17 旧世の亡霊
突然現れたファントムにその場の空気は凍りつく。
ファントムの人懐こっい笑顔の奥にあふ不気味な瞳と、どこかおかしな表情。
人間だが、人間には見えないその容姿は、不気味の谷も底も底。
その爽やかな殺意がアトラの全身を硬直させた。
確信してしまったのだ。
ファントムには勝てない。全盛期とは程遠い今の体では絶対に。
……否。たとえ全盛期の体でも、傷一つ付けられなかったのだ。
なんとしても逃げなければ。
だが、同時に絶対倒さなければならない相手でもある。
避けては通れない〝最強〟の敵だ。
「あれ?おかしい?心が読めない、誰の心も……さっきまで読めたのに……」
クーリーか小さく呟いている。
関係なしとばかりにファントムが笑顔を絶やさずに声をかけてきた。
「あれぇ?アトラくん?驚いたな。この世界に来れたの?
あっちの世界で殺したと思ってたんだけどなぁ。
流石〝死に損ない〟に造られただけあってしぶといねぇ……
あぁそうか!!
君がデリッターを倒したんだな?
おかしいと思ったんだよ、クイーンズみたいな戦闘型でも無い『化け物』にデリッターがやられるはず無いもんね!?
なるほど納得!正直恨みも何も無いけど、ついでだし邪魔だから君を殺す事にしよう」
殺意に当てられながらも、気になっていた。
そもそも謎なのだ。
機械に魂を移した事は良い。じゃあ、なぜわざわざ戦争を?何の得があって?
それにデリッターことメルケギアの目的は?
「ファントム、なぜ戦争した?
なぜ、この世界でも争いを持ち込むんだ!?メルケギアに何をさせていた?」
「うわぁ、なにそれ?
テンションだだ下がりな事聞かないで欲しいよなぁ……
君達に説明するだけ無駄だと思うんだけど?
まぁ、昔のよしみだし、簡単に言うと、お前達はどうしようもない生物だから絶滅させる事に決めました。デリッターも目的は一緒でーっす。
人間の時代は終わらせます。以上!それだけ!以降質問は受け付けませ〜ん!!」
サクラが聞いた。
「ファントムさん。戦争を辞めて、話し合いませんか?」
ファントムは笑って言った。
「キャハハはははは!!
良いよ!!じゃあ君達みんな死んでよ!!
それなら戦争〝は〟起こらないよ!?
流石に相手がいなきゃ戦争は出来ないからね。
あ!そうだぁ!!
自ら捕虜に来るってのは?
戦争じゃなくて虐殺に変わるよぅ?
どうだい?
どうどう?
どうだ?
『人間』のメス?もっと良い方法あるのか?
ほら、テーマは『どうやって人類を絶滅させるか?』で、もっと話し合いする?」
クイーンズが割り込んだ。
「サクラさん、無駄ですよ。
ファントムは人間を憎み切っているのです。
どうしようもなく。哀れで救いようが無いほどに」
「失礼だな、僕は人間を愛しているよ?
ただ、もっと欲しいものがあって、それには、人間が邪魔なのさ。
たまたまキューブ達、機械生命体と〝邪魔な相手〟な相手が同じだったから手を組んだ。それだけさ。
さぁ、それで?もう話し合いは終わり?じゃあ殺して良いかな?」
ファントムの右腕からポンっと飛び出したのは、コードで繋がれた棒のような物だ。
その棒には無数の小さな穴があり、それを右腕で取ると、穴からプラズマを発つ。
その1万度をはるかに超える超高温は、この世の全てを焼き切る熱兵器となる。
「これ、この世界で直したんだ。
古臭い兵器だけど、この世界の住民相手にはこれで充分。
じゃあアトラくん、いっくよー」
ファントムの一足は恐ろしい速さで距離を詰める。
全身は〝逃げろ〟と命令する。
……だが、それでも!!
逃げる訳には行かない!!ここで倒さければ、いずれは災厄の被害が出る!
右腕を剣に変更させ、迎え撃つ!!
ギィィィン
金属音と火花が散った。
アトラの剣と、ファントムの剣が切り結ぶその直前。サクラの『不可侵結界』が2人を隔てたのだった。
結界を挟んで睨み合う形となったアトラ。
驚いた表情のファントムは、なぜ殺せなかった?というような表情だろうか。
「えっ!?おかしいな?こんな事は初めてだ!!すごいよこれ」
ファントムは子供のようにはしゃぎ、結界を壊そうと剣を振り回すしているが、青白く光る火花が飛ぶだけだった。
アトラの額からは冷や汗が流れた。
……サクラが居なければ殺されていた。即言できる。
メルケギアに化けたデリッターや芋虫型の鋼鉄魔獣とは格が違う。
2体は確かに強かったが、戦闘向きじゃなかったのだ。
今なら分かる。ファントムを見てそう確信した。
「サクラさん、良い判断です。そのまま結界を張り続けて下さい。ファントムは私が倒します」
クイーンズの目は決意に満ちていた。
「おばさ〜ん、君が僕を?
冗談でしょ?
諜報型として造られた君に出来るのかな?
指一本触れられないと思うけどな〜。
まぁ、良いよ。どうせ君の事も殺すと決めていたしね。早く来なよ」
「甘く見ない事ね」
クイーンズは手をかざし、指一本一本が別々の曲を指揮をするかのようにせわしなく動かした。
クイーンズの子供である、クーリー以外の〝クラゲ族〟達が一斉にファントムに襲いかかったのだ。
その両手は高圧水流を作り、触れるもの全てを削り取るナイフと化し、舞い落ちた木の葉がその手に触れると粉塵となって消え去る。
クラゲ族達の連携は完璧、いや連携なんて代物では無い。それは連動と言っていい。
個体同士が互いの思考を理解し合い行動する。いや、個体という認識すらないだろう。クイーンズが操るそれは、一つの意思の元に完璧に統制された群体行動。
一人で餅つきをするようなものだ。そこに一切の狂いは生じ得ない。
会話も作戦も合図もアイコンタクトも必要無いのである。
これを敵に回したとき、こんな恐ろしい集団はそうはいないだろう。
単純な数では測れない、だが巨大な群れと戦うようなものだ。
湖の中心で水が意思を持って襲いかかってくるイメージ。
この強さでクイーンズは諜報型と言うのだから驚愕である。
その恐るべき攻撃をファントムは難なく避けていた。
反撃もせずにただひたすら。
不気味な笑みを浮かべ、分析するかの目には緊張が見られない。
最初は拳一つ分ほどの間隔を空けて避けていたが、どんどんその距離が短くなっている。
〝クラゲ族〟による攻撃の鋭さが増した訳では無い。
ファントムが相手の実力を完璧に推し量り、まるで遊んでいるかのようにギリギリを避けているのだ。
今では紙一重の距離で避けていたのだった。
「ホラホラ、これでおしまい?
全然成長して無いじゃん?
今まで何してたの?
殺しちゃっていいよね?」
ファントムはクーリーの仲間達の攻撃を避けながら、亡霊の剣をそのうちの一体の腹に深々と突き刺した。
瞬時にその熱が伝わり。体が一気に水蒸気爆発を起こし、その体を爆散させたのだった。
弾け飛んだ霧は衝撃波のように伝わり、周囲に居た者に当たった風が体のコントロールを一瞬だけ奪った。
それでも、クーリーの仲間達の連携に淀みはない。
彼等は一つ一つが個体にして、群体でもある。
一つの意思の元に統一された状態。
仲間が一人でも生きているのならば、自身が生きているも同じ、仲間の死には一切動じずに戦いを続けている。
ファントムは自らの剣の性能を実験と検証をするように、次々とクラゲ族への攻撃部位を変えていった。
腹の次は腕、腕の次は足、足の次は頭。
次は刺すのでは無く当てる、次は当てるで無く、掠らせる。
その全ての攻撃が爆散という結果を作り出す。
ファントムは満足気に笑っている。
クラゲ族達は攻撃をやめ、周囲を取り囲んだ状況になった。
まだ百人以上はいるが、ファントム相手にこのままでは意味がない。数を減らすだけだ。
「まだ、指一本も触れられてないよ?
来なよ?
アトラの方に行っちゃうよ?」
「調子に……乗らないで」
クイーンズが拳を強く握った。
クーリーの仲間全員が一斉に襲いかかる。それはファントムの頭上を含めて全ての方向の退路を断ち、覆い尽くした。
クラゲ族達は互いが同化し、ドーム状になり内部で水流を発生させる。
クラゲ族達の姿形は、その凄まじい水流によって自壊し消えさった。
巨大な水球と化したその内部は超高圧水流、岩石を砕き、粉砕力をさらに高めたそれはまるで水圧カッターのように状態になっている。
時折その水球から高速で吐き出される小石でさえ大木をなぎ倒すほど威力なのだ。
その内部でファントムの体は小石ほどの大きさに砕かれる……
……はずだった。
クラゲ族達が命消耗して作り出した水球が、ボコボコと泡立ち、大爆発を起こして消え去ったのだ。
周囲の木々は風圧によって軒並み倒れ、空からは熱湯がシャワーのように降り注いだ。
爆発の中心部には高熱を放つ剣を掲げたファントムが不気味な笑みを浮かべている。
「キャハハははははは!!
良いね!!今のは楽しかったよ!!
でも本当に勝てると思った?神様はサイコロを振らないよ?偶然を狙わず、必然的に攻撃しないと!!
やっぱり指一本触れられなかったね!!……あ、強いて言うなら足の裏がちょびっと削れたかな?きゃははハハハハハ!!」
「それで、終わりとでも思ったのかしら?」
クイーンズの手から数滴が空に飛ばされてた。
それがみるみる内に新たなクーリー達に姿が変わったのだ。
その数は一滴につき約20体、合計100以上が産み出された。
振り出しに戻るどころでは無い。
たったの数滴で、これだけの数なのだ。
クイーンズは大軍勢をほとんど一瞬で産み出せるということになる。
不老不死と呼ばれる『王』の名は伊達じゃ無い。
「面倒くさいなぁ……
大元を潰しちゃえばいいか」
ファントムは勢いよく走り、途中何十人ものクーリー達を爆散させながらクイーンズの目の前に立った。
「じゃあ、さよなら」
次の瞬間にはファントムの剣がクイーンズの腹に突き刺した。
しかし、クイーンズの腹は多少蒸発しているものの、爆散はしなかった。
「知ってたかしら?この世界には、〝術式〟って言う技術があるのよ?
……魂の無い機械には使えないけどね」
クイーンズはそう言ってファントムを慈愛に満ちた両腕で優しく包み込み、全身が魔力を発して青白く輝いた。
——固有術式『天使の梯子』
クイーンズがこの世界に来て習得した魔法『ホーリーライト』を研鑽し、〝成長〟した固有術式『天の光』、それを更に気が遠くなるほどの年月を積み重ねて何度も何十度も〝成長〟させ続けた、クイーンズ最強の術式。
それは分子結合はおろか原子の結合すら破壊し、あらゆる物質を水素原子単体にまで分解させる聖なる光。
究極にして最強威力の術式だった。
眩く、黄色がかった白で塗りつぶされた光は天からクイーンズとファントムを覆い、次第に大きくなる。
大地が揺れ、木々は光に飲み込まれる。
光の中、クイーンズの体は徐々に塵となって消えた。
俺たちは光から遠ざかり、その光景を眺めた。
神罰の光。
そう表現して違いない無慈悲な程に全てを平等に消滅させる光だった。
光はやがて収束し、残るのは直径20メートルほどの底の見えない穴だった。
威力に比して範囲が狭いのは調整したのだろうと予測できる。
あれをまともにくらえばサクラの『不可侵結界』でも耐えきれないかもしれない。
ふと、大穴の縁に紅色半透明の花のような物が咲いていることに気づいた。
それは細胞分裂し、やがてクイーンズの姿となった。
しかし、クイーンズは目に見えて老けており、先程までの20代の姿ではなく、初老を迎えた女性に見える。
「力を使いすぎました……
アトラ……こちらに来てください。ファントムの能力をあなたに見せます……」
ファントムはさっき消滅したはずだ。
「……ファントムを倒しきれませんでした……早く、アトラ!」
クイーンズの声に応え、一歩踏み出した瞬間、クイーンズの背中から胸にかけてファントムの剣が貫いた。
クイーンズはゴフッと苦しそうに息をした。
「……アトラ……あなたを……認めます……ファントムを殺しなさい……
君主になって、必ず……!!」
言い終わると同時に、その胸の表面がボコボコと波打ち、一気に全身へと広がり、そして……爆散したのだ。
背後に立っていたファントムの胸のあたりは、剥き出しの機械構造が露わになっており、ダメージがあったのは明らかだろう。
ファントムの剣から噴出するプラズマは出力不足により高温を保てなくなった。
「いやー!!綺麗な光だったねー!
もう一度見たいよ、でもまさかだったね!?次は油断しないから大丈夫だけど……この世界の『術式』ってのは侮れないもんだね。認識を改めないと!!
さて次はアトラくんの番だけど……その女の子の結界が邪魔だなぁ……
うん!!僕は諦めは早いんだ!!ひとまず別の目的に移らせてもらう事にするよ!!
また来るね!!その時はきちんと殺してあげる!!まったねーー」
ファントムは言い放ち、腰のポーチから取り出した『テレポートの巻物』の紐を解き、光を発して消えた。
静まる森の中。
ひとまず安堵はした。
しかし、クイーンズは、どうなったのか?
クーリーが言った。
「心が読めるようになった……と言う事は……
大丈夫だよ!クイーンズは死んでいない。この力はクイーンズからもらったものだから!!
この森のどこかで、かならず復活するはずさ。
それが一月後か、10年後かは分からない。
でも、かなり力を使ったからね、一月後って事は無いと思う。
今はとりあえず、帰ろう?」
そうだ、ファントムが突然現れたのだ、街に敵が出現してもおかしくは無いのだ。
「急ごう……サクラ、クーリー、街が心配だ。
迂回せず、真っ直ぐ走ればそんなに時間はかからないだろう」