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転生王子  作者: 弓師啓史
5/37

5 沼ゴブリンと開拓2

 馬を駆る一行。

「ミリア、お前が出ること女王には内緒だ」

「はい! 心得ております。そして、お誘い下さり感謝申し上げます」

 ちょっと言葉がたどたどしいが、嬉しそうに俺の指令を受ける。

 マジでかわいい奴だ、頭も良いし、人望もある。

 難民の慰撫に彼は積極的だ。

 やはり農奴出身だけあって、弱者の気持ちがわかるのだろう。

 コレットは唯一装甲がないが……。

「鎧着てないけど大丈夫なの? 僕は心配だよ」

 一生懸命ポニーを駆るコレットたん、キャワイイ。

「王子様、私のローブは鎧より頑丈なの。心配しないで」

「そうなのか、ちょっとでも怖いとか、痛いとか、そういう事があったらすぐにいうんだよ」

 うなずくコレット。

 もうそれだけでキャワイイ。重要なことなので、二度言いました。

 ドゥリンはお留守番、汚いからではない。ドゥリンは拠点防御向きなので今は待機が最適だろう。

 それに、実はドゥリンはキャスと仲が悪いようだった。

 ヲタクと不良みたいな感じで、全くそりが合わないのだ。なるべく離して運用する。

 クリス城には更にピースケを残す。襲撃が有ったら即座に知らせを得たいからだ。

 馬で行くと、だいたい三十分の距離だった。

 夕暮れが迫る中、俺たちは全力で向かう。

 尚、一番遅いのは俺だった。

「王子、置いていきますよ」

 トーラスが若干あきれ顔でいう。彼はポニーなのだが、彼より遅い。

「待て、待ってくれ」

 俺は必死に馬を駆る。どうしようもなく下手なのだ。もしかしたら、この馬遅いのか?

 もたつきながらも、ゴブリンの群れの捕捉に成功する。

 かなり暗くなっていたが、ドワーフとエルフは難なく見えるのだ。

「キャス、盾を掲げてくれ」

 キャスが盾を掲げると、辺りがかなり明るくなる。

 ゴブリンたちは一瞬目を細めるが、次の瞬間、

「ギャー! キシャー!」

 憤怒の表現をあらわに全力で襲い掛かってくる。

 俺、キャス、トーラスはコレットを守る形で馬を降りる。

 他は騎乗突撃を敢行する。

「ファイアーボール!」

 コレットが敵のど真ん中に爆発を起こす。吹き飛ぶゴブリンたち。

 その一発で十数人が消し飛び、ゴブリンに怯えが走る。

 そこにロム筆頭に騎兵突撃。

 馬で踏みつぶし、頭をたたき割り、数では負けているが、勢いでは完全に勝っていた。

 ロムの火炎棍棒は一撃ごとに敵を炎で包む。打撃で死ななくとも、炎に焼かれて苦しみながら死ぬことになる。打撃で死んだ方がましだろう。あれを持っていたゴブリンの誰かがファイアボールや射撃で人知れず死んでいたのは本当に助かった。こちらに犠牲が出たのは確実だった。

 リーンは馬に乗りながら、次々とゴブリンを射殺していく。見ていると、矢は敵を追尾して綺麗に急所を射抜く。それが、驚くほどの速射なのだ。ゴブリンがどうあがいても死ぬしかない。馬の機動力には勝てず、射程も弓が上、闇に紛れることもできない。ロム以上のワンサイドゲームだった。

 他の者も士気の崩壊したゴブリンを殲滅していく。

 結局、コレットは一発のファイアボールを撃っただけで終わり、俺やキャス、トーラスは一人だけ沼ゴブリンを倒して終わった。

 十分ほどの短い戦いだったが、沼ゴブリンの別動隊は全滅した。

「勝ちましたね、王子の旦那」

 キャスは少し出た汗をぬぐっている。

「うむ。圧勝だったな。しかし、もう暗いから、戦利品の回収は無理かな。コレット、魔力検知の魔法だけやってくれ」

「うん」

 コレットは術を掛ける。すると、小さな手槍が発見される。持ち主の沼ゴブリンはなすすべなく、リーンに射殺されていた。

「帰ってから鑑定しよう。さあ、すぐにクリス城に引き返そう」


 小さな手槍は鑑定の結果『強化槍』。上古人が作った逸品だ。

「魔法武器の特性と扱いやすいだけ」

 コレットが断言する。

 攻撃力の弱いキャスに持たせて、盾は俺が持つ。『太陽の盾』は広域に太陽光で照らすなど、エリアへの効果があるので、戦士タイプのキャスにはあまり向かないという判断である。

「ふむ、もしかしたら、ゴブリンの総攻撃があるかもしれんな」

 トーラスが進言に来る。

「教えてくれ」

「別動隊が背後で暴れたら、当然、城から兵出す。そうなると防御力が落ちるから、総攻撃しやすい」

「だが、別動隊は全滅したから、敵は動けなくなっただろう」

「……一度決めたら、そう動く。そういう連中のような気がする。ゴブリンの戦術だからな。人間でももっと愚かなのもいる。奴らが決めた時刻に、何も考えずに突っ込んでくる可能性はあるぞ」

「猪突猛進しかやらない連中だから、確かにあるかもね。別動隊をやっただけでもかなり無理しているのか。それとも沼ゴブリンを指導している奴が多少賢いのか」

「沼ゴブリンの女王は、それなりの知能だと思う。他は強さに違いはあっても知能は変わらん」

 沼ゴブ別動隊が仮に生きていたら、『砦二』に到着する時刻は夜二十一時前後。その辺りに来る可能性があると考え、起きている人間を増やす事にする。

 エルフ二人は二・三時間の瞑想で睡眠の代用にできる。ドワ二人、キャス、ミリア、は深夜まで起きて、あとは交代で。民兵はいつも通りの交代制を維持。

 俺はその間、似弥瑠羅都帆手夫にゃるらとほておの『恋するおまじない大全』を開く。

 この小さな砦、クリス城で、二百以上の総攻撃を喰らうと、簡単に落ちるかもしれない。所詮は急増の砦なのだ。持つかもしれないけれど、恐怖はあった。

(何か使える術は無いか……)

 ふと、ページを開くと、袋とじになっている部分がある。

「あれ、こんなのあった…?」

 あるはずがない。

 今まで、何度もこの本を読んだのだ。しかし、あるのは現実だった。俺はビリビリと破って、袋とじの部分を読む。

「『ようこそ、禁断の術へ』『この項目ではあなたを真の魔術者として開花させる術が記載されています』」

 ……俺はパラパラと術を眺める。

「『邪神との接触』『大悪魔との契約』『精神交換他人乗っ取りの術』」

 ……極悪満載過ぎる。こんな術は使えない。

「うーん、『黒い子ヤギの召喚』黒い子ヤギ?」

 なんかこれはほっとする術みたいだ。子ヤギなら可愛いし食料になるかもしれないが、現状の戦況を打破することはできないだろう。

「……『霊の召喚従属』」

 幽霊を呼んで敵を攻撃させることができるだろうか。俺は試みることにする。

 前覚えた『人から注目を集めない術』をかけてこっそり砦を出る。

 近くに置いてあるゴブリンの死骸の山を使って、術を掛ける。

「えっと、死骸は十分ある。本来一体でいいからありすぎだな。後は魔法陣と呪文詠唱」

 俺はよくわからない言語をこっそりつぶやき、必要な動作をする。

 術が終わると……何も起きない。

「はあ。やっぱりだめか。今までは上手くいきすぎていたんだよ。所詮はインチキ本」

 砦に帰ろうとふり向くと、ぎょっとする。いつの間にか、背後に巨大な鎧武者のような存在が立っていたのだ。

「ワレヲヨンダカ、ともがらヨ」

 ともがら

「うわ! ……あ、……ああ、そうだ。呼んだ」

 恐怖は感じたが、同時に、現実ではないような不思議さがあった。辛うじて声が出る。

「ナニヨウダ」

「お前の名は?」

「メフメト」

「メフメト……何者だ」

「イダイナシュゾクノオサダ。魔王トタタカイ、死シタ」

「僕は今のこの地の王子クリサレスだ。魔王と戦うために国力を養っている。今は開拓の途中なのだ。魔王と戦うためには沼ゴブリンをここから駆逐しないといけない。手を貸してくれ」

「……イイダロウ。魔王トタタカウノナラ、テヲカソウ」

 そういうと、その巨大な影は消える。

 俺はほっと溜息をつくと、砦に帰る。

 効果があったかどうかはわからない。あのメフメトという存在が何をするのか……一応、大きな目的は一緒のようなので、助けを期待しよう。


 結局、ゴブリンはトーラスの予想通り総攻撃を開始する。

「全員起きろ! ゴブリンの襲撃だ!」

 こちらもかがり火をかなり焚いていたが、光の届く範囲をはるかに超える数がいるようだった。

 弓櫓からは、リーンの矢が景気良く飛び始める。ゴブリンは次々と倒れていくが、意にも介さないようだ。

 丸太を数人で持ち、倒れても次の奴が持って、クリス城に突撃を敢行する。

「喰らえ!」

 おれは『太陽の盾』を敵の前面にかざす。

 一瞬敵はひるむが、目を瞑って突撃するようだった。

「殺せ、人類は殺せ!」

 しわがれた老婆のような声。

 ゴブリン女王なのだろうか。

 敵の数は五百以上はいる。冒険者も民兵も総がかりで敵の攻撃を止めるが、流石のこの数は魔法や散弾銃でも止まりそうもなかった。

「か、数が多すぎるでござる!」

 一切手を休めないのは偉いが、弱音を吐くドゥリン。

「ファイアボール!」

 コレットの叫び、前面の敵が吹き飛ぶ。

 気が付くと、城壁の上で、ゴブリンと死闘を演じる俺。

 正直言って、俺の戦闘能力は低い。何度も石斧でぶん殴られ、石槍で突かれる。ミランダ女王が魔法の鎧をくれなかったら、間違いなく死んでいた。

「か、数が多すぎるでござる!」

 俺まで誰かの口調がうつってしまった。

(死ぬな、これは……)

 その時、

 ひゅんひゅん、という音共に、バタバタと俺の周りのゴブリンが倒れる。

(手裏剣!?)

 そして、黒い稲妻のような小柄な人影が、城壁の上の敵をズバズバと斬り殺していく。

「エリン! 来てくれたんだ!」

 無言でうなずくエリン。

 エリンはすさまじい剣士だった。小さな日本刀のような刀で、次々と登ってくる沼ゴブを斬り、敵は押し返されてしまう。

「王子、邪魔!」

「あ、はい」

「城門の守りに入って」

「お、おう!」

 俺は城門に向かう。

 槍を設置していたので、槍を拾って、城門の上から敵を刺す。

「王子が来たぞ、皆力を合わせろ!」

 ミリアが鼓舞する。民兵たちの士気が上がるようだ。

「殺せー。殺せー、あと一息ぞ! 人間ども殺し、エルフを殺し、生皮を剥いでやれ!」

 ゴブリン女王が姿を現す、巨大で不気味な姿、ガマガエルを女的に擬人化させたような姿だった。思ったより城壁の目の前にいる。

 リーンが射るが、矢は弾かれてしまう。

「アンチミサイルつけてるわ、あいつ」

 リーンが叫ぶ。

「やってやるぜ!」

 キャスが飛び出す、

「馬鹿、突出するな!」

 トーラスが慌てて援軍に行く。

 俺は唖然としてしまった、まさかこの状況で外に出ると思わなかったのだ。

 沼ゴブたちにも意外だったのか、キャスは女王の目の前まで肉薄する。

「死ねや! ばけもの!」

 キャスの必殺の槍が女王の面前まで……しかし、

「残像!」

 ブオンと術が発動し、女王は分裂して、キャスの槍はむなしく、一体の幻影を消した。

「死ね、人間!」

 魔法の弾が炸裂する。

 術は不明だが、キャスは光の弾に体を貫かれた。同時に、余った弾がトーラスを貫く。

 くたっと倒れる二人。

「キャス! トーラス! 糞! 何をしているメフメト! 女王を殺せ!」

 俺はちょっと正気を失ったのだろうか。俺も城壁を降りると、そう叫びながら、敵を『塩の剣』で斬りまくる。

「王子! 王子を救うぞ!」

 ミリアの声がする。

 俺は沼ゴブリンたちの異様な悪臭と血、緑色の皮膚、そういったものの中で狂ったように暴れまわる。

 しかし、数に押しつぶされそうだった。

 転がりながら一匹の首を切り裂いたとき、隙だらけだったので殴られると思った、が、なぜか攻撃されなかった。

 ふと、周りを見ると、ゴブリンたちが潰走している。

「敵は逃げる、追撃するぞ!」

 ロムの声。

「王子、女王は死にました!」

 ミリアが俺を立たせてくれる。

「な、何があった」

「それがよくわからないのですが、突然ゴブリン女王の後ろに不気味な影が立ち、苦しみだしたのです。そこをリーンさんの矢が急所を貫いて……」

 動ける兵は総出でゴブリンを追撃する。

 逃げ遅れたゴブリンは次々と討ち取られていく。

「そうだ、キャスとトーラス!」

 俺は急いで駆けつける。すぐに治療したら助かるかもしれないからだ。

 俺はキャスの体を抱きかかえるが、彼の首は半分ぐらい引きちぎれかけており、息は無かった。

「そんな……無理をするからだろ!」

 思わず涙がこぼれる。

「トーラス! 彼は息がありますよ!」

 キャスをそっと地面に置くと、俺とミリアは重いトーラスを抱えて、砦に入る。

「とりあえず、止血しよう」

「王子様、これを使って」

 コレットが可愛く、小さなビンを差し出す。

「これは?」

「回復ポーションなの。飲ませても、塗ってもいい」

 とりあえず、大きな傷口にポーションをまぶす。

 液はすぐに無くなるが、白く発光すると血は止まったようだ。

「ふぅ。これで死ぬことは無いだろう。ありがとう貴重なものを」

 俺はコレットに礼をいう。




 沼ゴブリンとの死闘は、この戦いでほぼ終わった。

 敵の根拠地、『廃城』までの砦は数日間のロムの追撃で一気に落ち、逃げ遅れた沼ゴブリンはすべて倒された。

 わずかに残った沼ゴブリンは『廃城』に引きこもることになる。

 俺は、その間、戦場を片付け、民兵の補充を受け、犠牲者を埋葬し……最前線の『砦五』とその北側にある『砦六』は民兵を多く送り込み、防衛線とする。

 その処理だけで一週間使う。

 尚、『砦一』『砦二』は危険が少ないという観点から、既に難民たちの入植がはじまっている。

 入植者たちはまず漁労を行う。沼ゴブリンが消えたおかげでできるようになったのだ。作物とは違って、すぐに食糧生産が開始できるからだ。


 様々な雑事があったが、俺はまず、突然現れたエリンと話すことにした。

「護衛になってくれるという話だったと思うけど……」

「あなたを見極めていたの。主にふさわしいかどうか。それと、この国のことを何も知らないから、周辺調査もしていたわ」

「じゃあ助けてくれたという事は結論出たんだよね」

 うなずくエリン。

「あなたは、悪い奴じゃないみたい。入れ替わる前……」

「うゎ、それはご内密に」

「じゃあ、記憶を失う前のあなたは凄い嫌な奴で、下層の人間を虫けらか何かと思ってたみたい」

「え、前の奴は虐待とかいじめとかやってたの?」

「うん、小間使いの少年とか、少女とか、鞭で叩いたり、わざと失敗させて笑いものにしたり……」

「つまらない奴だなぁ。王になる身なのに」

「でも、今のあなたは全然違うのね。自分からゴブリンに向かっていくなんて、前の奴なら絶対しないわ」

「今のんびりやってたら、王になってもすぐに死ぬからね。この国は問題多すぎだし、弱すぎる」

「フフ、いいわ。そう考えているなら、あなたに仕えてあげる」

「よろしく、エリン、こちらこそ」

 俺が握手の手を出すと、可愛い手で返してくれる。

「ところで君は忍者か何か?」

「ええ、デリクさん……ちょっと有名な忍びよ。彼に教えてもらったの」

「忍者なら何が得意なの? 火遁とか?」

「うーん、毒かな」

「は、はは。僕には使わないでね」

「ええ、あなたがいい君主である限り大丈夫よ」

 にんまりと笑うエリン。

 可愛いが、怖い存在でもある。


 こまごまとしたことが終わると、二人の伝令が来る。

 一人はミランダ女王から、

「女王陛下は王子の活躍をねぎらいたいそうです。一度、宮殿までお戻りください」

 もう一人、ロムについていったミリアの部下だ。

「王子!『廃城』は落ちました!」

「え、ロムが落としたの? 凄いじゃないか」

「いえ、違います。ロム様が向かわれる前に、何者かが城に攻撃を加え焼き払ったそうです。我々が気が付いたころにはすでに炎上しておりました」

「じゃあ、今は別の勢力が入り込んだのか」

「とりあえず、観察していますが、新たな敵の姿は見えません。無人のようです」

「わかった。僕も向かうよ、冒険者は皆『廃城』に来てくれ。ミリアは『砦六』を守備。女王陛下には無人の『廃城』の調査が終わったら帰ると報告してくれ」

 伝令たちは頭を下げると帰還する。

「俺も行くぞ、寝ていられん」

 トーラスが話を聞いてやってくる。

「トーラス、先日まで重体だったんだぞ」

「ドワーフは頑丈なんだ。寝ていて敵と戦う機会を逃す方が病気になるわ、悔やみ過ぎてな」

 ふと、トーラスの目がキャスの墓を見つめる。

「あいつの為にも」


 翌日、冒険者たちは『廃城』に集結していた。

 俺、エリン、ロム、トーラス、リーン、コレット、ドゥリン。

 皆、死闘を生きのびて、妙な連帯意識があった。

 巨大な『廃城』は大きな城の本丸部分であり、湿地のど真ん中にある。城の半分は水中に没し、少し傾いている。

 確かに、少し、煙が上がっているようだった。

 入るには船で行くしかない。沼ゴブリンは泳いでいくことができる。

 この辺りは海水が混ざり、漁場としてもかなり豊かである。奴らが繁殖していた理由もこれである。

「確かに誰もいないな」

 俺は望遠鏡で確認する。

「二日見たけど、動きはない」

 ロムがいうなら間違いないだろう。

 俺たちはボートを二艘用意して向かう。

 船着き場などを沼ゴブリンが作っていたので、上陸はスムーズだった。


 中に入る。

 城は上古人特有の異常に頑丈な作りだった。火炎に焼かれても、構造には何のダメージも無いようだった。

 ゴブリンが後から設置した扉や家具、ゴミなどは燃え尽きてしまったようだ。

 俺たちは無言で進む。

 広間に入ると、炭化した小さなゴブリンの死骸が無造作に転がっていた。

「これは……」

「死んでから焼かれたようだ。死因は……不明だな。刺したり斬ったりではないようだ、魔法だな」

 トーラスが死骸を見分する。

 ゴブリンたちは完膚なきまでに死滅させられていた。

 子供も容赦なく。

 しかし、これに関しては批判はできない。こちらが落としても、全滅させただろう。ゴブリン類は人類と共存できないのだ。生かして置く選択肢はなかった。

 広間の奥には古代の神殿があり、何かがあった形跡がある。

「この祭壇は……悪魔信仰かな。上古人も悪魔信仰だったのだろうか。とにかく、何か丸いものが祭壇の上にあったようだが……今はないようだ」

 トーラスの分析。

「この神殿はバリュサーという邪神の神殿よ。上古人にもこの手の信仰は蔓延ってたみたいね」

 リーンさんはさすが知識が深い。しかも、美しい。

「上古人は悪魔信仰だったでござるか!」

 見た目汚いドゥリンが大声を出す。

「大声を出すなよ」

 俺はヲタクのおっさんを制する。

「上古人にもそういう奴らがいたってだけの話よ。大半はまともな神の信奉者だったわ」

「バリュサーとはどういう神なんだ」

「そうね、闇の神かしら……エルフの伝承でもほとんど聞かないわ、マイナーよね」

「この神殿は比較的綺麗だから、沼ゴブ共は余り近寄らなかったのだな」

 トーラスは冒険者らしく入念な調査を行う。

 城はかなり大きいが、まともに移動できる区画は少ない。

 下部の概ねは水中にある。

「ここが、あの女王の巣ね、金とか色々落ちているわ」

 広間の奥に薄暗いがかなりごちゃごちゃした部屋がある。

 焼かれてはいるが、貴金属の類は大丈夫かもしれない。

 その手の現金などの探索はドワーフに任せて、魔力検知を行う。

「儀式用のダガーが一本、普通のよりダメージが大きいだけね」

 コレット、呪いのアイテムでなければ回収する。

 俺は捜索を仲間に任せ広間に戻る。

 ふと、水没した下に続く階段を見る。

 黒くて大きな人影があった。

「メフメト?」

 影は階段を降りていくと、消えてしまう。

「何かあるという事なのか、でも水中じゃなぁ」

 捜索を終えたコレットに話しかける。

「水中を行く方法はないか?」

「戦いはできないけど、水中で活動できる呪文あるよ」

「お、そうなの? じゃあ、かけてくれるか」

 結局、俺とエリンだけで行くことになる。

 ドワ二人は水中を毛嫌いしている、コレットはちょっとフィジカルに心配がある。

 リーンは俺のスケベな目線に気が付いたのか「遠慮します」とだけいわれてしまった……もちろん、誤解だよ、どんな下着なのかなーとか一切考えてないし。

 冷たい目で見るのはやめてほしい。

 エリンは黒い何かの皮のスーツを常に着用しているが、そのまま水中に行ける、術を掛けなくても水中活動も戦闘もできるとのこと。

 例の『太陽の盾』を持てば、明かりは十分だった。

 下の階は細かな部屋に分かれており、居住区の様に見える。魔法のおかげで数時間水中でも大丈夫だというが、戦はできないので危険を冒せない。

 廊下の奥に、メフメトが一瞬現れ、消える。

 奥には大きな扉があった。

 苔塗れでヌルヌルだったが、押すとゆっくりと開く。

 まず、エリンが入る。大丈夫という仕草をしたので俺も入る。

 中はがらんとした空間だった。何か黒い物体が、部屋の隅に積もっているが、昔の家具や装飾品だろうか。触るとゴミが巻きあがるので近寄らないようにする。

 部屋の奥に二つのものがある。

 一つは大ぶりなブロードソード、もう一つは手の甲に赤い宝石の嵌った小手だった。右手だけ。

 俺は二つを回収すると、急いで上の階に戻る。

「王子、それは何ですか」

 トーラスがちょっと目を輝かせている。

「わからない。でも、俺は導かれて、これを手に入れた様だ」

 すぐに、コレットが鑑定する。

「剣は聖なる力を持つ剣です。名前は『エルヴァルド』と読むみたいですね。呪われてはいません」

 コレットが鑑定しながら説明する。

「へぇー聖剣なのか、うわっ」

 トーラスが無造作に手に取ると、柄が砕けてしまう。

「ありゃ、壊してしまったのか、すまん」

「柄部分は普通のものですから自然に劣化したんだと思います」

 つまり、柄は自分たちでどうにかするしかない。

「小手は……王子ダメです!」

 俺はなんだか無意識に小手を嵌めてしまった。

 手袋部分は何かの皮革だが、全く腐っていない。魔法だろう。装甲は白い金属……のようだがよく見ると骨のようにも見える。赤い宝石は俺が嵌めると異様に輝く。

 コレットが見識関連の術を必死にかけてくれる。

「王子様、それは呪われ……ているかどうかはわからないですけど。効果は……うーん、効果は隠されているわ。王子様自体を調べても。今のところ悪影響はないみたいだけど……自分で外せます?」

 俺は小手を外そうと思った。

 すぽんと外せる。

「大丈夫だよ。問題なく外せる。でも、これは僕が貰っておくよ。剣は……とりあえず、然るべき人物が現れるまでは、保管しておくかな。柄も直さないといけないし」

「王子、その小手の効果がわからないのなら、使用せずに保管すべきじゃないか」

 トーラス警戒している。

「わかった、じゃあそうするよ」

 俺は、その時はそうするつもりだった。

 俺が戦利品を集めた箱に入れると、トーラスは安心したようだった。

 ……しかし、俺は、妙な喪失感があった。


 戦利品を集めると城を後にする。

 ひとまずは何もできないからだ。

 この『廃城』は魔物が拠点としていたが、人間が使うにはあまりに不便すぎた。

「灯台にでもするしかないかなぁ」

 ちょっと利用法を考えたが、今のところはどうしようもない。

 大昔は湿地ではなかったようだ。所々に、大昔の建物の屋根やその先端が見えている。水の下に都市があるようだが……。

 冒険者なら金目の物の宝庫で希望に満ちていると考えるだろう。

 この海底から発掘されるものだけでこの国は潤うかもしれない。

 しかし、それはしばらく先の話だ。

「この廃墟都市は今は手が出せない、でもいつか……」

 浅い川底に眠る財宝はこの国をいつか救うに違いない。そう願う。

 俺はそういって湿地を後にする。

 砦群の防衛はミリアに任せて、俺は首都に引くことにした。




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2020/8/15 リニューアルしました。

2023/4/14 微修正

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