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夕日  作者: 金剛力士像
20/22

伝えたい気持ち

 「あ。そういえばさ、大会で入賞したら金剛寺が入部した理由を教えてくれるって言ってたよね?」


 思案していると、唐突に伊藤が口を開いた。


 「お、覚えてたんだ……」

 「うん。だって結構気になってたんだもん。陸上が特別好きなわけじゃなかったんでしょ? じゃあ余計にどうしてなのかなって」


 その言葉を聞いて、頭を抱えたくなる衝動に駆られる。確かに自分は以前そう言った。だが、それは大会で入賞した際に臆病風に吹かれて伊藤に想いを伝えるのを躊躇しないよう、自分を追い込むためだ。

 伊藤のことが好きで、少しでも一緒にいたいから入部した……。それを話すのは伊藤への愛の告白と等しいのだが、入賞することができなかった今、彼女にそれを伝えるべきなのか。それとも黙っておくべきなのか。


 「うーん。でも、入賞したわけではないからな……」


 踏ん切りがつかずそんな言葉を口に出す。


 「あと3秒くらい早ければ磯貝君と並んでたでしょ。実質入賞みたいなものだってば!」

 「いや、それでも……」


 たった3秒でも負けは負けだ。特に陸上競技と言う記録が全てのこの世界においては。だが、そもそも彼女は何故そんなことをここまで気にするのだろうか。


 「どうしてそんなに気にするのさ? 俺の入部理由なんて別にどうでもよくない?」


  そう問いかけると、伊藤は不満そうに口をとがらせる。


 「どうしてって……。あんな風にもったいぶられたら凄く気になるじゃない。入賞したら話すよ~だなんて」


  再び頭を抱えたくなる衝動に駆られる。結局はあんなことを言った自分の自業自得……身から出た錆ということなのだろう。過去の自分への恨みが募るようだった。


 「それに、今聞かなかったらもう聞く機会なさそうだし。ねっ!」


 その言葉を聞いてハッとした。今聞かなかったらもう聞く機会がない。その部分が何度も頭の中で反響する。


 (そうだ。ここで言い出さなかったら、きっとこの先も一生想いを伝えられないぞ)


 伊藤は自分の大切な幼馴染だ。そして、この数種間で互いにかなり打ち解けることができた。恐らく彼女もこちらに対し同じ思いを持ってくれているだろう。それだけでも十分に幸せだ。だが、本当にそれでいいのか。自分は本当にそれで満足なのか。


 (何があっても伊藤への想いだけは諦めたくない。そう思ってここまで頑張ってきたんじゃなかったのか、俺は)


 伝えたところで受け入れてもらえないかもしれない。もし受け入れられたとしても、自分は未だに彼女に対して気後れしてしまっている。きっと胸を張って伊藤の隣に立つことはできないだろう。そんな中でこの想いを伝える意味などないのかもしれない。ただ互いに傷つく結果に終わってしまうだけなのかもしれない。だが、それでも……


 (この想いを伝えたい。伊藤が好きだっていう気持ちを、このまま俺の中だけで殺してしまいたくない……!)


 伊藤と共に過ごした数々の時間が脳裏に浮かび、彼女への想いが抑えきれないほど大きく燃え上がった。


 「いいでしょ? ねぇ、おーねーがーい!」


 伊藤が駄々をこねる子供のような口ぶりで声を上げる。いいだろう。そんなに望むなら教えてやる。もう後のことなど考えない。この瞬間だけは、自分の気持ちに正直になるのだ。


 「……伊藤のためだよ」


 意を決して口を開くと、少しの間をおいて伊藤が間の抜けたような声を出した。

 

 「え? 私の?」


 言葉の意味を理解できないという様子で目を白黒させている。それを見て、とうとう言ってしまったのだという実感が遅れて押し寄せてきた。もう引き返せない。ここまで来たら、もう全てを伝えるしかない。


  「伊藤が陸上部に入るって聞いたから、俺もそうしようと思ったんだ。その、少しでも伊藤の近くに居たくて……」


 凄まじいむず痒さと恥ずかしさで言葉が詰まりそうになるが、なんとか最後まで言い切った。火でも出ているかのように顔が熱く、全身からは汗が噴き出している。


 「……え? え?」


 伊藤は相変わらず状況が呑み込めていないようで、目を見開いてひたすらに驚いたような表情を浮かべている。ここまで言ってまだ自分が何を言いたいのか分からないのか。それとも、分かったうえでこのように困惑しているのか。前者であることを願いつつ、念押しのために口を開いた。


 「なんで俺が親身になって伊藤の相談を聞いてたと思う? 小さい頃ずっと伊藤と遊んでたのはどうしてだと思う?」

 「ど、どうしてって……」


 伊藤は困惑しつつも考え込むように目線を下に落とす。だが、すぐに落ち着かなそうな様子で目をあちこちに泳がせ始め、尋常ではない速さでまばたきを繰り返している。


 「そ、それは……。金剛寺が周りの人のために頑張るような人だから。だから私が困ってるのを見て……」


 たどたどしく震えるような声だった。彼女の混乱と驚きがこちらまで伝わってくるかのようだ。しかし、そんな伊藤の声を遮るように言葉を発する。


 「それも無くはない。でも、俺だって人間だよ? 赤の他人に無制限に善意を振り撒けるほど、俺は強くない」


 その言葉を聞き、伊藤の目がさらに一層大きく見開かれた。あまりの衝撃に言葉が出てこないという風に口をパクパクさせており、その様子はいっそ滑稽ともいえる程だ。


 (伊藤、いくら何でも驚きすぎだろ……)


 そう思いながら心の中で思わず笑ってしまう。すると、不思議と心に落ち着きが戻ってくるのが感じられた。先程まで痛いほどに感じていた恥ずかしさもどこか遠くへ飛んで行ったようで、顔の火照りも鎮まっている。だからこそ、自然な気持ちで自身の想いを口に出すことができた。ずっと胸に秘めていた彼女への想いを。


 「俺さ、君のことが好きだったんだ。小さい頃からずっと。幼馴染としてだけじゃなく……一人の男として」


 あちこちへ泳いでいた伊藤の目線が一点に定まり、自分の顔に向いた。その顔には相変わらず驚愕したような表情が張り付いているが、気にせずにさらに言葉を重ねる。


「君が何か1つ頑張れることがある人が好きだっていうから、必死に練習して結果を出して、いいところを見せたいと思った。君が昔浮かべていた明るい笑顔が好きだったから、それを取り戻してほしくて色々相談に乗った。大好きな人のためだから、何でも頑張れたんだ」


 そう言い終わる頃には、伊藤の表情に若干平静が戻りつつあった。間の抜けたように口を半開きにしているのは相変わらずだが、それでも瞳には落ち着いたような光が宿っている。


 「……そっか。そう、思っててくれたんだ」


 感情の抜け落ちたような声だった。彼女の声の裏にある感情は読めないが、少なくとも喜びのあまり震えているという感じではない。自分の気持ちは受け入れてもらえなかったのだろうか。そんな考えが浮かび、気持ちが重く沈みこんでいくのが感じられた。


「分かってる。俺なんかじゃ伊藤には釣り合わない。でもね、伊藤の顔を見てるとどうしてもこの気持ちを諦めたくなくなっちゃって。たとえ報われなくても、君にこの気持ちを伝えたいなって……」


 そう言って自嘲気味な笑みを浮かべる。最初から分かっていたことだ。だが、それでもいいから、断られてもいいから想いを告げようと決意したのだ。ならば、もう最後の最後まで言ってしまおう。


 「ありがた迷惑だってくらい強引にぐいぐい来ることもある。逆に、周りに気を遣いすぎておとなしくなってる時もある。でもそれは、伊藤が人の感情を察するのが上手で、いつも周りの人のことを気にかけずにはいられないから。俺は、そんな君のことが好きなんだ」


 毒を食らわば皿までと思い、心の底に残っていた感情を全て言葉に出す。正真正銘、これが自分の想いだ。全部を出し切ったという爽快感が身を包み、羽が生えたかのように心が軽くなるのが感じられる。

 

 「本当は入賞した後でカッコよく伝えたかったんだけど、なんか様にならないね。突然変なことを言っちゃってごめん」


 そう言いながら伊藤の方に顔を向けた。たとえ嫌われようと、罵倒されようと、もう気にならない。自分は想いを全て伝えきったのだ。ならば、どんな結果であろうと潔く受け入れられる。

 しかし、伊藤の顔に浮かぶ表情を目にした途端、そんな考えは吹き飛んでしまう。

 

 「……どうして謝るの?」


 眉間にしわを寄せて怒気のこもった声を出しながらも、その瞳は切なげで、どうしようもないほどに悲しそうだった。目は僅かに潤んでおり、涙をこらえるかのようにぎゅっと唇を結んでいる。


 「え?」


 怒りながら悲しんでいるといったちぐはぐな表情に、思わず困惑してしまう。


 「どうして謝るのかって聞いてるの!」


 伊藤が突然声を荒げ、思わず身をすくめた。

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