其の二 雪の終末
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
……と言うか文句はペンギンに言って下さい。
レトは何かを見ていた。
その何かは分からない。分からないが、確かに見たことがある。その記憶が奥深くにある。
御主人が、自分の前に立っている。何かを喋っているように口を動かしている。
「……行こうと思う。着いて来て欲しい。レト」
その情景は、すぐに薄れた――。
――レトは目を覚ました。
暖かい毛布に包まれてはいたが、満たされない寂しさがある。
男性の温もりが無かった。だからこそ不安感に襲われ、だからこそ喪失感に苛まれた。
「あ、起きた。おはよ、気分はどう?」
不安感に襲われいてるレトに話し掛けたのは、椅子に座っている女性だった。
金髪の女性が着ているコートには色とりどりの液体を入れた試験管を付けており、その赤い瞳で同情するようにレトを見ていた。
「傷まだ痛むとは思うけど、もう大丈夫。破傷風とかの心配も無いはず。……左腕は、残念だけど」
その女性はレトの左半身を見ていた。
レトの左腕は、切除された。元々皮一枚で繋がっていただけだったからだ。あのまま繋げる技術は、もうこの世界には残っていなかった。
「まあ、生きただけで儲け物と考えないと。大型の変異体に襲われて左腕だけで生き残ったんだから、ね?」
「……あの人は」
「え?」
レトはベットから出た。そのまま歩こうとしたが、力が何時もより入らないせいかその場で転んでしまった。女性はすぐにレトを起こすように手を差し出した。
「あまり無茶はしないで。まだ傷が完全に治った訳じゃ……」
「……あの人は……何処にいるんですか……。……あの人は……あの人が……」
「……あの人って言うのが、あの男性のことなら……。……大丈夫。大丈夫よ。だから……」
「……あの人の声が……聞こえない……。……あの人の息が……聞こえない……。だから、今も……苦しんでいる……。行かなければ……あの人は……死んでしまう……だから……。……私の為に……私のせいで、死なせては……いけない……」
レトは走り出した。
左腕を失っても、それを気にも止めずに、御主人の為に走った。自分を護る為に傷付いてしまった御主人に、感謝の前に後悔の感情が先走った。
自分のことを恨んでいた。傷付くべきなのは自分だったと。自分のことを蔑んでいた。苦しむべきなのは自分だったと。
後悔は、溢れ続ける。
あの時助けを求めずに、棄てるように説得すれば、きっと、御主人だけは傷付かずに苦しむこともしなかったと。
レトは、何故に男性が何処にいるのかが分かっていた。
それを遮る人々を押し退け、涙を少しだけ零しながら、無理矢理部屋に押し入った。
「血が足りない!」
好青年の男性はそう叫んだ。
「血液型も分からないまま輸血出来る訳ねぇだろ!」
赤髪の男性はそう訴えた。
「何でも良いから持って来てくれ! 取り敢えず片っ端から試すしか無い!」
「それが危険だって言ってんだろ!」
「それしか方法が無いと言っている!」
四人程の人物が、ベットで寝ているレトの御主人の男性を囲んでいた。その周りを更に他の人々が慌ただしく走り回っている。
「良いから男衆は使える魔法技術道具を全部持って来い! こっちは治癒で精一杯!」
医者のような風格の黒髪の女性は、男性の胸に両手を置いて後ろでてんやわんやしている人々に叫んだ。
「四度目の心肺停止! もう無理ですってこれ!」
医者のような風格の女性の隣で男性の様態を逐一観察している背の低い男子がそう叫んでいた。
「死なせる訳にはいかない! この男は大型の変異体を倒したかも知れない希望の火だ! それをみすみす見殺しに出来るか!」
「と言うかまず汚染除去薬の投与はしてんのか!」
「それは後で良い! まだ変異の兆候は見られないからな! まず生命維持をやらなければ無意味になる!」
レトは、その四人を掻き分け残った右腕で男性の頬に触れた。もう冷たく、息もしておらず脈も打っていない。ある箇所では血が滲み、ある箇所では肉が削れ白い骨が見えている。
「なっ……! 君は……何故こんな所に来たんだ! まだ君の傷は癒えていない! だから安静に……」
その好青年の男性の声は、レトの耳には入らなかった。自分の歯で右手首を噛み千切り、そこから出血をしたことを確認した。
男性の口を無理矢理開かせ、流血した血をその口に流した。
「……貴方を……もう二度と……一人にしません……。……だから……私を、残さないで下さい…………」
レトの傷は、すぐに塞がった。それでも充分な量を捧げられたはずだ。
レトはもう一度男性の頬に触れた。
僅かに、息をした。
それは小さく、それでいて異音が混ざっているが、確かに息をした。
レトはもう一度右手首を噛み千切り、そこから流れる血をまた男性に捧げた。
レトの傷はまた塞がった。
もう一度噛み千切ろうとすると、赤髪の男性がレトの行動を止めた。
「何をしているのかは分からないが、残った右腕を粗末にするな! それに血を飲ませるのは感染症のリスクも……」
「心拍数上昇! 息もしています!」
その男子の声に、赤髪の男性は驚愕したように口を大きく開いた。
「何で急に戻った!」
その疑問の声に苛立ったのか、医者のような風格の女性はその赤髪の男性の背中に横に振るった脚で蹴りを入れた。
「いっっっってぇ!」
「疑問なんざ今はどうでも良い! さっさと血を持って来い! 止血はあたしの魔法で何とかなるからほら! さっさと行け!」
「蹴るな! 何度も何度も俺の背骨を折ろうとしやがって!」
「てめぇが鈍いからだろうがこの脳筋バカ!」
レトはそのまま元いた場所に戻されてしまった。
近い内に御主人が目覚めることを信じて――。
――男性は瞼を開けた。虚ろな視界で、何とか今の情景から死んでいないことを確信した。
だが、隣に彼女がいない。その不安感に苛まれ、名前を小さく呟いた。
「……レ……ト……」
「レト? レトとはあの白髪の女のことか?」
好青年の男性が、包帯に包まれている男性にそう聞いた。
「……こ……。……こ」
男性は声を出せる程の体力も残っていなかった。
「ここは何処か聞いているのか? ここは"メルトスノウ"だ。知っているだろう?」
「……い…………」
「……始まりの言葉が『い』と言うことは、否定の言葉か。メルトスノウを知らないとなると……何処かで孤立した拠点があると言うことか? 君はそこから来たと言うことか?」
「……レ……ト……」
「……またレトか。……仕方無い。詳しい話はそのレトと言う女から聞こう。今は休んでくれ。一命は取り留めたが未だに生死を彷徨う可能性がある危機的状況だ。彼女なら左腕は失い腹部に穴は空いていたが今は安定している」
好青年の男性は部屋を後にしようとした。扉の前に立つと、突然その扉が開かれた。
そこから、レトが入った。
「また君か……。心配なのは分かるが、安静にしてくれ」
「呼びましたか……?」
「私は呼んでいない」
「……貴方に……言ってはいません……」
「……なら、誰が……。……まさか、そこの男か? どうやって聞こえたんだ?」
レトは好青年の男性の声を無視しながら、寝ている男性の傍に佇んだ。
「……大丈夫ですか……?」
男性は口を何とか動かしていた。
「……声が出し難いのですか……? ……食欲は……枯渇していますよね……」
「……ん…………」
「それでは……」
レトは何時も通り首筋を男性の口に近付けた。その行動のせいだが、レトは男性の上に乗る体勢になっている。そのせいで少しだけ唸るような声を出していた。
「……噛めませんか……?」
男性は、弱々しく噛み付いた。何とか肌をその猟奇的な牙で突き破り、その血を啜った。
その血を啜れば、やがて疲れ果てたのかその牙を離した。
「……どうですか……?」
「……大分……」
男性は少しだけ微笑んだ。
「喋れるように……!? 何が起こった――いや、それよりもまずは、二人は何者だ。そこから聞くべきだな」
レトは言葉を渋っていた。何か喋ると不味い物があるのでは無く、自分が何者かの記憶が無かったからだ。ただ自分が何者かと言う答えは、御主人の所有物であり、レトと言う名前しか持っていない。
男性はレトの代わりに喋り始めた。
「……レトはゆっくり喋る……俺が色々教えよう……。……まずは、俺達を助けてくれて、ありがとう……」
「あまり無茶はして欲しくは無いが……。まさか、傷も治っているのか……!」
「……ああ。……理由は分からないが。……それで、ここはメルトスノウって言ったが……俺はその名前を知らない。……だが……あくまで恐らくだが……孤立した拠点から来たと言う訳では無いと思う……」
「無いと思う? 自分が何処から来たのか分からないのか?」
「ああ……。……今の俺にとって……最初の記憶は……何処かで歩いていた……。それをレトが助けてくれたんだ……」
「無いと思うと言ったことに関しては?」
「……服装だ」
「服装?」
男性はレトの姿を見た。服とは言えない包帯で白い肌を隠している。
「……俺は、ボロ布。レトは、包帯。……お前の服装を見る限り、この地帯は寒いはずだ……にも関わらず俺達は……あんな寒そうな服装をしていた。……何処か人が集まる場所から移動したにしては……違和感を覚えるだろ……?」
「納得はした。だが、その予想はありえない。お前達を発見した当時の軽装で暮らせる土地は、もうこの地球上には存在しないからだ。あったとしても赤道付近。だがそこもあくまでここよりはマシ、それに加え更に汚染が進んでいる。人が住むにはあまりに過酷過ぎる」
男性は不思議そうな顔をしていた。自分が何処から来たのか予想が出来なくなったからでは無い。地球上には自分達のような服装で暮らせる土地は無い。そして汚染と言う聞き覚えの無い単語。それが男性の頭を困惑させた。
「……その様子だと、本当に記憶喪失らしいな。汚染も今の世界では常識だ。これは現状から説明しなければ……。……いや、それはもう少し傷が癒えれば説明しよう。ああ、忘れていた。私の名前は"フラマ"だ。君達は?」
「……こいつはレト……。……俺は……分からない。好きに呼んでくれ……」
「そう言われてもな……。……それを決めるのも後にしよう。今は名前に有意義を感じる訳では無いからな」
すると、この部屋に医者のような風格の女性が入って来た。乱雑に髪を掻き毟り、それでいて何かに苛立っていた。
「……あー。……仲が良いのは結構だが、乳繰り合うのはもう少し傷が治ってからにしてくれ。血流が速くなって血管が破れてまた手術は御免だ」
「何か勘違いをしているようだが、この二人がしていることは違う。正確には……そうだな。授乳みたいな物だ」
「……特殊性癖者ってことにされるか、フラマがバカってことになるか。お前はどっちが良い? そこの寝ているお前」
男性は上に乗っているレトに降りるように頼み込み、そして医者のような風格の女性の言葉を返した。
「……フラマがバカだ……」
「らしいが?」
フラマはあくまで間違っていないと表したいのか、凛とした顔のままだった。
「恐らくこの男は血液を経口摂取により取ることで傷を治す。それは母乳を飲む赤子と特に変わりは無いはずだ。だから私は授乳と表現した」
「よし、お前はバカだ。もう何も喋るな」
医者のような風格の女性はフラマを蔑んだ目で見ていた。
「それで……えーと、そこの女。名前は」
「……レト……です」
「もっと速く喋れ。聞き取り辛い」
「……はい。……済みません……。……どうにも……口を動かすことが……苦手で……」
「まあ良い。この男が心配なのは何と無く理解出来るが、レトも重症だ。安静にしろと忠告したはずだ。お前も左腕切断に腹部に穴が空いてたんだ。背中にも相当酷い傷があった。そんな状態で動くことは医者として許さない。分かったらさっさと戻れ」
「いえ……お腹の傷なら……このように……」
そう言ってレトは腹部の包帯を解いた。そこにあるはずの崩れて向こう側の景色が見えた穴は塞がっていた。ただ完璧では無く、肌までは治っていなかった。
女性は驚愕した顔をしていた。
「確かにあたしの医療技術と魔法技術で何とかある程度は塞いだけど……こんなに回復した覚えは無い。回復速度が速いなんて言葉で表せない。貴方、何者?」
「……レトと、申します……」
「そう言う意味じゃ無くて……」
女性が捲し立てようとしている最中にフラマが割り込んで止めた。
「この二人は記憶喪失らしい」
「本当?」
「嘘を付いているようには見えない。まず嘘を付く理由が見当たらない」
「……まあ、良いか。体の調査は傷が治れば」
「男性は血を飲めば傷が治るらしい」
「……そろそろ怒るぞ?」
「本当だ。確かめて見て欲しい」
そして女性は寝ている男性の片足を乱雑に持ち上げた。
「……があっ……!」
「痛いだろうが我慢しろ。……あー本当だ。まだ酷いが確かにある程度治っている。……だからあの時、心肺が安定したのか……。フラマ、お前の目はどうやら正しいようだ」
そのまま女性は寝ている男性の体を更に診察した。
「忘れてた。あたしは"サラ"。科学技術、魔法技術両方の医術を扱う医者だ。感謝しろ。お前等の傷をある程度治したのはあたしだ」
風格の悪い笑顔をにっと浮かべながらサラはそう言った。
「さて、脈も安定、傷も血液の経口摂取で治るらしいのなら……輸血液分全部飲ませればある程度は治る? それともレトの血が特殊?」
「……血であれば何でも良い。……ただ、大量に飲ませるのは辞めてくれ……腹いっぱいで過ごすのは辛い物がある……」
「発言から考えるに食事行為ってことか。血液を食事とする……魔法技術の何かしらの改造を受けたか、それとも……。いや、それにしては体は人間だった。単純に改造するならもう少し変梃な臓器の一つや二つあるはず。……びっくり人間が答えしか無いな」
「……普通の人間だとは……思えないのは確かだ……」
「まあ良い。そう言うのも傷が治ればすぐに解ぼ……調査しよう」
「物騒な言葉が聞こえた気がするが……」
「……気の所為だ。疲労から幻聴が聞こえたんだろう」
「……そうか」
男性は疲労のせいか、そのまま気絶したように眠ってしまった――。
――……体中痛い……。
その痛みのせいで俺は目が覚めた。何時の間にか眠っていたようだ。
……ああ、そうだった。えーと……フラマ……だったか。フラマに助けられて、ここは……確か聞く限りメルトスノウ。良し、記憶は確かにある。
周期的に記憶を失う訳じゃ無さそうだ。……レトは……無事か。
「……腹減った……」
「お、起きたか」
俺は声の聞こえた方向に首を動かした。フラマとは違う男性が俺の視界に入った。赤髪に黒目の男だった。
「もう日が落ちた。俺はお前の様子を確認する為にここにいた。理解は出来たか? 記憶喪失がどれくらい酷いのか俺には分からないからな」
「……ああ。大丈夫だ……。……レトの様態は……?」
「まず自分の心配をしろ。……あの女の様態は特に変わらない。安定しているさ。それ以上にお前が危険だが。……ああ、忘れてた。俺は"フィリップ"だ。宜しく」
「……そうか……フィリップ。……ありがとう」
良かった。この傷が無意味にならなくて良かった。
安堵の息を吐くと、肺が痛む。その痛みがすぐに咳に変わってしまった。
何度も咳き込んだ。痛い咳を何度も吐き出した。体の中から痛みが広がり、それは吸血の衝動を増幅させた。目の前にいるあの男性が、ただの餌に見えてしまう。殺せば、簡単にこの痛みも和らぐはずだ。
……それをしてはならない。俺が何者かは分からないが、それでも恩人を殺す訳にはいかない。
すると、フィリップは俺の口にチューブを入れた。
「咥えて吸え。輸血用の血だが、これでも良いんだろ? ああ、吸う力も無いのか。ちょっと待ってろ」
そう言ってフィリップは血液で満たされた袋を俺の上に掲げた。そこからチューブを通ってその血液が俺の喉を通る。渇望していた血は簡単に俺の食欲を満たした。
「ある程度の事情は知っている。血が食事なんだろ?」
「……不味い」
「そりゃ……血だぞ? 鉄っぽい味しかしないだろ」
「違う。レトと比べればこの血は不味いんだ」
「どっちもどっちだと思うんだがな……。だが、顔色は良くなったな。歩けるか?」
「無理だ。まだ傷は治っていないんだろう」
「そうか。まあ仕方無いよな。色々聞きたいことはあるが、疲労困憊だしな。もう一度寝て休んでくれ」
「……ありがとう」
俺はもう一度眠った。
次に目が覚めた理由は、妙に体が重く痛いからだった。目を開けると、レトの顔が一杯に写った。
「……お早う御座います……」
「……おはよう。……腹の傷はどうだ?」
「……もう……治っています……。……左腕はまだ……」
レトは何時も通り首筋を俺の口元に運んだ。
その首に噛み付き、そこから出て来る赤い蜜を啜った。この血の甘さはやはり美味しい。
俺の体が治っていくのが感じる。砕けた骨が修復し、裂けた傷が塞がり、内部の痛みが引いていく。そして何よりも、中に広がる充足感と満足感。
ある程度動くようになった腕を動かし、レトの体を抱き寄せ、自分の牙を更に奥に突き刺す。乾き切った欲望は、溢れ出る血液で満たされている。
やがて充分に啜ると、レトから牙を離した。
「……美味しかったですか……?」
「ああ。最高だ」
「……それなら……良かったです……」
すると、フィリップとは違う咳払いが聞こえた。何と無く覚えている。恐らくサラだ。
「……食事行為を止めるのは少々心苦しいが、それでもお前等の行為は性的接触にしか見えない。出来ればだが、人がいない所でやってくれ。さあ、傷はどうだ。レトの診査はもう終えている。腹部は塞がり左肩から腕が23cm程修復している。何故修復しているのかは未だに謎だが……まあ、記憶喪失なら仕方無い。思い出したらすぐに教えてくれ」
サラはレトを俺の上から退かし、また俺の片足を上げた。
「どうだ?」
「……結構痛い」
「歩けることは?」
「出来ない。まず力が入らない」
「そうか。レトと違い自動修復機能は持っていないのか。……生物としてはレトの方が上位に位置するはずだ。にも関わらず恐らく同じ場所で生まれたお前が血を経口摂取することで修復機能が活発化する、言わばレトの劣等種だ。自動修復機能を持っている方が都合が良いはずだ。にも関わらず……やはり、お前達は何かがある。その何かが……まあ、良い。この調子だとレトは三日で完全に治るだろう。お前はまだ分からないがな」
その顔には好奇心が滲んでいた。
そして俺は、この三日間ずっとベットに寝ていた。同じような人が定期的にやって来るだけの退屈な時間だった。
俺の体はまだ完璧に治っていない。だが、レトの体は完璧に治っている。俺はあの日と同じ様に車椅子に座っている。
レトは俺が乗っている車椅子を両手で押し、フラマの案内を受けていた。
「レトには事前に説明したが、君にはまだしていなかったな。改めて、ここは"メルトスノウ"。ここを説明にするには、まずこの世界の歴史を話そう。あくまで私が知っていることだけだが、それで良いなら」
どうやらここは様々な施設がそれぞれ繋がって一つの建造物になっているらしい。隣の施設と繋がっている廊下に張られているガラスから見える視界は、猛吹雪によって白くなっている。何も見えない。
「科学技術、魔法技術が双方影響しあって指数関数的に技術を発達させた時代があった。……いや、魔法技術も科学の一つだ。今でこそ別けているが、当時は魔法さえも科学だった」
ガラス張りの廊下を歩いていると、外に食用の植物が生えている田畑が見えた。ホワイトアウトになる程の雪雲のせいで日が入っているとは思えない。その田畑の野菜を数人が回収をしていた。
「科学技術はその通りにやれば誰でも扱えたが、その分強力な現象を引き起こすにはそれに見合う程の犠牲を払う必要があった。魔法技術は一個人が発動させる為、誰もが扱える物では無かったが、一個人で強力な現象を引き起こすことが出来た。これがこの世界の常識だ」
やがて次の施設の中に入った。ここはやけに暑かった。どうやら金属を大量に溶かす為の大きな溶鉱炉から発せられているらしい。ここは金属加工を主にする場所なのだろう。
「……今からおよそ九十四年前。その栄華を極めた人類史は、大幅に衰退した。砂漠地帯に雪が降ると言う異常事態が、恐らく最初に確認された異常気象だろう。突然平均気温が急激に低下する地域が多発し、その雪によって多くの人間が苦しめられた。それが汚染と言う物だ」
またガラス張りの廊下を進んでいた。
「今の世界に降る雪は、体内に入れれば即座に体組織を変質させる物だった。吸ってしまえば時間経過で体組織が変質する。変質した人間を、私達は変異体と呼んでいる。君達も危なかった」
少し違和感を覚えた。だが、その違和感を思い出せない。
やがて次に訪れた施設は、資料が詰められている本棚が壁に並べられている場所だった。フィリップもここにいた。あまりに大きい鎚の手入れをしていた。
「ここはメルトスノウ司令室及び研究室。ここで話そうか。ここなら色々見せることが出来る」
そう言ってフラマはソファーに座り込んだ。フラマは俺の隣にある椅子に座るようにレトに促したが、それを聞かずレトは立ち続けた。
「さて、ようやく本題だ。ここ、メルトスノウが作られた理由は、この雪の根本的原因を解決する為だ。先程説明した通り、この雪は人類を崩壊させるにまで脅威を振るった。だが、何処かおかしい。ただの自然現象とは思えない。まずこの雪の汚染は、人間にだけ影響する。更に細かく分類するのなら真核生物動物界真正後動物亜界左右相称動物新口動物上門脊椎動物門脊椎動物亜門四肢動物上網哺乳網真獣下網……」
「分かった。とにかく人間だけ影響があると言うことは分かった。だから長々と人間の分類を喋らないで欲しい」
「そうか。分かった。……世界中に降り積もる雪は人間にしか脅威を振るわない。他の動物は、植物も、その雪を肺に入れられる。それにこの雪は溶かすと汚染が無くなる。明らかに人類だけを狙っている事象だ」
「……ですが……」
レトは口を開いた。
「……私達は……雪が降る外を歩いていましたが……特にそのような変化は見られません……」
「当たり前だ。雪を肺に入れて二時間以内に汚染除去薬を投与すれば何とかなる。それも多くは量産出来ない。主に材料が目的でな」
「いえ……私達は……雪が降ってから……二日は経ったはずです」
フラマは驚愕よりも先に、思考を深めるように自分の口元に手を置いた。
「……本当か?」
フラマは俺にそう聞いた。
「ああ、本当だ」
「……まさか、汚染を受けない? ……だが、調査では確かに人間だ。にも関わらず雪を吸って変異をせずに二日過ごす……何かおかしい」
そうだ。俺が持っていた違和感。それは、何故か俺達は汚染を受けないことだ。ようやくすっきりした。
「……もう一つ聞きたい。あの変異体を倒したのは、恐らく二人の何方かだと思うんだが」
「あの変異体って言うのは、蝶の羽が生えている大きい奴か? それなら俺だ」
「……君達は、私達が求めていた雪を溶かす希望の火だと思っていた。だが、私の予想以上だ」
フラマが隠している口元は、僅かに笑っていた。九十四年間人類を苦しめた雪の汚染を受けない存在が同時に二人現れたのなら歓喜するのも分かる。
「……君達のその体質に、更に興味が湧いた。一番古い記憶を教えてくれ。出来るだけ詳細に」
俺は思い出しながら少しずつ語った。
「まず、俺は何処かを歩いていた。それが何処かは分からないが……確か歩くことも出来ないくらいに……丁度今みたいな傷で歩いていた。そう言えば雪は降っていなかったな。それはありえるのか?」
「いや、珍しい事象だ。雪が少しでも降り止むことは数年に一度あるか無いか。雪が一日降り止むことは観測史上無かったはずだ。こちらが観測した限りではこの地域だけ二日間雪が降り止んだ。恐らく一番古い記憶はその時だろう」
「……偶然とは思えないな」
「その意見には同意する。君達の記憶が喪失した理由と、雪が二日間降り止んだ理由。無関係だとは思えない。その失われた記憶の中に、私達が求める答えがあるのかも知れない。どうにか記憶を引き出したい所だが……残念ながらその技術はもう失われている。出来たとしても何十年掛かるか……」
「此方としても何も約に立てなくて済まない」
「いや、充分だ。君達の存在その物が大きな価値を持っている。保護する選択は間違っていなかった」
……そうだ。俺達は雪が降る外で倒れていた。それをフラマは助けた。
二時間で変異体へなるのだとしたら、俺達をメルトスノウに入れるのはあまりにも危険だ。中で変異体が発生することになってしまう。
それなら本来、外で倒れている人間を中に入れることは避けるべきことなのだろう。
「……今一度感謝を。名前も失った男から」
「受け取っておこう。さあ、まずはその傷を治すんだ。その後は君達が来たであろう場所の調査をする必要がある。勿論同行して貰う」
「ああ。精一杯恩に報いるさ」
そして更に三日程経った。毎日レトの血を啜り、万全までに回復したはずだ。
「おはよう。リハビリも無しにそこまで治ったなら、もう外に出ても問題は無いだろう。本当はすぐにお前達の調査をしたかったが……まあ、仕方無い。我々の目的は唯一つ。この雪を全て溶かすことだ」
サラの診査を終え、俺達は司令室に足を運んだ。
フラマとフィリップは、もう準備万端だ。防寒具を着ており、金属で出来たマスクを付けている。
俺も似たような防寒具を着ている。マスクは付けていないが。汚染を受けない俺達にとってそれは必要無いからだ。
レトは防寒具を着ずに、何時も通り服とは言えない包帯を体に巻いているだけだ。
「……あー、レト」
気不味そうにフィリップが声を出した。
「……その服装は寒いだろ? せめてまともな服を着てくれ」
「いえ……寒さは感じないので……」
「……だからと言ってなぁ……何と言うか、その、目に悪いと言うか何と言うか」
「……ああ、そう言うことですか……。……少々……お待ち下さい……」
レトは何処かへ行った。戻って来ると、黒いローブで身を包んでいた。
「……これで、宜しいでしょうか……?」
「前よりはマシか……」
フラマは槍の柄でフィリップの頭を小突いた。
「どうでも良いことに時間を掛けるな。今から四人だけで調査に行くんだ」
「分かってる。それじゃあ行くか」
雪が永遠に吹き荒れる外に出て、俺達は馴鹿が引く橇に乗って雪の上を走った。
「昔は動物も使わないで動く車があったらしいが、まあ仕方無いか。おーさっむ」
「慣れろフィリップ」
「そうは言ってもな。この寒さは慣れない。この綺麗な雪の一粒でも吸えば俺達は一瞬で人外になるんだぞ?」
「それを終わらせる為に動いているんだ。目的を忘れるな」
「忘れている訳じゃ無い」
「それなら良かった」
俺とレトが歩いた距離はそこまで長く無いはずだ。一日は寝ていて、残りはほとんど車椅子だ。この橇の速さなら数時間で一番古い記憶の場所へ行けるはずだ。
レトは橇の上で俺に抱き着いている。
「……なあレト」
「……はい」
「いや、良いか。暖かいから」
「それなら……良かったです……」
「そう言えば、レトは何処で目が覚めたんだ?」
「……一番古い記憶は……貴方を寝かせた……あの建物です……。……自分の名前……それに、貴方に仕えると言う……私の使命……。……分からないのですが……きっと……貴方を追い掛けて……いたのでしょう……」
……俺は、レトが分からない。分からないが、きっと、それが分かる記憶を持っているのだろう。
何だか見覚えがある道はもう雪で埋もれている。この先が、俺が歩いていた場所だ。
「この辺りか?」
「恐らく。一番古い記憶は……ここを歩いていた」
「……ここからは徒歩で調査しよう」
前にフラマ、そして後ろにフィリップで俺達は歩いた。俺とレトは武器を持っていない。だからこそだろう。
「……特に不自然な点は無いな。ここで記憶を失ったのなら、何か強力な衝撃を受けたはずだ。にも関わらずその原因になる物が見当たらない。傷が付いていたのなら……それこそ変異体に襲われたと思っていたがそんな変異体もいない」
「と言うかどうやってあんな大きな変異体を倒せたんだ?」
フィリップのその疑問に、俺は答えた。
「無意識だ。無意識的に、俺は……少し待ってくれ」
あの時の感覚を思い起こす。体の奥から嫌な物が湧き上がるような、あの感覚。体の奥から貯めた血を吹き出させるような、あの感覚。
俺の上半身から左肩に掛けて左手にまで黒い鎖で縛られていた。その鎖は罅が走っており、その内部から赤い光が僅かに漏れ出していた。
どうやら出来たようだ。
「魔法技術か?」
フラマがそう聞いた。
「さあ? 多分そうだ。科学技術にこれが出来ないならな」
「いや、魔法技術だ。科学技術でそれが出来るとは思えない」
「そうか。無意識的にこれを使って……そう言えば、あの剣はどうやって……」
「剣? 剣を持っていたのか?」
「ああ。俺の傍に落ちていなかったか?」
「……いや、特に何も無かったはずだ」
「……そうか」
あの剣は何処かで見たことがあった。何処か遠い記憶で……それこそ……。……駄目だ。思い出せない。思い出せばきっと、それが俺とレトの答えのはずだ。
だが、それで簡単に思い出せればそれこそ今も悩んでいない。どうにかしてその記憶を導き出す破片でもあれば良いが……。
すると、フィリップは突然大鎚の柄を両手で握った。
「どうしたフィリップ」
「誰かに着けられてるな」
「盗賊か?」
「盗賊なら橇の方に行くだろ。それにわざわざメルトスノウの近くで盗賊するバカがいるとは思えないだろ? 恐らく……」
「殺害が目的か」
それと同時に火薬の爆発音が聞こえた。それと同時に俺はレトを無意識的に庇うように覆い被さった。
フラマもフィリップも同じ様にしゃがんだ。
「銃かよ! あんな高価な物良く持ってるな!」
「ありえないことは無いが……それでも相当なはずだ。此方としてはぜひ手に入れたい技術だな」
「どっちが盗賊か分からねぇな」
「それで、場所は分かるか」
「分かる訳……いや、丁度来てくれたな」
道の先に銃身の長い銃を構える女性がいた。その女性は即座にもう一度発砲をした。
その銃弾をフラマは槍先で貫いた。
「科学者が戦闘も行けるってどうなんだ」
「煩いぞフィリップ。今はあの女だ」
「はいはい。対話……はしてくれ無さそうだな。どうする?」
「……まず制圧だ。対話はその後でも出来る」
「お前って偶に物騒なこと言うよな……俺がドン引きするくらいには」
「煩いぞフィリップ」
フラマとフィリップは同時に駆けた。
最初にその女性の前に到達したのは意外にもフィリップだった。相当な重量をしているであろう大鎚を持っていたとしても相当な身体能力を持ち得ていた。
左後ろに力を溜めるように大鎚を走りながら構えた。大鎚の打撃部分の左から炎が吹き出し、その振る速度は更に速まった。
人の骨を軽々と砕く程の速度を出したと思っていたが、それを女性は悠々と跳躍で避けた。
その跳躍に合わせ、後ろで走っているフラマに向けて発泡した。
その銃弾をフラマは槍先で砕き、跳躍と同時にその女性の体に突き刺そうとした。だが、その槍を更に足場としてその女性は更なる跳躍を繰り出した。
その抱えている銃の先をフラマに向け、引き金を引こうとした。その直後に、俺は鎖を投げ飛ばした。
体に染み付いている動きは、当然とも言えるようにその女性の腹に巻き付いた。
そのまま鎖を横に振り払い、雪の地面を越えて土の地面に叩き付けた。
「良くやった! えーと……ナナシ!」
「そのままだなフィリップ。……まあ、その名前も良いな。これからは"ナナシ"と呼んでくれ」
こんな状況ではあるが、俺の名前が決まった。
フラマは俺の黒い鎖で縛られた女性に槍先を向けた。
「さて、聞きたいことは色々あるが、まず一つ。何故私達を襲った。まるで俺達を海豹を咥えた鯱を狙い撃っているように」
「フラマ、分かり辛いぞそれ」
フィリップの冷静な指摘は、俺もそう思う。どうやらフラマは少々独特な感性を持っているようだ。
「ほら、お嬢ちゃん。何で俺達を襲ったのか教えてくれないか? こんな世界で人間同士の争いがバカらしいことが分からないくらいに頭が弱い訳じゃ無いはずだ」
その女性はフラマを睨んでいた。
「……白髪銀眼の女と、黒髪金眼の男……。仲間?」
「仲間、と言えるのかはまだ議論の余地はあるが、この雪を溶かす為の火となることは確かだ」
「……そう。じゃあ、辞めた方が良い。その二人は、この雪と関係しているから」
「それはもう分かっている。だからこそ此方で保護する必要がある。この雪を溶かす為に。何故お前はあの二人のことを知っている。それに加え、何故雪と関係していることが分かる」
「……この雪が、何故降ったのか分からないままでいるお前等には、何も分からない。それに何も教えない。どーせ理解出来ない」
「それを理解する為に、私達がいる」
「……あっそ。……この鎖、あまり多様しない方が良いって、忠告しておいて」
その言葉と共に、俺の左腕に罅が走った。その罅はやがて広がり、激痛と共に血を流した。
「っ……!」
言葉を出すことは出来なかった。
黒い鎖は消え失せ、やがて果てし無い脱力感にも襲われた。
レトは即座に俺の体を支えた。
「おいナナシ! 大丈夫か!」
「フィリップ! 女から目を離すな!」
鎖から解き放たれた女性は高く跳躍し、逃げるようにして走り去った。
フラマもフィリップもその女性を追い掛けることはしなかった。それが出来ない程にその女性は素早かったからだ。
俺はレトの首筋に噛み付いた。血を啜り、左腕の傷を治した。
だが、脱力感は未だに襲われている。それも血を啜れば大分和らいだ。
「何か様態の変化が起こったのか。原因は……恐らくあの鎖だろうな。使い過ぎるとすぐに限界を迎えるのか」
「……妙に疲れた……」
あの女性は……俺達を知っていた様子だ。何とか探して話をしたいが……もう逃げた後だ。その願いが届くのはもっと後になるだろう。
……俺達は……この雪と関係がある……。俺とレトの中に確かに存在しているであろう記憶の中にその答えがあるのだろう。
雪が降る理由、それも、きっと。
ある程度血を吸うと、俺の体調もある程度は治った。
首筋から口を離すと、レトは何処か遠い所を眺めていた。
「どうした?」
「……ああ……いえ……何かを……感じるのです」
「……そうか。そこへ向かうか?」
「……はい……。……何かそこにあると……感じるのです……」
そのまま俺達はあの女性のことを後回しにした。レトが先行してその何かを探していた。
ただ、吹き荒れる雪が更に強くなっていく。更に視界は白くなり、やがてホワイトアウトに襲われた。
「……もうこれ以上進むのは危険だ。引き返すぞ」
フラマのその声に、レトは足を止めた。
「……ここに……どうやらあるようです……」
「ここ? 何も特徴的な物は無いが……」
「いえ……ここに……通っています……」
「通っている? 通っているとは……」
レトは自分の指先を噛み千切った。その指先から垂れる血を雪を掻き分けた下の土の地面に垂らした。
すると、僅かにその地面が盛り上がった。そこから地面を突き破るように、植物のような物が生えた。
人の背よりも成長したその植物は、葉も付いていない枯れ木に見えた。ただこの雪景色に相応しい無垢銀色に輝いていた。それが何を意味するのかは、俺には分からない。
ふと、触ってみた。それが何を意味するのかは、俺には分からない。ただきっと、これは俺にとって必要なことだと思っただけだ。
レトもこの木に触れた。
「……"無垢金色は彼の瞳に"……。……"無垢銀色は彼女の瞳に"……。……"鬱世を共に"……"雪の景色に頬を染める"……」
「……どうしたレト? ……その、言葉は」
「……分かりません。……同じ……言葉を……」
「……分かった。"無垢金色は彼の瞳に""無垢銀色は彼女の瞳に""鬱世を共に""雪の景色に頬を染める"。……これで良いのか?」
すると、その木の色に無垢金色が混じった。そのまま勢い良く成長をして、やがて形を変えていった。
まるで花の蕾のような形に変わり、その蕾がゆっくりと開いた。
咲かせた無垢金色と無垢銀色の花の中に、一つだけ、燃え盛る火の丸い塊があった。その火の塊をレトは両手で掬った。
花はまた枯れ木へと変わった。
レトは両手に火の塊を持っているが、全く熱がる様子も無く、それでいてその火の塊を俺に手渡した。
「……どうぞ……これを……体の中に……」
「これを食べるのか?」
「……はい……。……これが……貴方のするべきことだと……思うのです」
「まあ、レトがそう言うなら……」
手渡された塊は、熱くなかった。その不自然さも何故かすんなりと受け入れられた。
俺はそれを飲み干すように喉を通した。簡単に飲み干せた。
「……えーと、それで?」
「……この木に……焔を……。……この雪を溶かす……焔を……。……それは……私では扱えないので……」
「……少し待っててくれ」
レトの言う焔が何かは分からないが、それでも何と無く言っていることは分かる。何故かは分からない。やはり記憶を無意識的に思い起こしているのだろう。
黒い鎖を出し、その鎖を木に巻き付けた。黒い鎖の奥から、僅かな炎が吹き出した。小さく微細で矮小な炎だった。
その炎が僅かに木を焼いた。それと同時にその木は焼け爛れたような様相に変わった。
すると、ホワイトアウトした視界は僅かに晴れた。
「……少しは、雪も溶けるでしょう……。……それ以上に……降るでしょうが……」
「思い出したのか?」
「私は……あくまで貴方に……貴方の為に……従う身……。…………これが……貴方が望んたことの……はずです……。……だからこそやるべきことを……出来ただけです……」
……俺が記憶を思い出さなければいけない理由が、もう一つ出来た。
俺達はこれ以上の調査は無意味だとしてメルトスノウへと戻った。
……俺は、何者か。それもやはり分からない。ただ、レトの発言が正しいのなら、俺は雪を溶かせる。そんな力があるのなら、何故前の俺は雪を溶かすことをしなかった。
いや、やろうとしたのかも知れない。やろうとした最中に……記憶を失った。
それもありえないように思える。フラマの発言からこの辺りの雪が溶けた様子は無かった。……いや、俺とレトが歩いた時は、雪が降り積もっていなかった。
一時的にこの辺りだけの雪を溶かした? ……いや、それも理由が見当たらない。それにあの木が生えているだけで僅かに雪を溶かすのなら、レトを連れてあの木を生やせば良い。にも関わらず、記憶を失う前の俺はそれをしなかった。
……何が、目的で、俺は、レトは、動いていたのか。それが……分からない。
ただ記憶を失う前の俺に恨み言を呟いた。
「……クソッタレ」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
いいねや評価をお願いします……ペンギンの自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……