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12/25

12 デリッター

 クローゼの後方にはブーマンとその〝影〟そしてブーマンと比べて速度は遅いが、〝翼竜族〟の兵士の何人かは付いてきている。


 しかし、相手がクローゼと知ると戸惑い驚く。しかし、それでもブーマンの指揮に従い追尾していた。


 兵士達が手に持った〝巻物〟を紐解いたとたん、巻物は燃え尽きた。そこに封じられていた魔法が解放されたのだ。


 〝巻物〟からは魔法『マジックミサイル』が顕現し、使用者の手の上で発射の時を待っていた。


 それがブーマンの合図で一斉に放たれた。

 10発以上放たれ、その全て直撃は避けたが、爆風に巻き込まれた。

 翼の鱗は何枚か剥がれ落ち、翼膜の一部は焦げた。

 飛行能力もその分落ち、頭部からも浅く出血してしまった。


 クローゼは悩んだ。兵士を倒す事は簡単だ。それだけの能力がクローゼにはある。

 しかし出来れば傷付けたくなかった。兵士達に罪は無い、彼らもまたメルケギアやブーマン達大臣の犠牲者であるからだ。


 再度『マジックミサイル』が放たれた。

 耳元に迫るいくつもの爆音。

 今度はうまく全てを避ける事が出来たが、あとどれくらい『マジックミサイル』を避けられるか。


 ブーマンとの戦力差と魔力差は開くばかりだ。

 というのもブーマンは〝翼竜族〟が応援に来てから1度も魔法を使っていない。


 当然だ、時間が経てば経つほど兵士は集まり有利になるのだ。

 指揮官が決着を急ぐ必要は無い。

 立場が逆ならクローゼでも同じ事をする。


 クローゼは悩んでいた。

 ただ、倒すだけであれば、愛刀が無くてももう一つ〝奥の手〟がある。

 しかし、今のクローゼの状態。

 そして街中で〝それ〟をやれば、国民が犠牲になる事は確実だ。


 だが、このままいたずらに長期戦にもつれ込む事も避けたい。

 激戦と化して仕舞えば、いずれは国民への被害が出るのだ。


 奥の手は使わず、かつ早期に決着を付けなければならない。


 クローゼは一つ思いついた。


 ドラグニアには、有力者達が何人も売国奴の汚名を受けて、処刑された事により、今では廃墟と化した大きな屋敷が多数ある。


 クローゼはその内の一つ、3階建て高床式の屋敷に飛び入った。


 ◇


 ブーマンは屋敷には入らず、高度を維持して飛んでいた。


「お前達も入るなよ。

 反逆者の罠だ。味方がいるかもしれんぞ」


 ブーマンの指示に従う兵士達。

 外でクローゼが出てくるのを待つのだ。

 わざわざ、入る必要は無い。

 時間が経てば経つほど兵士は集まり、有利になるのだから当たり前の判断だ。


 しかし、一向にクローゼは出てこない。


 ブーマンは焦った。

 このままではメルケギアに疑われてしまう可能性がある。

 クローゼから、反逆者から戦いを避けた卑怯者。と。そうなれば次の処刑されるのは自身かもしれないと頭をよぎった。


 そして考えた。

 ドラグニアは水が豊富に存在する。

 川もあれば、地下水脈もそして、今では廃坑となってはいるが、迷路のように複雑で大きな地下鉱脈もある。


 そしてあれくらい大きな屋敷になれば、ポンプ式ではなく、人がやすやすと入る事ができる汲み上げ式の井戸が設置されているだろう。

 人が入れる程大きな井戸は権力の象徴でステータスであり、金持ち連中の間で流行ったことがある。


 不安になった。

 まさかとは思うが、その井戸が枯れ井戸になっており、地下水路や地下鉱脈に繋がっていたら?


 他の場所に移動出来るのか……?


 革命を起こしたのだ、ある程度準備したに違いない。それは十分にあり得る。


 一番マズイのは宮殿に続く道があった場合だ。

 それはマズイぞ!!


「おい、ちょっと中を見て来い」

 ブーマンは空を飛ぶ〝翼竜族〟に命令する。


 地上に兵士はいない。

 街中での機動力で空を飛べる者の右に出るものはいない。

 どうせ着いてこれないのだから、宮殿へと向かわせたのだ。


 そうやって数人の兵士が屋敷内に入ったが、戻る気配は無い。


「何をしてやがる!!」

 ブーマンは痺れを切らせて、〝影〟に見に行かせた。


 〝翼竜族〟は貴重な兵士だ。

 それを易々と失えばメルケギアの心象を悪くする。


 〝影〟とは感覚は鈍いが視覚などを共有できる。

 初めから〝影〟に行かせても良かったのだが、長期戦になるなら自らの魔力を消費させたく無いとの判断だった。


 〝影〟は屋敷の中に慎重に歩いて入った。

 屋敷の主人や管理者が居なくなって長くとも一年程しか経っていないはずだが、そうは思えないほど床や壁が痛み、荒廃していた。


 物盗りや浮浪者が入ったのだろう。

 壊れた家具や、割れた食器などが散乱している。


 やはりあった。井戸だ。


 警戒は怠らない。前後左右、天井も全て警戒する。

 井戸をゆっくり見下ろすが、底は見えない。しかし、少なくとも見える範囲にはクローゼの姿は無い。

 どこだ?どこにい……


 突然〝影〟の視界がプツンと消えた。

 〝影〟が消滅したのだ。


「何が起きてやがる!?」


 すぐに影を出してもう一度調査させるが、井戸の近くでまた消えた。


「くそ!感覚が鈍くて分からん!!お前達はここで待っていろ!!」


 〝影〟は屋敷の外で飛ばせておく。


 何かあった時の〝保険〟である。


「クローゼ!!来てやったぞ!!出て来い!!」

 ブーマンの叫びは意味がある。

 〝コウモリ族〟であるブーマンは耳が良く、音の反響によって周囲の状況を把握する種族術式『反響定位(エコロケーション)』がある。

 実態が極めて薄い〝影〟は、音が体を素通りするために使えない種族術式だが生身ならば存分に使える。


 半径10メートル前後、密閉空間である屋敷内ならば、もっと遠くに居たって分かる。

 近くにクローゼは居ない。


 やはり、クローゼは井戸内で潜んでいるのだろう。

 奥に潜んで何かの術式で、〝影〟を仕留めた。

 そうに違いない!!


「クローゼ!!そこにいるんだろう!!出て来い!!」

 井戸に近づき、大声を出す。その音の反響で井戸の奥まで確認するが、


 ……居ない


 どこだ……


 突然だった。


「……!!なんだ!?」


 外で飛んでいた影が消えた。

『マジックミサイル』によるドンッという爆発と光。


「マズイ!!」


 直後、木製の床を破壊しながらクローゼが現れた。


「床の下に隠れてやがったのか!!」

 ブーマンは驚きの声をあげた。


 クローゼは気絶させた〝翼竜族〟の兵士を屋敷の外に投げ捨て、ブーマンを後ろから羽交い締めにした。


 同時に屋敷を支えるいくつもの柱が床下から爆発し、壁と天井は支えを失い、ボロボロと崩れ始めたのだ。


 急いで〝影〟を具現化しようとするが、四方八方で『マジックミサイル』が爆発し、その眩い光によってブーマンの影が消え去る。


「影が作れない!!」

 ブーマンの声には焦りが垣間見える。


「もう遅い!!付き合ってやる!!私と共に生き埋めになれ!!」

 クローゼの声には確かな決意がこもっていた。


 屋敷は——、倒壊した。


 ◇


 メルケギアは数秒おきに何度も何度も閃光と甲高い音響を放っている。

 もはや敵味方は関係無く、炎を撒き散らせている。

 敵兵士や大臣達も結界内に誘い入れていた。


 とてもじゃないが、目は開けられないし、まぶたを閉じてもなお強烈な光は視界を真っ白に変える。

 今では聴覚も耳鳴り意外は聞こえない。


 サクラや双子の従者達は度重なる音により、三半規管がやられ、立つ事すらままならないでいる。


 俺はサクラの手を取り、その手のひらに文字を描き、コミュニケーションを取る。


 サクラの魔力はもう限界が近い。

 もう数分も持たないかもしれない。

 無理もない。


 メルケギアの吐く炎は巨大なガスバーナーのようであり、〝竜人種〟達の種族術式『炎の吐息』の軽く数10倍以上の火力と勢いを持つ。


 その上、サクラは炎だけでなく高温の空気が簡単には侵入しないように分厚く『結界』を展開している。

 魔力の消費は激しく、まともな術師ではこの厚さに展開出来ず、出来たとしても数分も維持できない。


 そして会議室の外からは『不可侵結界』を壊そうと、何人もの兵士達が槍や炎によって攻撃している。

 それを長時間一人で耐え続けているのだ。


 決断しなければ!!

 横に立つゲルマの背中に文字を書く。

「ゲルマ!!本当に見えるんだな!?」

「ああ!!しっかり見えるぜ!!」

 ゲルマは背中に返事を書いた。


 ゲルマには悪いが、俺の目になってもらう。


 ゲルマは固有術式『千里眼』を持つ。

 その効果は〝視界〟にあるもの全てを見る事ができる。

 壁や柱に隠れたり、僅かでも光さえあるならば、その全てを見る事が出来る。

 激しい閃光を放っていたとしても、視界に入り、光が反射しているならば、それは〝見える〟 のだ。


 俺は目が見えないが、アイツを倒す武器にはなれる。

 メルケギアの翼に傷を付けたあの銃を最大限に強化する。


「チャージが完了したらサクラの結界から二人で出る。

 そしたらゲルマが狙いを定めてくれ。

 俺の肩を叩いてくれたら撃つ」


「カカカ!!それは面白そうだ!必ず当てやる!!」


 なんとか立ち上がるが、フラフラだ。


 三半規管の異常のせいだけでは無い。

 蒸気圧式銃を撃つには水と銃弾が必要なのだ。

 無から有は作れない。

 その材料は自分自身の体にある水分と、体を構成する鋼鉄を使用するのだ。


 もう何度も撃った。

 先程からアイの声が頭の中で警告が鳴り止まない。

 《警告、体内の水分と鉄が不足、推奨、水分と鉄の吸収》

 とな。


 だが、関係無い!!

 メルケギアを倒せきゃ意味が無いのだ!!

 絶対にみんなを守ってみせる!!


 絶対の覚悟を持って、心臓のコアから生み出されるエネルギーを右腕に集めた。

 水は水蒸気となり、体積が1700倍に膨張する。その圧力を、エネルギーを溜める。

 これで、いつでも銃弾を放てる状態にある。


 しかし……まだだ!!


 さらにエネルギーを加える。

 《警告、右腕のエネルギー保有限界を突破。推奨、エネルギーの供給を中止》

 中止なんかしない!!


 水をもっと!!

 《警告、右腕の圧力上昇、限界値を突破。右肩に微細なヒビを確認。推奨、圧力の解放》

 まだまだ!!


 弾丸をもっと圧縮して作る!!

 もっと重く、重ければ重いほど威力は高い、もっとだ!!

 《警告、体内の鉄が不足、限界値を突破。推奨、鉄の吸収》

 うるさい!!


 右腕は超高熱を帯び、真っ赤に赤熱化している。

 《警告、右腕の熱量が限界温度を突破、右肩に微細な溶解を確認。推奨、エネルギー供給を即中止》


 左腕でゲルマの肩を叩く。

 チャージ完了の合図だ。

 もう、右肩はいつ爆発してもおかしくない。


 ゲルマはタイミングを見計らい、サクラの肩を叩く。

 一瞬結界が解かれ、ゲルマに引っ張られて結界から出た。


 即座に結界が貼り直された。

 サクラとコミュニケーションの手段を失った事を意味する。

 つまりもう結界内には戻れない片道切符なのだ。


 さっきまでは結界内から銃弾を放っていたが、それでは命中精度が悪い。

 どうせ体も限界なんだ。最後はキッチリ狙って撃ちたい。

 だからこそ、結界から出たのだ。


 左腕を巨大な盾状に変化させ、メルケギアの炎からゲルマと自身の身を守った。


 耐火性能の低い左腕はメルケギアの炎を受けて、すぐにマグマのように赤熱化する。

 表面からドロドロに溶けていくのを感じる。


 限界なのは右腕も同じだ。右肩から始まったヒビ割れは顔にまで広がっているのが分かる。

 アイの声はもう聞こえなかった。

 おそらく本当に限界を超え、故障したのだろう。


 体をゲルマが操作している。

 空中を飛び交うメルケギアを狙っているのだ。

 鼻からは肉が焼ける嫌な臭いした。

 しっかりと狙うため、赤熱化した俺の腕をゲルマが強く掴んでいるせいだ。


「すまない」

 声を出したが、聞こえるはずはない。

 それだけメルケギアに聴覚をやられたはずなのだ。


「ゲルマ、もういい、早く肩を叩け!

 そうすれば撃つ!!早く撃たなきゃ、先に倒れるのはゲルマだぞ!!

 もういつでも撃てるんだ!!」

 その声はもはや出ているかどうかすら怪しい。


 早く!!

 ゲルマ!!お前の腕が燃えるぞ!!

 早くしろ!!

 まだか!?


 フッとゲルマの手が離れた。

 きっと後ろに倒れたのだ。

 ダメだったのか……


 それもそうだ、この高温の空気を多少なり触れれば、体には負担がかかる。

 そして一呼吸でもすれば、肺は深刻な火傷によってその機能を永遠に失う。

 立っているだけで、それはすごいのだ。


 しかし……

 ポンッ

 肩を力無く叩かれた。


 ゲルマの最後の力であり、希望だ。


 ああ、任せろ……


「当たれぇぇぇェェ!!!」


 音速を遥かに超えた速度で撃ち放たれた弾丸は真っ赤に赤熱化し、炎の尾を引きながら真っ直ぐに飛んだ。


 メルケギアは反応はしても避けられ無い。

 ただその運命を見つめるのみ。

 弾丸は……そのコアを……撃ち抜いた。


 威力は螺旋状に伝わり、メルケギアの体を巻き込んでグシャグシャにし、いくつもの部品に引き裂いた。


 ——


 耳鳴りは止まない。

 景色も真っ白のまま、全身の感覚が無い。

 思考があると言う事はまだ生きている証だが、どうだろうか?

 弾丸は当たっただろうか?

 メルケギアは倒せたのだろうか?

 ゲルマは、サクラは?みんなはどうなっただろうか?

 そこで意識は途絶えた。

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