其の九 第二調査開始 三
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
……と言うか文句はペンギンに言って下さい。
フィリップとモシュネは馴鹿を引きながら雪が降る世界を歩いていた。
目的地も分からないまま、ただモシュネの感覚を信じて歩いていた。
……やべぇ。気不味い。
フィリップは、体感したことも無い気不味さを覚えていた。
基本的に人当たりの良いフィリップは、すぐにでも他人から親しまれる精神をしている。だが、モシュネだけは違った。
モシュネが愛するのはナナシと名乗る男性だけであり、それ以外は何も愛さない。せめて言うならば、レトの様に姉妹だけだろう。
「……あー……お前は、ナナシのことを何処まで覚えてるんだ?」
「従うべき方だと言うことは」
「レトと同じか」
モシュネはフィリップと顔を合わせずに会話を続けた。
「あの方に心から従うことが、モシュネが生きる意味なのです。あの方を心から愛することが、モシュネが生きる意味なのです。……傍にいることも、モシュネの生きる意味だとは、思うのですが……まあ、それは仕方ありません」
フィリップはモシュネに出会った時から、ある違和感を抱いていた。その違和感を言語化することが困難だった。
「……あの様なことになった時にも、傍にいた方が良いのでしょう」
その言葉に、もう一度違和感を持った。
そして、今度こそ、フィリップはその違和感の一部の言語化が出来た。
「あれは、お前の所為な気がしてならないんだが」
その言葉に、モシュネは足を止めた。
「……何故、そう思ったのですか?」
「いや、理由は無い。ただの勘だ。ナナシが一時的に記憶が蘇ったのがお前の所為、いや、お前のお陰と言った方が良いのか? まあそう思っただけだ」
モシュネはフィリップと顔を合わせた。
「……モシュネは、ただ、御主人様の為に。ええ、それに偽りはありません。記憶が蘇ったのは良いのですが、あの方の心を傷付けてしまった。それだけは、顔向けが出来ない程のモシュネの失態です」
フィリップの頭はあまり良く無かった。そこから更に仮定を広げることは出来なかった。
二人はただ前へ進むことしか出来なかった。雪が降る世界を前へ進むことしか出来なかった。
どれだけ進んでも、どれだけ行っても、必ず雪が降る。必ず白い景色だった。
フィリップは、そんな景色に飽き飽きしていた。ずっと雪が降り続けるこの白銀の世界に、もう飽きていた。
この雪が降る以前の世界は、色に溢れていた。色とりどりの光に溢れ、この雪が降り、汚染に恐れ外にも出れない生活よりも豊かな物だと思っている。
もうその景色を見たことがある人物は数少ない。だからこそフィリップのこの想像は、子供がキャンバスに描く夢物語に近いのだろう。それでも憧れることを辞めない。
全ては、雪を溶かす為。この世界の雪を全て、溶かす為。
その為に彼は体を鍛えた。頭の悪いフィリップは、それしか出来なかった。頭脳は全てフラマに投げ渡して、自分だけは誰にも負けない強力な肉体を得る為に、体だけを鍛えた。
フィリップはそれだけしか出来なかった。
やがて変異体に出会うことも無く、夜になってしまった。
雪がより一層強まり、二人は廃墟の中で火を焚いていた。
「おーさぶ。何でモシュネはそんな格好でも大丈夫なんだ。レトもだが」
「それは、モシュネは持っておりません」
「そうか」
モシュネは焚き火を見詰めながら、無表情ながら僅かに悲哀を漂わせる表情を浮かべていた。
「……どうしたモシュネ」
「……特に。それに、もしモシュネが何かを考えていたとしても、貴方には関係ありません」
「ああそうかい。そりゃ悪かった」
フィリップはそれ以上何も聞かなかった。その場で毛布に包まり寝転んだ。
モシュネはただ、自身の御主人についてずっと考えていただけだった。脳裏の奥にはその金色の光が輝いている。
それを愛し、それを慕い、それに恋い焦がれた。
モシュネは銀色の瞳を瞼の裏に隠した。
「……どんな、名前なのでしょうか」
そして、二人は朝を迎えた。
モシュネが起きると、目を擦りながら体を起こした。
そして、ゆっくりと歩き始め、雪がはらはらと降る外に出た。
雪が降り積もる地面の上に座り込み、神に祈る様に手を組み顔を下げた。
拾っていた硝子片を手に取り、その硝子片の鋭い部分を包帯の上から首筋に突き刺した。痛みに顔を顰めることもせずに、その顔に表情は宿っていなかった。
その首筋から吹き出す鮮血を、もう片手で受け止めた。吹き出す勢いが弱まり、首筋から下に向かって垂れる血さえも両手で受け止め、手で作った皿一杯に、血を溜めた。
その血を、少しずつ地面に落とした。全て落とし、赤い果実を握り潰した様な真っ赤な果汁に染まった手を、また祈る様に指を組んだ。
その首筋にある傷は綺麗に治っていた。
「自傷行為は辞めて欲しいんだがな。幾ら治るとは言え」
フィリップはコップに入れた湯気が僅かに立ち上る白湯を飲みながらモシュネにそう言った。
「祈りを」
「何の神にだ?」
「いえ、神では無く、御主人様に。……神に祈るのも、良いでしょうね」
モシュネは立ち上がりながらぽつりぽつりと話し始めた。
「ですが、神と言うのは無条件に人を助ける訳ではありません。何の対価も無しに人を助けると、人間の身で思うのは傲慢でしょう」
「じゃあ何で神に祈るのも良いと思うんだ?」
「気紛れにでも良いのです。神が気紛れにも人の声に耳を傾け、神が気紛れにも人の願いを聞き入れる。これでも、良いのです。ですが、案外神と言うのは、人間に興味は無い様です。……やはり、神に祈るのは辞めましょうか。祈っても結局御主人様を救ってくれないと言うのなら」
「そんなもんか」
「そんな物です」
すると、血の匂いに惹かれたのか、変異体が一体ひたひたと歩いて来た。
フィリップは抱えていた大鎚で一瞬で変異体を頭から叩き潰した。
肉団子にも近い形状になってしまった変異体を軽蔑する様な目で、モシュネはそれを見詰めていた。
そのままフィリップはモシュネの案内を受けながら前へ進んだ。
それしか方法が無かった。
どれだけ進んでも、一切撤去されない瓦礫と、降り積もる白銀の雪。
やがて二人は凍り付いた大河に架かる錆び付いた鉄橋の上を歩いていた。
「崩れそうだな」
「強度は未だに問題は無いはずです」
放置された車の中には、何処からやって来たのか分からない鳥の巣が作られている。雪が降る世界で、雛鳥同士が身を寄せ合って暖を取っていた。
モシュネはそれを見て、ある種の共感を抱いていた。
木や骨で作られた巣から一匹の雛鳥を手で掬った。雛鳥は怯えることも無く、歌にも聞こえる鳴き声をモシュネに発していた。
モシュネはそれに合わせ、適当に考えた歌を口ずさんだ。
とても綺麗な美声だった。抒情詩の様な歌を口ずさみ、モシュネは微笑んでいた。
すると、モシュネはその雛鳥を巣に戻した。何時の間にかモシュネは、その手に笛を持っていた。フルートの様に扱い、その楽器を容易く扱っていた。
何故こんなことをしているのかも、モシュネには分からなかった。ただ今は、御主人様のことを思い浮かべながら、音が届く様に、笛を鳴らしていた。
演奏を終わらせれば、そのフルートの様な笛はモシュネの手から消えてしまった。
モシュネの中には、まるで我が子を亡くしたかの様な喪失感が広がった。それでもモシュネは、無表情だった。表情を作ることが出来なかった。
すると、フィリップが拍手をしていた。
「凄かったぞさっきの演奏! どうやって笛を出したのかは分からないが」
「……少し、晴れやかな気分になりました。何故でしょうか」
「そんなことを言ってもな……俺には分からねぇぞ」
すると、フィリップはあることを思い出した。
「ああ、そう言えば、ナナシは何処からともなく黒い剣を出したらしい。モシュネの笛は、それと同じ様なことなのかも知れないな」
「……どうなのでしょうか」
両者共、答えを持っていなかった。
答えを導き出す気も無かった。
そのまま二人は更に前へ進んでいった。
進めば進む程、木造建築が多く見える様になった。雪の自重で屋根が崩れている建築物が多く、二人はその瓦礫の上を歩いていた。
すると、フィリップはその卓越した視力で動く何かを見付けた。
最初こそ変異体だと思い、背負っていた大鎚を両手に掴んだ。だが、ゆっくりと近付けばそれが変異体では無いと理解した。
そこには、人間がいた。本当に、ただの人間。
だが、その背中に背負っている荷物の量からは考えられない程に手足が細く、頬骨が浮かんでいた。
顔はもう虚ろで、フィリップを見るなり怯えていた。
「や、辞めてくれ……!! 本当に、仕方無かったんだ……!! だから……ああ……」
すると、その男性は突然眼球をぐるりと回した。瞳孔を瞼の裏に回し、獣の様な悲鳴を発した。
すると、その男性は突然黒い金属のマスクを取り外し、投げ捨てた。
その口元には、赤い果実でも食べたかの様に、赤色の液体がべったりと付着していた。
男性の口の中から僅かに溶けている肉が吐き出されると、その体は徐々に変異していった。
目玉を落とし、その空になった瞼の裏に黒い液体を浸した。
背中から骨の様な白い柱が三つ突き出た。それは排出口の様に穴が空いており、そこから白い煙を吐いていた。
細い腕の肌は捲れ上がり、肉だけが見えてしまっていた。
その細い脚を動かし、フィリップを睨み付けていた。
獣の様な咆哮をもう一度発すると、フィリップはその頭部に向けて大鎚を横に振るった。
頭ごともう変異体になってしまった元人間を、叩いた。
鈍い音が聞こえた。肉が潰れ骨が折れ肌が破れる音。それはもう、フィリップにとっては聞き慣れた嫌な音だった。
すると、モシュネはその変異体に優しく触れた。それと同時にその変異体の体が凍り付いた。
瞼の裏から溢れる黒い液体も、背中の突起物から放出している蒸気さえも凍り付き氷の粒になっていた。
それにフィリップは驚愕していた。
「凄いな。魔法技術か?」
「さあ? 恐らくそうなのでしょうか?」
「結局分からねぇのか。ま、分からないことはナナシとレトで分かってたか。ん? 分からないことが分かっていた? それはつまり分からない訳で? あぁ!? けど分かってて!? あー頭がこんがらがる!!」
勝手に一人で疑問を作り勝手に一人で混乱しているフィリップと未だに無表情であるモシュネの二人は、更に前へ進んだ。
すると、モシュネは何かを見付けたかの様に、違う方向へ小走りで近付いた。
モシュネはその場でしゃがみ、何かを見詰めていた。フィリップはそれを上から見た。
それは、赤ん坊程度の大きさの死体だった。
ただ、腕と脚が切り落とされ、何処にも無かった。
そして腹は刃物で切り裂かれた様な痕が残っており、その中にあるはずの臓物は一切無かった。
「……ああ、そう言うことか」
「そう言うことでしょうね」
フィリップはその死体を白い雪に埋めた。何も言わず、表情も変えず。
やがて二人は、豪雪が降り続ける地点を突入した。
視界はただ白に変わり、両者辛うじてそこにいることだけが分かる。すると、突然ホワイトアウトした景色は晴れた。
「何だ? 急に――」
「フィリップ、モシュネを守って下さい」
「突然どうした」
「良いから! さっさとこのモシュネを守れ! お前の役目だ!」
「言動が荒くなったなおい!!」
すると、大きな爆発音にも近い音が響き渡った。それと同時にモシュネの頭部に何かに激突したかの様に仰け反った。
見れば、顎を貫きそこから血が溢れ出す銃痕が残っていた。その傷は簡単に塞がったが、フィリップの警戒心は一気に上がった。
フィリップは両手に大鎚の柄を力強く握った。すると、その大鎚の打撃部分から炎が吹き出した。
フィリップは銃撃音が聞こえた方向を睨み付けた。そこにいたのは、黒髪の小柄で少年の様な男性だった。
銃身の長い銃を此方に向けながら、その小柄な体で瓦礫の上をぴょんぴょんと跳ね回っていた。
モシュネは一度だけ手を叩き、右腕を下に向けた。そのまま勢い良く腕を上へ振り上げると、氷で出来上がった波が押し寄せた。
押し寄せた氷は小柄な男性に向けて動き続け、周りの破片さえも巻き込みながら前進を続けた。
すると、その小柄な男性は銃身の長い銃の先を地面に突き刺し、それを足場にして軽やかに氷で出来た波を軽々しく飛び越えた。
そして空中で身を捻り、銃口をモシュネに向けた。
その小柄な男性の更に上、フィリップは大鎚を振り回し小柄な男性に向けて振り下ろした。
打撃は吹き出した炎によって発生した遠心力を加えた強力な物だった。
すると、小柄な男性は銃を横に振り、フィリップの腹部に叩き付けた。その勢いで小柄な男性は下への落下を早め、フィリップの体を僅かに左に逸らした。
結果、その大鎚は空中を空振った。
早く着地した小柄な男性は、素早く銃口をモシュネに向けた。即座に引き金を引くと、強烈な反動と代償に反応も出来ない弾丸が放たれた。
モシュネは反応も出来ずに、その胸元を貫かれた。
僅かに頭を俯かせると、その傷を塞ぎ小柄な男性に視線を向けた。
モシュネは二回手を叩き、両手を小柄な男性に向けた。
その手に冷気が集束し、一瞬で小柄な男性の視界を覆う程の巨大な氷が作り上げられた。空間を凍り付くし、未だに凍結は進んでいた。
小柄な男性は両腕で顔を隠す様に動かすと、その腕が僅かに凍り付いた。
その小柄な男性に向けて、つい先程着地したフィリップが大鎚を横に振り回した。
小柄な体にその大鎚の打撃が直撃した。
とても簡単に吹き飛ばされ、ひらひらと植物の葉の様に小柄な男性は吹き飛んだ。やがて地面に落下すると、小柄な男性は何事も無かったかの様に起き上がった。
「……死ね」
「第一声がそれかおい!」
「煩い死ね。金色の男も連れずに何しに来た死ね」
「あぁ!? 人に死ねって言ったら駄目ってママに教わらなかったのかええおい!!」
「銀色の女はいるのに何で金色の男がいないんだ死ね。ちゃんとやれ死ね。勝手に死ね。獣になって死ね」
「死ね死ね死ね死ねうるせぇ!!」
「さっさと死ね。良いから死ね。どうでも良いから死ね」
「だぁぁー!! 何なんだお前は!!」
「……教えない死ね。さっさと帰れ死ね」
「あぁそうかい! 分かったよ!!」
その小柄な男性は、モシュネに顔を合わせた。
「……誰も、お前を、お前達を許さない。絶対に、誰も、お前を、お前達を、許さない」
「何をですか」
「……何もかも失っているのは、お姉ちゃんから聞いてる。うん。知ってる。だから仕方の無いことだとは思ってるけど、それでもやっぱり許せない。だから死ね。精々お前が愛する人の近くで幸せに死ねることを祈っておく」
「余計なお世話です」
「ああそう死ね。さっさと帰れ死ね」
フィリップはそんな小柄な男性に苛つきながら、モシュネはそんな小柄な男性の発言に僅かな疑問を残しながら、馴鹿と共に来た道を戻った。
「何時かあいつをぶん殴る!」
単純な感情を込めて、フィリップは叫んでいた。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
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