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16 宿敵

 クーリーに案内され、開けた場所に出た。


 中央には巨木が静かに立ち、その根元に〝クラゲ族〟に囲まれ、一際大きな〝クラゲ族〟の女性が居た。

 初めて会ったが、一目で分かった。

 彼女が精霊王だ。


 身長はおよそ3メートル以上はあるだろう、紅色かかった半透明の体を持ち、頭部の傘や、長い手足からはクーリー達よりも多くの短い触手が垂れている。

 妖艶な雰囲気は美しくも近寄り難く、ドラグニアの国民が、信仰の対象にするのもわかる。


 クーリーを女性にし、3倍ほど大きくした姿の精霊王。


「私はクイーンズ。精霊王と呼ばれている。

 自己紹介はいらないわよ、サクラさん。

 この子達から聞いたわ。それに私はこの子達よりもずっと心の奥まで読めるからね」

 クイーンズは続けた。

「それと、あなたは覚えていないでしょう。

 それでも、言わせて下さいね……

 久しぶり、アトラ……

 お帰りなさい。でいいかしらね?」


 そうだ、メルケギアも俺の事を知っていたのだ。


「俺はこことは別の世界からこの体に乗り移ったような状態です。

 すいませんが、私はあなたを知りません」


「えぇ、知っているわ。

 そうね、順番に話しましょう。

 サクラあなたの質問も、後で答えてあげる。

 貴方達の世界。地球で何があったか、教えてましょう。

 なぜ貴方達がこの世界に飛ばされたか。

 貴方達が生きていたずっと先の未来の話しを————


 ——


 地球は、人類は、順調に発展して行った。

 宇宙空間に熱エネルギーを放射する事で地球温暖化すら解決してみせた。

 しかし、ひとつの国が戦争を起こした。

 その戦争の影響でアメリカ大陸やユーラシア大陸は人間が住めない大地になった。

 不幸は重なり、遠くの星が超新星爆発が起きた。


 その爆発で起きたガンマ線バーストは地球を掠める事になる。

 掠めただけとはいえ、その影響は甚大で、電子機器のほとんどが使えなくなってしまった。


 機器が壊れ、熱を放射出来なくなった地球は急激に暖められ、南極、北極の氷全てが溶けた事で水没してした。

 さらに不幸は重なり、地軸のバランスが崩れ、最終的に生物が暮らすにはとても厳しい環境に変貌した。


 それでも運良く生き残った人間も居る。

 日本が最も生き残りが多かったのは、技術の発展と、山の多さ、周りの海水によって温度変化が少なかった事が要因ね。

 その日本が世界を主導して主に5つの生命の在り方を選択した。


 1、宇宙に新天地を求め地球を旅立った人類。


 2、比較的環境変化が安定している海底にドームを建設し、そこで暮らした人類


 3、自らの遺伝子を改変し、植物や動物、魚類、時にはウイルスの特徴すら併せ持ち環境に適応した。ミュータントと呼ばれる新人類。


 4、アトラのようにナノマシンと融合して生きるサイボーグ。


 5、これは生物と呼んで良いか分からないけど。肉体を捨て、ロボットに人格を移した物達。


 そうやってしばらくは慎ましく暮らしていたのだけど、ロボットに人格を移した物達の中で、ある指導者が生まれた。

 それがファントム。

 ファントムはある日全世界を相手に戦争を引き起こす。


 キューブと名乗り、人格を持たない機械兵を作り出し、はじめに海底に移り住んだ人間を殺し始めた。

 機械兵達は海底ドームを破壊し、数億人の人類を一日で壊滅させた。


 僅かに生き残った人類、ミュータント、サイボーグはユートピア連合を作り、キューブ側と戦争をする事になった。


 戦争中。ある人間の科学者によって究極の兵士が生み出された。

 それは3人。

 一人は、ベニクラゲやプラナリア、ウイルスの遺伝子を持って生み出されたミュータント。私ね。


 二人目は、アトラ、あなた。

 化学の粋を結集して作られたあなたは強力な兵器を数多く持ち、三人の中では最強の存在。


 三人目は、ウイルス以外の全生物の遺伝子を吸収する能力を持つ純生物の頂点。名をライカム、今は獣人王と呼ばれている。


 私達3人は、共に協力して戦い、戦争を終わらせるはずだった。

 少なくともその一歩手前までは出来たのです。


 でも、キューブはウイルス型ナノマシンを放った。

 優勢だったユートピア連合は壊滅的被害を受け、一気に窮地に立たされた。

 私は、ウイルスの遺伝子を持っていたので、何とか耐えれたのだけど、アトラとライカムは深刻な被害を受けた。

 アトラは『吸収の力』でウイルスを解析して、優れた免疫を作り出して意識を取り戻したのだけど……


 ライカムは……精神が壊れ、ただひたすら暴れる魔物と化してしまった。


 そんな時に、キューブが最終決戦を仕掛けてきた。


 ◇


 クイーンズは、ひと段落して言った。

「私はスパイとして作られた兵士。これから先を実際に見る事が出来た。

 今から2人にも見せてあげる」


 瞬間、クイーンズから光の揺らめきが発生し、アトラとサクラを覆った。


 ——脳裏に浮かぶのはハッキリとした映像。

 感触も温度も伝わってくるような感覚だった。


 ————


 直径20㎞程の小さな島。

 その南に10㎞の地点。


 浮遊する縦長の楕円形で、直径5㎞にも及ぶ巨大な浮遊戦艦ユートピアがあった。


 巨大な島を連想させるその表面は土が覆い、草木が生える。


 しかし、いたるところに大砲、機銃、レーザー砲、ドローン兵器用の射出口がある。


 動力は中心に位置する常温核融合エンジンにより供給され、その底面をゆっくり回転する2枚の円環状(ドーナツ状)の装置が重力を反発させることで浮遊していた。


 ユートピアの司令室では数多のモニターに敵浮遊戦艦の姿や各種データなどが映し出され、司令官とその部下が慌ただしく言葉が飛び交わしていた。


「敵艦の座標!!

 東経139度44分28秒8759、北緯35度39分29秒1572!

 まもなく会敵!!……敵艦!視認!!」


「散光粉末を再散布!!海上に向け熱線砲放て!」


「散光粉末の散布完了!熱線弾着!海霧の発生を確認!」


「敵艦レーザー砲の出力増大!!来ます!!」


 40キロ離れた敵艦からは海水を消滅させながら進むレーザーが発射され、轟音は後からついてくる。

 しかしレーザーは浮遊戦艦ユートピアに到着する前に霧散した。


「敵レーザー砲、霧と散光粉末により消失!!本艦への被害無し!!」


「攻撃用ドローンはどうなってる!?」


「固定翼機の損壊80%!!回転翼機の損壊50%!!……敵艦の被害は極めて軽微!」


「クソ!!防御用ドローンの50%を攻撃に回せ!」


「敵艦による質量弾丸の発射を確認!弾着まで残り15!」


「プラズマフォースフィールドを前方に展開!!急げ!」


「展開開始!」


「…出力50%まで上昇!…80…90…出力最大!」

「弾着まで残り5...4...3...質量弾丸の失速を確認!海上へ墜落!!」


 その時だった。


「天井が低いね。僕達への対策のつもりかい?」

 司令室内に相応しく無い、幼さの残る声が響いた。

 司令室内の乗組員が驚きと共に振り返る。

 唐突に現れたそれは、人間のようであり、人間でない。

 不気味の谷の底の底。どこからとも言えない酷く違和感のある少年のロボットだ。


ファントム(亡霊)だ!!全ての武器の使用を許可する!射線を気にするな!味方ごと撃て!!これはチャンスだ!敵の親玉だぞ!!」


「もう遅いよ。デリッター(罪人)


 ファントムと呼ばれるその機械が頭上に手を掲げ、

 パチンッ

 と指を鳴らすと、眩い閃光と甲高い音が室内を巡り。

 司令室で立っていられるのはファントムと、その隣にもう一つ、人の頭蓋骨を露出させたような頭部に黒のローブを目深に被る大鎌を持つ機械だった。


「『人間モドキ』は愚かだなぁ……」

 ファントムの声。


 デリッター(罪人)と呼ばれた死神のようなロボットの目が輝いた。


 ——


 周囲を飛び交うドローンを次々と撃ち落としていく無骨で巨大な四角い立方体の鉄の塊。

 その浮遊要塞の名をキューブと呼ぶ。


 その広い司令室内にファントムがドアを開ける事なく現れた。

「あいつらへの最後の情け。苦痛なく終わらせよう、一人も残さずにね」

 ファントムは椅子に座りモニターに映る小爆発を繰り返す浮遊戦艦を見つめる。その背後には死神の様な容姿のデリッターと他3つの臣下達の影がある。


「出力10%で反物質砲を撃ってみてよ」

 ファントムの指示に前方に座るコードで繋がった機械兵が復唱した。

 キューブの一面から巨大な大砲の筒が姿を現わす。

 巨大な大砲から不気味な低音が流れ、出力の上昇に伴い徐々に高音になり音も大きくなる。

 大砲の表面が熱を帯びていき、突如黒色の閃光と共にレーザーに似た宇宙からも視認できるのエネルギーの波動が放射された。


 エネルギーは空間を歪ませ、飛び交うドローンの全てを破壊し尽くした。

 海は蒸発し、巨大な渦を作る。

 戦艦ユートピアはまるごと飲み込まれた。

 発生した衝撃波はいくつもの竜巻を作りだし、その風雨が島の木々をことごとく薙ぎ倒し、海岸を削り取った。

 エネルギーの波動は戦艦はおろか直線上にあった全てを等しく無に帰したのだった。


 戦艦キューブの大砲は真っ赤に赤熱化し、その威力を物語っている。


「な〜んだ。想定より威力低いじゃん!

 大砲の放熱を待って、もう一度撃ってよ。次は20%の出力だね。

 僕は少し島を見て来るから、まだ撃たないでよ?

 それじゃあね!」

 ファントムはそう言い残し、スッと消えた。


 ——


 島では、発生した熱風と竜巻によって、草の一本も残らない地へと変わり果て、クモ型や獣型様々な意思のない機械兵達が無数に闊歩していた。


 島の地下250メートル。

 そこには数千人のミュータントや人間が避難していた。

 サイボーグ達は浮遊戦艦ユートピアで戦っているなか、クイーンズとアトラの姿があった。

 現在はたった1人のサイボーグ。アトラを残し、全員が囮のために犠牲になったのだ。


 それは望みの薄い逆転の秘策。その最期の希望だった。


 彼はユートピアで散った仲間達の思いを受け継ぎ、万が一のために備えていたのだ。


 そしてそれは現れた。


「やぁみんな、ここはすごいね、量子ワープできなかったよ!」


「ファントム!!」

 ミュータント達は恐怖で固まった。

 この地下空間の出入口は3重にして塞いでいる。

 入れる訳が無いのだ。


「あれ?アトラくん?何で『化け物』の中に『人間モドキ』が混ざっているんだ?

 ……なるほどー!!

 旧式が混ざっていてセンサーに引っかからなかったのか、単純だけど効果的だね」


 まずい……もうすぐ始まるというのに……


「ところで何で集まってるの?この島はもうすぐ消えるよ?

 無駄だけど、逃げなくて良いの?」

 ファントムの顔には余裕が見える。


 アトラは目で合図し、ミュータント達に出入口の扉を開けさせた。


「あれ?無視は良くないよねぇ?」

 ファントムの声。


 アトラは背中に2個のジェットエンジンを作り、両足のふくらはぎからもジェットエンジンを作り出した。

 服はそれに合わせて変化し、穴があく。

 それらを、最大の推進力を放ち、ファントムごと出入口から飛び出したのだ。


 長い地下通路を一瞬にして戻されたファントムは地上に着地して言った。

「無駄だよ。

 忘れたの?今まで一度だって傷すら付けられなかったじゃないか?

 今もこうやって付き合ってあげてるんだから、礼くらい言ってよ?」


 アトラも地に降り立った。

「黙れ!!もう誰1人として傷付けさせない!!」


「……うーん。アトラくんはどうしてここに連れてきたの?

 何か裏があるのかな?

 もしかして、あの〝死に損ない〟が関わっているの?

 最後の発明?作戦?もしもそうなら油断出来ないな〜……

 よし、調べちゃおう!」

 瞬間、ファントムは消えた。


「待て!!ファントム!!」

 アトラの叫びは虚しく、その声と同時に無数の機械兵が襲い来た。

 戦わざるを得ない状況に陥った。


 ——


 ファントムはすぐに地下空間に隠された装置の意味に気付いてしまった。

 それは、極小のブラックホールとホワイトホールの発生装置。


 つまり時間も空間、そして次元を超えて異世界、もしくは違う宇宙へと旅立つ装置だった。


「すごい……さすが〝死に損ない〟だね……これを調べたいけど……一度きりの使いきり型、しかもこれごと異次元に持っていかれる。

 しかも、時限制か……発生まで時間が無い。

 残念だなぁ……うん、しょうがない!!

 ……〝向こう〟に行って調べよう!!同じことをもう一度やるだけ、簡単な事さ!!

 知的生命体はすべて、1人も残さずに綺麗さっぱり……殺してやろう」

 ファントムは無邪気な笑顔で言い放った。


 ————


 映像はプツリと途切れた。


 クイーンズは言った。

「ファントムは装置の出力を無理矢理上げ、島ごと異世界へ飛ばした。

 ファントムの部下や機械兵を島に降ろしてね」

 クイーンズが続ける。

「でも、この世界に来るのは時間差が激しく、ブラックホール中心部の地下空間から順にこの世界にたどり着いた。

 私たちミュータントは3万年以上前にたどり着き、〝竜人種〟や〝精霊種〟〝獣人種〟などに進化した。

 ウイルスに侵されたミュータントは魔物と呼ばれ、機械兵は鋼鉄魔獣と呼ばれるようになった。

 そしてアトラ、あなたがこの世界に来た。

 ファントムもすでに来ている。

 あなた達が倒したメルケギア、つまりデリッター(罪人)と、芋虫型の鋼鉄魔獣(こうてつまじゅう)リンブス(手足を持つ者)達ファントムの臣下も来ていたでしょう?

 気をつけなさい。

 彼らはまた戦争するつもりよ」


 クイーンズは更に言った。

「さて、なぜ貴方達が、アトラやこの世界の住人の体に乗り移ったのか。

 それはファントムが出力を上げ過ぎた事で、時代を超えてその効果が現れたせい。

 それで日本に居た貴方達の肉体から魂が離れたとき、稀にこの世界に来てしまう現象が発生した。

 魂はこの世界に来る肉体や、この世界の住人達の魂と混線し、その肉体に宿ってしまった。という事よ」


「……私は元の世界に戻れますか?」

 サクラが聞いた。


「残念だけど、それは無理ね。

 私達を作り出した〝彼〟にしか同じ装置は作れない。

 もし作れても、同じ次元、同じ時代、同じ場所に戻ることは不可能よ」


「そう……ですか」

 サクラの目は潤んでいた。

 無理も無い、彼女の悲しくも尊い願いは叶わなくなったのだから。


「ふふふ、優しいのね、でも大丈夫よ」


 クイーンズの言葉にサクラは顔を上げた。

「……はい……?」


 クイーンズは優しく微笑んでいた。

「サクラさん。安心して、その体を元の持ち主に返す必要は無いわ。

 その体はすでに死んでしまった体。

 貴方の魂が抜けたら、もうその体は動かなくなってしまう。

 それに、その体持ち主も貴方が体を使う事を望んでいる

 私は心だけじゃなく、魂を読む事ができるからそれがわかるの。

 アトラ、貴方もよ、安心してその体を使ってあげて」


 クイーンズの言葉は優しく、子供に諭し教えるかのように慈愛に満ちている……


 サクラはいつの間にか泣いていた。静かに、そして綺麗に泣いていた。


 俺も不思議な感情が湧き出した。感謝と謝罪が同居したような、心の中のモヤモヤが晴れたような。


 ……その大切な感情に浸る時間を一つの声が台無しにした。


「今の体に『テレポートの巻物』は便利だなぁ!!

 やぁ、『化け物』、久しぶり!

 ここでは精霊王って呼ばれるんだって?

 殺しに来たよ!?……ファントム(亡霊)クイーンズ!!」

 声の主は……フだった。

ラスボスの登場です。

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