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転生王子  作者: 弓師啓史
2/37

2 アンデッドの砦と政治

 ダナとオーベを使うようになって数日後。


 更に三つの拠点を解放し、勢いに乗ってきた。

 正直言ってダナが強力な魔法をぶっ放してしまえば魔物の拠点は落ちた。

 後は金目の物を回収して皆で山分けするだけなので、一緒に来た冒険者たちは大して働きもしないで小金持ちになっている。

「冒険者が大金を稼いでいる」

 といううわさが広がり、それを聞いて冒険者が多くなったようだ。

 ギルドに入ると、前の暇な雰囲気が嘘のような活気に満ち溢れていた。

「王子様おはようございます」

 親爺が慌てて挨拶する。

 冒険者たちも、俺を見たら杯を上げる。

 今日も魔物拠点解放の冒険任務を出すつもりだったが、貼り紙ではなく、冒険者の一本釣りで行う。

 もちろん、冒険者たちも心得ているのか、俺を期待の目で見るのだった。

 ざっと見たところ、ダナはいない。オーベはいる。

「オーベさん。ダナさんはいないのかい」

「ああ、ダナは消えたよ。いつものことだ」

「消えた?」

「彼女はテレポートの魔術が使える。大陸中、好きな時に好きなところへ行ける。……まあ、何か制約はあるらしいが。そんな魔術を使えるのは俺の知り合いでは、彼女だけだ。ダナはいつも通り、何かの用事でどこかに消えて、また何となく帰ってくる」

 肩をすくめるオーベ。

「あの人がそんな術を使えるなら、好き放題ふらふらできますね」

 苦笑する。距離が彼女を縛ることはないのだろう。

 人々はどよめく。俺たちの会話に耳を澄ませていたのだ。

「あのダナはテレポートが使えるってよ」「マジか? 嘘だろ、神話の話じゃないか」「四十年修業した俺の師匠ですらできない術だ」

 ひそひそ話し合う小声が聞こえてくる。

「ところで、王子、今日はどんな任務なんだ」

「ええっと、今日は南方への道を扼する『骸骨砦』の破壊かな」

「そこはスケルトンとゾンビの場所じゃないか。弓はあまり効かない。俺は遠慮しておく」

 オーベは首を振る

 ロムはいつもながら参加するが、オーベは気乗りではない。

 結局、今回は新人冒険者たちから志願を募ることにした。

「参加者は金貨一枚。任務完了で三枚。合計四枚だ。戦利品は半分が国庫へ、半分は冒険者で山分けになる」

 親爺が概要を伝える。

 金貨単位での話となると、色めき立つ連中が増える。

 結果、十人の冒険者が集まった。

 隠密一人、戦士が八人。魔法使いが一人。

 魔法使いは、小エルフという聞いたこともない種族で、見た感じは幼女にしか見えない。名はコレット。

 他は地元出身の人間ばかりである。士気は高い。

「わ……わたし、コレット」

 もじもじしながら自己紹介するとても可愛い女の子だった。

「ええっと、まだ子供だよね。パパとママはいないの?」

 首を振る少女。

「もういないの。私、大人だから」

「どう見てもそう見えないよ」

「私、小エルフ族なの。もう三十歳だから立派な大人なの」

「へぇー。それは失礼しました。じゃあ、冒険に出られる技能はあるんだね」

「炎の魔法が得意なの」

「ファイアーボールとか?」

 首を振るコレット。

「それは高度過ぎるから……ファイアーアローとファイアーエレメンタルが得意よ」

「おお、エレメンタルか、あの巨大さなら……」

 俺は以前ダナが呼んだ土の巨人を思い出す。

「一抱えくらいの炎の塊です」

「エレメンタルって、巨大なものだろ。以前ダナが呼んだの見たけど」

 首を振るコレット。

「ダナさんは桁違いの魔力だから……私は凄く小さいのしか呼べない」

「やっぱり、人によるんだ……」

 それでも術者は貴重なので、彼女には来てもらう。

 早速冒険者たちと出撃したかったのだが、人間たちの装備はあまりに貧弱過ぎた。

 彼らは基本的に下級の士族の次男三男であり、自作農との中間ぐらいに位置する中途半端な存在。出世する機会が無かったら、このままずるずると貧農という身分になってしまう連中なのだ。

 当然、まともな装備は持っておらず、棍棒・斧、粗末な盾くらい。

 鎧を着ている者は皆無という状況。

 コレットは魔法使いで、彼女だけは何らかの魔法がかかったローブを身にまとい、魔法の杖を持っている。新人の装備は彼女が一番まともだった。

「これでは死にに行くようなものだな……」

「質屋にオークの鎧を借りに行こう」

 ロムがつぶやく。

「売った鎧を借りるなんてできるのか?」

「売れてない鎧は、貸してくれる」

 ぼそぼそロムはいう。

 俺は、彼らを誘い、質屋に向かう。

 ロムのいう通り、質屋ではレンタルも可能だった。

「オークの鎧は、見ての通り、野蛮な雰囲気ですから、あまり高くは売れないし売れ残るんですよね。いっそのこと買い取ってくれませんか」

 質屋の親爺が顔をてからせながらいう。

 これは事実で、無駄の多い作りだった。連中は加工技術が未熟なのだ。

 臭いもキツイ。

「壊れたら弁償するけど、買取はちょっと……彼らが個人的に買い取るのを期待するしかないよ」

「はぁ、わかりました」

 結局、俺はレンタル費用を少し値切って、金貨五枚で話をつける。

 ちなみに、俺は女王から装備の貧弱さを指摘されて、皮鎧に金属板を張り付けたラメラーアーマーを着ている。王宮に眠っていた古臭い一品だった。

 もちろん、儀仗用にもっとぜいたくで強力な鎧もあるのだが、重すぎて嫌だった。

 鎧を全員身に付けて、出発となる。荷馬車は、結局、一台買ったので、徒歩の彼らを乗せて向かうことになった。


 道すがら、雇った冒険者の一人、一番若い少年と話をする。

 少年はミリアといい、少女のような可愛らしい少年だった。

「王子様、鎧をありがとうございます。命がけて働きますよ」

 ニコニコ笑う少年。

「君は幾つなの?」

 いくらなんでも幼い雰囲気だったので、思わず聞いてしまう。

「じゅ、十八歳です」

 正直言って嘘のように感じる。しかし、突っ込まなかった。志願兵を退ける余裕はない。

「出身は?」

「東平原のトーリ村です」

「あのあたりは、ゲーマン公の土地じゃないかな? 自由農民ではないだろ?」

 ゲーマン公は農奴制の支持者なので彼の土地に自由農民はいない。

「えっと、あの、士族です」

 これも嘘だろう。かなり焦ってる雰囲気だった。

「君が何者でも僕は構わないよ。君が勇敢に敵と戦うなら出自なんてどうでもいい。成果を出せば、僕は君の味方だし、褒美も出すよ」

 彼が余計な心配をせずに、任務に集中してくれることが大事だった。

「はい!」

 ミリアは顔を赤らめて力強く返事する。


 昼前に砦が見える位置まで来る。まずは食事だろう。彼らにはしっかり食べてもらって、戦に備えてほしい。

 火を起こすと敵に察知されかねないので、硬いパンとチーズ、水を配って食べてもらう。

 俺から見ると、これほどまずい食事はないが、ミリアはおいしそうに食べる。

「ミリアさん、これ」

 コレットが美少年にパンを半分にして渡す。

「あ、ありがとう。コレットさん。しかし、それは君の分だろう」

「私、こんなに食べられない……」

 コレットが可愛く首を振る。

 コレットは何をしてもキュートすぎた。

 美少年と美幼女。

 何という、微笑ましい光景なのだ! 

 俺は猛烈に感動した!

「王子」

 突然、冒険者の一人に話しかけられる。

「何だ」

「ミリアの奴、多分、逃亡農奴ですよ。あいつを可愛がったら、後々面倒が起きると思いますよ」

 そこそこイケメンの二十代後半の男。確か名前はイーサン。

「御忠告ありがとう。今後の参考にするよ」

 つまらないことをいう奴だと思ったが、余計なことはいわないことにした。彼なりの親切心かもしれない。或いは功名心。多分、嫉妬だろう。

 しかし、今はミリアの過去はどうでもいい話だった。

 食事を終えた頃、モフオが現れる。砦の偵察に行かせていたのだ。

「ご主人様、砦にはおおむね二十のスケルトン、二十のゾンビ。人間が一人います。

「人間?」

「凄い目つきの悪い、顔色も悪いおっさんでした。魔法使い風です」

「アンデッドどもはそいつが増やしたという事なのか……ところで、この世界のゾンビは増殖するのか? 噛まれた奴もゾンビになるようなことだ」

 俺はモフオに問う

「私の知る限り、聞いたことがありません。普通は魔法とか魔物の呪いとかで死人がアンデットになります」

「つまり、某人気海外ドラマルールはないんだな」

「海外ドラマ?」

「ああ、いや、何でもない。忘れてくれ」

 噛まれたら感染してゾンビになるとか、そういう設定はないらしい。それは、多少安心な話ではあるが、危険であることに変わりがない。

「武装はどんな感じだ」

「スケルトンは剣と盾。ゾンビは廃材で作った棍棒を持ってます」

 爪噛み付きだけだと、皮鎧で防げそうだったが、ゾンビは武装しているらしい。これはあまりうれしくない話だった。

 スケルトンは、予想通りだが。

「フム、どうやって攻めるか」

 俺は砦を眺める。

 小さな丘の上に壁が立ち並び、円形の砦を形成している。

 昔にごく初期の入植者が作った基地だというが、今は放棄されている。

 かなりボロボロだが、壁は立っており、簡単に入れる場所はない。

 真っ直ぐ突っ込んだら、アンデッドが兵士のように有機的に防衛してくるとは考え難い。しかし、障害を乗り越えている間にどのような妨害や被害が発生するか……人間が指揮しているなら、当然何かの罠はあるはずだ。

 ふと、視線を左手に向けると、小さな村落があった。

「あの村で何か情報が得られるかもしれないな」

 俺はロムに声をかける

「……」

「あのー王子様。僕が行って聞いてきましょうか?」

 ミリアが恐る恐る話しかけてくる。

「フム、いい考えだな。僕も行こう」

 積極性を見せたミリア、ついでにイーサン。俺とコレットで行く。ロムは不測の事態に備えて残す事にする。


 村はランプ村という。

 村に入ると、突然の旅人に少し驚いているようだが、俺が身分を明かすと、歓迎する空気になる。

 あれ? 俺って意外と人気あるのかな。

「これはこれは、王子様。各地の魔物を退治されていると聞いて、里人達も喜んでおります」

 年老いた村長はしわしわの顔をさらに皺だらけにして笑顔を見せてくれる。

「ならば話が早いな。僕たちは今あの『骸骨砦』を掃討しようとしている。何か気が付いたことがあったら教えてくれ」

「おお! 流石王子様。これはありがたい。私たちが魔物に苦しんでいることに気を掛ける貴人はおりませんでしたから……」

 老人の目に涙が光っている。

「あまり大きな期待をされても困るよ。僕の兵は少ないからね」

 ちょっと苦笑する。

「そのお気持ちだけでもうれしいのですよ」

 そのような会話をしつつ、仲間たちも村人と積極的に交渉し、情報を集めている。

 言葉足らずのコレットでさえ交渉は上手くいっている。彼女の愛らしさに、村人もほだされるのか、彼女が聞きもしないことをいろいろと教えてくれるようだ。

 一時間程の交渉で、

「あの『骸骨砦』は以前からアンデッドの住処だったらしいですが、最近、妖術師が入り込んで積極的な悪さをするようになったようです。村に時々脅迫を送ってくるみたいですよ。食料をよこせとか」

 イーサンの情報。

「倒せそうな隊商を選んで襲ってるみたいですね。スケルトンが素早く動いて道をふさいで、ゾンビが背後に回り込む。包囲したところで妖術師が降伏を迫るそうです」

 ミリアは交渉が上手で村人は嬉しそうに彼に情報を教えていた。

「砦の南が崩れていて、入れるんだって。村の子犬が迷い込んだことがあるって」

 コレットの可愛い報告。

 皆、それなりに有用な情報を取ってくれた。

「ありがとう、良い情報ばかりだよ」


 これらの情報から、一つの作戦を立てる。

 小規模な隊商を装い、空の荷物を積んだ荷馬車に兵を隠しておく。奴らが現れたら、荷馬車から飛び出して倒す。

 俺とロムは乱戦開始になったら、騎乗突撃をして援軍に駆け付ける。という算段である。

 とにかく、術者が現れたら、最優先で倒す。


 翌日。

 馬車に空の樽や木の板を立てて、荷物が満載されているかのように装う。

 中には兵を仕込む。

 商人役はイーサン。娘役コレット。護衛役二人がサイドに着く。騎乗の俺とロムは遠くから監視。他は荷馬車の中である。クロスボウを三丁用意している。

 正午ごろ、隊商はゆっくり砦に近づいていく。通り過ぎようとしたとき、突然、砦の門が開き、スケルトンが身軽な動きで現れ、前をふさぐ。

 ゆっくりと、ローブの男が現れる。

 何かいっているが聞こえない。

 そして、突然何かが光り、男は腹を抱える。矢が刺さったのだ。

 荷馬車から兵が湧きだし、スケルトンと戦を始める。

 スケルトンの動きは鈍い。命令する男が必死に這いずって逃げているからだ。

「ロム、行こう!」

 俺とロムは動物に乗ると全力で駆け始める。

 見ていると、スケルトンは襲われると反撃するが、攻撃しないと襲ってこないような雰囲気がある。術師が命令しないと何もできないのだ。

「術師は死んでいない。骨は全部倒す」

 ロムの発言。

 彼の意見は正しいだろう。

 俺は駆け抜けざま、スケルトンの首をはねる……つもりだったが、古い兜に弾かれて、細剣は見事根元から折れてしまう。

「うわっ、とうとう折れたよ!」

 見ると、ロムはギザギザ斧で縦横無人の活躍をしている。斧だけではない。あの巨大犬もスケルトンを踏みつぶして、頭を齧って噛み砕く。

「バリ、バリ! モグモグ」

 食っとるやないか!

 危なげなく、スケルトンはほぼ全滅した。

 新人冒険者軍団もぎこちなくて動きが鈍くなったスケルトンに負けることはなかった。が、若干のけが人は出た。

「よくも騙したな! 奴らを殺せ!」

 多少回復した妖術師が怒り狂ってゾンビ軍団をけしかける。

 ゾンビはのろい動きだが、着実に迫ってくる。

 最悪の悪臭と、おぞましい姿。

 俺も新人冒険者も、思わず後ずさりする。

「出でよ! ファイアーエレメンタル!」

 コレットが叫ぶと、空中に炎の塊が出現して、ゾンビを二体ほど焼く。

 ゾンビは燃え上がると数歩歩いて膝をつく。

「糞、生意気な小娘め!」

 妖術師は何かの術を撃つために不気味なエネルギーを空中に集める。しかし、

「魔力消去!」

 コレットが再び叫ぶと、妖術師の術は霧散してしまう。

「……」

 ロムが無言で突撃を開始する。

「今だ! 敵の術は消えた。恐れるな諸君!」

 俺は高らかに叫ぶ。もちろん、一番ビビっていたのは俺だったが、必死に勇敢な振りをする。

 冒険者たちは勇気を奮い起こすと、突撃を開始する。

 ぐしゃ! ぼき!

 鈍器や刃物がゾンビの腐った体を叩き潰す音が響き渡る。

 妖術師は更なる術を撃とうとしたが、クロスボウの太矢がもう一本太腿に刺さって、動けなくなった。

 イーサンが荷馬車から拾って発射したのだ。

「ファイアーアロー!」

 コレットの炎の矢が妖術師を炎上させる。

「グオー!」

 男は断末魔の悲鳴を上げて倒れ、すぐに動かなくなる。おぞましい死に方だが、数々の悪事を行ったやつだ。同情はできない。

 ゾンビは頑丈でなかなか倒せないが、戦闘不能にするのはそれほど難しくなかった。

 膝を砕き、手や顎を潰せば無害にできる。

 ウンザリするような作業だったが、皆でやり遂げた。

「みんな、よくやってくれた。戦利品を回収して、ここを片付けよう」

 軽く歓声が上がる。


 砦を探ると、隊商から奪った財産、積み荷、食料、武器などが大量にある。

 冒険者たちに武具を配り、オークの皮鎧は回収した。

 彼らは好みの武装になって、満足気である。

 簡単ではあるが、武具は高価なので、それを彼らの報酬という形にした。

 他の物は首都で現金に換えて、次の冒険の資金にする。もちろん、武具で貰わない人の報酬にもなるが。

 アンデッドの「死体」は集めて廃材と一緒に燃やすことになる。

「王子……これを見てくれ」

 ロムがいくつかの品を見せる。どうやら、妖術師が持っていたものらしい。燃えずに残っていたものだ。

 片刃の長ナイフ。かなり長い。俺の剣より少し短い程度の長さだ。後、指輪。

「どちらも少し魔力がありますよ」

 モフオが魔力を見る。

「呪われてる可能性はあるよね」

「ゼロではないだろう」

 モフオは興味なさげに答える

「鑑定してあげる」

 コレットの可愛い提案。

「君はそんな能力もあるんだね。頼むよ、流石エルフだ」

 コレットはしばらく、何かの術を詠唱していたが、やがて、

「剣は『塩の剣』です。傷口に塩を塗り込んだような痛みが走る恐ろしい剣です。指輪は防御の指輪。あまりわかり難いですけど、何となく身を守ってくれるものです」

 剣と指輪は俺が貰う事にする。魔法の物品は非常に高価なものなので、ガルディアの首都で売るのは難しいだろう。引き取れる規模の店がない。

「指輪は……自分が嵌めるよ。剣は、ロム、君が持っていてくれ」

 ロムは首を振る。

「王子は腰の剣が無くなったのだから、その剣を持つべき」

「僕はあまり強くないからね。良い剣を持つ資格はないよ」

 苦笑いする。ここ最近、自分で敵を倒した記憶がない。

「王子は良い武器を持っていないとだめだ」

 ロム。かなり頑固な男なのだ。

「そこまでいうなら貰うよ。じゃあ、魔法の武器を国が貰うのだから、一般物は全部冒険者で山分けしてくれ。これでも半分という約束は果たせないだろうけどね」

 冒険者たちは報酬が大きく増えたので大喜びだった。

 俺たちは、この砦に『国有地』の看板を立てて帰還する。

 出る前に、

「ミリア、ランプ村の人たちに、ここが安全になったと知らせてくれ」

「はい!」

 やはり、可愛い少年だった。逃亡農奴だとしても、守ってやりたい。




 数日後、

 新しい土地の帰属を話し合うために、王宮に呼ばれる。

 宮廷には、ミランダ女王、ゲーマン公、リディア、エクセレス教団の祭司長などが座っている。この国の大物が集まっていた。

 エクセレス教団は治癒の女神エクセレスを信奉する非常に人気のある宗教で、この国でも半分の人間が信じているという。

 よく見ると、あまり見かけない身分の低い騎士たちも数人いる。

 尚、ミランダ王妃は仮の女王として即位している。ゲーマンもリディアも賛成したという。仮なので即位式は非常に簡略なものだった。

「王子、あなたが王国を拡大していることについて、非常にうれしく誇りに思っております」

 ミランダ女王の威厳ある言葉。

「あり難きお言葉。感謝申し上げます」

 俺はぎこちなく、頭を下げる。シフが横に居て、言葉や、頭を下げるタイミングなどをこっそり教えてくれる。

「王子の人が変わったような大活躍は、叔父として私も鼻が高い。しかし、同時に問題も起きております。土地の帰属問題ですな」

 ゲーマン公、普通にしゃべっていても若干イラッと来る顔だった。

「帰属? 私が開放した土地は王国に帰属すると聞いておりますが」

 俺は思わず声をあげる。

「王子、そこは単純な話ではないのです。王子が開放したうち二地点は前からそこの騎士卿たちが領有を主張していた土地なのです」

 ニヤリとゲーマンが笑う。

 場所としては、『水車小屋』と『骸骨砦』になる。

 特に『水車小屋』は首都の東側にあり、ゲーマンの領地の近くだから、手に入れたいのだろう。自分は手を汚さず、汚い奴だ。

 何もしなかった奴らに、ただでやる道理はないと思う。

 俺は極力抵抗することにした。

「『水車小屋』にはオーク。『骸骨砦』には妖術師。自然発生したわけではなく、どこかから忍び込んで住み着いた連中です。領土を主張なさるのなら、なぜ、治安を維持しなかったのか。私には放棄していたとしか思えません」

「私達は先王の認可を得ています。この手紙を見てください、王子」

 騎士の一人が二通の手紙を見せる。シフが小声で教えてくれたことは、その辺りの地域の大まかな領有を認める内容だという。俺もざっと目を通す。

「確かに、先王の手紙のようですが、具体的な場所まで書かれているわけではないので証拠にはならな……」

「王子! 見苦しいですぞ。あなたの父が許可を与えたことなのです。彼らに土地を渡すべきです!」

 ゲーマンが突然怒鳴りだす。

「魔物の地を解放した場合、その土地は国有地になるという法令を無視するのですか」

 俺はもちろん食い下がる。

 ゲーマンの子飼いが拡大するために働く気なんてなかった。

「二人とも、落ち着きなさい」

 女王の叱責。気まずくなって黙る。

「この件は双方に理がありますから、私が裁定を下します」

「女王陛下。『骸骨砦』はアンデッドによって汚された土地。騎士殿のお住まいには適さぬと存じます。我がエクセレスの教会を立てて、浄化されてはいかがでしょうか。微力ながら、ガルディア国の発展に協力申し上げますぞ」

 司祭長の老人。

 土地が欲しい第三勢力の登場だった。

 ゲーマンは野心満々な上に、俺や女王を見下している雰囲気があり、前から気に入らなかったが、この司祭長は味方にしておいて損はないかもしれない。

「司祭長殿に土地をお任せするなら、僕は異存有りません」

「王子が納得しているのなら、『骸骨砦』はそのようにするのが良いと思います。反対の者はおりませんか」

 女王が問うても、ゲーマンも黙っている。

 騎士の一人が、聞こえるような舌打ちをしただけだった。

 

 そこからは長い話し合いが行われた。

 まだ、人が住んでいないとはいえ、誰もが、自分の土地にしたいのだ。 

 また、国家も自力で開発するほど余力も多くない。

 結局、誰かに引き渡して、開発を依頼するという形になるようだった。

 俺、あるいは、他の人間が魔物の土地を解放した場合、大まかに東側はゲ―マン公、南はリディア。北と西は女王(と俺)が領有するという取り決めになった。帰属の怪しいところはエクセレスを代表する宗教勢力も入れるという事に。

 宗教勢力はその代わり、冒険司祭を冒険者ギルドに所属させるという約束も行われた。

 これは大いに助かる話だった。

 怪我人は必ず出るので、治療者が要るのは目に見えていたからだ。

 戦略的に見て、北と西側は最も広大ではあるが、最も開発が遅れており旨味が少ない、ゲーマンとリディアは欲の皮が突っ張っている分、あっさり了承した。

 同時に、国難ともいえる、『魔物の巣』についての懸賞金も話し合われた。

 国家の癌である『魔物の巣』は東西北にある。

 昔は南にもあったが、先王の代で破却されている。東は『オーク要塞』、北は『吸血鬼の森』、西は『港』。

 東の『オーク要塞』はゲーマン公の軍と常に睨み合いをやっている。あまり動きが活発ではないが、食料が無くなると、村落を襲いに動くという。

 ゲーマンは彼らと戦うのは愚行と考え、農民が死ぬのを放置しているという。現状維持ができたらいいという考えである。

 北は『吸血鬼の森』。レイド王国との国境地帯に広がる森であり、この森のために街道は大きく迂回している。主の大吸血鬼は既に百年以上姿を見せていないが、アンデッドを中心に、定期的に森から湧き出している。この国が発展しない最大の要因である。しかし、同時に、レイド王国が攻めてこない理由でもあるので、痛しかゆしといったところではある。

 西の『港』。海賊が住処としているというが、最も情報がない。海経由で魔物や賊が上陸する玄関口だといわれている。

 これらの『巣』を解放し、ガルディアに帰属させた人物は、金貨と貴族への取り立てなどが決定された。

 話し合いは数日行われ、一応、俺としては納得いく形になった。

「ふぅ。ようやく解放されるか……」

 つまらない話し合いが終わり、城壁から外を眺めていると、突然、声をかけられる。

「あんた、一体誰だい?」

 ぎょっとしてふりむく。

 後ろに、リディアが居た。

 夕日が照らす午後。宮廷も終わる時間だった。

「あ、姉上」

「姉上……本当にあんた、あの弟だろうな? 私には全くそうと思えないのだ」

 目つきが鋭い。

 この会議までははっきり知らなかったが、リディアは武功が多く、先王の時代に女伯爵として封土まで貰っている。

 南方軍団の指揮官なのだ。クリスとはかなり年も違う。

「……」

 俺は無言。何をいってもぼろが出るだろう。

「フフ。警戒しなさんなっての。あんたが何者でもいい。あのぼんくらのクリスお坊ちゃんが、多少なりともまともになるならね。どうせ私は母親が身分も低いし、女王に成れる可能性はない。あんたが国を背負って立つのは決まってる。それが、昔のクリスのままだったら、絶対国は亡ぶだろう。私も焦っていたんだよ。ガルディアに未来はないってね」

「……」

「ところが、今や冒険者を使って、領土を広げ、国の会議にも参加して、あんたを支持する人間も増えている。この国の未来も多少が希望が見えてきた」

「……俺をどうしたいんだ……」

 思わず、仮面をかぶらない声を出してしまう。

「おや。やっぱりね。でも、心配しないで。私はあんたを支持するよ。あんたが国を発展させる限り。応援もする。でも、一つ忠告しておくよ。あのゲーマンは絶対諦めない。奴は何が何でも国王になりたいのさ。奴はいづれ立つ」

「ゲーマン公が謀反を……」

「オイオイ。そんな滅多なことを口にする物じゃないよ。でも、私はその時どちらに味方するか……私からしたら、私の権益を守ってくれるのならどちらでもいいのさ。要はあんたと女王が今のまま弱いのなら……ふふふ。後はいわなくてもわかるだろ」

 怪しい笑みを浮かべるリディア。

 不快な人間だが、それでも顔だけは美しい。

「僕、は……冒険者もいるから」

 辛うじて声が出る。確かに、俺に戦える手ごまはない。

「冒険者、ね。あいつらはいくら優秀でも金で動くだけの連中よ。あてになるのかしら。それと、ダナっていう女魔法使い。あれを当てにしてるならあきらめた方がいいわよ」

「……」

「あんな恐ろしい女があんたの手ごまだったら、ゲーマンは負けるわ。でも、あいつは陰謀だけは得意なの。絶対何かしてくる。それも、わからないようによ。気を付けてといっても、多分無理。ダナは最低でもあなたの元にはいられなくなる」

「まさか、どうやって。あの人は人間のことなんて眼中にないよ」

「蛇の道は蛇よ」

 それ以上のことは、リディアからは聞けそうにもなかった。

 というか、これだけ教えてくれただけでも感謝すべきなのだろう。

 やはり、冒険だけやってたら上手くいくというものではないのだ。


 王子という職業には政治や政敵という致命的なものが必ずついて来るのだった。




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2020/7/26 文章リニューアルしました。

2023/4/14 微修正 説明を追加

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