6 冒険者と人間牧場1
数日後。
首都に帰ると以前とは見違えるような活気があった。
難民たちは様々な物資を抱えて、荷馬車で開拓地に向かい、商人は声を張り上げて品物を並べると、何もかもが飛ぶように売れる。
職人たちは寝る暇もないくらいに物を作っているようだ。
農具に武器、需要が爆発的に上昇している。
人間も全く足りない。
そこかしこに人材募集の貼り紙がある。
馬を引いて街を歩くと、大勢の人間が集まってくる。
「王子様、戦勝おめでとうございます!」「ゴブリンを駆逐したって凄い!」「俺たちの英雄だ!」
人々の称賛を浴びる。
俺は人々の反応に驚いて、ぎこちない顔で手を振る。
「二カ月前までは変態、アホ、ウンコたれとかいわれてたのに凄い変わりようですね」
モフオがゴロゴロしながら呆れたようにいう。
「おい、ウンコたれはなかった」
そこは重要だ。
俺は苦笑しながらも、やはり、人々の称賛はうれしかった。
「街の諸君! これからも僕は領土の拡大を行う。皆もこの国の発展に力を貸してほしい」
俺がそういうと、人々は拍手と歓声をくれる。
宮廷に帰ると、女王が待っていた。
「王子、良くぞ帰られた。まあ、あなた、鎧も服もボロボロじゃないの」
ミランダ女王は俺の鎧や服が傷だらけで服は破れ放題にかなり驚いていた。
実際、エリンに助けられる直前には死を覚悟するぐらい集団リンチ的に殴られたわけで……鎧の見た目はかなり悲惨な状況になっていた。
「けがはないの?」
「多少はありますけど、大したことはありませんよ」
「王子、本当にボロボロですよ、集団に殴られたようですが……」
イーサンがいる。
女王の傍に侍るようになったのだろうか。
沈毅さがある男なので、女王が気に入ったのかもしれない。
「エリンが助けてくれて、命拾いしたよ」
エリンを引き立てようとしたが、エリンは消えていた。
「あ、あれ、エリンは?」
「なんか宮廷に入る前に消えましたよ」
モフオが答える。
「猫がしゃべったわ」「魔法の生き物だ」
人々が口々に噂する。
「そうなのか……」
モフオのことは隠すのが面倒になってきたので、人々には慣れてもらうことにする。たいして害の無い存在でもあるので。
そのようなやり取りの後、俺は領土の拡大を報告する。
民兵の派遣要請と、下士官の必要性を訴える。
「民兵は……徴兵すれば数は揃います。問題は下士官ね。ゲーマンとリディアから士身分の者を借りようかしら」
「女王に直接忠誠を誓うもの以外は……」
俺は難色を示す。
「既存の衛兵たちを下士官にするしかないわ。でも、それをすると、宮廷が新兵だらけになるから、それも気持ち悪いわね」
「急いで有望な若者を訓練するしかないですね」
俺はちょっとため息をつきながらいう。
「王子の仰る通りです。誰かの意志の元に動く疑いのあるものはいない方がましです。取りあえずは、衛兵の二十人を下士官に任命し、一人につき民兵五十人の指揮官として、防衛に使いましょう」
イーサンの提案。
「ということは千人の民兵? そんなに金があるんですか」
「王子が領土を拡大してくれたおかけで、交易商人たちが大金を融資してくれたのよ。それに、あなたの屯田兵制を採用したから、農民がそのまま武器をもって開拓するわ。だから、民兵イコール農民なの」
普通に農民を入植させるより、コストはかかるようだが、大商人たちが貸してくれた金でどうにかなるようだった。
「あとは、単純に人口が足りないわ」
「さすがにそれはちょっと……」
「知っての通り、レイド王国から更に難民が来ようとしているけれど……そのまま貰えたらいいわよね」
「まあ、でも、前も警告されましたけど、レイド王が文句いってるんでしょ」
「レイド王は嫌いだからどうでもいいけど、レイド王国は今、反乱軍とキルボールの連合軍に手を焼いているから、私たちを敵にする余裕はないわ。それより、交通を遮断する吸血鬼の混沌人間よ」
キルボール伯国はレイド王国の北東にある強国である。
「はあ、あいつらが邪魔をしているんですか。あんなに倒したのに」
「そのことで、オーベから報告があるわ」
ここでいったん宮廷はお開きになって、関係者だけが会議室に集まる。
会議室には、女王、俺、イーサン、衛兵隊長のリンゼイが集まる。
衛兵隊長は先日交代している。前の人物は息子の死を知って、やる気を失い、自ら引退を願い出ている。現在はその部下の男だった。
彼のことを思うと少し心が痛む。俺の責任ではないが。
会議室に入ると、オーベが暇そうに待っていた。
女王を見ると、オーベは恭しく頭を下げる。
「では、報告してくださいな」
「まず、レイド王国の情報です。レイド王タルカンは沿岸三国を平らげ、軍事力は非常に増大しています、が、国力の増大を警戒した各国から軒並み警戒されています。それと、度重なる徴発徴兵に怒った農民が大規模反乱を起こし、東半分が敵になっています。それにキルボール軍が手を貸して、レイド王はかなり追い詰められていますね。追い詰められた王は、これは確定情報ではないですが、吸血鬼王と同盟を結んだようです」
沿岸三国というのは、レイド王国内の小王国で、ガルディア内のゲーマンやリディアの領土のようなものだ。たぶん、それより独立性は高い。
レイド王と仲が悪かったと聞く。
「吸血鬼王は長年姿も見せていないと聞きましたが」
「ええ、彼の幹部である吸血男爵ルナーが交渉したとうわさされています。実際、レイド王軍は南部からひいて、農民反乱と決戦をする構えです」
「キルボールが手を貸しているなら、農民側もそう簡単には負けそうもないわ」
「それは、キルボールのやる気次第ですね。個人的な勘では、農民のレイド王嫌いは相当なものですから、すぐには治まらないでしょう」
オーベ、さすがにいつもの爪削りはしない。
「いずれにしても、行き場を失った難民は大量に発生しそうではあるね」
俺はそれが気になる。
「彼らを受け入れたいのなら、街道の安全を確保するのが最重要課題だと思われます」
オーベがテーブルに広げた地図の街道を指す。
「では、吸血王について何かわかったの」
「それに関しては、ダナさんが乗り気で領土に入り込んでいます」
「一人で?」
あの人に隠密とかできるのか?
「ご心配なく。私の甥がかなりレベルの高い隠密で、彼女についています」
「オーベさんが信用しているなら問題ないでしょう。彼から報告はないのですか」
俺は興味津々だった。
「どうやら、混沌人間どもは、難民流民を攫って、どこかに押し込めているようです」
「奴らは人を攫って何をしているの」
女王が眉を顰める。
「……申し上げにくいことなのですが」
「いいわ、いいなさい」
「人間を生かして捕らえて、その、吸血鬼の食料にしていると思われます」
「……」
思わず、皆、無言になる。
わかっていたことだといえば、それまでだが、やはり、報告を上げられると胸に重い話だった。
「彼らを、彼らを救う方法はないのですか」
初めてリンゼイが声をあげる。
本気で心配しているのか、人のよさそうな奴だ。
「ダナさんの報告を待ちましょう」
女王が扇子を叩いた。
「今まで、奴らはあからさまな人間狩りとかやってたのですか? ……まだ記憶は治ってないのです」
俺の設定を皆に思い出してもらおう。
「初めて聞きますね。私が知る限り、そのようなことはせずに引きこもっているのが普通だと思います。彼らの領域に迷い込んだものが行方不明になるというのはよくありましたが」
リンゼイが答えてくれる。
「やはり、先日の大敗北が奴らが焦燥する原因なのかもしれません」
オーベの推測。
「概ね情報はわかったわ。街道の治安を守るために兵を派遣できないかしら」
女王がリンゼイを見る。
「申し訳ございませんが、出せる衛兵は三十人が限度です。新兵の募集教練には務めておりますが……」
リンゼイが恭しく答える。
女王が俺を見る。
「冒険者は……最弱のものまで雇っても二十人程度でしょう。民兵を雇うしかありませんね」
「あまり民兵を雇うと、国の生産力が落ちます。なるべくなら、したくない選択ね」
「ゲーマン公、リディア様、その他貴族・神官たちに援助を依頼しては如何でしょうか。特に神官たちは混沌人間を毛嫌いしてます。兵を貸してくれる可能性が高いと思われます」
イーサンの提案。
「あの二人が兵を貸してくれるかしら。変な条件を押し付けられるかも……宗教勢力は有望ね。でも全員に声をかけてみましょう」
「難民は定着してくれたら、そのまま国力になりますから、やる気のある冒険者を募りますよ。衛兵も出せるなら出してください。ただし、この防衛には然るべき人物が合同軍を率いる必要があります」
俺はまとめにかかる。
「私の直属の騎士や士族がいいわね。アルダール男爵とかどうかしら。彼はかなりイケメンなの……とりあえず、これは私が選定するわ。皆は兵を集めてくださいな。民兵はダメよ」
女王には何か微妙な基準が混じっている。
アルダール男爵は首都近辺の旗本的な貴族だ。顔以外目立つ男ではないが、無難な人選だろう。
彼女の言葉で、俺たちは退席する。
「でも、兵が集結するまで、それなりに時間がかかるだろうね」
俺はオーベと外に向かいながら話す。
「ええ、そうなりますね。最短でも一週間はかかるでしょう」
「それまで、僕は兵を募って、街道のパトロールをするよ。一旦、領土拡大は休みだ」
「では、冒険者だけで?」
「ああ、そのつもりだ」
オーベと別れ、城を出る。
冒険者ギルドに寄ると、いつもに増して活気があった。
どう見ても、以前の建物では狭いようだった。
親爺が飛んでくる。
「王子様、いつも御贔屓にしていただきありがとうござます」
「ああ」
「それで、どのようなご用件で?」
「明日から一週間、北街道のパトロールだ。混沌人間を追っ払う」
親爺は早速冒険者を集める。
ロム、コレットは必ず来る。もう仲間みたいなものだ。
ドゥリンとトーラスはいない。どうやら、金持ち商人の隊商護衛を引き受けているらしい。
リーンもいない。強烈にがっかりした、彼女の美しい姿を見ながら働きたかったのに。
しかし、初めて見る女戦士が志望してくる。
「私はケイ。アーロン出身の格闘士だ。よろしくな」
半裸の美女、大女である。北欧の人間みたいだ。髪は金髪で短い、長い手足。
「格闘士?」
「素手の格闘戦で賭け試合をする戦士のことだ。今はもっと面白いことがやりたくてな、ここまで流れてきたってわけだ」
ニヤリと笑う。雌狼のような笑顔。
「素手で戦うのは……」
「私の得意技は素手だけじゃないわ」
ケイはそういうと、壁に立てかけたスタッフを見る。鉄で補強された六尺棒みたいな武器だ。威力は大きいだろう。
もう一人、応募がある。
「わしは剣士ローランド。昔はキルボールに仕えていたが……。引退させられそうになって冒険に出たのだ」
鎧戦士。かなりの重装備である。年は……六十は越えていそうだ。
「年齢を教えて頂けますか?」
「そうだな、うーむ、七十一だったかな」
白いひげをごしごししながら、答える。
「七十一!?」
「心配するな、ぼけて徘徊してるわけじゃないぞ。剣も片手で振える。それにわしは太陽神ホリアの神官でもある。術にも通じておるのだ」
「……まあ、いいでしょう。報酬に異論がなければ」
「わしのキャリアを考えれば安いが。背に腹は代えられない」
それ以外はめぼしい奴はいなかったが、冒険者に登録したばかりの新人冒険者を五人雇う。
出発準備はロムに任せ、俺と護衛のエリンは通商組合に向かった。
最近設立された、組織だという。
交易商人たちの組合であり、冒険者たちの最大のパトロンとなりつつある。
組合の建物は見た目はかなり悪いが、サイズだけは大きな倉庫のような建物。
入ると、数人の男が待つ応接室に案内される。
皆、一様に冒険商人らしい雰囲気を持った男たちである。中年で身なりはよく、穏やかな雰囲気だが眼光は鋭い。
「王子様、お初にお目にかかります。私は代表のセドリック。彼は、キルボールの商人……」
セドリックは次々と商人たちを紹介する。
正直言って、大して記憶に残らない。
やはり、最も迫力があるのはセドリックだった。がっしりした体躯の兵隊のような男である。商人と紹介されないと傭兵だと思うだろう。
暫く彼らと話し合う。
彼らの話では今後このガルディアを通商の中心地に据えていきたいという。もちろん、都合の良い話だけではない。
「当然ですが、『港』の解放は必須です。やはり、海運ができない現況は商売にも非常に差支えがあります」
「……」
「要は、レイド王国の混乱が大きいと申せましょう。レイドの首都は寄港できますがそこから南への海路はストップしてます。そして、陸路は治安が悪すぎる状況。今、通商圏は南に下がり、ガルディアから東ルートを通ってアーロンへ抜ける山越えルートが最有力となってます」
「王子様、東ルートは最近開通しました。通商を邪魔してた賊を退治したから再び使えるようになったのです」
エリンが小声で教えてくれる。
「もちろん、その話は大歓迎だよ。通商が盛んになって困る国なんてのは聞いたこともないからね。しかし、『港』に関して、問題点は多い。まず、巣くっている敵の正体がわからない。それと、領地が拡大するにつれて、人口と兵が足りない。君たちが協力してくれたら、解放も捗るだろうけど、今はこちら側の要因で攻められない状況かな。ある程度支配領域も広げないといけない。『港』を攻略するならね」
「我々の総意ですが、資金提供ならすぐにでも行えます。冒険者や人口の補充は、東ルートの賊を誰かが倒してくれましたから、徐々に増えていくと思います。アーロン王国は平和ですから、平和になりすぎて、冒険者や軍人の解雇組がかなり余っています。そういった者が多いに来るでしょう」
「我が国では土地が余っているというのが最大の強みだから。人口流入は大歓迎だよ」
うなずく商人たち。
「ああ、そうだ、マジックアイテムを買い取ってくれないか。誰でもいい、組合でもいい」
商人たちは暫く相談していたが、
「マジックアイテムは組合に窓口を作りますので、そこで取引をお願いします。鑑定も請け負います。単独の商人ではいろいろと問題が大きいですから……とにかく、体制が整うまで、暫くお時間を頂きたい」
「ではよろしく」
俺はそういうと、彼らと別れた。
俺、エリン、ロム、コレット、ケイ、ローランドと新人五人で街道に向かう。
馬で一日向かって、北堺の山地に入るところまで確認し、難民たちを国に送り届ける任務である。
北部は森林が広がる。
森は日本のように密生していない、俺の感覚からいえば、まばらな林が続いている。起伏はかなり激しく、そこら中に身をひそめる場所がある。
「これは……襲う側からしたら理想の地形だ」
「……」
ロムが無言でうなずく。
「猫聴覚、猫嗅覚を働かせてくれ」
「やってますよ」
モフオ、何となくやる気無さそうな態度である。
「ピースケ、二百メートル程先行してくれ。敵を見たら戻って知らせるんだ」
「了解!」
ピースケが飛んでいく。彼が殺されない限り、俺たちは安心して進めるだろう。
そして、すぐに戻ってくる。
「お、どうした」
「二百メートルほど行ったら、さらに、二百メートルほど先で戦ってます、というか、一方的に片方がはいつくばってます」
「数は?」
「襲撃二十人、農奴二十人」
「じゃあ、皆、急ぐぞ」
と、いったはいいが、最も遅いのは俺だった。
クリス王子の乗馬は『最も従順』以外を極力排除した馬なのだ。もちろん、これは女王の計らいなのだが、当然、非常に遅い。
「王子、置いていきますよ」
新人冒険者の一人が呆れたようにいう。
「ああ、いいから行ってくれ」
「いつもながら、遅い馬ですねぇ」
モフオが鞍の前でゴロゴロしながら馬鹿にする。
「ええぇい! 何をしている!」
馬に叫んでもモッタモッタと走るだけだった。
小さな起伏を超えると眼下では、難民と思しき人々を混沌人間が捕縛していた。
そこに突っ込んでいた俺の冒険者たち。
「ははっ! 血が騒ぎますな!」
ローランドはそう叫ぶと、ズラリとブロードソードを引き抜き、早速一人の混沌人間の首をはねる。
ロムは無言で火炎棍棒を抜くと、一人を殴り殺し、炎上させる。
エリンは難民の女子供の集団を守りに行く。
ケイは馬を降りると、瞬く間に二人の混沌人間を倒す。頭を潰し、喉を破壊する。
コレットは高いところからひたすら火炎の矢を打ち込む。
残りの冒険者たちも突っ込む……と思ったら、突撃したのは三人で二人は立ち往生だった。
「おい! なぜ行かない?」
「ひ、ひぃ!」
「か、神よ!」
要は怯えているらしい。
こいつらは使えないようだ。
「わかった、お前らはもういいからここで見てろ」
俺は、例の赤い宝石の小手を嵌め、剣を抜くと馬で駆け降りる。
この馬は臆病さだけは無かった。異様に鈍感なのだ。
小手は手放せなかったのだ。
あの後、荷物から回収すると持ち物として肌身離さず持ち歩いていた。
恐ろしく気分が良い。
小手を嵌めた瞬間から、敵がまるででくの坊のように見える。
馬を操作するのが面倒になって、降りると一人と対峙した。
両腕が蟹のハサミのようになっている。
両手のはさみで迫ってくるが、軽くかわし、敵がバランスを崩した背中に、突きを入れてあっさり退治。
二人目は剣士のような混沌人間。教師の教え通りに盾で敵の動きを止めてから、突きさせばそれで終わった。
周りを見ると、ケイが触手だらけの気持ち悪い奴にてこずっている。鈍器だとやり難いのだろう。
腕と脚に触手が巻き付いている。
脚に巻き付かれて何かをされる寸前だった。
(薄い本! ……よだれたらしてみてる場合じゃないな)
俺は素早い動きで踏み込み、触手の真ん中に『塩の剣』を突っ込む。
苦痛でのたうち回る化け物。
武器を持っていかれてしまったので、俺は短剣を抜いて敵を刺しまくる。
触手がちぎれ、俺も血塗れになった。
やがて、敵はびくびくしていたが、動かなくなる。
小手を見ると、血は付いていない。異様にきれいだ。
「ありがとう、王子」
ニコっと微笑むケイ。感謝されるのは悪くない。
とりあえず、小手は後で調べよう。
俺は剣を何とか引っこ抜いて、乱戦に参加するが、その頃にはもう終わっていた。
手負いの奴が二三逃走したようだ。
使い魔に警戒させつつ、状況を把握する。
「ありがとうございました。私たちはレイド王国から逃げてきたのです」
難民リーダーの男、年齢は汚れすぎてわからない。声から推測して、若くはない。
「僕はクリス王子だ。ガルディア王国は真面目な人間なら歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます!」
涙を流さんばかりに喜ぶ男。
「とりあえず、この場所から南には敵はいない。急いで森を抜けるんだ。森を抜けたら砦もある。君たちを守ってくれるだろう」
縛られていた人々を皆が開放している。
新人冒険者たちは敵の武装を拾っていた。
人々は荷物を纏めると、最大の速度で動き出す。
といっても、非常にのろい。
仕方がないだろう。満載した荷物、女子供多数なのだ。
「王子、さっきは助かったよ。あいつ、棒で殴っても効かないし、手足取られて格闘も無理と来てたから」
ケイが雌狼みたいな笑顔で俺の肩を叩く。
「無事で何よりだよ。ケイさん」
「それにしても、その小手、全く血が付いてないね」
「うーん、何だろうね。よくわからないよ。これをつけると勇気が湧くから良いものだと思う」
「どちらかというと、血を吸ってるみたい」
ケイが恐ろしいものであるかのようにいう。
そんなことはない……だろう。
死体を集めて検分する。まだびくびく動くような気持ち悪いのもいるが、基本は死んでいるようだ。
うち六体が焦げている。ロムの棍棒はかなり凶悪だった、致命傷を受けなくても、燃え上がるので普通は死んでしまうのだ。
「最も活躍したのはロム殿ですな」
ローランドの評価。
「ローランド殿も三体を倒された。さすがですね」
俺はローランドを持ち上げる。別に嘘でもない。
「王子が倒されたこの触手怪物はかなりの化け物ですぞ。これもかなりの殊勲です」
「こいつ、よく見ると人間だ。酷いな」
触手をかき分けると、人間の男の顔が見えた。
皆は休息と警戒に入る。
エリンのみ、敵を追跡していた。
俺は例の怯えて震えていた二人を呼び出す。
「お前たちはもういいよ。戦おうと思った気持ちだけで十分」
「すみません王子……」
青ざめた顔で返事する新人。
「君たちは戦士ではなかっただけだ、戦わないで済む仕事は多くある。そういった仕事に就けばいい。これは餞別だよ、街に帰ったら売ってこれからの生活に使え」
俺はそういうと、敵が落とした武器や防具を渡す。
「王子、こんな軟弱な奴らにやりすぎじゃないの」
ケイが軽蔑した目で、彼らを見ながらいう。
「そんなことはない。ここに来ただけでも十分だよ。普通の奴は来ることすら考えないのだから」
「お、王子。これは受け取れません。俺たちにそんな資格……」
「いいから持って行けよ。気にするな。お前たちが金に困るのはわかっているんだ。もし、これから出世したら、将来国に貢献することを思い出してくれ。それでいい」
彼らは頭を下げると、武具を持ってトボトボと帰還する。
「あんた、甘い奴だねぇ」
「嫌な奴よりいいだろ。それに、かさばる戦利品が減った方が楽だよ」
これに関して、他の者は無言だった、彼らが如何思ったかまではわからない。
暫くして、エリンが帰ってくる。
「近くに、敵の砦があるよ、そこに十人くらいいる」
「そんなものはすぐに潰そう。そして、逆に僕たちの拠点にしてやるよ」
馬で走るのは少し難しいようなので、馬を引いて行くことになる。
森の中は見通しがいい。
自然を見ると異世界にいる感じが強い。
そんなことを思っていると、
ボン!
遠くで爆発音がする。
進行方向に煙が上がっている。
「砦に何かあったのかな。エリン、思い当たることは?」
「いいえ、特には……」
適当なところで馬をつなぎ、こっそり砦に近づく。
砦は炎上し、そこかしこに無残な死骸が転がっていた。
「美しく高貴なこの私に襲い掛かろうなんて百万年くらい早いわ!」
あ、この声は!
「ダナさん!」「ダナ」「ほう、彼女があの有名な…」
口々に俺の仲間たちが思いを口にする。
ダナはエアーエレメンタルの上で仁王立ちして、雷攻撃を指令している。エアーエレメンタルとは巨大な水蒸気の竜巻のようなものだ。雷を帯びている。
「あ、そこにもいたのね、下等生物!」
ダナが、ビシッと俺を指さす。
「うわ! 違う。俺だよ王子だ!」
思わず叫ぶ俺。
「あ、ストップ、あれはまだ殺さないで、エアーちゃん」
雷をバチバチさせながら、何となく不満げなエアーエレメンタルだった。
(まだって、いつかやるつもりなのか……)
コレットが前に出る。
「ダナさん!」
「きゃーコレットちゃん!」
早速降りてきて、コレットに抱きつく。
「あ、王子。居たのね」
さっき俺を見ただろ!
「すみませんが、状況を説明してもらえませんか」
「ああ、そうね。えーっと、こいつら混沌人間が私の進路に居たのでエアーちゃんに排除させました。燃えたのは勝手に燃料が燃えたのであって、故意に燃やした訳ではないわ」
小さいことだが、襲い掛かっていたのはダナの方だった。
「今まで何をやっていたのですか」
「おっと、それからは俺が説明するぜ」
いつの間にか、ダナの後ろに小さくて小賢しい感じのする、妖精小人がいた。
「君は?」
「俺はアベル。あんたクリス王子だろ。オーベの甥だよ」
くりくりと、大きな目を開いて話す。
「ああ、そういえばオーベがそういっていたな。同行者がいると」
「そうそう、それが俺。俺はこの滅殺魔……」
「『白銀の乙女』!」
「そう、この『白銀の乙女』と吸血鬼の『人間牧場』を探っていたんだ。ようやく場所が分かったんだけど……」
「『人間牧場』?」
「ああ、そういう名前だけど、実際は町だ。普通に人間が生活している、が、ある日突然間引きされる。された奴がどうなるかはお察しの通りって町だな」
「町ということは農地とか店とかあるのか」
「そうだ。でも、ある地点からは出られないようになっている。吸血鬼王の魔術だよ」
「隕石でも落として破壊してやるのは簡単だけど、それだと多少被害も出るし……」
ダナが何か物騒なことをいう。
(多少じゃねぇだろ!)
俺は突っ込みを入れる。
もちろん、脳内で。
「安全に結界を破壊しようと思ったら、内部からやるのがいい。魔力の低い人間なら結界を抜けられるから、冒険者を集める話を王子に持って行こうとしていた所です」
「なるほどね。魔力が低い人間というは具体的に誰になります」
俺はダナに聞く。
「そうね、この中なら……」
全員をじろじろ見る。
「全員大丈夫よ。ギリギリのところで」
「それはよかった。じゃあ、皆で町に潜入……」
いいかけて、彼らに支払う報酬が問題だと気が付く。
「相当命懸けだよね。ちょっと資金がないかなぁ」
「ふん。あんたたちは私が雇うわ。一人百枚でどうかしら」
「銀貨百枚なら、かなりの報酬だよ」
アベルがにやつく。
「違うわ、金貨よ」
冒険者たちは顔を見合わせる。百枚もあれば、小金持ちといえる金額だろう。
命がけのミッションで通常金貨二三枚なのだ。
破格の報酬といえた。
「僕は王子だからね。要らないよ。僕の報酬はその町の人間を貰うということにするよ」
「町の人間は王子に引き取ってもらうつもりだったから、私に異存はないわ」
うなずくダナ。
「わしはもちろん手を貸しますぞ」
ローランドは髭をひねりながら答える。
「……」
ロムとコレットは無言だがうなずく。
「面白そうじゃない。やるわ」
「私も」
ケイとエリンの実力者も同意した。
新人三人は顔を見合わせている。話だけ聞いてもかなり危険だ。経験不足の彼らからしたら、かなり死亡率が高い。
「無理はしなくていいぞ。砦の戦利品は君らが持っていけばいい」
俺は彼らに気を遣う。
「俺は参加します」
一人だけ勇気を出した。
「俺は経験不足だから……」「戦利品だけで十分です」
残りの二人。
結果、一人だけ残った。
去る二人は敵が落とした武器や砦の貯蔵品を背負えるだけ貰って帰還する。
残った男の名はセルジという。
極貧士族の三男だという。家も継げない立場で、農奴目前の身分だった。
「じゃあ、頑張って働いてね」
といって、ダナは小さなバッグから、宝石の詰まった袋を取り出す。
無造作にダイヤを六個出すと、各人に配る。
「これは?」
「確か、一個金貨百以上の価値があるわ。もちろん売価よ。後は宝石商と交渉して」
「わー綺麗な宝石」
コレットの目が輝く。
「ほうほう、さすがですな。これほどの物をあっさり渡してくれるとは。このローランドご期待に添いますぞ」
セルジは若干腰を抜かしている。
「こんな高価なもの、初めて見ました」
「ところで、難民の救助と街道警備とかいう仕事はいいのか」
モフオが何となく突っ込む。
「あら、モフちゃん。あんたたち、そんな地味な仕事してたのね。でも、重要よね。じゃあ私が暫く手伝ってあげるわ」
非常に嫌な予感がする。
「えーっと、具体的に何をなさるのですか、『白銀の乙女』さん」
「小型のエレメンタルを沢山召喚して、街道周辺に長期支配でばらまくわ。混沌人間やアンデッドを殺すように指示だけしておけば後は大丈夫でしょ」
「……それなら、問題ないでしょう」
必死に考えたが、一応穴はなさそうだが……何というか、発想がどこか乱暴だ。
「エレメンタルがうようよしてたら、難民はビビッて引き返すんじゃないか」
アベルの指摘。いいことをいう奴だ。確かにそうだろう。
「エレメンタルは街道に出ないようにさせるわ。それでいいじゃない。化け物は西側にしかいないでしょ」
「では、それでお願いします」
街道の件はそれで話が付いたが、問題は『人間牧場』の方だった。
その日はそこでキャンプをして、作戦を話し合うことになる。
2020/8/24 文章リニューアルしました。
2023/4/14 微修正