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11 ブーマン・ウィドウ

 クローゼはブーマンを突き押しながら宮殿の壁を吹き飛ばし、外へと羽ばたいた。

 隠し持っていた短剣を引き抜き、躊躇する事なくブーマンの真っ黒な翼を切り落とし、そのまま落下させた。


 砂漠の空気は広大森や川からの水気を受け、カラカラだった風は少しシットリとして心地よい。

 クローゼは、その風を感じながら中空でチッと舌打ちした。


 落下した、ブーマンだったはずのそれは、落ちていく途中で霧散して消えたのだ。


 ブーマンの固有術式『暗黒賛美(あんこくさんび)』の効果だ。

 影を具現化し、具現化した影と自分の位置を入れ替える事ができる。

 翼を切り落とす直前に入れ替わられたのだろう。


 術式の発動の速さ、そして状況判断の速さは驚嘆に値する。

 ブーマンはそれなりの、いや、かなりの手練れだったのだ。


 惜しかった。ブーマンは生きている。

 判断があと数瞬早ければ、もしくは突進速度があと少しだけ早ければ。

 あるいは、メルケギアに奪われた〝あの刀〟があれば直ぐにでもブーマンを倒せるのに。


 ブーマンは後方から現れた。

 コウモリの薄い皮膚膜が張った翼を羽ばたかせて、ほとんど音もなく飛んでいる。

 傷は無い。


 その後方には黒く塗りつぶされたブーマンの〝影〟が出来ていた。


 ブーマンは怒りの形相で言った。

「クローゼ!!何のつもりだ!!あの結界は何だ!?入れねぇぞ!!」


「黙れブーマン、己の命惜しさに国民を売った売国奴め!!」


「はぁ!?お前だって国民なんて放ったらかしてたじゃねぇか?

 それにお前がメルケギアを君主にしなければ、国民はこんなに飢えなかったんだ、わかるか?お前だって共犯だろ!?」


「ああ、それについては済まないと思っているさ。

 この革命が終わった後にいくらでも罰を受ける。

 それに……メルケギアを討つチャンスを待った挙句、ここまで時間がかかってしまった。

 だが!私は決断した、今回こそが唯一無二の好機だ」


「お前?本気か?本気でメルケギアを裏切るのか?俺を裏切り者呼ばわりしたのはお前だろう?」


「私は裏切った事など一度も無い。今までも、これからも。

 私が忠誠を誓っているのは国民に対してだけだ」


 ブーマンは呆れたと言うような顔をしている。

「はぁん!?ケケケ!!まぁいいさ、お前は死ぬ。

 まさかメルケギアを本気で倒せるとは思っていないだろう?

 お前が一番わかっているはずだ、メルケギアの異常な能力をよ?

 お前が一番近くにいたもんなぁ?

 あぁ!!そうか!!だからメルケギアから逃げて俺を相手にしたんだろう!?メルケギアを相手にしたら殺されるもんなぁ!!」


「違うな、ブーマン、私がお前を外に飛ばしたのは私があの中で一番早いからだ。

 それに、一つ勘違いしているぞ?私は死など恐れん!!」


「ハッ!!くだらん事を!!死が恐くないだと!?俺は怖いぜ。怖くてたまらない。で?だからなんだ!?それが悪いことかよ!!

 メルケギアを裏切れば待つのは死だ!!例えお前が正義で、正しくても俺は死にたく無い!!俺は……お前とは戦うぜ?」


「……あぁ、来い!!」


「クローゼ、クソ真面目なバカめ!!」

 ブーマンとその〝影〟は連携をクローゼに向かって飛んだ。


 ◇


 会議室内では、突然の襲撃によって大臣達は混乱し、結界の内側から逃げようと躍起になっていた。


 敵の兵士達は聞いていた通り優秀だ。

 もうすでに、戦闘態勢を組み、武器を構えて大臣達を守るように隊列を組んでいる。


 兵士や大臣達はゲルマの部下であるマルコと〝竜人種〟達7人で対処する事にしている。


 〝竜人種〟達はそれぞれがお互いをカバーできるように隊列を組み、数で劣る相手の兵士と睨み合いになっている。

 ゲルマの予想通り、敵兵士達は『大臣達を守る』という任務のため、簡単に動けない。その事が功を奏した。


 メルケギアの相手は俺、ゲルマ、サクラ、そして従者である赤髪サリファーと青髪ジェリファーの双子姉妹の5人である。


 クローゼの話しによるとメルケギアを相手にするならこれでも足りないのだ。


「お先に!!」

 前触れ無くメルケギアに対して巨大な炎の塊が飛んだ。

 炎は絨毯や、机、椅子を一瞬にして燃やし尽くす。

 サリファーが放った魔法『ファイアボール』は生身で直撃すれば、机と同じ運命なるだろう火力だ。

 それをメルケギアは翼を一度だけ羽ばたいて、上空へ飛んで回避する。


「くらえ!!」

 しかし、それを見越していたかのように、ジェリファーがメルケギアを狙って魔法『アイスピラー』を放ち、氷の柱が真っ直ぐ伸びた。

 メルケギアはそれにも反応し、回避行動をとったが、翼を掠めた。

 メルケギアの片翼は凍りつき、僅かにバランスを崩した。


「カカカ!!良くやった!!」

 ゲルマはすでに〝竜化〟しており、石柱の伝って天井に登り、急降下していた。

 翼に着いた氷を飛ばしたメルケギアの一瞬の隙を逃さず、大剣を振り下ろす。


 落下の速度、大剣の重さ、ゲルマの怪力が合わさった一撃はメルケギアの背中に直撃した。


 強烈な乾いた音が会議室を包み、メルケギアは落下し、激しく石床に衝突する。


 爆発音に似た轟音。

 床は凹み、蜘蛛の巣状のヒビが入って、砂煙が充満する。


「まだだ!!」

 油断も容赦もしない。

 アイツは強い。この体はアイツの強さだけは知っている!!


 砂埃の中を真っ直ぐ走り、起き上がろうとするメルケギアを斜めに袈裟斬りする。

 ギィィィンと、金属がぶつかる音が鳴る。

 そして斬り払った勢いを殺さず、回し蹴りを喉元に直撃させ、大きく吹き飛ばした。


「カカカ!!もう一撃だ!!」

 石柱に衝突したメルケギアにゲルマがすかさず追撃を加える。

 大剣はメルケギアの腹部に直撃し、石柱ごと吹き飛ばした。


 メルケギアは空中で体制を立て直し、何事も無かったかのように、宙に留まった。

 恐ろしく、絶望的な事実だった。ほぼ完璧な連撃の効果が薄いのだ。


 しかし、これまで誰一人として傷つけられ無かったメルケギアの黄金の鱗は、この日、初めて損傷を受けた。


 胸にある大きな斬傷は血の一滴すら流れていないが、その内部構造が剥き出しになっている。


 その中身は機械なのだ。

 骨にあたる部分は全て鋼鉄、肺も腸も胃も無い、有るのは心臓部のコアと、体を動かすためのパイプや歯車だ。


 〝竜人種〟の外見に擬態した鋼鉄魔獣(こうてつまじゅう)である事に間違い無い!!


 まさか……

「お前も俺と同じか!?」


 メルケギアは口を開いた。

「お前と一緒にするな、『人間モドキ』め、私はデリッター(罪人)。ファントム様の忠実な僕だ」

 電子音と肉声が混じりあったような奇妙で冷徹な声だった。


 ◇


 クローゼは空中を高速で飛び回るブーマンを右へ左へと追いかけていた。


 後方からはブーマンの固有術式『暗闇賛美』で作り出された〝影〟がクローゼを追跡している。


 〝影〟はその身の一部を弾丸状に変化させ、連続で飛ばして攻撃している。


 ほとんどは避けるが、たまに何発か当たる。

 その一撃一撃の威力は低いが、身に纏った結界にダメージを蓄積させている。

 しかも〝影〟は自身の体が減り始めると、地面に接近し、ブーマン本体の影から失った影を補充する。

 それは、ブーマンの魔力が尽きるまで、無限に弾丸を撃つ事ができるという事を意味する。


「長期戦は不利だな」


 クローゼは、習得している魔法『マジックミサイル』を両手に形成する。

 魔力の消費は多いが、対象を自動追尾し、爆発する強力な魔法。


 クローゼは『マジックミサイル』を前方のブーマンに2発同時に撃った。

 ブーマンは寸前の所で避け、『マジックミサイル』は何もない空中で爆発した。


 クローゼは、その2つの爆発の合間を抜けてブーマンを追った。


 相手は手練れだ。

 無論この2発で倒せるとは思っていない。

 だからこそ、罠を張った。

 隠れてもう1発放っている。


「クソ!!」

 ブーマンはそれに気付き悪態をついた。


 ブーマンは避けれるはずが無い。もう眼前に迫っているのだ。今度こそ直撃だ。『マジックミサイル』の爆発に巻き込まれた。


 しかし……


「面倒な奴め……」

 今度はクローゼが悪態をついた。


 ブーマンは自身と影の位置を入れ替え、消滅したのは〝影〟の方だった。


 今度、追われるのはクローゼの方だ。

 ブーマンは影を新たに作り出し、影は弾丸を、ブーマンは『マジックミサイル』を撃つ。


 クローゼは爆発も弾丸も難なく避けたが、状況はまずい。


「早くしなければ……」


 地上では兵士達が集まって来ている。

 飛行能力を持つ〝翼竜族〟が参戦すれば、さすがに多勢に無勢だ。


 クローゼは『マジックミサイル』を後方に向けて撃つ。

 その爆発は〝影〟を巻き込んで消滅させるが、ブーマンの影からすぐに具現化して現れる。


「クローゼェ!今のは危なかったぜ!!ケケケ!!」

 ブーマンのそれは嫌味だ。

 奴は最初から〝影〟を囮に使っているのだ。


 そして、その攻防は、魔力消費量の面ではブーマンの方が少ない。

 このままでは先に魔力が尽きるのはクローゼの方なのだ。


「クソッ、本当に厄介なコウモリだ!!」


 ◇


 アトラ達は自由に空中を飛び回るメルケギアに翻弄されていた。


 最初の連撃以外、攻撃は全くと言って当たらない。

 しかもその連撃も、ほとんどダメージは無かった。

 擬態に使っていた表皮を削っただけなのだ。


『不可侵結界』内、会議室内の兵士たちはメルケギアの異変に気付き、戦闘を中断していた。

 メルケギアが、鋼鉄魔獣だと、誰が予想できたであろうか。

 もはや誰が敵で、誰が味方か分からない様子であった。


 アトラ達5人はサクラの周りに集まり、『結界術』で作り出した結界の中で身を寄せていた。

 メルケギアは空中を飛び回り、口から炎を吐き出している。


 〝竜人種〟の種族術式『炎の吐息』は受けた事がある。それは、液体が燃えるような感覚だ。


 だからこそ、術式を放ち終わった後もしばらく砂の上で燃えていた。


 しかし、メルケギアはそれとは異質だった。


 ガスの噴射による燃焼。ガスバーナーに似ている。


 結界の中から見るからこそ、それが良く分かる。そして確信できる。

 あれはこの世界の独自の技〝術式〟じゃない。あれは〝兵器〟だ。


「ちょっと強すぎないか?」


「カカカ、強すぎて笑いが出るな」

 とゲルマ。


「どうする?魔力はまだたくさんあるけど、結界は魔力効率悪いよ?」

 とサクラはゆったりと言った。


 せめて一瞬でも動きを止められれば。


「何度でも攻撃を仕掛けるしかない、合図して、一斉攻撃だ」

 ゲルマが指示をする。


 右腕の剣を変形させ、直径約2cmの筒へと変わる。蒸気圧式銃だ。


 右腕の銃にエネルギーを集めてその内部が高熱となる。

 右腕に水を送り込むと、水は高熱を受けて水蒸気へと変わった。


 水は水蒸気に変化する際、その体積は1700倍ほどに膨張しようとする。


 その膨張エネルギーを溜める、お終いには、水を分解して作り出した水素を爆発させ、体の一部である鋼鉄を弾丸に変えて放つのだ。


 銃口内の圧力は高まった。


 石柱に隠れて、炎の勢いが止む一瞬を狙うのだ。


「今だ!!」

 ゲルマの合図で、一瞬サクラが結界を解く。


 その瞬間に弾丸を放つ。

 続いて、

『ファイアボール』

『アイスピラー』

『炎の吐息』

 が放たれた。


 豪!!と衝撃音が走る。


 全ての攻撃で当たったのは弾丸だけだ。

 しかし、それもメルケギアの翼の一部に小さな傷を付けただけ。

 ダメージはほとんど無い。


 次の瞬間。


 メルケギアの指先から放たれた眩い閃光と

 キイイィィン

 という強烈に甲高い轟音が辺りを包んだ。

 その後、視界はホワイトアウトし、見えるのは真っ白な世界だけ、耳も聞こえない。


 メルケギアの放ったそれは閃光弾と音響弾だ。


 これも〝術式〟じゃない!!〝兵器〟だ。

 身動きが取れないまま十数秒ほど経過する、何も出来ない、長く長く感じる時間。


 少しづつ状況が分かって来た。


 相変わらずメルケギアは炎を放ち続けている。

 まだ炎に包まれて溶けていないのは、サクラが瞬時に結界を張ってみんなを守ったからだ。


 しかし、膨大な魔力を持つサクラでも、やはりこのままでは魔力が尽きる。


 通常術式『結界術』は『不可侵結界』と比べて魔力効率が悪く、常に炎から守り続けるのにはかなりの魔力を消費するのだ。


「嘘くさい強さだ……」

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