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転生王子  作者: 弓師啓史
7/37

7 冒険者と人間牧場2

 食事の後、テーブルに地図を置いて作戦会議になる。

「牧場は大昔の上古人の町だった。農村規模だったと思われる。ガルディアの首都みたいな城塞都市じゃない」

 アベルが人間牧場の詳細図を指す。

 広大な森の中にぽつんとある小さな町。

「上古人の町だから、当然、出来は立派よ。街壁もあるわ」

 ダナも説明してくれる。

「いくつか壁が壊れている。こことこことここ」

 アベルの小さな指が街の地図を指す。

 東と北東と南西に穴があるらしい。

「ゲートは南北にある」

「合計五か所。警備は?」

「軽装の下級吸血鬼共がうろうろしている」

「吸血鬼? どんな感じ、貴族っぽい?」

 おれは吸血伯爵みたいなのを想像した。

「うーん、凄い凶暴な感じの連中だよ。話もできるけど、理性はぶっ飛んでる」

 アベルが怖い顔を表現しようとする。

「じゃあ、町の人は襲われているの?」

「よだれを垂らしてるけど、襲うなと命令されているみたい。マジで気持ち悪い」

「王の命令は絶対よ、吸血鬼は上には何があっても逆らえないの」

「逃げようとしたり、攻撃を加えようとすると、凄い勢いで襲い掛かってくる。ある男が逃げようとしているのを見たけど、壁を超えると十歩ぐらいで見えない壁が邪魔する。立ち止まった男を吸血鬼たちが寄ってたかってばらばらに引きちぎっていた。そして、血をむしゃぶりつくす。あんな恐ろしい光景は見たことがない」

 アベルがぶるぶると震えるしぐさをする。

 それって、もしかしたら、結界は一方通行なのか?

「吸血鬼にどうやって対抗したらいいのだろう、何か策はありますか」

 俺はダナに問う。

「町の中心にある、魔術儀式……魔法陣だと思うけど、それを破壊する。そうしたら、曇り空の天候操作と結界が潰れるから、私が日光で焼くわ。それで敵は死ぬ。勝利の秘訣は……そうね、頑張れ」

「なによ、それ!」

 余りにいい加減な回答に、オカマっぽい声になってしまう。

「聖水とか、聖なる魔力とか効果あるわ……」

 コレットが珍しく話に入ってくる。

 いつもはおとなしくて可愛いのだ。大人しくなくても可愛いが。

「うーん、そう簡単には用意できないだろうね」

「あー面倒臭いわね。ちょっと待ってなさい」

 そういうと、ダナはいきなり消えてしまう。

 テレポートだ。

「また消えたよ」

 アベルの呆れ顔。

「い、今のは?」

 セルジは人間がいきなり消えたことに驚愕している。

「多分テレポートだ、どこかに行ったとしかいいようがない」

「神出鬼没には自信あったけど、ダナ大先生には勝てないわ。俺」

 アベルがゴロンと横になる。

「と、とりあえず、侵入法を考えよう」

「混沌人間に変装するとか?」

 アベルが適当に答える。

「そんなのでもいい、他にないか」

「街の住人を助けつつ吸血鬼だけを排除とは難しいですな。隠密で潜入も難しい。儀式の破壊は簡単なのですかな」

 ローランドが疑問を呈する。

「ダナさんの口ぶりならそれ自体は簡単だと思う。問題はそこに行くまでが大変すぎる」

「吸血鬼……下級の吸血鬼。奴らは文字通り、血に飢えた獣。血の匂いがすると寄ってきます。子供の血を最も好みます。若ければ若いほどいい。それで誘引して、敵を惹きつけ戦っている間に儀式を破壊すればいいのではないですかな」

 さすが、ローランドは知識がある。

「そんなことをしたら、百匹ぐらい寄ってきますよ。仮にできても、全滅しませんか?」

 アベルの現実的な指摘。

「わしのホリアの聖印陣を張れば、半径十歩くらいで敵を寄せ付けない。短時間だがな」

「どのくらいです?」

「半刻ぐらいか」

(大体一時間か)

「騒ぎになれば、上級の吸血鬼も来るかも。それには耐えられないんじゃないの」

 アベルは懐疑的だ。

「そやつの魔力との対抗になるな。やってみないとわからん」

「その方法しかありませんか……」

 かなり強引な戦術だが、他に思い当たる方法もなかった。

 俺がため息をついたとき、ダナが帰ってくる。

 彼女は大きな袋を抱えており、ひっくり返すと、幾つか武器が出てくる。

「アーロンで暇してるおっさんから借りてきたわ」

「なんか武骨な武器ばかりですねぇ」

 俺は拾いながら見る。斧、ブロードソード、メイス……。

「ドワーフの神官に知り合いがいるの。あいつの手元に使われない武器が余ってるから借りてきたわ。全部『祝福』してあるから吸血鬼には致命傷になるわ」

 確かに、かなりしっかりしたつくりだ。

「借りてきたって、何時まで借りていいんですか」

「永久に借りたから返さなくてもいいと思うの」

 少し儚げにいうダナ。

 なんにも可愛くないから、そのジャイ○ン理論。

「この剣は……名がある剣と比べても遜色ないですな」

 ローランドがブロードソードを鞘から抜いて眺めている。

「……」

 ロムは大斧を気に入ったようだ。

「私はこれで。剣技もないですから」

 セルジはメイスを拾う。

「あたしはこれかなぁ」

 両手剣を拾う。彼女のリーチで振り回せば、恐ろしい武器になるだろう。

 エリンは無言で小ぶりの斧を拾う。彼女に他の武器は大きすぎた。

「そういえば王子、あの『エルヴァルド』とかいう剣はどうしたんですか。あれは聖剣でしょ」

 モフオが聞く。

「柄がないから使えないんだよね。これ。修理代も高いから金が入るまでどうしようもないよ」

 おれは馬のサドルバックから取り出して見せる。

 俺個人のポケットマネーは意外と絶望的だった。

「ほほう、これは凄い剣ですぞ。使えないのは惜しいですな」

 ローランドが目を輝かせる。

「他の剣から柄を引っこ抜いてぶっさしたら使えるだろ」

 乱暴なことをいうケイ。

「名剣をそのように扱ってはなりませんぞ」

「そうだよね。今回は使わないでおくよ」

「でも、あんた、残った武器はあれしかないよ」

 ケイが指さす先には短い棒があった。

 拾ってみると、六十センチほどの木の棒。

 よく見ると筒だった。

「なんだこれ、振り回しても弱いよね。木製だし、軽すぎだし」

「吹き矢よ」

 ダナが面倒くさそうにいう。

「吹き矢?」

「そう、吹き矢」

「矢がないけど」

「魔力の弾が発射される、魔法の吹き矢よ。しかも聖なる魔力がこもっている」

「これ、本当にドワーフが作ったの?」

「それは、南方のジャングルで発見されたものよ。多分。ジャングルの女王国からの貢品だと思うけど。詳細は忘れたわ」

 早速、試しに目の前にある木の枝を狙う。

 ブッと吹くと見事に枝が折れる。かなりの威力だった。

「おお、なかなかいいじゃない」

「凄くかっこ悪いですけど」

 モフオがあくびしながらいう。

「もういいんだよ、そんなこと、強ければ」

 俺は面白くなって、次々と枝を落とす。ほぼ狙った場所に命中するようだ。

「いい忘れたけど、魔力はあなたの精神力を変換して使うの。だから、撃ちすぎると疲労でへとへとになるわ」

「さ、先に、いってくれないかな……」

 俺はがくんと激しい疲労が来て、倒れそうになる。

 ローランドが何か祈願をして、光を当てると、疲労は治った。

「一時的な賦活です。ちゃんと寝た方がいいですぞ」

「聖水をぶっかけると、魔力の補填にもなるから、五発くらい撃ったらこれ掛けなさい」

 ダナが数本の聖水らしき小瓶をくれる。

「あ、ありがとう。親切だね、ダナさん」

「何いってんのよ。あんたたちが勝たないと私の仕事が終わらないからよ。勘違いしないで」

 といいながら、頬を赤く染めるダナ。

 ありゃ? 意外と可愛い。


 そのあとは、作戦の詰めに入る。

 コレットが可愛い腕に少し傷をつけて、血の匂いで敵を誘う。

 待ち構えて、冒険者軍団が吸血鬼を防ぐ。

 戦いで混乱している間にアベルと仲間の隠密数人が潜入して、街の中央の神殿に描かれた吸血鬼の結界魔法陣を火球で破壊する(アベルはダナが書いたスクロールを持っていく)。

 結界が切れたら、ダナが魔法を打ち込んで敵を大量抹殺する。

 そして、難民が逃げる。

 というような作戦である。

 何というか、そんな都合よくいくのだろうか。凄く穴があるように感じる。例えば、引き付けなくても潜入できるんじゃないかとか。

 しかし、確実に結界をつぶそうと思ったら、これしかないようにも思う。




 翌日。

 どんよりとした曇り空の朝に人間牧場に向かう。

 結界は天候操作の呪文と連動している。この曇り空は俺たちがどうかしない限り永遠なのだ。

 当然のように森は枯れ木かしなびた木ばかりで森もまばらになっていく。

 当該の町はすぐに発見できた。

「まず、私を除く全員で結界を超えるの。その時点で敵に侵入はばれるわ。地点は合わせて。そうしたら数はわからないと思う。隠密隊は壁の陰に隠れて北に向かい、適当なところで壁を乗り越えて中央の神殿を目指してちょうだい。他の人は見張りなどを倒して、敵を惹きつける。結界が壊れたら、天候操作を行って晴天にするわ。それで吸血鬼は死滅する」

 ダナの説明

「強力な結界なんだな」

「結界の影響のあるエリアには手が出せない。ある一定以上のレベルの魔術は妨害を受けるわ。多分、神の奇跡か何かよ」

「神? 例えばどんな神なの?」

「さあ、悪は悪でしょ、違いなんてないわ」

 何というか、いつもながら非常におおざっぱな女なのだ。

 話し合っている暇はない。

 俺たちは馬から降りると、意を決して南東の一部の結界から侵入する。アベル率いる隠密は北へ、俺たち正面戦闘部隊は南の門の側に回る。

 門は非常に粗末なものだったが、それでも二人の下級吸血鬼が見張りを行っている。

 槍と皮鎧の兵隊に見えるが、口は耳まで開き、上下に牙が生えている。人間のカリカチュアのような不気味さだ。ランダムな変容を受けた混沌人間とは違う不気味さである。

「何者だ!」「侵入者だ! 血を吸っていい奴らだ!」

 歓喜の叫びをあげる下級吸血鬼。

「吸血鬼ってもっとお上品だと思ってたけどな!」

 俺は叫ぶ。

「ここの吸血鬼はそういう種類なのです」

 ローランドが剣を構える。

 奴らは非常に素早い動きで迫ってくるが、一人は俺の吹き矢を顔面に受けて倒れる。もう一人はケイの両手剣に胴を真っ二つにされた。

「見事な剣技ですな、ケイ殿」

 ローランドが褒める

「あたしは棒の方が好きだけどね」

 吸血鬼たちは聖なる力の為か、気持ち悪い煙を上げながら消滅していく。

 残るのは装備と白骨。

 門のすぐ横に納屋があるので、そこに立てこもる事にする。

「敵の動きは鈍いですな、そこらのガラクタや家具を納屋の入り口において、簡単なバリケードにしましょう」

 ローランドが提案する。

「よし、すぐにやるぞ。俺とコレットは飛び道具で警戒するから皆頼んだ」

 ローランドの指示で古い家具が入り口出口に置かれて、バリケードになる。

 幾人かの吸血鬼たちが動きに気が付いて迫ってくるが、

「ファイアーアロー!」

 コレットが一撃を加える、しかし、炎上しても、一撃では死なない。

「これなら!」

 エリンは斧を投げる。

 敵を見事に仕留めると、斧はふわっと浮かんでエリンの手元に戻ってくる。

 これは凄い。こんな武器が有ったとは。

(俺もやってやる!)

 といいたかったが、吹き矢なので叫べない。

 ブッ!

 俺の渾身の吹き矢が敵を仕留める。

「さすが王子。でもカッコ悪い!」

 モフオ君、カッコ悪いはいわなくてもいい。

「モガモガ」

(この武器強いけど、技名を叫んで敵を倒すとかできないな。やっぱ、俺みたいなヒーローの武器じゃねぇわ)

「血だ! 血の匂いだ!」

「この旨そうな血の匂いは誰だ!」

 吸血鬼の叫びが聞こえる。

 コレットに少し傷をつけて、その血の付いた布を俺が持っている。

 吹き矢五本はすぐに終わった。

 俺は慌てて聖水をぶっかける。

 見ると、もうぎっしり並んだ下級吸血鬼たちが迫って来ていた。

「ファイアーボール!」

 密集した下級吸血鬼が一気に吹き飛ぶ、しかし、一撃では死なず、もげた腕などを引きちぎって迫ってくる。

「コレットはファイアーボールを撃ちまくってくれ。即死しなくても効果はある。近接部隊は窓に待機して、敵を入れるな!」

 窓は二つあって、一つはローランドとロム、一つはセルジとケイが担当する。俺とコレットとエリンは中二階から遠隔攻撃をする。

 敵は次々と倒れていくが、凶暴化した吸血鬼はますます激怒して迫ってくる。

 そろそろ、押し込まれそうな状況になった。

「今だ! ローランド!」

「応! 太陽神ホリアよ奇跡を!」

 ローランドの叫び。

 ローランドのホリアの聖印が白い光を放ち、吸血鬼たちに悲鳴を上げさせる。

 近寄りすぎて下がれなかったものは焼き殺される。そして、吸血鬼たちは一定の距離を保って、動きを止めることになった。

 ざっと見て、多分百匹はいる。

 連中も馬鹿ではない。ファイアーボールにやられない物陰に身をひそめているので、正確なところは不明だった。

 今の戦闘で二十近く倒したが、やはり、長時間耐えられないだろう。

 基本的に、奴らは人間より力もあり、動きも早い。

 セルジは腕を深く切り裂かれ、エリンの治療を受けている。

「王子、彼は死なないけど、ちゃんとした治療が必要よ」

 エリンの声。

 かなりの出血をしたらしい、ぐったりしている。

「もう戦えないか」

「大丈夫です、王子。俺は負けません」

 セルジは顔面蒼白なのに、無理やり笑顔を作る。

「血だ! 血だ!」

 吸血鬼たちの叫び。更なる血液のにおいが奴らを狂わせる。

 二三人が突っ込んでくるが、結界は抜けられず、燃え尽きる。

「太陽の奇跡だ! 気をつけろ!」

 誰かが叫ぶ。


 膠着状態になった。

 恐怖の中で身動きも取れず、命を懸けたにらみ合い。

「まだか、まだなのか」

 俺は思わずイライラする。

「王子、落ち着いて」

 コレットが俺を見つめる。

「けっか…」「ダメ!」

 俺が「結界の破壊はまだか」といいかけてコレットが止める。

「吸血鬼は耳や目が敏感なの。王子のつぶやきも聞こえてしまうわ」

 俺は思わず、口をふさぎ、コレットにうなずく。

 慌てて、敵の動きを見るが、これといった動きは感じられない。

 俺はセルジのところまで行く。

「セルジ、まだ左腕が使えるだろう。吹き矢を吹いて、上から援護してくれ。俺は君のメイスを借りるよ」

 セルジに聖水と吹き矢を渡すと、俺はメイスを受け取る。

「王子、あたしが主にやるから援護をして」

 ケイは先ほどから短い槍のように大剣を使っている。剣の根元は刃になっていない部分があり、短く持てるようになっているのだ。

 コレットが小型のファイアーエレメンタルを幾つか召喚するが、焼け石に水の雰囲気はある。

 にらみ合いは続く、神殿に動きはない。

 あと十分ほどで術が切れる、その時、

「ほほう! こんなところに冒険者がやってくるとは、余程の命知らずですな。何が目的なんですか?」

 窓から顔を出すと、貴族風の衣装に顔の下半分をスカーフで隠した男が現れた。

 宙に浮いている。

「皆さんがお待ちなのは、こいつらでしょうか」

 さっと手を手を振ると、虚空から三つの物体が落ちる。

 血を吸われカラカラに干からびた妖精小人の死骸。

 アベルはやられたのか? 

 干からびた死骸では小人だという事しかわからない。

「後方でよからぬたくらみをしていたネズミを始末したのですが、皆さんが頑張っているのはこのチビ助どものためでしょうか? 残念。つまらぬ陰謀はもう終わったみたいですよ。ヒヒヒ」

 不気味な笑いを発する男。

 俺の心は焦りまくっていたが、隠密は全員で四人だった。まだ一人いる。

「それに、そのくだらない奇跡。そんなもので何時まで頑張れるのやら……今降伏したら、混沌人間に改造するだけで許してあげますよ」

 ぞっとするような話だ。

 ふと、冒険者たちの顔を見る。

 ケイは笑っている、セルジは苦しいようだが目は死んでいない。

 ローランドは額に汗をしながら神に祈りをささげている。他のものは無言だが、目に怯えはないようだ。一番見苦しいのは俺だった。

 俺も覚悟を決めよう。

「おい! そこの!」

「私ですか? ルナー男爵と呼んで頂こうか」

「俺はガルディアのクリス王子だ! 俺が合図すると、ここに大軍が押し寄せる手はずになっている。今のうちなら逃げられるとだけいっておこう」

 もちろん、嘘だ。多分失笑を買う。

「フフフ。そんな軍隊がどこにいるのやら。楽しい冗談をおっしゃるお方だ。クリス王子のことは聞き及んでおりますよ。あの魔女のダナの走狗としてこそこそ動き回っているとか」

「ダナもいる。お前らに勝ち目はない。今なら命は助けてやる、ここから去るのだ」

 俺は本当に適当にいっている。

 時間稼ぎさえすればいい。

「ハハハハハ! 下らぬ! 時間稼ぎのつもりでしょうか、もうあなたたちは終わりなのです。これを見なさい」

 ルナーはそういうと、真っ黒の水晶のようなものを取り出す。

「これは『パリュサーの瞳』、これが何かお分かりかな」

「あ、それは、あの廃城にあったものか?」

「ほう、ご存知とは、単なる無能ではないようですな。これは、闇の力を増大させる。当然のようにこのような下らぬ奇跡は……」

 ルナーが『パリュサーの瞳』を掲げ、何やら呪文を唱えると、

「う、くそ! ホリアの結界が破れましたぞ!」

 ローランドが叫ぶ。

「では、皆さん覚悟は宜しいか。これから、最も無残な死を遂げるのです」

 ルナーはスカーフを取る。

 口は耳まで裂け、おぞましい牙が密生した口。目元が非常に美しい美青年であるため差が激しい。

 口以外が美しいだけに不気味さもひとしおだった。

 同時に、

 キシャー!!! ギャー! 

 叫ぶ化け物たちが一斉に飛び出してくる。

「ファイアーボール!」

 コレット、エリンとセルジは無言で飛び道具。

 バタバタと敵は倒れるが、全く意に介す様子もなく、煙上げる死骸を踏みつぶして敵は殺到する。

 肉弾組は無我夢中だった。

 俺はメイスで頭を突っ込んでくる敵を叩き潰し、窓枠に手をかける手を叩き潰す。

「やるね、王子!」

 ケイは両手剣で敵を次々と刺していく。聖なる魔力で死なないまでも、かなり敵はひるむようだ。

 暫く耐えて、第一波が去ると、ほとんど休む間もなく、第二波。

「喰らえ、日光!」

 俺は『太陽の盾』をかざす。敵はひるむが、これは魔力が強くないので、時間稼ぎにしかならない。それでもそいつらはファイアーボールの餌食になる。

 この頃にはエレメンタルは全滅していた。

「頑張りますねぇ。でも無駄ですよ」

 ルナーの皮肉な声。

 納屋の背後は大きな扉があるが、それには荷馬車の残骸で開かないようにしている。

 しかし、ドカンと大きな音共に扉が割れ、敵が入ってくる。

「やらせないわ!」

 エリンが頭上から敵を斧で唐竹割にする。

 二人目は両足を切り落とし、三人目は瞬きする間に頭を勝ち割る。

 しかし、大きく開いた背後はエリンだけでは止まらない。

「俺が行く」

 ロムがエリンの援護に回る。

「ここはワシ一人で何とかなる」

 ローランドの声。

 しかし、どう見ても、かなり苦しい状況だった。ローランドの剣技は確かだったが、やはり老齢、動きが目立って鈍くなっている。

「王子、ローランドの援護をお願い! こちらは一人で大丈!」

 ケイが叫ぶ。

 俺は二人につかみかかられたローランドを守るために、一人の頭を叩く。

 何度も振り回したせいで力が出ないが、聖なる魔力は健在で敵は悲鳴を上げて動かなくなる。

「グワーッ」

 しかし、次の瞬間、ローランドは吹き飛ばされていた。

 戦槌を持ったルナーがいつの間にかローランドに接敵しており、彼を殴り飛ばしたのだ。

 絶体絶命だった。もう一か所しか、敵を止めていない。

「蜘蛛の巣!」

 コレットの魔術。

 納屋の裏の大きな入り口をねばねばの蜘蛛の巣で塞ぐ。多少だが時間は稼げる。

 エリンとロムと俺はルナーに対峙する。

 三人で、というか、ほとんど役に立たない俺はオマケ過ぎたので実質は二人だったが、ルナーにとびかかる。

「この小さいの二人は、なかなかやりますね。私を足止めするとは」

 重い戦槌を小枝のように振り回して、器用に防御する。

「そろそろ反撃しますか」

 いきなり、ロムは胸を強打されて、動きが止まる。立ったまま気絶したのか、死んだのか。わからないが、今は考えている暇もない。

 何か手段はないか!

 俺は日本製ウエストバッグから赤い宝石の小手を取り出し嵌める。

 ほとんど無意識の行動だった。

 赤く光る宝石。

 俺は身軽になったことに気が付く。

「喰らえ!」

 メイスで敵を殴る。もちろん、受けられるが……。

「王子がこんなに手練れだったとは驚きですねぇ。しかし、その小手……」

 敵は戦槌を短く持って、細かな連打をくれるが、どうにか躱す。

「ほう」

 ルナーの目が細くなる。

 俺とエリンはルナーを攻撃するが、敵は防御に徹して隙を見せない。このままでは……。

「畜生!」

 振り返ると、ケイが数人の吸血鬼にのしかかられている。

 一人を刺し殺すが、そこに二人がのしかかってくる。

 中二階では、セルジが二人の吸血鬼に血を吸われている。

 コレットは魔法を連射しているが、多すぎて抑えきれない。

「よそ見をして良いのですか」

 振り返った時には、ヘルメットを強打された。頭から血を流し、俺は、意識が薄らいでいく。

 どこかで爆発音がする。

 もう終わった。

 エリンが肩を抑えて膝をついている。

 全滅だ……。

 ……。

 ……。

 俺は目の前に化け物の顔があることに気がつく。

 ルナーが俺の顔を覗き込んでいる。

 右手が動く。正確には小手が勝手に動く。そして、

「なに!」

 俺の小手は敵の懐に入り、何かをつかみ、そして、その拳でルナーを強打する。

「げぼぉ!」

 ルナーの顔右半分が醜く潰れる。

 俺はのそりと立ち上がると敵の腕をつかみ、右手の物体を敵の顔に押し付ける。

 ルナーは悲鳴を上げながら、逃げようとするが、その黒い物体はルナーの右半分をめきょめきょと潰していく。

 焼ける金属を押し付けられたように、ルナーの顔は酷い火傷のような状態になった。

「ギャー! ギャー!」

 その時、一斉に襲い掛かる下級吸血鬼たちが俺を地面にたたきつける。

 俺は完全に意識を失った。

 もう終わりだ……。

 ふと、明るい光が見えたような気がした。

 ……。


 ああ、ここが死後の世界だ。

 三途の川を渡るのに金が要るとか昔母親に教えられたような気がする。あれ、父親だったかな?

 何か口に入る。甘い液体。

「起きなさい! 王子!」

 気の強い凄い怖い女の声。

 起きないと怒られる。

「あ、あれ、俺、生きてる?」

「何寝ぼけてるのよ。任務は成功よ!」

 ダナが怖い顔で立っていた。

 俺は最後に憶えている納屋の床で寝ていた。

 正確には、納屋の廃墟だ。

 屋根が吹き飛んで、半壊している。

「あ、そうだ! みんなは無事か!」

「王子」

 包帯をしたローランド。生きていたようだ。

「良かった、君は無事なんだ」

「セルジは死亡しました」

「……そうか、他のものは」

「ケイは傷が深いのでそこで寝ています。エリンとコレットは軽傷。ロムは……」

「どうしたんだ」

「胸の骨を全部折られて、生きてはいますが、虫の息です」

 鎧を脱がされて、ロムは横たえられている。

 戦場では大きく見えたが、毛布にくるまれた姿は小さかった。

「可哀想に……」

「想像以上にぎりぎりだったわね」

 ダナが珍しく弱弱しくいう。

「よう、王子、あんたは生きてるのか。死んでるような姿だけど」

 アベルがニヤリと笑いながら来るが、びっこを引いている。頭には包帯。

「君も……無事とはいい難いみたいだな」

「敵も馬鹿じゃなかった。神殿にはきっちりガーディアンがいた。俺たちは何とか戦い逃げたが、一人やられ二人やられ……結局、残ったのは俺だけだ。仲間が三人倒されたところで、奴らも油断したんだな。何とかぎりぎり隙をついて魔法を打ち込んでやったよ。でも、その所為で見つかってこのざまだ」

 不敵に笑うアベルだが、俺と同じで、死ぬ寸前だったのだろう。

 ふと空を見る。

 呆れるぐらいの晴天だった。

「吸血鬼共はどうなった」

「ダナが晴天にしたら、奴らは皆燃え尽きたよ」

 アベルが肩をすくめる。

「ルナーは逃げたわテレポート石で」

 コレットがぽつりとつぶやく。

「そうだ、セルジを埋葬してやらないと……」

「あの人の死骸は燃えてしまったわ。彼、敵の血を……最下級の吸血鬼になったの。すぐに燃え尽きたけど」

 コレットが涙を流す。セルジはコレットを守るために身を挺したのだ。

「セルジが生きていたら、凄い勇者になったのに。惜しいことをした……」

 彼の残された装備の中に宝石がある。必ず届けないと。

 

 人々が集まってくる。

 人間牧場で死を待つだけだった人々だ。

「ありがとうございます。あなた方は救世主だ」

「これで故郷に帰れる!」

「ありがとう、ありがとう!」

 男女が集結してくる、その数は千人位だろうか。

「いいか、お前ら。お前らの苦境を知って、命がけで、このガルディアのクリサレス王子が救助に参られたのだ。しかも、自ら武器を取って、敵と激戦を勝ち残られた。お前らは誰が命の恩人かよく覚えておけ!」

 アベルが高い岩の上に上ってそう告げる。

「王子、ありがとう!」「王子様万歳!」

 口々に人々は称賛をくれる。

 多少気恥ずかしいが、嬉しくもあった。

「諸君、ここはまだまだ危険な場所だ。至急物資を纏めて首都のガルディアまで向かってほしい。水と食料は必ず持っていってくれ。ガルディア王国はいつでも歓迎する」

 俺がそういうと、人々の歓声が上がる。

「敵は反撃してこないのか」

 俺はまずそれが心配だった。難民はたやすく捕捉される。

「あの一角に土煙が見えるでしょ」

 ダナが指さす。

「ああ、確かに、……がれきの山ですね」

「あそこに敵の砦があったの。でも隕石でつぶしてやったわ。雑魚は全滅したはず」

「ふひっ」

 俺は思わず、変な声が出る。

 この人は戦略兵器だ。間違いない。

「でも、吸血鬼王は多分健在よ。あれで死んだと思えないわ」

「とにかく、時間は稼げたのですね。ならば、町を調べて、回収できるものはして、あとは燃やしましょう」

「後は任せるわ。それと、この子は私が責任をもって治療するわ」

 ダナはロムを抱きかかえると、テレポートしてしまう。

「行ってしまいましたな」

 ローランドがつぶやく。

「とにかく、作業を済ませよう。そして、すぐにこの地を離れるんだ。吸血王は死んでないのだろう?」

 人々は持てる限りの食料を背負い、荷馬車に積むと慌てて立ち去って行く。

 彼らの先導はローランドに任せ、ピースケにミリアと連絡を取らせて、更に護衛部隊を派遣してもらう予定だ。

 恐怖におびえる難民の慰撫はミリアの方が適任だろう。彼には人を安心させる笑顔がある。

 村の貯蔵庫を調べると、かなり大量の食糧があった。

「農地もほとんどない荒れた土地でどうやって収穫したんだ?」

「旦那、これを見てくれよ」

 アベルが何かを指し示す。

「袋に何かマークがあるな」

「レイド王国の通過証だよ。どこがこいつらを援助してたかこれではっきりした」

「食料は惜しいな。ガルディアは食料不足なんだ」

「燃やすしかないでしょうね。吸血王は頭ひっこめただけだから。回収はあきらめた方が無難ですよ」

 アベルが腕を組む。

「まあね、欲をかくと痛い目を見るから、僕もそう思う」

 吸血鬼の館にはかなりの金銀財宝が。これは普通に回収する。

 神殿に向かうと、コレットが何やら調べていた。

「コレットちゃん何かわかった?」

「ここは上古人のレムラの神殿跡ね。上古人の魔神で、パリュサーの弟だと思う」

「やはりここも悪の拠点なのだ」

 神殿は土台と柱しかない。大規模な破壊の形跡があるが、これはダナ特製のファイアーボールの威力が原因だろう。アベルが彼女の作ったスクロールで呪文を発射し、破壊したのだ。

「マジックアイテムがいくつかあったけど、呪いのは壊したわ」

「そういえば、敵の武器とかはどうしたんだい」

「簡単に調べて、使えそうなのはあの民家に置いてある」

 コレットが指さす方向にちょっとまともな民家があった。

「そうだ、あのルナーの戦槌は?」

「あれは、普通。でも、一応魔法」

 それだけで、だいたいどういったマジックアイテムかわかる。

 村全体の調査が済むと、俺たちは村に火をかけた。

 それでも消滅するわけではないが、再び使うにはかなりのリソースが必要になるだろう。今はそれだけしかできない。防衛拠点にするには弱いからだ。国全体に兵も足りない。

 俺たちは人間牧場を破壊して速やかに撤退した。





2020/8/27 文章リニューアルしました。

2023/4/14 微修正

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