18 内政
アトラが精霊王クイーンズに会っている頃。
ゲルマは病室の窓から外を眺めていた。
森の中央で静かな夜空を明るく照らす光の柱が、天から降り注いでいる。
ゲルマは千里眼で森を見たが、木々が死角となって何が起きているか見えなかった。
嫌な予感がしつつも、自分に出来る事は無いと割り切った。
ゲルマは新君主になるはずのアトラの補助として、内政面においては自身が主導すると決めていた。
アトラが素人だからでは無い、もちろんそれも理由の一つではあるが、何よりの理由は内政において自身の右に出る者はいないという自負からだった。
「——以上だ」
メルケギアの翼の一部を持ったクローゼが説明を終えた。
病室でドラグニアがこれまでに辿った国策、鎖国の影響など国家の現状の説明を聞いていたのだ。
現状は良くない。
良くないどころか最悪だ。
少なくともゲルマが知っているドラグニアの歴史で最も厳しい状況に立たされている。
ドラグニアの軍人は人口に比してかなり少ないが、天然の要塞たる砂漠と獣人王の見境のない暴力、そして水堀と巨大な城壁によって他国から守られており、軍に充てる資金を街の発展に充てる事が出来た。
ドラグニアで最も重要な技術。
国と国を結ぶ人工の川も、廃れてしまっている。
湧き出る水を長い年月をかけて整備した溝に流し込めば、人工的な川となる。
その川を増水させれば各国の街に繋がる。その川と発達した帆船技術を使えば、物流が革命的に楽になるのだ。
川の流れに乗って他国へと向かい。
帰る時は舟の帆を張って大陸の外に向かう風に乗る。
獣人王の目から逃れるため少数で舟を操る事になるが、3人もいればお釣りが来るほど、操作も楽なのだ。
しかし、その川も現在では砂に埋もれて使えない。
鎖国によって管理されず、水も流されなくなった影響だ。
人工の川も大事だが、食料問題は最も深刻な状態だ。
このところ魚が取れなくなっているのだ。
あり得ないほど急激な速度でだ。
そして一年分の備蓄があるはずの穀物類も姿を消している。
なぜ穀物類は姿を消したかと言うと、食べれもしないのに、クソほど無価値な高級家具や調度品に変わり果てたせいだ。
主食である麦類は収穫したばかりだが、不作だった。
年々収穫量が減りはしていたのだが、今年はそれが顕著だったのだ。
それでもまだ、質素に暮らせばなんとか1年は持っただろうが、少ない収穫の半分以上が使途不明として無くなっている。
おそらくこれも魔道具やら高級家具などの購入に使われたのだろう。
とても来年の収穫まで食料が待ちそうに無い。
今年は国家運営の危機だが、来年も不作となれば、国家消滅のはかなりの確率になるだろう。
国民は飢えに飢え切っている。
とりあえずは軍が国民に食料を配給しているが、その食料も半年後には尽きる。
その後は国民の個人の蓄えで過ごして貰わなければならないが、果たして残り半年分も蓄えがあるか、いやまず無いだろう。
でなければ、筋肉質な〝竜人種〟や〝獣人種〟たる国民もあんなにもガリガリに痩せてはいないのだ。
豊かな水と魚、農業、そして地下鉱山から産出されていた鉄鉱石等を輸出して潤沢な資金は、鎖国によって輸出が禁止され、資金は他国に流れるばかり。
食料を他国から買おうにも、その資金はもう残り少ない。
それに加えて国家間を結ぶ川が無くなった事で、輸送費が跳ね上がっている。
国民の食料を買う予算がもう無いのだ。
とりあえず売れる物は全て売り尽くさなければならないだろう。
商人達に足元を見られる事はほぼ確実だが、しようがない。
そんな事よりも、早急に食料を確保する事が先決だ。
しかし、防衛の面にも目は向けなければならない
マグラマナ魔王国は大丈夫だろうが、他の国は注意すべきだろう。
特に人間の国ジランアーツ王国の動きは活発になっている。
万が一にでも他国に攻められると、非常に危険な状態となるのは自明だ。
敵国の立場から考えると、この国は絶好の攻め時だ。
そしてそれは他国に知れ渡っている考えて良い。
鎖国中のため他国の間者は簡単に出入りは出来ないと思うが、商人が宮殿近くまで商品を運ぶ事はある。
その運ぶ途中の様子だけでもいかにこの国が末期かが分かったはずだ。
もし他国が攻めてくるとして……
軍レベルの数で砂漠をそのまま進軍させるとなると、間違いなく獣人王が反応して軍を壊滅させる。
獣人王を避けるために大きく迂回して行軍するしかない。
そうすると早くて4ヶ月でこの国にたどり着く。良く訓練されており、迅速に行軍できたとして2ヶ月と半月。
しかし、周辺国の兵站確保や軍編成などの準備はされておらず、行軍開始には時間がかかる筈だ。
最速で、3ヶ月とみて良い。
その3ヶ月で充分な食料を確保しなければならない……
兵士の数で他国と劣るドラグニアは戦争となれば十中八九は城にこもっての篭城戦となり、食料を外から入手する手段はなくなる。
本来なら兵糧責めに強いはずの城塞都市、ドラグニアは一気に餓死の危険性にさらされる。
精霊王は国家間の争いには中立の立場を取っていることから助けは期待できない。
相手が魔物か鋼鉄魔獣の類で無ければ戦争には加担しないのだ。
しかし……1年でよくぞここまで壊してくれたものだ。
こんなもの狙ってやらなきゃ不可能だ。だとしたらメルケギアはまさに売国奴だったわけだが……
それは充分あり得る、いやそうとしか考えられない。メルケギアは鋼鉄魔獣だったのだ。アトラの例がある。
意思を持って国を滅ぼそうとする鋼鉄魔獣がいたとしても何の不思議もない。
さて、この国をどうやって立て直すか。
まずは全食料を国が一括して管理するのだ。
そのためには、ドラグニアが生まれ変わり、国民一人一人にもう一度信用してもらう。
それで国民の蓄えている食料を軍が管理し、適切均等に配給するのだ。
「クローゼ、広報官を呼んで国民へ協力を呼びかけよう。
国民全員への食料提供を呼びかける」
「国民は国に二度も裏切られたのだ。
また信頼してくれなんて、無理な話だ」
「出来なきゃ国民全員共倒れだ。
国が信頼されていないなら、お前が国民を説得しろ!無理なら強制徴収しなければならない!」
「ゲルマ!!ふざけるな!!
強制徴収だと!?メルケギアはその方法で贅の限りを尽くしたのだぞ!!」
「なら必死になって説得しろ!!半月で徴収しろ、大まかでも今後の見通しを立てたい」
「無理を言うな!!
穏便に済ませるなら広報だけで半月はかかる。それから説得、徴収でもう半月、最短でも1ヶ月はかかるぞ!!」
「無理でもなんでもやれ!!国が死ぬぞ!!」
そのとき、精霊王の森から帰ってきたアトラとサクラとクーリーの3名が入ってきた。
「何も起こって無くて良かったよ。
それで、盛り上がってるところ悪いけど、こっちの話も聞いてくれよ——」
アトラは森での出来事を話し、ドラグニアの現状を確認した。
◇
アトラの説明を受け、ゲルマは言った。
「なるほど、だから案内人クーリーもいるわけだ……
それにしてもファントムか……精霊王を相手にして生き残るとはな……
そいつの目的はハッキリしないが、警戒はしておこう、それよりも今は食料だ。
何とか国民に現状を伝え、納得の上で食料を集めて管理しなきゃならない」
アトラにはアイデアがあった。
国民に現状を伝えることに関しては何とかなるかも知れない。
この世界では情報を伝えるとき、国中に点在する掲示板に張り紙を張って、国の方針を伝えるらしい。
しかし、張り紙は一枚一枚手書きな上に、その張り紙を見ない人も多い。
日本のようにテレビや新聞、ネットでパッと、という訳にはいかないのだ。
一応、兵士達に国中を隅々まで歩いて、大声で伝えるという方法もあるが……
それは、メルケギアと同じやり方であり、今までと同じやり方では、国民の信頼は得られないだろう。それだけ国民にトラウマを植え付けたのだ。
メルケギアが倒され、革命がなされた事は伝えているが、国民からすれば、今度はそう言う手口か?と疑うのは当然だった。
食料の配給時に張り紙で伝えるのが最も早いだろうが、そもそも配給を受けている者が食料を進んで差し出すか?
差し出す者もいるだろうが、ほんの一部だろう。
最も優しい印象を受け、丁寧で納得の出来る方法は手紙もしくは新聞の号外のようなやり方だと思う。
その方法は、コピー機があればすぐだが、手紙を一枚一枚手書きするのはちょっと現実的では無い。
木版印刷と言う木版に字を刻んで印刷する方法があるが、その職人はメルケギアに国外追放とされている。
情報統制を強めた結果なのだろう。
ならばどうするか?
木版がダメなら、活版印刷だ。
文字が描かれた金属製のハンコを並べて文章を作る。
インクを文字部分に塗布し、紙に押し付ければ、短時間で大量に印刷できるのだ。
これならば手書きよりも圧倒的に早く大量に手紙を作れる。
問題はそのハンコを大量に作らなければならない点だが……
この国には砂型鋳造法と言って砂を固めて作った型に金属を流して鋳造する技術があり、これは比較的安価に作れる上に早く作れる。
しかし、職人も稼動できる施設も圧倒的に足りない。
鎖国によって冒険者が来なくなり、商業価値の無くなった製鉄所などは捨てられたのだ。
全速で稼動しても、活版印刷できるほどハンコを製造するとなると、何日かかるかわからない。
それに職人やまだ使える製鉄所を探す事から始めるなんて非効率で、不確定要素が多すぎる。
しかし、ハンコの製造なら問題ない。
掌より小さければ、未来の3Dプリンタである『創造の力』で簡単に作れるのだ。
材料となる金属が必要になるが、これも大丈夫だ。
ゲルマが君主時代に使われていた正規軍の鎧が余っているはずだし、最悪、クローゼの軍から少し拝借しても良い。
試しにいくつか作ってみたが、問題無いようだ。
「そうか、その手があったな……非現実的すぎて忘れていた」
ゲルマがハンコを手に取り驚きの声を上げた。
「さっそくだが、今から鎧のところに案内しよう」
クローゼが言った。
今からか……さっき帰ったばっかりだが、今回は仕方がないだろう。
それにクローゼに疲れたから明日にしてなど言っても容赦してくれない。
頭が硬いというか、真面目というか……いや、正義感と責任感が強いせいであって、そういうところは尊敬するんだけどね。
クーリーとサクラは笑いながら「頑張って」と応援してくれている。
クローゼは思い出したように言った。
「そうだ、これを渡しとくぞ?
残りは明日だ」
そう言ってメルケギアの翼の一部をくれた。
体の修復のために分析が終了しだい順次吸収させてもらうようにお願いしていたのだ。
「そうか、忘れてたよ!ありがとう!」
早速左手で吸収してみた。
僅かに含まれる希少金属はすぐに全身に広まり、馴染んでいった。
全身のミクロの傷が治る感覚があり、力がみなぎる。
《報告、神経接続が回復。新機能が二つ使用可能。同時に既存の機能の改善を確認。
推奨、機能の確認》
アイ、どんな機能?
《解答、——
——
回復した機能ですぐに使えるのは精霊王が映像で見せてくれた時に使われていた、ジェットエンジン。
もう一つの能力はすぐには使えない。
『想像の力』で作ったあの〝ロマン兵器〟なのだが、それには動力源たる極小のコアが必要なのだ。
明日クローゼからコアをもらって試そう!
非常に楽しみだ!!
その時、兵士が息を切らせて、病室のドアを開けた。
「報告します!!
国内に魔物が出現しました!!」
誰かが唾を飲んだ音が聞こえた。