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宝もの

作者: かねこふみよ

 帰省をしたのは、単なる思い付きでした。ゴールデンウィークでもお盆でもない時期、年末年始はまだ先で、業務がようやく段落がついて取らされた有給。予約とかそんな手続きが煩わしくて温泉案はボツ。明白な目的があったわけがないから、父と母にどうしたのかと聞かれても、久しぶりになんとなくとしか答えようがなかった。

 外食ともスーパーの弁当とも違う、濃い目の味付けの母の料理が懐かしく、多くは食べられなかったけれど、その夕食はまさに故郷だと思わせてくれた。両親が寝た後、風呂に入り、酒を飲んだ。ビールってこんな味だったっけと、缶を一回転も二回転もさせてまじまじと見てしまった。飲みながらテレビをザッピングしたがすぐ消した。気付いたことがあった。夜が静かなのだ。活発に通り過ぎる自動車はない。大声で乱痴気する酔っ払いはいない。時期が時期ならカエルやら鈴虫やらの合唱をBGMにできるだろう。その静けさのせいか、ラジオをつけることも、スマホを触ることもなんとなく居心地が悪い気がして、ただただビールを飲んだ。


 朝起きてもう飯ができていた。ありがたい。普段より一時間多く寝ても、遅刻の心配がない。朝食が終わりかけたころ両親が出かけた。食器を洗うともうやることがない。ワイドショーはどこに変えてもほぼ同じ。スマホをいじる気にもならない。外出は……午後にでも出ようか、気が向いたら。本は、一冊持ってきていたが一度開いてすぐに閉じた。

 コーヒーを飲みながら我が部屋に戻る。改めて眺めてみる。変わってない。僕がいた部屋。今生活を過ごしているわけではない。埃はあっても、あまり汚れてはいなかった。そんな自分用の机の引き出しを何気なく引いた。ノートが何冊もあった。国語、数学、英語などなど教科ごとに分けてある。ルーズリーフを使っていた記憶があるのに、これはいつのだろうと開いた。途中から書かれていないノートもあったし、なぜか後ろの方から使っているのもあった。何冊か取り上げているとタイトルに「日記」とあった。そんな律儀なこと面倒なことをしていた記憶はないのに物がここにある。書いていたらしい。実際、書いていたのは一行や二行なんかの短い感想。振られたともある日があった。日記と呼べるかどうかは怪しい。

 ところで、いつから日記が始まっているのだろうと変な疑問が浮かんで、押入れを捜索し始めてしまった。段ボール何個かを出して中のものを確認。何個目かを出すと、それは小学校の記録だった。やはり日記があった。きったない字だった。いや、それは今も変わらない。タイムマシンがあるなら、小学生の自分にペン習字に行くよう指導するだろう。懐かしさよりも恥ずかしさだったが、目が離せなかった。すると、ある日の一行。「今日、たからものを海にうめた」とあった。宝物。僕は小学六年生の頃を思い出した。ゲーム機、サッカーボール、メガネ、初めて買ったシャープペン。いくつか宝物っぽい物が浮かんだ。けれど、どれも埋めるようなものではない。ヒントになるものはないかと日記をはぐり、段ボールをまさぐったが、まったくそんなものはなかった。まるで密室の完全犯罪かってくらいにアリバイも物証もなかった。

 浮遊霊よりかはしっかりした足取りで海へ行った。と言っても、家を出て振り返れば浜だ。分単位とか秒単位とか時間を気にする必要性は全くない距離感。風に揺れる防砂林を抜け、海岸。浜が広がっている。あったかいというよりぬくい。日差しも鋭くない。波も穏やかだ。浜を歩いた。歩いて歩いて海にいることを感じた。家の真裏の辺りに戻った。そこを掘ってみた。そこいらを掘って、真白な砂が直ぐにこげ茶色が現れる。スコップを持ってこなかったのは、不審者に見られたくないのと、小学生の頃そんな道具は使わないだろうと思ったからである。しばらく掘ってみたが何もなかった。何を埋めたか知れないのに、掘ったところで、それが出て来たと歓喜できはしないのだが、それよりなにより物が出てこなかった。石は出てきた。湿った砂に覆われた小石なんて珍しくもない。

 しゃがんでいるのも疲れて立った。軽い立ちくらみをしたが無理やり伸びをした。潮の匂いが空気と一緒に体に入る。それをいっぺんに吐き出した。目の前には和やかな海があった。まさかこの風景が宝物ってオチはないだろうな、と思ってすぐに打ち消した。そんなことを考えるような六年生ではなかった自信がある。なんといっても通知表がそれを如実に語っていた。段ボールで見つけたそれには芳しい数字が書かれていなかった。そもそも、僕は埋めたと書いていた。ひとつ理知みたいなもので甘噛みするほどの自戒程度今はできる。あれから二十年近く。冬の時化が何回あったろう。台風が何回襲ってきただろう。小六がうめたものなどとっくに自然にかっさらわれてしまっているはずだ。

 腹が鳴ったので海を去る。家前のわずかな時間、ふと頭をよぎった。今の僕が思い出せない、あの時の宝物ってなんだろうかという疑問のまるで逆のこと。今の僕は、宝物と呼べるものがあるだろうか。真っ先に否定したのが仕事だった。やりがいの有無じゃなくて、これは宝物ではないと。そもそも、そういう物が浮かばなかった。

 早速着いた家で昼食の準備をした。これでも一人暮らしもしてきた。インスタントラーメンくらいはできる。卵とじをした塩ラーメンと、ふりかけごはん。テレビをつけないで食べ終えてお茶を飲んだ。ペットボトルでないお茶の美味さよ。時計を見たら一時をまわっていた。窓が風で揺れた。スマホを手にしてタップした。

「もしもし」

 電話の向こうではきつい口調があった。僕の彼女だ。

「悪いね、休憩中だろうと思って」

「そうでけど」

 とげとげしい声は、イライラしていると言うわけではなく、あきれている口調だった。

「私たちケンカしてなかったっけ? しばらく連絡しないで言わなかったっけ?」

 そうなのだ。僕はケンカ中の彼女に電話をしていた。年下と思えないほどつっけんどんというか、キレッキレな口調。

「合コン、誘われてるだけど、行っても怒んないよね?」

「怒……どうかな」

 耳元に小さな遠いため息が聞こえた。

「で、なに、用って」

「あのさ」

 そこまで言って何を言いたくて電話したのか、はっきりしてなかったと気付いた。気付いたのだけれど、口が勝手をしていた。

「宝探しに来ないか?」

 少し間があって、ケタケタとした笑い声が聞こえた。

「なにそれ。そういうこと言う前になんか言うことないの」

 彼女が正論だ。仕事にかまけてメールやラインの返信は遅かったし、デートどころでなく、彼女がどうしているだとか、どう思っているとか気配りの一つもできなかったから。謝るべきだろうが、漠然と謝罪したら、きっと具体例を出せと言われることだろう。それに答えられなければ、もっと怒るだろう。一言出た。

「お前にとって俺は宝物か?」

 今度は耳元の大きなため息が聞こえた。けれど、その声は軽やかで柔和にさえ聞こえた。

「どこに行けばいいの?」

 実家だと言ったら、彼女はあきれ返っていた。


 翌日、彼女が実家に来た。父と母とは初対面だった。それでも緊張感なくあいさつしていたのはさすがだ。むしろ両親の方がぎこちなかったくらいだ。

 僕の部屋で電話ではしきれなかった細かい話をした。それから海へ行った。彼女と浜を並んで歩く。そういえば高校の頃そんなデートをしてみたいと思っていたのを思い出した。時を経て叶ったわけだ。

 彼女が来るまで僕は浜を探した。家の真裏でない場所も少し掘ってすぐあきらめた。

「でも、よく来てくれたね」

「私もひと段落ついてたし、有給取れって言われてたから」

「そう。なんにもないところだろ」

「真っ先に家に来たんだから、なんかあるかないかなんてわかんないって」

「そうだね」

「でも、ここは避難するには良さそう」

「避難?」

「うん、仕事疲れたーとか、都会暮らしめんどいとか思った時の避難場所」

 彼女の言いたいことは分かる。ここに住んだからとて田舎の風習やら親戚の付き合いとかあってそれはそれで都会より面倒なことがある。流通や店の品ぞろえは断然ここはやっていられない。だから、一時の逃避にはうってつけってことだ。

「海は広いな、大きなって歌わなくても、ただぼうっと見てたいな」

「整地されてよくなっているけど、昔は石ころだらけの海岸だったよ。さっきアルバム見せたろ」

 僕の部屋で、アルバムを見せるのが当然と言い出した。赤ちゃんの頃から高校卒業までの一通り、感心したり爆笑したり、僕がここで成長した姿を見ていた。小学校のいつだったかはっきりしないけれど、海岸工事が始まった。おかげで浜になったし、ベンチはあるし、トイレはあるし、誰が来てもちょっとした素敵な海岸と思えはするだろう。夏になれば海水浴客が殺到し結果としてゴミが出るが、大都会から足を延ばしていける有名なビーチとは違う。それほどではないし、地域住民が年中行事みたいに清掃しているし、住民の要請で市役所絡みのビーチクリーン活動もある。

「ケンカしてたのが、バカらしいね」

 彼女がそう言った。海の広さに心奪われたのだろうか。

「宝探しに来ないかとか、俺は宝物かって、普通聞く?」

 どうやら風景の優美ではなく、僕の言動についてだったようだ。謝った方がいいのだろうか。

「おかしいかな」

「私にはたからもの、分かったわよ」

 唐突だった。僕がいくら砂を掘り返して探しても見つけられなかったものを彼女は掘りもせずにみつけたというのだろうか。念のために言っておく。

「この風景が宝物ってオチは、僕はしないと思う」

「うん、知ってる。この風景じゃない」

 なら、あの時の宝物ってなんだったんだろう。僕には分からない。今の僕には分からないけれど、

「でも、教えなーい」

 そう悪戯っぽく笑った彼女を、僕は紛れもなく今の宝ものだと思った。


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