9話 一緒にここで
少年の「さっき廊下でおもらししてましたよね」という言葉が私の脳内で何度も繰り返される。私は千香に、おもらしがばれないように、嘘をつく。
「おもらしなんてしてないよ!」
苦し紛れの嘘だった。もちろん少年は全く表情を変えないままだ。
「さっき、仲居さんに連れられながらおもらししてただろ?」
私は返す言葉がなく、ただ俯くことしかできなかった。
すると、突然に千香がぱっと立ち上がる。
「お姉ちゃんはおもらしなんてしないもん! 千香のあこがれのお姉ちゃんだもん!」
千香は小さいながらも、私達高校生を圧倒するほどの迫力で少年を指さしながら言う。
千香が私のことを擁護してくれているようでとてもうれしかった。
でも、私がおもらししたのは事実で、嘘をついている私は心が痛くなる。
私はすぐに、この場を離れようと思った。でも少年がドアの目の前に立っている。
どうすれば……
私は頭をフル回転させて考えた。そのせいか私は少し目の前が暗くなり、眩暈の症状が出てきた。
「お姉ちゃん! 気分悪そうだよ、大丈夫?」
千香が心配してくれてる、でも心配させたら駄目だから。心配させたら千香のお姉ちゃん失格だから……
「ちょっと外に出れば大丈夫だよ」
私はサウナの暑さのせいでのぼせてしまったんだと思った。私はこの少年から逃げるためだなんて目的はなしでただただ外に出たい。
「そういって逃げるのか? 妹におもらししてるのを隠してていいのか?」
この男の子、なんでこんなに私におもらしを認めさせたがるの?
だめ、考えられない、意識が消えそう……
「もう! お姉ちゃんが本当に辛そうだからもうやめて! お姉ちゃん立てる?」
千香が小さい両手を強く握りしめて、少年を怒った。そのあとに、開かれた千香の手が私の右手に触れる。
私はその右手を握り返して、ふらふらしながらも立ち上がる。
しかし、極度に脱力しているせいか、自然とおしっこが流れてきた。
おしっこは私の太ももに沿って、流れていき、木の床に広がっていく。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ああ、千香にも少年にもみられながらおもらししちゃってる。
恥ずかしい、だけど意識が朦朧としていて止めれない。
少年にいろいろと言われると思っていたが、少年は何にも言わずに突っ立っているだけだった。私は千香に手を引っ張られて、やっとのことでサウナを出た。
外の外気が私の体を冷やしていき、くらくらとしていた感覚も正常なものに戻っていく。
千香がいなかったら私、倒れてたかもしれないんだ……
「頼りがいのないお姉ちゃんでごめんね?」
髪の毛が遠心力で上向きに上がるほどに、千香が頭を振って否定してくれる。
「お姉ちゃんは、千香のあこがれだよ!」
言えない。こんなこと言われてしまったら、本当におもらししちゃうだなんて絶対に言えないよ。
でも、いつまでも嘘をついておくわけにもいかない、ということぐらいわかっていた。
もしかすると、この少年がいい機会になるのではとも思ったけれど、やっぱり私の口は千香に告白したくないようだった。
私は、しばらく外気にさらされて、また体温が低くなったようだったので温泉に再び浸かることにした。それからは少年の視線も感じることはなく、私は安心して温泉を楽しむことができた。
それから、温泉をあがった私達家族は、旅館のおいしいご飯を食べて、とても良い時間を過ごしていた。こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに……
こころの中でそう強く思った。
それから時間がたち、11時になった。
私以外の家族はみんなぐっすりと寝静まっていたので、私はそのままこっそりと抜け出して脱衣所に向かった。私は脱衣所のドアを恐る恐る開けて、中をのぞく。
そこには約束通り、麻衣さんが座っていた。
「ほんとに来てくれたんだ、里穂ちゃん」
「うん、それでお話ってどうしたの??」
麻衣さんは私の質問には口で答えずに、私を手招きした。
私は麻衣さんのそのきれいでおしとやかな手に誘われるように、麻衣さんのもとへ近づいていく。
「あのね里穂ちゃん、見てもらいたいものがあるの」
麻衣さんはそういった後、浴衣の帯をほどき始める。
すると、麻衣さんのブラジャーがちらりと顔を出した。私は何が起きているのかわからずひどく混乱しているままだった。
麻衣さんがどんどんと浴衣を脱いでいくと、今度は下半身を覆う下着までもが顔を出す。
しかし、それは私が想像していたような薄い生地ではなく、もっともこもこしているものだった。そう、私と同じおむつである。
「ま、麻衣さんもおむつしてるの⁉」
思わず少し大きな声で質問してしまい、私は口をつぐむ。
麻衣さんはかわいらしく頬を赤らめながら、口元に人差し指をピンと当てて私に言う。
「ねえ、詳しくは温泉に入りながらにしない?」
こくりとうなずいて、私も浴衣を脱ぎ始めた。
家族で温泉に入った後に、お母さんにもう一度おむつを付けなおしてもらったので、私の下腹部にはおむつがあった。でもそのことに関して、麻衣さんは何にも言わない。
浴場に行くと、当たり前だが誰もいなくて、私がさっき入った時よりも幻想的な雰囲気になっていた。湯気が立ち込めていて満月の光と浴場のわずかなオレンジ色の照明に照らされて、白く漂っていた。白い靄の奥に、木の上で休んでいる少し大きな鳥が見える。
誰も入らなくなって数分がたった温泉の水面は安定していて、満月を鏡のようにきれいに映し出す。私達は二人で同時に水面に映る満月をゆがめた。
今になってよく麻衣さんの体を見ていると、下半身は私と同じようになっていた。
「ねえ、なんでおむつしてるの??」
私は直接的に聞いた。温泉に浸かっているせいなのか、恥ずかしがっているせいなのかはわからないが麻衣さんの頬がぽっと赤らむ。
「この職業だとね、思ったよりトイレに行く時間が取れなくて、昔に一度おもらししたことがあるの。それから私、おむつをするようになったら、おむつなしじゃ働けなくなっちゃった」
麻衣さんははにかみ笑いをしながら私に教えてくれた。
「里穂ちゃんはなんでおむつしてるの?」
当然だと思っていたが、やっぱり私も言わなければならない展開になってしまった。
「私は小さいときからおしっこが全然我慢できないの。それだけだよ」
「それって妹も知ってるんだよね?」
思っていなかった質問に少し焦り、私は生唾を飲み込む。
「妹は知らないよ。私、尊敬されるお姉ちゃんでいとかないといけないから、ずっと隠してる」
私はちらりと麻衣さんの横顔を見る。
麻衣さんは少し驚いたような表情をしていた。
おむつの話が終わり、私たちの間には静寂が流れる。でもその静寂は嫌いなものじゃなくて少し心地の良いものだった。
私達はおむつという共通のものを通じて仲良くなれた気がした。
だけど、私にはまだ一つ心残りがあった。
それは、おむつを替えてもらった時のことで、なんで私に覆いかぶさって来たのかということである。
これって聞いていいのかな……?
突然、バサッと鳥が飛び立つ音がした。
温泉に入ったときに見た鳥がいた場所に私は視線を向ける。だけどそこには何もいなくなっていて、やっぱりさっきの鳥が夜の狩りに行くために飛んだんだと確信した。
「麻衣さん、どうしてあの時私に覆いかぶさったの?」
麻衣さんからしっかりと聞くために、少し語調を強めて私は聞いた。
そして麻衣さんの前に回り込み、麻衣さんの目を大きな鳥が獲物を捕まえるかのようにじっと見る。
麻衣さんの頬はさらに赤くなり、耳も赤くなっていく。
「い、いうから向こう向いてよ里穂ちゃん。 見られちゃ恥ずかしい」
その照れる姿を見て、私も恥ずかしくなってしまい私は再び満月に視線を戻す。
そのあと、少しの間、虫の鳴き声しか聞こえなかったが、麻衣さんが先に口を開いた。
「私、里穂ちゃんのおもらしを見て、なんか変な気持ちになって……」
麻衣さんは恥ずかしいのか、どんどんと言葉をしぼませて告白する。
私は混乱して、何もいせずに固まっていた。少しだけ緊張する。そのせいか私はまたおしっこがしたくなってしまった。
「わ、わたし、おしっこしたいからそろそろ出るね」
私がそう言いながら立ち上がると麻衣さんが強く私の右手首を握り締める。
「待って! 一緒にここでしよ……」




