3 白銀の乙女と混沌人間
「ふぅ~」
俺は特大のため息をついていた。
時間は朝食後。
場所は王宮。
アーチで中庭と繋がった開放的な控室。
午前の日光がまぶしく美しい。
俺の横には、ロム、コレット、モフオ、オーベが手持ち沙汰に待っていた。
女王が、彼らに会いたいといったのだ。
もちろん、最も重要人物のダナとも。
そして、もちろん、ダナは絶対会わせてはいけない。
「下等な種族にしては、良い掘立小屋に住んでるじゃない。あなたはハイエルフの私と出会い、そして、話をして貰える幸運をかみしめた方がいいわ(キリッ」
俺は思わず物まねをする。
「お、さすが王子、結構似てましたよ」
オーベが称賛を送ってくれる。
全く嬉しくない。
「今言ったようなセリフを女王に言おうものなら、マジで処刑されかねない。される前に、逃げるか、逆に王宮が皆殺しになるか……」
ため息をつく俺。
「可能性は非常に高いですね」
モフオ。ゴロゴロしながら答える。
「当然、ダナさんには女王が会いたいとか伝えてないから大丈夫だけどね」
先ほどからのため息はこれが原因なのだ、女王にどう言い訳するか……。
「え、伝えたよ」
オーベが驚いたようにいう。
「え、嘘!」
言い訳どころの話じゃねぇ!
「やっぱ、偉い人の言葉を伝えないとか、庶民から見たら命かかってるからねぇ。俺は権力に逆らわないの」
オーベは爪を削りながら話す。
「じゃ、じゃあ、今いないってことは、やっぱり気まぐれのダナさんらしく、今日は来ないとか。絶対来ないよね」
俺は希望的観測を述べまくる。
その時。
「あら、そんなに私に会いたかったの、下等な生き物にしては殊勝じゃない?」
俺の耳に、絶対聞きたくない声が聞こえてくる。
「聞こえない。俺には何も聞こえない!」
「なーに現実逃避してるのよ。高貴で偉大なハイエルフに会えたのよ。感動の涙を流して当然でしょ」
白銀のドレスに身を包んだ美貌の女エルフ。
口さえ開かなければ最高なのだが。
「と、とにかく。ダナさん。お願いしますから、女王の前では無言でお願いします」
「は、どういう事よ。意味が分からないわ。それより、その子、もしかして小エルフ?」
ダナの目がコレットちゃんを見て嬉しそうに輝く。
「は、はい。私、小エルフのコレットです。初めまして、『白銀の乙女』ダナさん。お会いできて光栄です」
ほへ? 『白銀の乙女』ダナ? ダナにそんな似つかわしくない二つ名があったのか。
ダナに会って光栄とか、意外と有名人なんだな。
「オホホホ。私をそう呼んでくれる人なんて、久しぶりよ。それに、私、初めて小エルフちゃんを見たわ。可愛いのね」
ダナは猛然とコレットの手を握ったり、抱き寄せたりしている。
同時に、モフオを手招きして、もふる。
存分に欲求を満たすダナだった。
(このまま可愛いもの漬けにしておけば大人しくなるか)
俺の心に策略が芽生える。
「ダナさん。コレットと一緒にお散歩にでも行ってはどうですか。もれなく、モフオも付けます」
俺の顔にいやらしい笑顔が張り付く。
「それ良い考えね。じゃあ、一緒にちょっとお出かけしましょう」
「ごゆっくりどうぞ、女王はまだ朝の陳情者との折衝に時間かかりますから」
ダナが眺めの良い城壁に向かったところで、俺はダッシュで自室に戻る。
「帆手夫のおまじないに……あったこれだ、『人種差別主義を改善する魔法』凄いピンポイントで、良い術があった。ええっと『この術は人を見下したりするような人物に効果的、魔術を施した特別な香りを嗅がせると、それを嗅いだものは自由平等博愛を愛するようになり、人種差別や偏見を持たなくなる。副作用としては……』副作用なんてとりあえずどうでもいい。なるほどね。ピンポイントなら役に立つだろう。『持続時間は香が続く間』……問題なさそうだ」
俺は、何やら怪しげな呪文を紅茶の葉っぱに唱え、塩や水など必要な触媒を加える。
小さなツボに入れ、最後に熱湯を注ぎ完成。いい香りがする。
「これを会見の場所に置けばいいね。やっぱ人権最高!」
あ、俺にも効いてる。
どこで会うかは決まっている。控室の隣に小さな会議室があり、そこに皆は移動しているはずだ。
俺が会場の隅に置くと、目ざとくシフが見つける。
「王子さま、それは?」
「ああ、アロマだよ。香りで皆の気分をよくするものだ。平等大事だからね」
「紅茶ですわね」
にっこりとシフがほほ笑む。評判もよさそうだ。
暫くして、ダナが散歩から帰ってくる。
紅茶の香りに一瞬だけ怪訝な顔をするが、次の瞬間、何かつきものが堕ちたような抜けた顔になる。
術が効いたのか?
「あら、皆さんお揃いなのね」
ミランダ女王の声が聞こえる。
お付きの者数人と、優雅に現れた。
「母上。彼らが僕の懇意にしている冒険者の皆さんです」
「あら、可愛らしい方ばかりなのね。それと、なんと美しいエルフなの。ダナさんね。お噂はかねがね」
ダナは驚いたことに、優雅にエルフ風のあいさつをする。
普段からは全く想像ができない。
まるで貴婦人じゃないか。
「ハイエルフのダナです。お見知りおきを、女王陛下」
術は効いているようだが、ハラハラすることに変わりがない。
「母上。ダナさんは超高レベルの魔術師です。彼女の活躍で、複数の拠点を落としています。一人でオークを十匹以上倒したり。本当に凄い人なんです」
「ホホホ。王子様はお世辞上手ですわ。その時は王子も大活躍してましたわ。かと……(うな人種の割には)」
「わーわー、何でもないですよ」
やはり、この人には術の効きが悪いのか?
「かと?」
女王、怪訝な顔。
「かとちゃんが居たみたいだけど、居なかったというような話です」
意味不明な言葉を発する俺。
「何を言っているの王子、意味が分かりませんわ」
笑顔になる女王。
とにかく、急場は凌いだ。こっそり、ため息をつく俺。
俺は話題を変え、他の人間の紹介をする。
ロムを紹介すると、兜を脱ぐ。
「あら、とっても可愛い顔をしているのね。兜は外していてくださいな」
女王はさらに笑顔。
俺もロムの素顔は初めて見た。切れ長の瞳、かなりの美少年に見える。
ロムは無言で礼をする。
本当の騎士階級の人間のようだ。妖精小人の中でも特別な地位にいるのかもしれない。
いやいや、そういう人間を地位だとか、そんなもので固定するのは間違っている。
平等こそが全て! 人権!!
コレットは紹介すると、もじもじして、あわてている。
マジでキュートちゃん過ぎる。
「コレットさんなのね。こちらも凄く可愛いわ。よろしくね」
「はい」
ようやく、まともに返事をする。
オーベは年季が入っているので、特に問題もない。
「妖精小人のオーベと申します。アーロン王国のデリク伯の親戚筋にあたります」
「デリク様のお噂はかねがね。今の王を大いに手助けされたとか。そのようなご立派な家系の方が、なぜこのような辺境に?」
「今は修行の身でして。それと、魔物を退治して国を富ませたいという王子の心意気にうたれましてね。微力ながらお手伝いしたいと、はせ参じた次第です」
……こころざしの割にはがっつり金をとるけどね。
「ホホ。これからも王子このことをよろしくお願いしますわ、オーベ殿」
オーベはこれも貴族的に礼をする。
ふぅ。
これで会見も終わりかな。何とか乗り越えた。
やっぱり人権は素晴らしい。
「モフオです」
モフオが礼をする。おい!
「きゃっ、猫がしゃべったわ!」
女王は目を丸くする
「王子様を指導監督しております。お見知りおきを」
「あら、そうなの? えらいわね、猫ちゃん」
そこ、突っ込みを入れていいところだから。おかしいだろ。
「それにしても、なぜ喋られるようになったの? 確か、お庭に住んでいた猫ちゃんよね」
ミランダがもふりながら不思議そうにいう
「それは……」
モフオが説明しようとすると、突然、急使の到来を告げる鐘がなる。
和やかな空気は消える。
緊急警報なのだ。
「女王陛下! 大変な事態ですぞ!」
年老いた侍従の一人が飛び込んでくる、後ろには早馬の兵。
すぐに兵に報告させる。
「申し上げます! 混沌人間の一団、約千五百。城の北西から向かってきております」
「監視砦は?」
「私が脱出した時にはすでに厚く包囲されておりました……」
混沌人間? 俺はすぐ近くにいたシフに聞く。
「吸血鬼の血を受けて改造された人間の成れの果てです。普通はおぞましい姿に変貌します」
「今、この城の兵は二百五十……リディアとゲーマンもいますから……二人から兵を借りましょう」
女王はすぐに二人に連絡をつけ、広間に集合させる。
「三百だけです。槍兵のみ三百」
ゲーマンはしれっとしている。
「五百出せますわ、騎士五十、弓が百、残りは槍兵です」
リディア、やはり彼女は王国にとって頼りになる。
「数で負けてますわね……」
「外に出なくても首都のこの壁で待ち構えていたら負けることはありません。奴らは適当に収奪すれば去っていきますよ」
ゲーマンがのんきに答える。民の生命財産を何とも思っていないのだ。
「しかし、それでは農民たちが……」
女王はやはり心優しい。
「農民など、放っておけば勝手に増えるのです。危険を冒す必要はありません。それより、密偵の流入も考えられます。難民は首都に入れてはいけませんぞ」
ゲーマンの意見はある意味正しい。しかし、非情で現状維持以外の何物でもないだろう。
地図を見ると、以前解放した『みどりの壁』に近い。
今、農村の建設が始まっている。柵はまだ完成していない。
「ホホホ。たった千五百で何をうろたえているのかしら」
突如、響き渡る例のあの方の声。
「ダナさん、千五百もいるのですよ!」
俺は思わず叫ぶ。
「何をいっているのだ、この愚かな女は!」
ゲーマンがイライラして罵る。
「怖がりさんばかりだから、私が一人で行ってあげますわ」
「怖がりだと! なんと無礼な女だ! 貴様の様な小娘一人でどうなるというのだ!」
ゲーマンが真っ赤になって怒る。
「臆病者は壁の後ろで震えていなさい」
ゲーマンを頭一つ上から見下すダナ。
ゲーマンは小太り小柄、ダナは百八十五センチくらいある。
「……」
ゲーマンは何か言い返そうとするが、怒り過ぎて言葉にならない。
「来る勇気があるなら、戦場でお会いしましょう」
そういうと、何か呪文を詠唱してすっと消える。
「今のはテレポートじゃないか」
誰かが小声でつぶやく。
このままではまずい。いくらなんでもダナさん一人で勝てるわけがない。
「女王陛下。私に二百の兵をお与えください。ダナを一人で行かせるわけには参りません」
俺はひざまずく。
ぎこちない動きだが、気にしている時ではなかった。
「王子! あなたも愚か者になるのか!」
ゲーマンの怒声。
女王はしばらく考えていたが、
「ゲーマン殿は残って、王子とリディアで出撃してください。ダナを救出したら撤退してかまいません」
う、これはまずい。
がら空きの宮廷に女王とゲーマンを残せば、ゲーマンがクーデター起こすかもしれない。
「ゲーマン殿も戦見分に来られてはいかがですか。愚か者として有名な私ですが、叔父上に私が名誉返上汚名挽回する場面を見届けて頂きたい!」
あ、名誉挽回汚名返上だった。
「王子逆ですよ。しかもダブルで」
シフが小声でいうが、皆に聞こえてしまう。
漏れる失笑。
全員の緊張がほぐれたようだ。
暫くプルプルと怒りに震えていたゲーマンだったが、ようやく、多少冷静さを取り戻す。
「……そ、そうですな、王子の雄姿を見られるなら、それに越したことはないですな」
結局、俺が二百五十、リディアが五百、ゲーマンは見分のみということで五十。彼の残りの兵は首都の防衛任務に就く。
俺は出撃前に冒険者ギルドに立ち寄り、金をばらまいて冒険者を根こそぎ連れて行く。民兵の志願もあり、これで五十人増えた。
合計八百五十。ダブルスコアだけは避けられたが、敵より少ないのは間違いなかった。
距離は大して遠くない。強行軍をすれば、明日の未明に到着できるだろう。
途中、多少の休憩も見込める。
夜中二時ごろ、部隊は一旦休息をとる。後一時間ぐらいで着くのだ。夜中の戦闘は不利なだけなので、夜明けと同時に開戦になるように時間を調整する。
それまで砦が持ってくれたらいいが……。
仮眠をとっていると、オーベとモフオがやってくる。
「王子、偵察してきましたぜ」
うなずく俺。オーベの報告を聞く。
「敵の数は報告通り。混沌人間とグールの群れです。砦を強襲をされましたが、どうにかぎりぎり持ちこたえているようです」
「ダナさんの姿は?」
「ありませんでしたね、暴れた形跡もなかったようです」
「どこに行ったのやら……」
「多分、行ったこともない場所だから、迷ってるんじゃないですか」
オーベが苦笑する。
「確かに、あの方ならありそうだ。基本的に調子はずれな人だから」
「伏兵とかなかった。でも、背後に柵を作って最低限の警戒はしている」
モフオも珍しくまじめに働いたようだ。
俺は、この情報をもって、リディアとゲーマンを招く。
ゲーマンは眠そうで不機嫌だったが、一応素直に聞くようだった。
「情報は確かなんだろうな」
ゲーマンのだみ声。
「斥候歴三十年ですから。信じて頂くしかないですな」
オーベ、さすがの説得力。
「ふん。それなら、敵が油断している所を一気に騎兵で蹴散らしたらいいだろう」
リディアが大きな胸の下で腕を組む。
弓で斉射、歩兵が南から食い込んで、東側から騎兵で一気に叩く。東側は朝日を背負うので有利だ。
作戦はこうなった。
「あとは砦が持ってくれるのを祈るだけだな」
ゲーマンはそういうと、あくびを噛み殺して天幕を去る。
彼は戦闘に反対するかと思ったが、どうやら違うらしい。
自分の兵が減らないのだからどうでもいいのかもしれない。
暗いうちに休息を終えると、砦に向かって進軍する。
空が明るくなってくる。砦は石壁で作った頑丈なものだったが、一部壊れている。しかし、旗が立っているのでまだ落ちたわけではないらしい。
敵はこちらに気が付くと、千ぐらいの兵がこちらに向く。
「これはこれは、軟弱で有名なガルディア王国の軍ではありませんか」
貴族的な言葉を発する敵の将軍。
ひげの代わりに触手が生えている。かなり気持ち悪い。
朝日の中、敵は嫌そうにしている。
やはり、吸血鬼の手下なので、朝日は苦手なのだろう。
「敵に吸血鬼はいないのか」
「いたら、灰になってるでしょうね。混沌人間とグールは日光に弱いですけど、それで死んだりはしませんよ」
オーベが教えてくれる。
混沌人間の将軍は芝居かかったしぐさで挑発した。
「軟弱なガルディア軍の皆さん。我々の方が一人一人は強いですよ。見てください、我精兵の変容ぶりを。人間に勝てる存在ではないのです」
確かに不気味な姿だった、グールは干からびた体に牙と爪が付いているだけだが、混沌人間は触手が生えていたり、角が有ったり、甲羅が有ったり、腕が多い者、目が多い者、逆に、腕が無いとか欠損を抱えているのもいる。
そのような存在が更に武装をしている。
弱いという事は無いだろう。
目を見ると、正気ですらないように感じる。
兵に若干怯えが走る。
もちろん、俺だって怖い。
天下の脱糞王こと徳川家康みたいに脱糞寸前だった。
尚、小の方はすでに敵の軍容を見た瞬間漏らしていた。
「ホホホホホホ。下等な獣の分際で何を吠えているのかしら!」
突然、戦場に響き渡るダナの声。
思わず、ほっとする。
ダナが来てくれた。
見ると、砦の上から白銀のドレスを纏ったダナが仁王立ちしている。
「あなたたちは、真のハイエルフの前に立っているのよ。愚かにも程があるわ!」
腰に手を当て、完全な上から目線!
「貴様、『滅殺魔女』ダナか! たった一人で何ができる。愚か者は貴様だ! ここで返り討ちにしてやるわ!」
吼える将軍。
あくびをする仕草をするダナ。
胆力だけでも相当なものだ。
「撃て、射殺せ」
将軍が命令をする。
矢が射込まれるが、見えないバリアーがあるのか、矢は途中で力尽きて落ちてしまう。
「それだけなの、じゃあ、私も行くわ。まずは、日光滅殺!」
ダナの魔術はすさまじい光による焼き尽くし攻撃だった。彼女が天空に両手を上げると、その間から太陽が出現したような光があふれる。百ぐらいの魔物たちが一撃で消し飛ぶ。
敵に動揺が走る。
ダナは壁を飛び降りると、ゆっくり着地する。何かの魔法だろう。
そして、
一人で、のっしのっしと敵に向かっていく。
凄い、なんという度胸。
ダナは漢の中の漢だ!
「汚物は消毒よー! ファイアーボール!」
彼女はファイアーボールを連発する。景気良く敵は吹き飛んでいく。
「滅茶苦茶すぎるよ、あの人!」
俺は思わず叫ぶ。
「今よ! 敵は動揺しているわ、全軍突撃!」
リディアの声。これには俺も賛成だった。
「全軍突撃!」
俺も叫ぶ。
一気に戦場は動き出す。
鉄と肉、飛び交う矢玉。血と悲鳴。この世の地獄か。
「何ボケっと見てるの、砦の兵も突撃しなさい!」
ダナの声。魔法で増幅しているのかもしれない。良く響く。
かたずをのんでみていた砦の兵も、ダナが包囲されかけているのを見て奮起して突撃を開始した。
「あのエルフを守れ!」
疲れ切った守備兵たちはダナの異常なまでの豪胆さに勇気をもらったようだ。
例によって、彼女は肉薄されると消えてしまう。
そして、少し離れたところに出現して、魔法を撃ちまくるのだった。
リディアは騎兵を率いて、縦横無尽の活躍ぶりだった。
大剣をふるい、敵をなぎ倒していく。彼女の騎兵は精兵だ。
冒険者たちも負けてはいない。
ロムは巨大な犬の機動力を生かし、斧で敵を叩き潰して駆け回る。
コレットはファイアーアローを撃ちすぎて、杖が炭化している
オーベは弓を撃ちまくり、ミリアやイーサンのような新人冒険者も奮闘している。
そして、最強勇者ことガルディア国王子は……。
例の『塩の剣』を抜いて、敵を斬る、ちょっと傷をつけてすぐに別の奴にという戦法。
この剣でちくっとでも刺すと、敵は大けがを負ったみたいな激痛を受ける。
実は痛みは待っていると引くのだが、しばらく動けない。これは戦場では致命的だった。
俺に小傷を負わされた敵は、仲間に次々と倒されていく。
戦は小一時間だったが、戦況は圧倒的にこちらが有利だった。
兵を集中させるとダナの魔法でまとめて吹き飛ばされる。分散すれば殺到する兵士に各個撃破される。
陣形を保ちようがないのだ。
個々が多少強くても、戦場全体では不利はあからさまだった。
敵の将軍はこの状況を見て、
「引くぞ! 退却せよ!」
同時にまるで稲妻のように馬を駆って、戦場から逃げてしまう。
部下を完全に見捨てているようだった。
将軍はすぐに小さくなって見えなくなる。
「逃がさないわ、悪党! オーベ!」
ダナが追う、オーベを呼ぶと、一緒にテレポートしてしまった。
「ああ、ダナさ……ん」
一緒に勝鬨でもあげたかったが。
「ああいう人だから、仕方がないですね」
コレットが慰めてくれた。
敵は散り散りに逃げていく。
リディアの騎兵は容赦なく背中を斬り、踏みつぶして掃討していた。
「王子、見事な戦いぶりでしたな。ダナというあのエルフがいないとどうなっていたかわかりませんが、とにかく勝てたことは良いことです」
多少、とげのあるゲーマンの褒め言葉を頂く。
ゲーマンはそれだけいうと去った。
敵は千以上の損害を出して壊滅。被害の大半は敗走中に出たようだ。
こちらは死者五十。砦の兵士含む。
「敵の武具は回収しろ、矢も拾え。死骸は集めて燃やせ」
ガルディアは貧乏国家。無駄はできない。
ふと、『勝って兜の緒を締めよ』という格言を思い出す。
「敵の逆襲があるかもしれない、作業をしない兵は警戒を怠るな」
「ふーん、あなた意外とやるわね」
リディアからもお褒めの言葉を貰う俺。
実際のところ逆襲は無かったが、この一言で俺を信じる人間が増えたようにも思う。
「魔物の武具は呪いがあるかもしれないから鑑定した方がいいよ。私も手伝う」
コレットの可愛い提案。
もう、何をやっても可愛い。でも、意外と容赦なかったりする。
結果的に、戦場の後始末は三日ほどかかった。
敵を倒した戦利品などはあったが、兵に報奨金などを払うと、結局、大した金にはならなかった。
しかし、ガルディア全体には武具が流通して、守備兵なども装備が充実することになる。
コレットと神官団が鑑定した結果、呪いの装備は破却され、価値のある魔法物品がいくつか国庫に納められることになる。
実は、冒険者と民兵は破格の安値で参戦してくれた。
冒険者には特に働きの良かった者には士族身分に取り立てを打診。
もちろん、報奨金を出した上でだ。民兵も報奨金。
ロムに打診するが。
「……気持はありがたいが、俺はまだ……」
結局、断られた、が、年間で俺と契約することは同意してくれた。
オーベもそういう話は出たが、現状行方不明なので、立ち消えになる。
コレットが宮廷お抱えになる話は、
「私、両親を殺した敵を倒さないといけないの。ここで修行するつもりだけど、いづれ出ていくことに……」
意外な過去を打ち明けてくれる。
「誰が敵なんだ? もし手伝えるなら協力するよ」
「王子様に迷惑はかけられないの」
彼女は首を振るだけで、それ以上は話してくれなかった。
ミリアとイーサンは晴れて士族身分になった。
護衛ではないが、衛兵の下士官となり、俺の直属の兵という事になる。
「これから二人とも、よろしく頼むぞ」
俺は自分の兵ができてうれしかった。彼らを魔物退治には使えないが、今回のような騒動では自分の意志で動かせる兵になったのだ。これは心強い。
王子直属の衛兵隊は五十人となる。
国家の給料で養うことになるが、普段は警察任務や王国直轄領のパトロールなどをするのである。彼らはかなり忙しいことになるだろう。
女王に事の次第を報告する。
「冒険者たちは気まぐれな存在。断られても驚きはしません。でも、優秀な人間を見繕っておくのは良いことです。今回の件で学びました」
「今後も拠点の解放は続けますよ。国を富ませないと。そのためには冒険者にはまだまだ働いてもらいます」
「ふう、まあいいでしょう。危険を避けてほしいですが。魔法の金属鎧の着用を条件に、王子の探索を許可します」
鎧は城の倉庫にある重い奴だ。知ってはいたが、あえて避けていたのに……。
「ダナさんの行方はわからないのですか。彼女が最も称賛を浴びないといけないのに」
「あの方は……若干調子はずれな上に、何かわからない目的のために生きている人ですから……我々の称賛とか褒美は歯牙にもかけないでしょう」
二週間後、再びダナは現れた。
「報酬? 要らないわ。どうせ払えないでしょ。貧乏国家に」
事実だけど、手加減無さすぎでしょ。
「そ、そうですか。でも、仮に貰うとしたらどのくらい……」
「そうねぇ。金貨一万枚くらいは貰ってもいいかしら」
「い、一万!」
「国が金持ちになった時の出世払いでいいわ。利子も取らないわ」
「ハハハ。ではその時が来るのなら」
冷や汗をかきながら笑ってごまかす。
完全に藪蛇だったかもしれない。
2020/8/2 リニューアルしました。
2023/4/14 微修正