いだろう? 少し時間をくれ。フィリップもレトも気になるのなら着いて来てくれ」
フラマは表情を変えていないが、少しだけ楽しそうだ。何故だろうか。
司令室及び研究室と言われた場所で、フラマは折れた木剣の先と持ち手を机の上に置いた。
「さて、また謎が増えた訳だが……」
「何かおかしかったか?」
フィリップはそう言った。どうやら本当に分からないらしい。
俺でも分かっていたが、まあここはフラマに喋らせよう。
「まずこの木剣が折れた原因だが、見れば分かるか。焼けたせいで耐久力が下がったのだろう。もう分かるか?」
「いや?」
「……まあ良い。謎なのは、木剣の外側は焼けた痕が無いことだ。内部にだけ焼けた痕があり、外側には何も無い。少々不思議な焼け方だ。それこそ魔法のような」
「魔法技術が使えるのはもう分かってたことだろ。今更不思議か?」
「だから言っているだろう。内側だけが焼けていることが謎なんだ」
「ああ、そう言うことか」
「ようやく分かったのか……」
呆れたようにフラマはため息を付いた。
「……さて、この原因は分かるかナナシ」
「全く検討が付かない。それこそ……そのー魔法技術? とやらを使った気は無かったしな」
「……そうか。……使う意志が無ければ魔法技術の発生は不可能だ。無意識的に使うことは本来ありえない。と、なると、私達が知らない科学技術があるのか、それとも……科学技術とも魔法技術とも言えない全く違う技術を扱っているのか。まあ、それは調査を繰り返せば何れ分かるだろう。それこそ記憶を取り戻せば、きっとな」
……あの時は、集中していた。本当にただ集中していた。そして力の限り全力で振った。ただそれだけ。
大型の変異体を倒した時もそうだった。目の前の変異体を倒すことしか考えておらず、それこそ極度の集中力を発揮していたのだろう。
その極限とも言える状況に陥った時に、剣を出した。ふとそう思った。
俺には分からないことばかりだ。それと同じくらいにレトもだ。
それもあの女性を見付ければ分かるのだろうか。分かるのならば、今後の目標はあの女性の捕獲だろう。それさえも相当遠い道程になりそうだが。
それでも、やらなくてはいけない。やらなければ俺はナナシとして生きることしか出来ない。
あくまでナナシは今の俺の名前。人を識別するだけの呼び方だ。本当の名前を知らなければならない。
……何か、忘れてはならないことを忘れているような気がする。それは名前と言う訳では無く、もっと別の……。……レトは、何者なのだろうか。それも大事だ。
俺にとって一日は相当長い物だった。記憶を無くした俺にとって全てが新鮮な出来事だからだろうか。体感時間が人より長いのだろう。
今は渡された本でこの世界の文字を練習している。言葉は交わせるが文字は書けなかった。レトも同じ状況だ。記憶を失ったからだろう。あまり不思議なことでは無い。
隣に同じ様に文字の練習をしているレトがいる。……今思えば色々危ない服……服? 包帯で体を隠しているのは服と言えるのだろうか。フィリップの発言から俺の感覚はこの世界の標準なのだろう。
「……これで……良いのでしょうか……」
「俺に聞かれてもな。明日フラマか、毎朝検査の為に来るサラに聞いて欲しい」
「……そうで…………すね。……そろそろ……寝ましょうか……?」
「んー……もう少し勉強してからにするか。レトは先に寝てても良いぞ」
「いえ……貴方が起きているのなら……レトも……起きています…………」
……今まで自然と受け入れていたが、レトの精神性は俺を慕い隷属し従順であろうとしているように思える。それが強制的に課せられた物では無く、それこそ心からそれを望んでいるような……。
……いや、それは記憶を失ったせいなのかも知れない。……それだけは、あまり考えたく無い。記憶を失ったせいで心からの隷属を望んでいると言うことは、記憶を失う前は強制的に課せられた隷属になってしまう。課したであろう人物は……状況証拠からして記憶を失う前の俺。
それだけは、あまり考えたく無い。今の俺はレトを親しく思っている。記憶が戻れば、レトは俺を恐れ、今の俺の感情は変わってしまうのだろうか。……それは、嫌だと思うのは、今の俺だからだろうか。
記憶を思い出さない方が良いことも、あるのかも知れない。今は、そんな記憶が無いことを祈ろう。
……せめて、レトが俺を慕う感情だけは記憶を失ったせいでは無いと願いたいのは、我儘だろうか。
十二分に文字の勉強をして、俺達はベットに入った。
もうレトと一緒に寝るのも慣れた物だ。レトから感じる体温が寝る為には必要だ。何故かレトの体温が俺にとっては心地良い。
抱き締めていると、僅かにレトが唸った。
「……んぅ……」
「強かったか?」
「……いえ……少々…………何だか……胸が高鳴るのです……」
「……そうか。少し離れて欲しいか?」
「このままで……良いのです……。……このままの方が……私の心が満たされるのです……。……勿論……貴方が嫌で……無ければ…………ですが」
「それならこのままでいて欲しい。温かいからな」
「……分かりました……。……んんぅ」
……まあ、良いか。特に気になることでは無いな。
俺はレトの体温を近くで感じながら、安らかに眠ろうとした。次第に瞼は重くなり、やがて視界は暗くなった。
もう何も考えられない。もう、意識は手放した。
「……眠ったのでしょうか……? ……返事はありませんね…………」
レトは御主人の睫毛を触り、眠ってしまったことを確認した。
表情は変わっていないが、それでもその胸の奥に僅かな羞恥心があった。レトはそれを表すことが苦手なだけだった。
少しずつ顔を近付けた。より御主人の顔を見る為に。それともう一つ。
頬を触り、唇を近付けた。
少しだけ申し訳無さを感じたのか、顔を離した。その先へ行くのは、立場上行ってはいけないと分かっているのだ。その先へ行くことが許される為に必要なことはただ一つ。御主人からの許可だけである。
それが無い以上、レトはこの先へ行くことを許されない。それをレトが望んでいたとしても。
やがてレトは御主人の胸に顔を埋めた。御主人の匂いに包まれ、やがては溶けるように瞼が落ちた。誰よりも何よりも愛している御主人を傍に、安らかに眠った――。
――誰かの咳払いが聞こえた。
俺は重い瞼を何とか開けて、横を見た。
何時も通りの白衣を着ているサラだった。少しだけ気不味そうな目をしていた。
「乳繰り合っている所失礼。検査の時間だ。お前等が何時も同じベットで寝ているせいで何時裸で抱き合っているかとヒヤヒヤしているんだあたしは」
「……そう言う日は来ないと思うぞ……」
「それならまだ気不味くならなくて良いが。さあ、速く食事を済ましてくれ。食事行為に関してもあたしから見れば興味深い行動だ」
見られるのはあまり良い物では無いが……まあ、良いか。それを見せても此方に不利益は無いはずだ。
血を啜ることさえも、健常な人間にとっては異質に見えるのだろう。そう考えればこの観察も興味深い物なのだろう。
隣で未だに寝ているレトの体を揺らすと、レトは眠たそうに上体を起こした。すぐに朝だと分かり、日課のように首筋の包帯を解いた。
「どうぞ……」
俺はまたレトの首筋に牙を突き立てた。どれだけ啜ろうとも飽きることの無い美味で甘味な血液。
今はそこまで渇望に襲われてはいない。ある程度啜ればもう満足した。
口をレトの首筋から離し、口角に僅かに付着した血を指で拭った。
サラは何時の間にか金色の縁の片眼鏡を付けていた。
「ほら、さっさと左腕を広げろ。今日はそこの検査だ。レトは何時も通り僅かな傷を付けるが勘弁してくれ」
サラは俺の左腕をその片眼鏡で覗きながら、ベタベタと触っていた。もう慣れたことだ。
「どうやって鎖を作り出したのか、そんな魔法技術があるとは思えないんだがな……この器具でもそのような痕跡は一切見られない。鎖を出してくれ」
あの時の感覚を思い起こす。体の奥から嫌な物が湧き上がるような、あの感覚。体の奥から貯めた血を吹き出させるような、あの感覚。
俺の上半身から左肩に掛けて左手にまで黒い鎖で縛られていた。その鎖は罅が走っており、その内部から赤い光が僅かに漏れ出していた。
その黒い鎖をサラは手に持ち、また片眼鏡で覗いていた。
「……これにも魔法技術は全く使われていない。にも関わらず肉体の改造による科学技術だとすれば肉体に頓珍漢な器官も確認出来ない。何なんだお前」
「記憶が無いんだ」
「……まあ、明日は催眠療法で記憶を引き出せるか試してみよう。解離性健忘ならそれで引き出せるとは思えるが……まあ、それを考えるのはまた明日だな」
サラは鎖を手放した。俺は鎖を消した。今思えばこの鎖も勝手に消える。これが科学技術でも無く魔法技術でも無いのは、俺の体質は最早現在の技術では説明が出来ないと言うことになってしまう。
サラは白衣から小さな針を取り出した。そのままレトの手を掴んだ。
「少しチクッとするぞー」
「……痛みは……感じないので……」
「それも少し気になるんだ。だが脳に何かしらの障害を抱えている訳でも無い。やはり謎が多い」
レトの手の甲に針を刺し、僅かに血が出た。
そしてまた片眼鏡で傷が塞がる様子を覗いた。
「……何度見ても分からないな……。……まあ、お前もまた同じ様に明日催眠療法をしてみよう。記憶が戻ればある程度は分かるかも知れないからな」
そのまま検査を終えたサラは、部屋を後にしようとした。だが、レトはサラを呼び止めた。
昨日の夜に勉強していた文字を羅列した紙を渡した。
「……ふーむ。まだ拙いな。仕方の無いことではあるが。ああ、ここが間違っている。これは右から書くんだ。ナナシはどうだ」
机の上に置いてある紙を勝手に取り、また見詰めた。
「……ナナシの方が間違いが多いな。やはり参考書だけでは駄目か。暇な時にでもあたしに見せてくれ。そうすれば上達の速度も指数関数的に上がるはずだ」
「ありがとう……ございます……レトさん……」
「その聞き取り辛い喋り方も直せれば直せたら良いが……個性として受け入れた方が楽そうだ」
その後俺は着込んで外に出た。レトも当たり前のように俺の後ろに着いて来ていた。俺とレトは釣り竿に、ちょっとした餌を持っていた。
外に出たのは調査の為では無い。持って来ている物品である程度予想も付くだろう。そう、氷上の穴釣りだ。
メルトスノウの近くにはちょっとした氷河がある。表面から厚さ1m程の氷を砕けば未だに流れている深い水がある。そこにはしぶとくも生き残っている魚が栄華を極めている。相当栄養豊富なのだろうか。まあ、この氷河がある為メルトスノウと言う拠点が作られたのだろう。
定期的に釣りに来る人がいるせいか、事前に穴が開けられている。だが、時間が経っているせいか薄く氷が張っている。
持って来た小さな石を投げ付けその氷を壊し、レトと一緒に穴釣りを始めた。
「……雪が強いな」
「そうですね……寒くはありませんか……?」
「ちゃんと着込んで来たからな。大丈夫だ。レトの服装の方が心配だが」
数分程経つと、レトの釣り竿が少しだけ引いていた。レトはすぐに引くと、小魚が釣れた。食べるにしては小さな物だが、それでも貴重な食料だ。
今度は俺の釣り竿が強く引かれていた。抵抗が強かったが、案外簡単に引っ張ることが出来た。
少しだけ大きな魚が釣れた。両手くらいの大きさだ。
俺達はまた針に餌を付け、糸を垂らした。
「色々釣れるな」
「そうですね……。……持ち帰られる分……メルトスノウ……に……」
「あまり取り過ぎるのも駄目らしいぞ」
「……そうなのですね……。…………失った記憶の中には……貴方と一緒に……この様なことを……していたのでしょうか……」
「……そうだと良いな。少しやってみただけだが、これは中々に面白い」
「……考えれば…………貴方は私の血で……私は元々……食事をせずとも…………良いので……この様に食料の為の行動は……あまりしなかったの……かも知れません…………」
「あー確かにそうか。そうだとするとあまり楽しそうな人生は送っていないな。そんな人生かも知れないならやっぱりこれをしてたと思った方が幾らか良い気持ちになれる」
「……そう言う……物なのでしょうか……」
「そう言う物さ」
「私には……感情があります……。……その感情は……人より特異な物なのでしょう……」
「どう言う意味だ?」
「……私の体は……あまりにも……都合が良過ぎるのです……。それこそ……何かに作られたように……。……気温を感じずに……食事を必要とせず……傷は塞がり……痛みを受けない……。まるで……完璧な人間を求めているように……。ですので……私は作られた存在では……無いのでしょうか……。……被造物だからこそ……貴方を慕い……被造物だからこそ……貴方を愛した」
「……そうだとするなら、俺も誰かの被造物なんだろうな。ま、別に関係無いだろ? 今の俺達は、それを忘れているからな。それならもう被造物かどうかもどうでも良い事柄だろ」
レトは何も答えなかった。俺の意見を何とか飲み込み、自分の意見に昇格しようと頑張っているのだろうか。それとも……。……これは、考えなくても良いだろうな。
ある程度釣って、相当な数の魚が取れた。持って来ておいた懐中時計の針を見てみると、短い針が上を差している。確か昼の時間だろうか。
「さて、そろそろ帰るか。帰り支度をしよう」
「はい……」
取れた魚と釣り竿を抱え、俺達はメルトスノウへ帰った。
魚の処理を済ませ、ある程度は保存食の方に流した。
すると、どうやらフラマが俺達を呼んでいたと言う話を聞いた。
ガラス張りの廊下を早足で行き、司令室へ向かった。
ソファーに座りながらここら一体の地図を鋭い眼光で睨んでいるフラマの姿がそこにはあった。向かいにいるフィリップと会話はしていたが、やはり相当重要な話をしているらしい。
「……ああ、来たか。座ってくれ」
フラマはそう言いながら座るように促した。
「さて、まず一つ。確信が出来た」
そう言ってフラマは机に広げられた地図の上に人の置物と木の置物を置いた。
「人の所がメルトスノウ。木はあの時レトとナナシの力で生えたあの植物がある場所だ。ここ数日の調査で分かったことだが、あの植物に近付く程に気温が僅かに上昇している。誤差と言える程ではあるが、それでも確かにだ」
「……そう言うことか……!」
「話が速くて助かる。だが、まだ理解出来ていない脳筋が一人いる。きちんと説明しよう。レトの発言からして何かしらが通っているのだろう。その何かしらが集中する場所に辺りの気温を上げる植物を生やせるのだろう」
フラマは持っていたペンでレトの方を差した。
「レトはその何かを見られる。そしてあの植物を広範囲に咲かせば、雪が溶ける程の気温を作り上げることが可能かも知れない。そして私が見ている景色はその先だ。その植物が生える為の何かが通っている、つまりその何かの源泉とも言える場所があるかも知れない。それを見付けることが出来れば、世界的に雪を溶かす方法を見付けることが出来ると睨んでいる」
フィリップはようやく理解出来たように何度も頷いた。
「そこでだ。これからの調査はその何かの通り道を探す。その為に君達、ナナシとレトは必ず同行して貰うことにした。あの植物を生やせるのは君達だけだからな」
「つまり、準備を整えろってことか」
「その通りだ。ナナシの武器の作成はエイミーに頼んでいる。出来次第、調査を始めよう」
フラマの話は終わった。
この世界の雪を溶かす方法がもしかしたらあるかも知れない。それも俺達が鍵を握っている。
今後の目標が出来上がった所で、俺の心は僅かに浮き上がっていた。
相変わらずレトの表情は変わらない。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
いいねや評価をお願いします……ペンギンの自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……