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転生王子  作者: 弓師啓史
1/37

1 発端と冒険  周辺図有り

挿絵(By みてみん)



 突然目覚めた。

 ここはどこだ。

 土の匂いがする。

 辺りを見回すと、薄暗い夕方、泥の地面。

 頭がくらくらする。

 体を見ると薄い白いドレスのような服に、サンダル。

 俺はこんな服は持っていない、それに女物の服だ。

「いてて、頭が割れる」

 俺はうめき声を上げる。

 一体何なのだ。頭ががんがんと鐘でもなっているような感覚に襲われる。

 意識が遠のいていく。

 泥の中に倒れ込んでいるが、そんなことを気にする余裕もなかった。


 次に目を覚ました時は、多少硬いようだが、快適なベットに寝ていた。

 頭に手をやると、ぐるぐると包帯が巻かれている。

 俺は頭に大怪我を負ったようだった。

 右目だけ開くことができる。

 手を見ると、白くて細長い指をしている。なんだか見慣れない、自分の手ではないようだが……、

「お目覚めですか、ご主人様」

 落ち着いた低い声、女性の声だ。

 どうにか少し起き上がってそちらを見ると、黒い衣装とエプロンをつけた二十代後半くらいの外国人の女性が立っている。褐色の肌、かなりの美人だ。見た感じはメイドさんといったところか。

「あの……ここは、それに俺は……」

 思い出せない。

 俺が日本人で「~尚一」という名前だけは思い出せる。

 記憶に大きな欠落があるようだ。

「あ、起き上がってはダメです。いま、食事をお持ちいたしますね」

 彼女は日本語ではない何か言語を喋ったようだが、俺には意味が理解できた。あまりに不思議だ。

 それにここはどこだ。

 ベッドには天蓋があり、まるで、中世舞台の映画やドラマのような代物である。部屋も壁は石、棚は木製だが素朴な手作りのようだ。

 しばらく待つと、褐色のメイドが食事を運んでくる。ドロドロの粥のようなもの。

「ここは、どこなんだ」

「どこって、王宮ですよ。王子様」

 美しい顔を笑顔にする彼女。

「王宮? 王子様!?」

 彼女は俺の反応に不思議そうな顔をする。

「ここはあなたの部屋ですよ。思い出せないのですか」

 俺はうなずく。

「全く思い出せないんだ。ここがどこで、僕が誰で、君が誰なのか……」

 激しい頭痛が襲う。額を抑える。

「まあ、何という事でしょう……」

 彼女は慌てて、医者を呼びに行く。

 これからが大変だった。

 俺は医者から何度も質問を受ける。

 でっぷり太った男だった。

 見たこともない衣装を身にまとい、どう見ても日本人ではないのだけは確かだった。俺がここで日本人の少年だとばれたら、何か不利益があるかもしれない。

 嫌な予感が頭をかすめ、俺は医者の質問に、ほとんどすべて知らぬ存ぜずを通す。

「うーむ。これは、世にも珍しい症状ですが。記憶喪失に相違ありません」

 中年のデブこと、宮廷医師は断言する。

「そんな……クリスは、一体、これから、どのようにすれば元に戻るのですか」

 心配そうに手をもみながら、一人の女性が医者の説明を聞いている。

 彼女は、ミランダ王妃というらしい。俺の母だという。非常に美しい三十代くらいの女性で、銀色に光る髪。ピンク色のドレスを着用している。

「うーむ。難しいですね。記憶喪失というのは突然次の瞬間には治るかもしれませんが、一生治らないかもしれません。手立てがないのです。魔法で心は治せませんから。これはお手上げですね」

「ああ、何ということ!!」

 ミランダは高貴な女性がするような立ち眩みを起こす。

 慌てて先ほどのメイドが彼女を支える。

「王妃、お気を確かに!」

「ありがとう、シフ。あなただけが頼りよ。王が亡くなり、王子のクリスまでこのような……」

「王妃。王子は頭のお怪我が治っておりませんわ。お怪我が治れば、記憶も回復するかもしれません。記憶は少しづつ治ると聞いたことがあります」

 シフと呼ばれるメイドさんはよく見ると耳が少しとがっている。

「おお、そうですね。シフ。ドクター、シフの意見をどう思います」

「はい、王妃。そのような可能性は確かに存在します。慌てず、王子の回復の様子を観察されるべきかと」


 彼らの話は続いた。

 どうやら、俺の記憶が怪我とともに回復する可能性に賭けるらしい。魔法での治療は記憶を妨げるなどといっている。

 魔法?

 中世の人間なら、そう考えるかもしれないが。彼らの口ぶりからは現実の力として存在しているような雰囲気だった。

 もし、ここが、人を騙す壮大なセットでないとするなら、もしかしたら……、


 俺は異世界に来ている!

 しかも、王子様!


 ここは中世のようだが、数日間ベットに寝ころびながら得た情報を整理すると。

 一、ここはガルディアという小国家である。

 二、王妃はミランダ。メイドというか侍女はシフ。他に見る人間は鎧を着た兵士、武装は剣とか槍とか。

 三、鏡を見る機会があった。俺は俺ではなかった。王妃と同じ白銀の髪を持った少年。かなり美少年といえるだろう。

 四、最初の記憶の詳細は不明。女物っぽいドレスは今は着ていない。パジャマ的なものを着せられている。

 五、自分の性は思い出せない。前の殆ど記憶がない。日本という国で生まれ、「尚一」という名前だったのだけは覚えている。学生だった。覚えているのはこれだけ。自分の顔をなんとなく覚えているが、東洋人の顔だった。今の顔は別人である。


 三日ほどでふらふらと歩けるようになったので、俺は情報を集めるべく、王宮を探索することにした。

 まず最初に分かったことは、ここが本当に王宮であり、大がかりな人を騙すためのセットではないという事だった。

 王宮には大きな塔がそびえ、俺はそこに上って、あたりを見渡す。

 朝日の中、眼下に広がるのは、五千人くらいの小さな街。大きな街壁で囲まれた中にみすぼらしい建物群。

 街壁と王宮の建物は立派だった。現代日本でも作るのは大変だろう。

 街の規模とちぐはぐな感じはする。

 北は平原と森、遠くに山地、南は川と平原と山地。東は平原がありその先には巨大な山脈。西には平原が広がり、その先には海が見える。

 何となくだが、農地はあまり広くないように感じた。平原は原野のまま放置されている。

 ひゅーと風が吹き。俺の体温を奪う。

 ぶるっと震える。

「おい、クリス。何か思い出したか」

 突然話しかけられる。

 若い女の声だ。

 振り返ると、真鍮の簡単な鎧を身に付けた女がいる。

 背は高く、赤い豊かな髪。メリハリの効いた肉体。胸と腰に鎧をつけているが、他の部分は肌を出している。思わず目のやり場に困る。

「……ふん? どうしたんだい。クリス。あんた。本当に記憶がないんだな」

「あ、ええっと、ごめんなさい。思い出せないのです。あなたはどのような方なのですか」

 俺は極力丁寧に聞く。

 見た感じどう見ても乱暴者の女なので。

「オイオイ! 実の姉を忘れるとはいい度胸じゃないか!」

 言葉だけ聞くと怒っているようだが、顔はにんまりとしている。

「ごめんなさい。全く思い出せないのです」

 俺はなるべく哀れっぽくいう。

「はぁー。しゃぁねぇなぁ。私の名はリディア。あんたの実の姉だよ。母は違うけどな。庶子って奴だ」

 肩をすくめていうリディア。

「ごめんなさい。思い出せなくて……」

「もういいよ、一々謝るなっての」

「……」

「ところで、あんた、見つかった時、女装してたんだってな。前から思ってたけど、あんた男の方が好きなんだろ?」

 綺麗な顔を満面のにやにや顔に変えていう。

 俺はプルプル首を振る。

 同性愛の趣味はないし、女装癖もない。

「あれ、おかしいなぁ。あんた、男の恋人居ただろ。クレイモンとかいう奴」

「はぁ!?」

 思わず大声が出る俺。

「ボ、僕には。そんな趣味はありません。いたってノンケです」

「ノンケはゲイ用語だろ」

「違います! 僕は女性が大好きです」

「キヒヒ、必死に否定するのがますます怪しい。キヒヒ」

 更にいい返そうとするが、そこで、

「リディア! クリスがそこにいるのね!」

 ミランダ王妃の声が聞こえる。

「ち、邪魔が入ったわ」

 忌々し気につぶやくリディア。

 王妃が塔に上って来る。

「リディア、あなたがクリスを連れだしたの?」

「違うよ、母上。あなたのクリスがふらふらで歩いていたから、少しからかっただけさ」

 とても面倒くさそうに答える

「クリス。あなたはまだ回復していないわ。大人しく寝ていなさい」

「は……母上」

 母上というだけで、かなり勇気が要った。

 全く知らない人、しかも別人種なのだ。

「何かしら?」

 リディアに向ける厳しい目とは違い、ミランダの目は優しくなる。少しその優しさに胸が痛くなる俺だった。

「少しでも早く思い出したいんです。色々なことを。だから、ガルディアのことをもう一度誰かに教えてほしいのです」

「え、それって、勉強したいってこと!?」

 非常にびっくりしたような顔でリディア。

「え、ええ。それはすごく良いことよ。すぐに先生をお呼びしますわ」

 ミランダも驚いている。なんでや! 勉強したいといっただけや!

「ああ、その。記憶を取り戻したいので……」

 もごもごと俺はいう。

「母上。これはマジでヤバくない? クリスが勉強したいとか、生まれてこの方一度もいったことないよね」

「そ、そんなことないわ。それより、ここは寒いわ。部屋に戻ってなさい。先生はすぐにお呼びしますわ」

 ミランダはそういうと、さっさと塔を降りてしまう。

 俺は内心舌打ちする。どうやら、このクリス王子様は勉強嫌いのぼんくらだったようだ。

 いったことを元に戻すのも変だったし、それに、知識を得る機会を失いたくもなかった。「記憶喪失」「少しおかしくなった」これで通してどうにかごまかすとしよう。




 自室に戻って昼食を取った後、教師はやってきた。

 教師の名前はケイレブ、ゆったりとしたローブを着たさえないおっさんである。

「クリス王子。記憶をすべて失われたとお聞きしました……はぁ。今まで教えたことも全部消えたのですよね」

「はい。ごめんなさい。もう一度教えてください」

 ケイレブの顔が驚愕に歪む。

「今何と仰られた!」

「え? もう一度教えてください……」

「何という事だ。王子様がまさか勉強に意欲を見出されるとは。このケイレブ、今、猛烈に感動しております! う、うう」

「いや、あの、一々そんなことで泣かなくても……」

「いいえ、このケイレブは泣いておりません。これは心の汗です。今、感動の渦が私の心に活動を促し、涙という形であふれているのです」

 なんか、よくわからん人や。

「と、とりあえず、感動は今は置いておいてですね、ガルディアの地理と周辺国のことをお願いします」

「は、はい。わかりました。申し訳ございません。王子様にはすでに十六回同じことをレクチャーしたのですが、もう一度繰り返します。お聞きください。まずこのガルディアは首都ガルディアを中心にした国家であり……」

 ケイレブの説明では次のことが分かった。

 一、ガルディアは人口十万くらいの小国家。

 二、神聖平原という巨大な大地の西のほとりにある。平原の北は中原と呼ばれる地域で先進国家がある。

 三、ガルディアの北にはレイド王国、南にはガンド子爵、ホーリー自治領という小国家がある。東には新興の大国アーロン王国があるが、山脈と荒野に隔てられている。

 四、王国に広がる東西南北の平原、レイド王国との間にある森と山地、東の白鱗山脈、全て魔物の跳梁跋扈する土地で耕作地は非常に狭い

 五、西に見える海も港の廃墟が魔物の住処なので手が出ない。

 六、白鱗山脈から、定期的にオークの軍勢がやってきて、略奪される。

「気のせいか、物凄く詰んでる感じ……ガルディアは。先生、我が国の外交はいかがなのです。もちろん、隣国と助け合ったりしてるんですよね」

「もちろん、仲が悪いですよ。狭い居住域やわずかな資源をめぐって、醜く争い合ってます」

 きっぱりいい切るケイレブだった。

「ま、マジですか。本当にどうしようもないんですね……」

「ええ」

 思わず、しんみりする二人だった。

 そこで、タイミングを計っていたように、シフが温かい茶をもって入ってくる。シフの衣装はどうもスカートが短いようだった。

 もちろん、俺はスケベ根性丸出しでねっとり見てしまった。

「うおっほん。王子様。他に質問はございませんか」

「そうですね……そういえば、平原は魔物に支配されていると聞きましたが、騎馬遊牧民が住んでるとか?」

「そういうのも稀に来ますが、それより、古代人の廃墟を根城にオークやゴブリンの亜人種が跳梁跋扈することが殆どです」

「オークとゴブリンはなんとなくわかるけど、古代人?」

「上古人ともいいます。彼らは何千年も昔にこの大陸全域を支配していた高等な種族です。戦闘、魔法、建築、文化全てにおいて卓越していたと聞き及びますが、今は全員滅び去り、大地に廃墟を残すだけです。ちなみに、ガルディアの城と壁は古代人の残した廃墟を改造して建設されております」

 なるほど、それでそこだけ無駄に立派なんだ。

「じゃあ、彼らの廃墟がこの平原にも点在していて、亜人種の寝床になっているんだね」

「はい、そうです」

「そういう連中を退治しないのかい」

「率直に申しまして、過去にそれを行おうとした王はおりますが、上手くいっておりません。この辺境には冒険者も来ず、来ても報酬が払えない。人々は魔物が出現しない隙間を狙って開墾している状況なのです」

「軍で退治したら……」

「軍の方は、まあ、その、士とか貴族の身分ですから、国防以外では使いにくいのが現状でして……それに、魔物より隣国の方が怖いですからね。魔物は略奪しか興味ありませんけど、隣国に負けたら国が無くなり、王族貴族の方も処刑されます。軍はそれに備えて動かさないんです」

(現状に満足してる奴らが『魔物』と戦ったりしないという事かな)

「しかし、廃墟の魔物を放置し続けると、国力が発展しないし、貴族も税収が増えないんじゃないの?」

「ええ、ハイ、そうですが……魔物を退治しなくても耕作地は一応足りているのです」

 汗をかき始めるケイレブ。

 このおっさんを問い詰めても、国家の戦力が魔物退治には動かない。話を切り替える。

「じゃあ、ちょっと内政のことを教えてくれないか」

「はい、ではまずわが国の財政ですが……」

 これも、要約すると、

 一、商業工業ともにほとんどない。税収が非常に少ない。

 二、交易は南方へ抜けるルートの宿場町としての機能はあるので、多少は稼いでいる。

 三、農業生産は人口維持にぎりぎり。

 一言でいうと、国家財政は現状維持だけ。

「これって、全く余力がないってことですよね」

「端的にいえばそうなります」

「僕が王子だという事は、この国を受け継ぐと、下手をすると敵がやってきてあっさり死亡するって事ではないですか」

「端的にいえばそうなります」

「これは……王族貴族はこの状況で団結してるんですか? 国民は?」

「大声ではいえませんが、王妃を女王として擁立する動きと、王の弟、あなたの叔父ですね、彼の方を擁立する意見に分かれています」

「えっと、この僕を早めに王にしようという意見も当然あるんですよね」

「いいえ、全くございません」

「!? 全く?」

「ええ、全く」

 流れる沈黙。気まずい空気。

「うおっっほん。つまりですね。王妃を女王に擁立して、あなたがまっとうな後継者になるまで教育してからあなたに政権を渡そうという意見があるという事です」

「ええっと、それって、記憶をなくす前の僕は、とんでもないドアホか間抜けという事みたいじゃないですか」

「端的にいえばそうなります」

 流れる沈黙。気まずい空気。

「と、とりあえず、国民はどうなんです。団結してるんですよね?」

「少しこれも説明が必要ですが、国民は幾つもの階級に分かれています。一つは貴族や士族階級。これは戦士であり統治者です。さすがのあなたでもこれは説明しなくてもわかりますよね。次に商工業従事者。店の店主とか、職人です。これも説明を省きますね。問題は農民です。二つに分かれていて、一つは開拓農民。自立して武装もしてます。もう一つは小作農。大きな農場の中で働く奴隷身分です。開拓農民はほとんどが極貧で生きるか死ぬかぎりぎりの生活をしています。小作農は少しマシですが、搾取されて極貧です。つまり、彼らが国家のことを思って立ち上がるなどという事はありません」

「……何というか、リアル志向のファンタジー異世界なんだね、ここ」

「リアル志向? ……とりあえず、農民の小作農化を推し進めているのが王の弟ゲーマン公です。王妃派はそれは早いと反対している自作農派です。政治的にはこのような対立があります」

「外は敵だらけ、中は内輪もめ……正直いって、この国受け継がない方が個人的には幸福じゃないですか?」

「端的にいえばそうなります」

 流れる沈黙。気まずい空気。

「では、そろそろ、お時間ですので。いやぁ王子様がここまで熱心に勉強されたのは初めてですよ。王妃様もお喜びになられます」

 そういうと、ケイレブは書物を抱えて去っていく。

 その背中を見ながら、嫌な予感がした。この肉体の元はとんでもないド間抜けアホ王子なのだ。まじめに勉強なんてしたら、中身が違う事がばれてしまうかもしれない。特に母親なんてのは敏感だろう。

 しかし、生きるためには情報も要るし、下手をするとこの国の立て直しもしないといけない。

 荒野で一人で生きるのものいいだろうけど、今の説明では、すぐに魔物に殺される可能性が高い。

「俺、どう見ても、詰んでるね……」

 思わずつぶやく独り言。

 窓を見ると夕方だった。

 シフがやってくる。

「王子様、お食事の用意が整いました」

 頭を下げる。大きく開いた胸元。

 豊かな乳房が見える。

 しかし、絶望に瀕した俺の心にはあまり届かなかった。

  

 食堂に行くと、王妃とリディアが待っていた。

 食事は水とパン。肉一切れ。

 囚人でももう少しまともなものを食べていそうだが……。

 王妃もリディアも、何もいわず黙々と食べている。

「ところで、クリス。何か思い出したの?」

 ミランダ王妃が突然問う。

「ええっと、いいえ、ほとんど何も思い出せません」

「ケイレブ殿の話では、とても勉強熱心だったそうね。とてもいいことよ。これからも頑張るのよ」

 にっこり微笑むミランダ。

 こんな美人に微笑まれたことなんて生まれてこの方なかったので、ドギマギする俺。

「へぇー。あのクリスがね。アホ王子の名声捨てるつもりなの?」

 リディア、食い方も言動も下品だが、顔と胸は捨てがたい。

「これ、やめなさいリディア。せっかくクリスがやる気を見せてるんだから。褒めるのが筋でしょ」

 肩をすくめるリディア。

「ところで王妃。最近兵が減ってますよ」

 リディアが口に食い物を入れながらしゃべる。

「それはどういう事?」

「この国の将来に希望が持てないとかで、腕の立つのから消えてるみたい」

「……今の現状では……そう簡単に改善はできませんわね」

「給料の遅配が最大の原因です」

「本当に頭が痛いわ。税収が少ない上に現金が見当たらないの」

 ミランダがため息をつく。

 ため息をつく姿も美しい。

「え、それって盗まれたってこと? もういっそのこと、レイド王と再婚なされたらいかがかしら。ゲーマンに王位を譲って」

 ムッとするミランダ。

「あの男のことは二度と口にしないで。私にとても無礼な手紙を送ってきたのです。あの男に嫁ぐくらいなら自害します!」

 この雰囲気。多分、レイド王という人物は相当のクズだと思われる。

 レイド王国との友好は無理みたいね……。

 リディアは食事を終えると無言で去っていく。

 俺も退席しようとすると、ミランダが傍にやってくる。

「クリス。あなたは私が守るわ。心配しないで」

 ぎゅっと抱きしめられる。とても良い匂いがする。

 これは天国だ。

「でも、今は回復に専念するのですよ。なぜこんなけがをしたのか、あの路上で何があったのか、何時か思い出したら教えてください。罰を受けるべき人間がいるなら、そうしますから」

 食事を終えると、夜だった。

 この貧乏な国では、夜が来るとすぐに寝るのが普通らしい。

 ネットもないし、暇だからな。仕方がない。俺は寝てしまう。

  



 翌日。

 まだ完全に日が出ていない状況から起こされ、朝食となる。

 日中しか活動時間がないのだ。その辺り、寝て過ごすなどという事は許されない。

 朝食は各自部屋でとるのが一般らしく、シフが運んでくる。夕食よりは品目が多い。朝多く取り夜少なくは健康にいいのだ。意外と合理的だなと俺は思う。

 飯を食ったら、早速、行動開始。

 どうせこの世界にネットは無い。ぼんやりしていても暇なだけなのだ。

 とりあえず、クリス君の私物を漁る。

 机の引き出しには、金貨五枚と小銭。

 小さな鍵があった。

 ベッドの下に、私物入れがあり、その鍵で開くようだった。

 中には、水晶玉、ロウソク、本。後は筆記用具や服とか適当なもの。

 薄い木片が一枚入っており、何やらメモが書いてある。

「やあ、兄弟。多分これを読んでいる人は異世界から召喚された人だと思う。僕は本物のクリサレス・ガルディア。本当に悪いとは思うけど、僕の体を渡すから、君の体を貰ったよ。僕はどうしてもこの下らない世界、惨めな田舎から出たかった。それで、魔術師に出会って異世界の誰かと体を取り換えたんだ。元の僕は皆の笑いものだったけど、そして、国は崩壊寸前だけど、それでも一応王子様だから。感謝してくれよ。じゃあ。会う事もない兄弟へ」

「なんじゃこりゃぁ! やっぱりそうなのかよ」

 俺は思わず声を出してしまう。

「こいつ、もし出会ったら、顔面グズグズになるまでぶん殴ってやりたいわ」

 メモはそれだけだったが、本は日記だった。

 少し読む。

「x月x日。今日は衛兵隊長の息子クレイマンと水晶洞窟で逢引きし、○○や○○をやった」

「x月x日。今日は衛兵隊長の息子クレイマンと水晶洞窟で逢引きし、○○や○○、○○をやった」

「x月x日。今日は衛兵隊長の息子クレイマンと水晶洞窟で逢引きし、○○や○○、○○、○○をやった」

 ○○の部分には特定趣味の人たちの特殊行為が書かれていると想像をたくましくしてくれると理解できるだろう。

 俺は激しい頭痛に襲われる。

「x月x日。今日は国の有力者の懇談会に呼ばれたので、僕の偉大な統治計画の一端を話す。税を今の額から三割上昇させて、夢の国ドリームタウンを建設する。そこでは人々は文化の恩恵をえて、心豊かに暮らすことができる。我一族の銅像をずらりと並べ、町の広場では、毎日音楽家による演奏会。酒を飲み戯れ、人々は悩みから解放される。無粋な軍は縮小、警備だけやってろ……以下略。しかし、非常に不愉快なことに、僕のプランを聴いた人々は無言。拍手さえなかった……なぜだ!」

「なぜだ! じゃねぇよ、真正のドアホだろ。国の状況判ってるのかよ」

 俺は日記に突っ込みを入れる。

 どうやら、そのアホアホ説明会から彼は「王子の資格なし」の強烈なレッテルを貼られる。というか、誰もがそれに同意すると思うが。

「x月x日。僕は街で『ヴァリー』と名乗る占い師と出会う。彼は魔術師であるという。僕はほとほとこの世界に嫌気がさしていたので、相談すると、異世界への旅立ちを提案してくれた。その魔術は異世界の誰かと精神を交換する魔術であり、その人物の人生を乗っ取ることができるという。僕は同意した。愛するクレイマンを生贄にする必要があるらしいけど、いいよね、別に。愛する僕のために喜んで犠牲になってくれるだろう」

「……ここまでくると、殴るじゃなくて処刑したい」

「x月x日。僕は大枚千枚の金貨を盗み出し、ヴァリーに渡した。彼は僕とクレイマンを水晶洞窟に呼び出し、そこで儀式を行う。僕は女物のドレスを着て、クレイマンの妻になると嘘をいって誘い出し。洞窟に向かう」

 日記はここで終わっている。

 どうやら二つのことを調べる必要があるだろう。まずヴァリー。しかし、金貨千枚が手に入ってグズグズしているとは思えない。もういない可能性が高い。

 それでも、周辺情報はあるかもしれない。

 次に水晶洞窟。逢引きに使われていたという事は滅多に人が行かないけど、それなりに近所にあるだろう。

 一応、俺が女装していた理由だけはわかった。アホの特定趣味だったのだ。俺に罪はない。


 安どのため息をついたとき、扉がノックされる。

「どうぞ」

 シフが大きめのウエストバッグを持って入ってくる。現代日本製の安物だが、この世界には無いナイロン素材で作られ、チャックで開閉するものだ。

 これは俺の愛用品だ。転生する前の。

「王子様。これは……一体何なのですか。身に着けておいででした。中に何か入っているようですが、壊すのは憚られましたので……今まで衛兵隊長が保管していたのです」

「ありがとう。そこにおいてください。後で調べます。今日も綺麗ですよ」

 シフはにっこり微笑んで、机の上に置いてくれる。彼女の笑顔はとても可愛い。

 後で調べる、とはいったが、彼女が去るとすぐにチャックを開けて調べる。

 中には……スマホ、ロウソク、マッチ、チョーク、シャーペンなどの筆記用具、一冊の本。

 スマホは壊れている。

 充電できないのでどうせすぐに役に立たなくなるがそれでもがっかり感は大きかった。

 雑多なものは現代日本製で、この世界ではオーバーテクノロジーなものだ。しかし、これといった特別なものでは無かった。

 本は『似弥瑠羅都帆手夫にゃるらと ほておの恋するおまじない大全』という書物だった。帯が付いており「恋の悩みもこれで解決!」などと書かれている。「似弥瑠羅都帆手夫にゃるらと ほてお」これは間違いなくペンネームだろう。

「よくもこんなスケベ漫画家みたいな名前つける気がするね。もし本名なら、もっとまともな名前にするだろう」

 と、俺は思わず口に出して酷評する。

 中身はかなり大量のイカサマ臭い「魔術」が記載されている。意外なことに恋愛関連の術は少ない。

 幾つか付箋が貼ってある。メモが付けてあって、

「この術は上手くいった」などとある。

 見ると『好きな彼女の下着を見る魔術』……これ俺、実践したの? うそでしょ。

 パラパラとめくると、最後の方に付箋。そこには『異世界に逃亡する魔術』とあった。材料は……多少大変だが実生活で揃えられるものばかりだったが、もちろん、それは現代日本においての話。ロウソク、マッチ、チョークはこれのために用意したものらしい。

「俺、何か嫌なことでもあったのかな。こんなインチキ本を信じて魔術でもやったのか……?」

 クリスの日記を見ると、異世界転生の魔術はこの世界で行われたようだが、同時に俺もやっていたのだろうか。

 偶然、呼応したから成功した?

 荒唐無稽な話だが、そうとしか思えない状況だった。


 昼食後、まだ何もしてはいけないといわれているため恐ろしく暇だった。包帯はようやく小さくなったので両目が見えるようになったが、安静状態は解かれていない。

 暇に負けて、あのインチキ本を引っ張り出す。

「えーっと、何か面白い術は無いかな。試しにやってみて、失敗して、インチキであることを確認しよう」

 とつぶやきながら。

「やはりこれか、『好きな彼女の下着を見る魔術』フヒヒ」

 術は簡単だった、赤いペンかインクで手に簡単な印を書いて、相手に向ける。すると、微弱な風が起きて、スカートがめくれ上がる。

 シフが掃除に来たので、後ろを見せた瞬間手をかざす。すると。

 ふわっと、スカートがまくりあがり、綺麗な尻が露出する。下着は、

「白」

 シフはきっと振り向く。

「王子様、今スカートをまくり上げましたか?」

「え、とあの、まさか本当に……」

 超絶キョドル俺。

「見せてほしいなら、見せて、というのが男らしいと思いますわ」

「……ごめん、じゃあ、見せて」

 シフはすっとスカートをまくり上げる。

「あわわ、興奮しすぎて鼻血が」

 ぽとぽと落ちる血。

「フフ。お待ちください」

 そういうと、シフは小声で何か詠唱始める。そして、軽く鼻をなでると、ぴたっと血は止まる。

「今のは……」

「簡単な治癒術ですわ。私、ダークエルフの血が入ってますから、多少なら使えますし、王子様の術もわかりましたのよ」

 俺の鼻をハンカチで拭きながらシフはいう。

「今のは良くない行為ですけど……同性愛はやめたのですね」

 シフはそういうと、良い匂いを残して去っていく。


 俺は小一時間ぼーっとしていたが、どうにか我に返ると、他の魔術も試すことにする。

「何か面白い術は無いかな」

 パラパラとページをめくる。

『意中の人を振り向かせる術』シフに使えばばれる、ミランダに使っても仕方がない、リディアは論外なので今はパス。

『恋敵の信用を落とす術』悪そうだし、今は使いようもない。

『株価上昇の魔術』この世界に株取引とか無いでしょ。

『使い魔を作る魔術』これはいいかも。

「『使い魔を作る魔術』ね。これはいいかも。なになに、『使い魔という物は便利な小間使いであり、失せもの探し、魔術のアドバイザー、簡単な魔除け、偵察、連絡……何かとあなたの助けになります』か、小動物……犬とか猫がいいかな」

 俺は中庭にふと目をやると、黄色ででっぷり肥えた猫がゴロゴロしているのに気が付く。

 中庭に行き、抱き上げると、特に抵抗もしない。非常に人間に慣れた猫だった。

 自室に連れて行くと、早速、術をかける。

「えーっと、俺の血がいるんだね」

 気合を入れて、小さなナイフで親指の側面を刺す。

 後はこまごまとした魔法陣とロウソク、血を金属の皿に入れて、詠唱。

 術をかけ終えると、一瞬、風景がゆがむ。

 同時に、血が消え、黄色い猫の眼光が鋭くなる。

「初めましてご主人様。私に名をお与え下さい」

「うわ、猫がしゃべった!」

 思わず腰を抜かすが、猫如きに人様が怯えている場合じゃない。

「じゃあ、そうだな、モフオ。いいねこれで?」

「モフオですか、以後お見知りおきを」

 ベッドに移動してもらい、術の痕跡を消す。

「よし、これでいいだろう。モフオ、色々聞きたいが答えてくれ」

「はい、何なりと」

 モフオは肉球を舐めながら答える。

「使い魔と一言でいうが、お前は何者なんだ」

「私は一瞬前まで、特定の意識を持たない霊魂のような存在でした。今この猫の魂と融合し、ご主人様の魂とも結合しています」

「げ、じゃあ、死んじゃったら、僕にもダメージが来るのかい」

「いいえ。私は半分魔物になりましたから、普通には死にません。ご主人様が亡くなられると、術が解除されて私は普通の猫に戻ります。寿命もありません。打撃や魔術などで倒されると、ご主人様の魔力を再編して時間をかけて復活します」

「ふう、それなら本当に、僕にとって都合がいい存在なんだね」

「食事など普通の欲求はありますよ。実は飢えでは死なないんですけど、それでも食欲はあります」

「じゃあ、この世界のことはかなり詳しいのかい?」

「ええ、多分。霊魂になる前は何らかの知的生命だったと思います。きっかけがあると断片的に知識が解除されるようです」

「なるほど、では、この本について何かわかるかい?」

 例の本を見せる。

「……見たことのない文字ですね……何もわからないです、本自体に若干魔力があるようです」

 そういわれて、俺はしげしげと本を眺める。

 現代日本で普通に作られた本。ソフトカバーでその分ページ数が多い。値段は税込み三千六百五十円……うわ、結構なお値段する。イラストも多用しているから仕方がないのだろう。

 にしても、こんな高いものを買う転生前の俺。かなり人生に迷っていたのかも。




 夕食。

 俺の傍らにはモフオ。

「あら、猫なんて連れて……猫好きだったの?」

 ミランダが怪訝な顔。

「ああ、こいつは今日から弟分なんです。モフオです」

「モフオ? いかにもドン臭い感じでお似合いじゃない」

 リディアは今日も夕食をタカリに来ている。

「この子、いつも中庭にいる猫ちゃんですわ」

 シフが給仕をしながら女王に告げる。

 肉を一切れモフオにやる。

 モフオは無言で食べる。

 基本、モフオが喋ることは内緒にしておくつもりである。

「ところで母上。明日から外出したいのですが」

「駄目よ、まだ怪我が治ってないわ」

「もう大丈夫です。怪我の影響はほとんどありません。それより、早く記憶を思い出してこの国に貢献しないと」

 ミランダとリディアの顔に驚愕が走る。

 リディアなどは、思わずスプーンを取り落としてしまう。

「母上、聞きました? 今の言葉」

「ええ」

「えっと、何か僕は間違ったことをいいましたか?」

 しまった。これはまずい、あのアホ王子がこんなセリフを吐くわけなかったのだ。

 じっとりと冷や汗が流れる。

「やっぱり、まだ病気だわ。それも脳に来てる。絶対安静が必要じゃないかしら」

 リディアがいうと。

「そうね。やっぱり、まだ不味いわよね」

 ミランダも心配そうに俺を見る。

 ヤバい、かなり、ヤバい。

 しかし、今更取り消すのも無理だ。

「と、とにかく、城の中に籠っていては何も思い出せません」

 そうだ、アホなことをいえば!

「僕の凄いドリーム都市建設の構想も練らないとだめですから」

「うわ、まだこいつアホ妄想捨ててないのか」

 リディアが冷たい目で俺を見る。

「はぁ。あなたの構想は世の中が凄く平和になったら実現してください。でも、あの妄言のことは思い出したのね」

 ミランダが優しく俺にいう。

 さすがの母でも『妄言』とはいってしまったが。

「あ、はい、突然、思い出したんです。何かこの国の未来にいいことをするとかそんな感じで」

 どうやら、納得してくれたようだ。

 冷や汗をぬぐう。

「少し記憶の改善があったのなら、外にお出かけになるのも良いのではないですか」

 シフが助け舟をくれる。

「そうね。うーん。いいわ。シフ、しばらくあなたが付いてあげてください。でも、乗馬はまだ駄目」

「わかりました。では、私の仕事は部下たちに命じておきますね」

 シフはメイドたちの長である。城には十人程度の女性がメイドとして働いている。

 メイドの仕事の割り振りなどは彼女が自由にできるのだ。




 翌日になって、俺はすぐに支度をする。

 腰に細い剣と短剣。財布とか身の回りの物。例の日本製ウエストバッグはジャケットの下に仕込ませておく。意外と便利なものだった。

 本は重すぎるのでベッドの下の箱にしまう。鍵は持ち歩こう。

 尚、衣装だが……なぜか、女物としか思えない服がいくつも存在していた……まあなんだ、人の性癖を批判するつもりはないが、国難の時に遊んでいるアホ王子には呆れかえるしかなかった。

「私もついていきますね」

 モフオが声をかけてくる。

「別にいいけど、猫連れだと目立たないか?」

「ご心配には及びません。普通に歩いていくと小動物は踏まれたり蹴っ飛ばされたりしますから。陰に潜んで密かにお付きします」

 なんだか方法はわからないが、とにかくついて来るらしい。

 天守を出てふと振り向くと、柱の陰にモフオのフカフカしたお腹が見えている。よく見ないと気が付かないかもしれない。

「王子様、ご準備は宜しいのですか」

 シフが既に待っていた。

 今日のシフはいつもとは違い、リディアの軽甲冑に似た武装を整えている。

 やはり、外は何があるかわからないという事なのか。なるべく地味な服だけで出てきたのは間違いだったのか。

 しかし、シフは俺の服装には無反応だった。

「今日はどこに向かいますか」

「そうだな。うーん、そうだ。水晶洞窟という言葉を思い出したんだけど、そこは行けるかな?」

「ええ、まあ、少し歩きますが」

 なんだかうんざりした顔で答えるシフ。

 前のアホ王子が男と○○をやりまくってた場所だから、当然彼女は知っているのだろう。

 ちょっと空気を読んで、それは後回しにすることにした。

「それなら、今日は街を歩くだけで終わりにするよ。まだ体力も回復してないから」


 というわけで、まずは城周辺の探索となった。

 城の兵士たちは俺を見て、冷たい目。

 まあ、今までやらかしてきたことを思うと俺も同じ気持ちだ。


 城を出ると、元気な可愛い子供たちが走り回っている。

「あ、アホの王子さんだ!」

 可愛い子供の達の声。

「あほー」

 ……可愛い子供たち。

 母親たちが慌てて飛び出してきて。

「駄目! 目を合わせたら駄目よ。アホがうつるわ」

 誰がアホや! 俺の所為や無いで!

「いやぁ、可愛い子供たちですね。アホ王子でちゅよ~。今後もよろしくね」

 にこやかに笑顔で手を振る俺。

 無邪気な子供たちは嬉しそうに手を振ってくれる。

 何という屈辱!

 しかし、耐えなければ。これが権力者になるという事なのだ。

 これが、権力者の真の孤独。

 ふと振り向く、シフがどう見ても笑いを必死にこらえている。

「まあいいじゃないか、少なくとも子供たちは喜んでくれたよ」

 俺の頬に流れる一筋の涙。

 とりあえず、俺はアホ王子として、街の人たちににこやかに接することにした。

 もうアホは覆しようがないので、逆手にとって皆の人気者になることにしたのだ。

 そうやって歩いていると、人々は俺に優しく接してくれるように感じた。

「シフ、街を見て占い師がいるって思い出しだんだけど、何か知らないかな」

「占い師、ですか。そういった怪しげな術者は、下級階層の地区に店を出していますわ」

 下級階層といっても、上級階層の町とほんの毛の生えた差しかない。

 件の街区にすぐに到着する。


 店といっても、天幕や掘立小屋ばかり。

 店主店員たちに、ヴァリーのことを聞く。

「ヴァリー? そういえば、前まですぐそこでやってましたよ。えらくでっかい男で、雲付くくらいの大男なのに、小さな店にすっぽり入れるとか、色々不思議な人だったなぁ。何でも、着やせするタイプだとかいってましたね」

 あからさまにインチキ臭いおっさんだという事だけは判明したが。残念ながら、そこにはいなかった。

 彼が店を出していたという天幕は、既に撤去されて空き地である。


 城に一度戻って昼食を取ると、次は冒険者ギルドに向かう。

 やはり、ファンタジー世界といえば冒険者ギルド。

 そこには強者が集い、冒険と愛と友情と戦があふれているのだ。

「冒険者ギルド……ええっと、そうそう、先ほどの術者町に近いですわ」

 シフが必死に思い出してくれる。

「頑張らないと思いだせないような場所なの?」

「ええ、まあ、存在感は無いですね」

 冒険者ギルドは、レストランを兼ねたおんぼろの建物だった。

「さて、どのようなつわものが僕を待っているのか!」

「あまり期待なさらない方が……」

 俺は高鳴る期待を胸に、ギルドの扉を開ける。

 そこには……。

「こんにちわ! あれれ?」

 まず目に入ったのは無人のカウンター。

 何も貼ってない掲示板。

 キョロキョロすると、隅の方のテーブルに小さな全身甲冑が座っている。

(置物かな?)

「あ、すみません! 最近お客さんとかほとんど来なかったから」

 中年の男性がつるつるの頭を拭きながら出てくる。

「ここは冒険者ギルドですよね」

「ええ、そうですが……見ての通りです。あはは」

 乾いた笑いでごまかす親爺。

「と、とりあえず、用件がある」

「冒険者登録ですか、それとも、ご依頼ですか」

「依頼だ」

「えっと、ではこの書類にご記入を」

 俺は王子の名を記す。特に隠すこともないので。

「王子様、どのようなご依頼を出されるのですか。あまり高額なミッションは……」

「心配するな、近所の偵察任務だよ」

 俺は近所にある廃墟の偵察依頼を出すつもりだった。モンスターの有無と居たのならその戦力を知りたかった。

 ちなみに、そのような廃墟の存在は教師のケイレブから聞いていた。

「それなら、銀貨二枚程度でいいと思いますよ」

 親爺がアドバイスをくれる。

「妥当な額だな」

 もちろん、わからないでいっている。

「でも、残念ながら、やれる人間が居ませんので、そこに暫く貼っておくことになると思います」

 親爺は掲示板を指さす。

 その時、

 ガチャ!

 背後で動く音。ぎょっとして振り向くと、部屋の隅の小さな全身甲冑がのそりと立っていた。

「俺、できる」

 鎧の中から、若干幼いような少年の声が聞こえる。

「おい、あんた、騎士なんだろ。任務は盗賊向きだぜ」

 親爺が面倒くさそうに告げる

「……」

「親爺。あの鎧は動くのか、中に人が入っているのか」

 俺は思わず驚いて早口でいう。

「ええ、あいつは妖精小人のロムって奴です。妖精小人のくせに、盗賊はやらない、騎士になるといってる変わり者ですよ」

「妖精小人?」

 俺はシフを見る。

「妖精小人、ホルス人ともいいます。人類の前に神に作られた古い種族で、エルフドワーフの次です。小柄、素早い、頑健、器用。しかし、非力、魔術は使えない、奇跡も使えない。生まれついての盗賊斥候です。しかし、大半は農業に従事します」

「ロム……君? 僕の任務は斥候だと思うけど、どうやって達成するんだ」

「……乗り込む。何か出てきたら倒す」

 多分、絶対無理!

「それに、君は一人じゃないか。かなり無理があるだろう」

「……くれ」

 彼は小さな手を差し出す。依頼書をくれといっているのだ。

 思わず、迫力に負けて、渡してしまう。

 彼はくるくると丸めると、カバンにしまう。そして、のしのしと外に出てしまう。

 ギルドの裏手に厩があり、そこには大柄な犬がつながれていた。サモエド犬のような大きな犬だ。

 鞍が付けてあり、妖精小人なら乗れるらしい。

 鞍には、槍、クロスボウ、その他諸々が積んである。ロムの装備はかなり良いものだった。

 慣れた感じでひょいと犬にまたがるロム。

「待て、ロム。出発は明日にしてくれ」

 なぜか、彼の孤独な背中に胸を締め付けられた。

 ロムは無言で止まる。

「……わかった」

 そういうと、犬から降りる。

「待ってる」

 ロムはそのままギルドの二階に行ってしまう。そこは宿になっているらしい。

 俺は引き返す、明日の準備に時間がかかるだろう。

「駄目ですよ王子様!」

 シフが珍しく声を荒げる。

「何をいっているんだ」

「ロムについていくつもりでしょう?」

「……」

 そうだといえば批判されるのは目に見えていたので、黙ってしまう。

「いいですか、絶対行ってはいけません。王妃様に報告しますよ」

「わかった……」

 俺は渋々同意する。




 もちろん、俺は行くつもりだった。

 部屋を探って、鎧を探す。一応、華麗な皮鎧があった。無駄に原色で塗装されて、道化染みた鎧だったが、無いよりはましだ。

 兜と小手は薄い金属で覆われていたので、実用性はある。

 剣と短剣は、かなり古いもののようだった。先祖伝来の物なのだろう。鎧と違い、アホ王子の趣味による汚染はなかったので一安心した。

 剣は細身の両刃剣。使い方がわからない。

 小学生の時に剣道道場に通った記憶が微かにある。若干柄が短いが、両手で持って、振り回せないこともなかった。

「剣道の使い方だとちょっと無理があるかなぁ。片手剣というかフェンシングみたいな練習が要るね」

「そうですねぇ」

 モフオがやる気無さそうに答えてくれる。

「モフオ、僕の装備は普通の物かわかるか」

「剣と短剣は、少し魔法がかかってます。鎧兜は何もないです」

 確かに、俺のように戦ったことのない人間でも、それなりに軽く振れるようだ。体は元とは違うので、若干、腕力もあるように思う。

 王子だったのだから、最低限の鍛錬はさせられていたのだろう。

 そうだ、あの帆手夫のインチキ本に闘いに役立つ魔法があるかもしれない。

 貴重なろうそくに火をともし、パラパラと本をめくる。

 調べた結果、『人から注目を集めない術』と『不良やチンピラに絡まれたときの術』の二つが使えそうだった。

「『人から注目を集めない術』……授業中に先生から当てられない、町で不良に絡まれない……転生前に使いたかった術かもね」

 これは簡単な模様を体に書き込むだけだった。

「『不良やチンピラに絡まれたときの術』。恐怖心が抑えられて、痛みを感じない。これは役に立ちそう。不良とかって、相手を怖がらせるのが得意だよね」

 俺は学校のいじめっ子みたいな連中を思い出そうとする。すさんだ雰囲気などは思い出せるが、顔や名前は思い出せない。

(僕がいじめを受けなかったか……わからない。記憶がないけど、やられたんじゃないかなぁ)

 魔法陣の周りに天使のマークを配置して悪魔の力を呼び、力を灰に込める、それをヤバい時に舐めるらしい。

 かなりこの世界だと問題のありそうな術だが、背に腹は代えられない。急いで実践する。

「あとは馬か……これは難問だな」

 多分、クリス君は王子様なので乗馬があると思うが、まず、それを取りに行くのには理由がいるだろう。王妃が認めるわけがない。

 仮にこっそり連れ出せたとしても、乗ったことがないので、操れない……。

「徒歩で行ける距離じゃないよね、多分」

「無理ではないと思いますが、遅いですね。依頼書に挙げた、『みどりの壁』『水車小屋』『蜘蛛の森』この三つは、徒歩で半日くらいの距離ですけど」

 モフオが答えながら腹を舐める。

「お前、意外とそういう世俗的なこともわかるんだな」

「ええ、もちろん。知的な存在ですので」

 腹を見せて伸びをするモフオ。

「馬に乗れないなら、馬車のチャーターという手もありますよ」

「なるほど、それなら行けそうだ」

 たしかに、宿場あたりに、貸し馬車の店があったように思う。




 翌日、昨日と同じ名目で城を出る。

 シフもついて来るが、微妙に疑ってるような視線を送ってくる。

 もちろん、無策で出てきたわけではない。

 作戦はこうだった、なるべく、人間が多い繁華街に出る。

 そこで、モフオが飛び出して姿を消す。

 慌てて探している間に、俺は姿を消して、貸し馬車に駆け込むという寸法である。

 早朝なので食品のマーケットがいいだろう。

「シフ、今日はマーケットに行こう」

「いいですけど、意味はあるのですか」

「何か思い出すような気がする……」

 こういっておけば、彼女は逆らう理由もない。

 町の人たちは昨日とは違い、俺にほとんど関心を示さない。早朝は仕事の人間ばかりだからだろう。

 アホ寸前の皮の胴着を着ているが、それも目に入らないようだ。

 早速、作戦開始する。

「あ、モフオ! 何処に行くんだ!」

 それまで抱いていたモフオは、パッと飛び出すと、どこかに隠れてしまう。

「あちらにいきましたわ!」

「よし、ではあちらを探してくれ、僕は回り込んでみるよ」

 そういった瞬間、俺は地味な色のマントフードを羽織って、さっと雑踏に紛れ込む。

 雑踏といっても大した数ではないが、それでも、効果あったのか、シフはキョロキョロしている。

(流石にこれは魔法の効果があったんだよな。俺の方からはシフは簡単に見つけられる。帆手夫やるじゃないか)

 インチキ本の作者に心から感謝する俺だった。

 急いで貸し馬車に駆け込む。

「親爺、一台馬車を貸してくれ。一番簡単で安い奴」

「へえ、いらっしゃい……あれ、王子様?」

 汚いおっさんだが実直そうではある。

「いいから、あの一頭立てのでいいから」

「へえ、まあ、プランはいかがいたします? 御者込みなら一日一銀貨。馬車だけなら四銅貨です」

「自分でやるよ、操作法を教えてくれ」

「初めてですか……いいですけど、駆け足は絶対やめてくださいね。軽く鞭を入れたら前進、手綱を引っ張った方向に曲がります……」

 俺は操作法を聞くと、すぐに金を渡して、馬車に乗り込む。

 余程大人しい馬なのか、馬車は俺のぎこちない操作にも素直に動いてくれるようだった。

 冒険者ギルドに向かう。

 ギルドの前に大人しく座っている鉄人形ことロムが待っていた。

「来たか」

 俺はうなずく。

 ロムはひらりと、犬にまたがると、西に向かう。

「『みどりの壁』に向かう」ぼそりとロムはいう。

 ふと見ると、モフオが荷台の隅の方で寝ころんでいた。

 街壁を出るときに、衛兵が簡単に調べたが、荷物の無い俺には関心がなく、ロムは手札のようなものを見せたらあっさり通れた。

「滞在許可証だ。入る時に税を払って取る。王子は身分がわかるものを見せたら大丈夫だ」

 滞在許可証は一か月ほど有効だという。多少の出入りでは文句もいわないらしい。

 積み荷を持った商人などは扱いが変わってくるようだが、俺には今は関係がない。

 街を少し出たところで、猛スピードで駆けてくる騎馬が一騎。

 シフだ。

「やばい、逃げるぞ!」

 馬車の速度を上げようとするが、

「無駄」

 手を挙げて、ロムが制止する。

 確かに、彼女の馬にはどうあがいてもすぐに追いつかれるだろう。

 俺は腹を括るしかない。

「待ちなさい! 王子様、どういうおつもりですか!」

「シフ。邪魔をしないでくれ」

 シフは俺たちの前に立ちふさがる。

「いいえ、連れて帰りますわ。王妃様の命に従ってもらいます」

「これだけは聞けないよ。このままロムを一人で行かせることはできない。王妃様は彼を見殺しにするのがいいというのか」

「……」

 ロムは無言だった。

 少し、詰まるシフ。

「僕はこの国を継ぐ。それが多少先でもいずれはそうなる。そうなれば、この国と運命を共にするんだ。この国はいつ滅んでも不思議じゃない。それぐらい内外に問題を抱えている。それを背負う僕が、ロムの一人の命を助けられないんじゃこれからも絶望的だ。そして、『みどりの壁』の魔物を放置するしかないなら、他の問題も解決できないよ。小さいけど、これは重要な事なんだ」

「……」

 シフは真剣な顔で考えているようだった。

 俺とロムは、彼女をよけて無言で進む。

 少し進んだところで、

「待ちなさい」

 シフが近寄ってくる。

 俺とシフは少し見つめ合った。

「王子様の覚悟は理解しましたわ。本当に人が変わったのですね。頭を打ってから……でも、いい変化です。今の王子様なら手伝いたいですわ。私もついていきます」

 少し波乱はあったが、結局、三人連れになった。


『みどりの壁』は農地を越えて、原野の中にポツンとある廃墟だ。

 大きな壁が一枚と、古代の廃墟部分がそれに付随して残っているが、建物としての機能はほとんどないという。

 そのような廃墟なので、大勢の魔物が住むことはないだろう。危険は少ないはずだ。

「ところで、二人の得意技能を聞いておきたいのだけど。やっぱり、チームワーク大事だし、連携しないとね」

 そう話を振る。

「……俺は、騎乗ランシングが第一。次に両手斧、クロスボウも得意」

 ロムがぼそぼそという。

 ロムの鞍には、今いった武器が装備されている。

 両手斧は独特で、関羽の青龍偃月刀に似ている。柄が短くて、刃が荒っぽいノコギリのような刃をしていた。少し残虐な雰囲気ではある。

「私は、細剣がそれなりに使えるわ。短剣も。あとは治療術」

 シフはシンプルな能力。

「俺は偵察、魔的知覚、知識……そして、何よりかっこいい」

 モフオが寝ころびながら答える。。

「きゃっ、あなた喋れたの?」

 シフが驚く。

「……」

 ロムは無言。

「前から少し様子が変わったと思っていたけど、使い魔か何かなの?」

「王子様の使い魔です」

 肉球を舐めながらモフオ。

「え、じゃあ、王子様、何の能力もない無能だと思ってたけど、魔法が使えるの?」

「若干凄いとげのあるいい方だけど、そうですよ、ほんの少しだけ」

「じゃあ、あのエッチな魔法以外に何が使えるの。使い魔創造と……あ、あの雑踏で消えたのも術でしょ」

 シフが目をキラキラさせながらいう。彼女がこんな表情をしたのは初めてだ。

「ほぼそれで全部です」

 俺は苦笑する。あまり、手の内を見せたくない。

「いつの間にそんな術を覚えたの?」

「……それは、その……」

 似弥瑠羅都帆手夫にゃるらと ほておのことを正直に話したら、異世界の言語が読めると暴露するようなものだ、そうだ!

「ええっと、そうそう。占い師ヴァリーに教えてもらったんですよ」

 シフはそれ以上は詮索してこなかった。あまり突っ込まれるとボロが出そうで冷や汗が滴る。

「みんなの実力はわかったけど、そろそろ、目的地じゃないかな」

 話題を変えよう。

「もう見えているわ。あの壁がそうよ」

 シフが指さす。

 その先には高い四角い壁がぽつんと立っていた。昔の建物の一部か、街壁の一部なのだろうか。

 とにかく、大きな一枚の壁だけが残っている。

 そして、『みどりの壁』という名前通り、蔦や苔に覆われて、緑色の壁になっていた。

 一行は馬を降りると、平原で若干高くなっている位置に移動する。

 ロムが望遠鏡を取り出す。

「肉眼では誰も見えないね」

 俺がつぶやく。

「……ゴブリンがいる。一、二、三人……見張りだ」

「ここは、そうだ、モフオ。こっそり偵察してきてくれ」

「わかった、ご主人様」

 モフオはそういうと、すっと物陰に消える。

「あの子が居たら、冒険者の偵察任務って要らないんじゃないかしら」

 シフがつぶやく。

「この国の冒険者の実態を知りたかったからという面もあるから……この任務には」

「モフオはもう敵の近くにいる」

 ロムが無感動に報告する。

 ゴブリンどもは全く気が付いていない雰囲気だった。

 突然、モフオの声が頭に響く。

「ご主人様、ゴブリンは見張り三人、中に大柄なのが一人、雌が一人、少し装備が良いのが一人です」

「他にはいないか」

「私の猫知覚での判断ですので、間違いはないと思います」

「敵の装備は?」

「見張りが片手棍棒。大柄なのは片手剣。皮鎧も着ています。装備がいい奴は、片手斧と盾、皮鎧。雌は短剣のみ」

 俺は敵の概要を伝える。

「敵は六人もいるの? わかったらもう撤退しましょう」

「そうだね。こちらは半分しかいない」

 しかも、俺はたぶんかなり弱い。

 シフにうなずいた俺は、ロムを見るが、ロムはいなかった。

「あれ? ロムは?」

 ふと、馬の方を見ると、犬を駆って突撃するロムの姿。

「あのこ、なに考えているの!」

 シフが叫ぶ。

「放っておけない。行くぞシフ!」

 俺も剣を抜くと走り出す。

 俺の全速力。

 実は小柄な俺はそれほど鈍重ではない。それどころか、クラスでも早い方だったのだ。

 でも、考えたら、これは別人の肉体。

 しかし、思った以上に肉体は強いようだった。さすがに、多少なりとも鍛えられていた王子様だけのことはある。が、

「駄目です、王子様!」

 シフは楽々と追いつき、俺より早いようだった。

「ええい! うるさい。君は王子様の言葉に黙ってしたがっとったらええんや!」

 思わず飛び出す、非民主的言動。

「……はい」

 ちょっとしおらしくなるシフ。

 あらら、意外と素直じゃない?

 とりあえず、シフが妨害しないのなら、後はロムを助けに行くだけだった。

 ロムはまず遠距離で、クロスボウを発射。見事一人の腿を貫き動けなくする。

 そして、ランスを構えて突撃をする。

 ゴブリンどもは怒り狂って、走ってくるので助走距離は短くなった。

 しかし、ランスは敵の首を貫く。

 もう一人を軽くかわすと、ロムは走り抜ける。そして、くるりと振り向く。

 俺とシフは飛び出してきたゴブリンと相対する。

「キシャー!!!」

 ゴブリンが吼える。俺は正直ビビりまくて、尻餅をつく。

「こっちよ、化け物!」

 俺に気を取られていたのが運の尽き。シフの正確な刺突がゴブの首を貫く。

 盛大に血を噴き出してがたっと膝をつく。

 ぶしゃっと飛び散る血にビビりまくった俺だが、逃げるわけにはいかない。というか、どこかであまり現実感が無かった。

 ふと、『不良やチンピラに絡まれたときの術』の術を思い出し、灰を入れた袋を逆さにして口に入れる。

「ボふっ! うげ、マズ!」

 最悪の苦さが口に広がったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 既に残ったボスゴブと手下が、ロムと交戦している。

 二撃目のランスは不発だったようで、割れた盾が地面に落ちている。ロムは犬を降りると、大斧で敵とやりあい始める。

 シフが一早く援護に向かうが、奇声を上げる雌ゴブがシフを引き留める。

 俺は一瞬迷ったが、手下ゴブに相対する。灰の効果はあったらしい。

 今は恐怖心より敵を倒して仲間を守ることしか頭になかった。

 敵の動きは相当なものだった。

 正直早すぎてついていけない。

 斧を無茶苦茶に振り回し、肉薄してくる。俺は剣を敵ののど元に合わせるだけで精一杯。しかし、この剣道の構えが功を奏したのか、今一歩届かないようだった。

 小手は何度も斧が掠めるが、金属の板のおかげで大事には至らない。皮の胴着も何度か命を助けてくれた。

「こいつ手強すぎる!」

 ロムとシフはボス相手に苦戦しているようだった。雌は既に倒されて動かない。

 ゴブリンは俺がへっぴり腰なのに気が付いたようだ、タックルを仕掛けてくる。剣が敵の頭を切るがゴブリンは無視して抱き着いて来る。

 これはまずい!

 そう思った時、真っ白な何かがゴブリンの背後に迫ってくる。ロムの犬だ。

「ギャー!」

 ゴブリンは悲鳴を上げる。膝を巨大な牙でかまれたのだ。ゴブリンの動きが止まった。

 俺は必死の斬撃を繰り出す。

 刃は袈裟懸けにゴブを切り裂いた。

「ゴ、ボ、ボォ」

 喉に血が溜まったのだろう、言葉にならない音を出してゴブリンは死ぬ。

 シフとロムはゴブリンのボスを挟んで小さな斬撃でダメージを与え続けている。

 かなり頑丈な皮鎧を着こんでいるので、簡単には死なないらしい。ボスは剣を振り回して二人を近寄らせないように必死だ。

 俺はその時かなり、正気を失っていたように思う。剣を敵から抜くと、ドスみたいに中腰に構えて敵に突撃したのだ。

「死ネ!!!」

 すぐに敵は気が付いたが、真正面から突っ込んでくる剣を避けようがないのか、一瞬ひるむ。

 ずぶ。

 剣は敵の腹に突き刺さる。敵は俺の背中を切るが、斬には至らず、掠めただけだった。

 同時にロムの斧が敵の頭蓋を割り、シフの剣が敵の手首を切り落とす。

「はぁはぁ、やった」

 俺はそのまま気を失った。気が付かなかったが、ゴブリンのボスに頭を殴られていたのだ。


 俺は小一時間ほどで目を覚ました。

 既に、辺りは片付けられている。

 起き上がると、何らかの廃材を積み重ねた上にゴブリンどもの死骸が並べてあった。

「死骸は焼く」

 ロムが一言。

「王子様、大丈夫ですか」

 心配そうにシフ。

「ああ、もういいよ、それより、状況を教えてくれ」

「ゴブリンの一隊は全滅しました。敵は色々貯め込んでいましたよ。食料、武器、お金」

 俺は早速、敵の持ち物を調べる。武器の類は概ね略奪したものだったのだろう。見張りが持っていた棍棒は彼らの自作っぽい。石器時代の代物だ。その他には小さな弓矢、動物の肉、酒、小麦……隊商を襲って手に入れたと思われる品が多数。

 品物を売却すれば現金と足して、金貨十枚ほどになると思われる。

「手に入れたものは全部売って、ロムの報酬にしたいけどどうだろう」

 シフを見る。

「あら、私はもらえないの? 王子様もがんばったのに」

「それもそうだ。じゃあ、素直に三分の一にするよ」

 戦利品は全て馬車に積むことになった。

 結果論だが、馬車に乗ってきて正解だったようだ。

「敵の住処も燃やしてしまおう、放置すれば魔物の拠点になるだけだから」

 死骸と廃墟に火がつけられる。

「これからどうするの」

「ここが開放されたことを皆に知らせるよ。そして、ここがガルディアの土地になったと」

「じゃあ、看板でも立てておきましょうか」

 シフが笑いながら提案する。

 俺は、適当な廃材を看板として建てて、『ガルディア王国国有地』と記入した。

「ほんのちょっとだけど、私たちの国も広がりましたわ」

 シフも満足げだった。

 帰還の道中。

「これを持て」

 今までも黙々と働くだけだったロムが何やらネックレスのようなものをくれる。

「うわ、これって!」

 それは、ゴブリンたちの耳をそぎ落として穴をあけ、紐を通したものだった。

「倒した証拠がないと信用されない」

「そ、そうだよね。確かに」

 このように未発達な社会では物証がないとどうしようもないのだろう。俺はビビりながらうなずく。

 街に着くと、俺は広場で告知する。

「うぉっほん。諸君聞いてくれ。私、王子クリサレス・ガルディアが『みどりの壁』の魔物を退治し、あの近辺を平和にしたことを宣言する」

 そして、俺は看板を立て、簡単な地図にあの近辺が王国の国有地になったことを示す。

 広場にいた人々は集まって口々に話し合う。

「おい、あのアホ王子等々脳に来てしまったのか」

「でも見ろよ、あのゴブリンの耳。あれはあいつらの特徴的な形だぜ」

「大した戦果じゃねぇな」

「やらないよりましってことかねぇ」

 雰囲気は六割くらいの高評価といったところか。

「静まれ! この戦いではこの戦士ロムが大ゴブリンを倒す殊勲を上げた。皆もほめたたえるように」

 俺が騎乗中のロムを指さすと、軽く拍手が起きる。

「彼は妖精小人……ホルス人の戦士、冒険者なのだ。今後とも御贔屓に」

 俺がそういうとロムが手を上げる。

 人々の反応は上々だった。魔物が退治されたのだ、小さい戦果とはいえ、意味がないわけではない。




 その後城に戻る。

 当然だが、ミランダが激怒していた。

「クリス! あなた、なんという危険なことをしたの!」

 腰に手を当て、巨大なおっぱいで俺を威圧する。

 これは、これで嬉しいかもしれない。

「お尻を出しなさい。今から叩いて性根を治しますわ!」

 こんな美人に尻を叩かれるとか、ご褒美でしかないだろう。

「ぜひ素手でお願い……じゃなかった、母上、僕は国のことを思ってやったのです。これで罰を与えられたら、魔物を退治しようとする人たちが委縮してしまいますよ」

 俺は必死にいい返す。これで外出禁止とかになったらやり難くなる。

「それでも、王子のあなたが危険を冒す必要はありません!」

「国のために危険を冒すのが王や王子の役目です。そのために、税金を徴収して、いい服や武器を優先的に貰えるのです。王宮に縮こまっているのが王子なら、僕は王子の位を返上します!」

 正直いって、適当に述べた言葉だった。

 何としてでもこのまま城に押し込められたくなかったのだ。

「……しかし」

 唖然としている。

 反論されると思わなかったのだろう。

「記憶をなくす前の自分があまりまともな人間ではなかったのは気が付いています。でも、このまま王位を継いでも、なすすべなくこの国は崩壊するのではないですか? 僕はそれまでに自分を鍛えておきたいのです。そして、この国のこともよく知りたい。今回母上の言葉に逆らったのはお詫びします。しかし、僕なりに必要だと思ったからやり遂げたのです。結果、国の領域は広がりました。農園一個分かもしれませんが、それでも成果ではあるのです」

 ミランダはしばらく考えていたが、

「わかったわ。それでも私の言葉に逆らったのだから、自室で謹慎していただきます」

 俺は素直にうなづく。実をいうと、体はスリ傷だらけ、殴られた跡は兜越しだったのに大きなこぶになっている。

 気が狂ったように使った全身の筋肉。痛みもかなりある。

 しばらくまともには動けないだろう。

 自室に帰ってきて、大きなため息をつく。

 母に会う前に急いで脱いだ鎧はボロボロで、もう使い物にはならない。あの道化染みた鎧もあのような仕事をして廃棄されるとは作った人間も思わなかっただろう。

 もちろん、母の前には服を着替えてきている。何とか必死に怪我がわからないようにごまかした。

 俺はそのまま寝てしまった。


 その夜。

 寝ぼけ眼に、美しい女性の姿。ベットの脇に立っている。

「あ……シフ?」

 その女性はするすると服を脱ぐと、俺のベッドの中に入ってくる。

 すべすべの肌で、俺を抱きしめる。

 俺はまるで子供に戻ったように、彼女にしがみつく。

 そして、そのまま……。

「シフ。やはり君は俺のことを……」


 朝、小鳥の鳴き声が聞こえる。

 俺はギュッとシフの柔らかい体を抱きしめ……。

 あれ……なんか毛皮だわ。

「ご主人様、もうお目覚めかな」

「うわっ。モフオかよ。せっかくいい夢見てたのに。現実はこんなもんか……はぁ」

 朝食を持ってきたのはシフではなく、部下のおばさんだった。

「あら、シフはどうしたの」

「シフ様はお加減が悪いそうで、今日はお休みです」

「じゃあ、早速シフのお見舞いに行かないと」

「駄目ですよ、お坊ちゃん。今日は安静にしていないと。怪我だらけじゃないですか」

 このおばさんに逆らうと、王妃の耳に入ってしまうだろう。仕方がない。

 食事をしていると、

「ご主人様。私がメッセージを運びましょうか。手紙とか」

 モフオが提案してくれる。

「そんなこともできるのか」

「ええ、軽い物なら」

 俺は早速、二つの手紙を書く。一つはシフへの御機嫌伺。もう一つはロムとの連絡である。

 モフオは手紙を受け取ると、すっと陰に消える。


 俺は寝転んで、『恋するおまじない大全』を手にすると、読みふける。

 暫く読んでいたが、あまり冒険の役に立つ魔法は無いようだ。少なくとも、ライトニングボルトやファイアーボールといった、定番のファンタジー魔法は無い。

 代わりに、

『邪鬼眼』:目の合った相手を自動的に支配する。抵抗する奴にはダメージ。自分の目をくりぬき、自分の手で倒したオーガの目を移植する。

『エターナルフォースブリザード』:敵は宇宙規模のエネルギー乱流に巻き込まれて死ぬ。偉大な神々七柱との直接契約が必要。神界へ行け!

『翼乱嵐翔』:背中の翼を刃に変えて敵にたたきつける。背中に翼が必要。風の神との直接契約。神界へ行け。

 ……効果はさておき、単純に無理な要求ばかりでどうしようもない。

「はぁー、やっぱり使えないわ、帆手夫。もっと、現実的で楽に習得できて破壊力ある奴は無いのかよ」

 などと独り言をいっていると、モフオが帰ってくる。

 二通の手紙。

 まずシフから。

「王子様もお体を大切に。私は魔力を使い過ぎましたので、今日は動けないですが……一日あれば回復いたします。御心配なく」

 次にロム。

「売却価格……武器類五銀貨、皮鎧八金貨、食料二銅貨……。合計十金貨弱になった。分け前として三金貨を頂く。残りは受け取りに来てくれ」

 要は戦利品を売った報告らしい。彼らしいといえばそれまでだが。本当にロボットみたいな奴だ。

 でも、金貨が三枚手に入ったのはいいことだ。これで次の戦いに備えることができる……が考えてみたら、鎧がないな。前のは壊れすぎているし、修理とか効くんだろうか。兜と小手は、金属に傷が入ったが、使えないことはないが。

「皮鎧っていくらぐらいだと思う」

「さあ、十金貨くらいじゃないですか? 鎧は高いですよ」

 モフオ、腹を舐めている。

「困ったな、鎧無しで冒険したら、すぐ死ぬよね」

「多分、そうなりますね」

 モフオは何の感情もなく肯定する。

 体が動くのに三日掛かる。




 三日後、朝食の後、

「いいかしら、クリス」

 王妃が俺の自室に入ってくる。

「母上、今日もお美しい」

 歯の浮いたような言葉がだんだんとすらすら出るようになってきた。

「お世辞は結構よ。それより、衛兵隊長の息子クレイマンの行方を知りませんか。あなたの護衛で仲が良かったでしょう。いささか、仲が良すぎるきらいはありましたが」

 ドキリとする俺。

 本物のアホ王子が「儀式の生贄」にしたはず。

 ばれたら、俺の立場は非常に不味いことになるだろう。

「ごめんなさい母上。何も思い出せないようです……」

 俺は頭痛がするような演技をしながらいう。

「そうですか、では、思い出したらすぐに知らせてください。彼の後任も考えないと」

 とりあえず、ごまかせたが、クレイマンの親が黙っていないだろう。

 本物は最悪の野郎だと思うが、今は手を出すこともできないのだ。

「そうだ、母上、そろそろ、剣の練習や乗馬の訓練をしたいのですが」

「……そうね。王子として、必要なことですわ、侍従に伝えておきます」

 というわけで俺は暫く、乗馬と剣の練習をすることになる。

 乗馬の方は意外と簡単に慣れることができた。

 俺専用の馬が俺のことをよく覚えていたというのもある。

 大人しくてあまり大きくない。早くはないが初心者向けの馬だった。

 とりあえず、俺には十分だ。


 剣の方は難航した。

 どうも剣道の型が残っていて、当地の片手剣の動きが全く馴染めないのだ。

「王子様。全く覚えていないのですか。はあぁ~。本当に覚えが悪いですね。これをどれだけ練習したと思っているのですか?」

 前の王子のアホぶりはここでも発揮されていたらしい。剣の教師の話では、弟子史上最も覚えの悪い男だった。

 流石に、ちょっとは覚えないと疑われるような気がしたので、必死に剣の型を学ぶ。

 鈍重なブロードソードを振り回す剣技で、隙が多いような気がした。隙は鎧と盾で防ぐらしい。王子の所持品である細身の剣とは合わない感じがしないでもない。

「僕の持っている剣にはちょっと技が合ってない気がするよ」

「王子様の剣は先代の王が、イスカニア帝国に行かれた際に購入されたものですから、先進国の武器なのです。田舎の事情とは合ってないものです」

 教師がちょっとイラッとしながらいう。

 イスカニアは最も近い位置にある先進国で、わずかだが交流がある。ガルディアの王位を認めてくれたのもイスカニアが最初だと聞く。

 不思議なもので、三日も剣の修業をすると、体になじみ始める。やはり、この体はこの剣術を習ってきたので、筋肉がそれに合わせて発達しているのだ。

 怪我をしてから十日後、ようやく謹慎が解かれる。




 王妃に広間に呼ばれる。

 広間には数人の皮鎧を着た戦士が立っていた。

「良いですか、一応謹慎は解きます。しかし、護衛も無しにフラフラ出歩かれてはこちらも困ったことになりますから、今後はこの中から一人護衛を選んで連れて歩くのです」

 俺は彼らに目を向ける。

「ええっと、シフ、彼らを紹介して」

 シフが、メモを見ながら、

「右から、トム、ディック、ハリーです」

 シフ、今日は秘書っぽい。

「うへへ。王子様は○○○が得意なんですよね」

 こいつがトム。

「もうびんびんです」

 ディック、よだれたらしている。

「うひひ……うっ!」

 ハリー、前かがみになった。

 こいつら何なんだ。イカ臭いし。

「彼らは由緒ある家柄の子弟です。仲良くしてあげてください」

 いや、どう見ても無理。

「王妃、もう少しまともな奴らはいないのですか」

「衛兵隊長に頼んで余っている兵を回してもらっているのです、贅沢はいえません」

 王妃が機嫌悪そうに答える。

 どう見ても、衛兵隊長の嫌がらせじゃないか。息子が行方不明だからといって……息子が不明なら怒るわな。

 水晶洞窟に行って、クレイマンがどうなったのか確認する必要があると強く感じる。

「とにかく、もう少しましな兵じゃないと連れていけませんよ」

 こいつら、変質者だろ。

「フフフ。お気に召しませんか王子」

 突然、太ったオッサンが後ろから現れる。

「ゲーマン公……」

 王妃の機嫌が更に悪くなる。

 ゲーマン公は亡くなった先王の弟でクリスの叔父にあたる。大貴族であり国の重鎮だが、王妃とは政治的に対立関係にあるとのこと。

「王子が怪我から回復した矢先に、いきなり武勲を上げられたとのことで、世間ではかなり噂になっております。王子のために働きたい人間をそろえたのですから、是非、彼らを先導してやって下さい。一人と言わず三人を連れて行ってはどうです」

 にやにや顔のゲ―マン。

「まあ、それはいい考えですわ」

 王妃、どこがええ考えやねん! 最悪やろ!

「お断りします!」

「衛兵隊長も回せる兵は他に居ないのです。王子はこれ以上我儘をいうべきではありませんぞ。叔父としての警告です」

 にやにや顔のゲーマンはさらににやにやしている。一発ぶん殴りたい。

 結局、俺は三人の変質者っぽい奴らを連れて行く承諾をさせられた。

 危機的状況だったが、俺は一つひらめいた。

 例の『恋するおまじない大全』に『憎い恋敵を不能にする術』という素晴らしい術があったのだ。

 しかも、非常に簡単な術である。

 敵の持ち物に不能の術を書き込めばいいのだが、俺は名目でも彼らの上司なので、身体検査を理由に体に書き込むことにする。

 

 出発前、

「よし、お前ら並べ、一応、魔物の印が無いか背中を調べる」

「ウヒヒ、積極的ですね王子」

 トムがよだれを垂らす。

 俺は彼らの鎧をまくり上げ、背中を見る、腰の後ろに日本製マジックでさらさらと特殊なマークを書き込む。これで奴は性欲が激減する。

 三人に同じ処置をする。こいつらは風呂に入らないからかなり持つだろう。

 実際、

「あれ、あんなにやりたかったのに。賢者タイム臭くなったぞ」

「王子を手込めにする計画、ちょっと後にしようか」

「……なんかやる気出ない」

 トム、ディック、ハリーは腑抜けのような顔をしている。

 これで少しはおとなしくなっただろう。

「魔物の印は無かった。よし、出発しよう。とにかく冒険者ギルドだ」

 俺は馬に乗ると、早速向かう。クリスの愛馬はすっかり俺のものだ。間抜け三人を引き連れ素早く到着した。

 冒険者ギルドに来ると、ロムが暇そうに茶を飲んでいる。

 面皰は外さずに飲む徹底ぶりで、顔はわからないが、こんな人物は二人といないので間違いないだろう。

「ロム、何日も待たせてすまない」

「……」

 無言で、小さな袋を出す。三人にわからないようにこっそり確認すると、金貨六枚相当くらいの小銭だった。

「『水車小屋』と『蜘蛛の森』は後回しにして、水晶洞窟という場所に行きたいが一緒に来ないか」

「……銀貨一枚」

 といいながらうなずくロム。

「何かあったら追加報酬は出すよ。あまり多くは出せないけどね」

「じゃあ、出発だ」

 俺が彼を連れて行こうとすると。

「こんなチビ役に立たないでしょう」「金の無駄です」「俺たちが信じられないのかよ」

 口々に文句をいい出す三人。

「いいから支度しろ」

 そういうと、不承不承に一応は行動するようだった。

 水晶洞窟はギルドの親爺が知っていた。職業柄周辺の地理には詳しいのだという。


 馬で向かうと、一時間程度の場所だった。

 城下町の南を流れるティラシス川の北岸、東の山脈に向かう丘陵地帯の中にそれはあった。

 確かに、名前の通り水晶のように美しい鍾乳洞だ。

 俺たちは松明に火をつけ、入っていく。

 俺が先頭、間抜け三人、しんがりを犬に乗ったロム。ロムは犬込みでも大きくないので、狭い洞窟でも乗ったまま入っていける。馬だとそうはいかない。しかし、流石にランスは洞窟の前に置いてきたようだ。

 中に入ると、つぅんと臭い匂い。

 動物の糞のような匂いがする。

 もし、クレイマンの死体があるならもっとすごい匂いだろう。しかし、そこまでではない。

「姿勢を低く。何かいる」

 ロムの声が後ろからする。ロムは犬から降りた様だ。

 俺はとっさにしゃがむ。

「何をいっているんだ、糞チビ。何もいやしないだろ」

「本当、ぶん殴ってやろうぜ、生意気だし」

 トムとディック、本当にむかつく連中だった。

「……ほひっ!」

 ハリーも何かいって脅そうとしたが、永久に話す事は出来なくなった。

 振り返った瞬間、背後から矢で射られたのだ。

 矢じりは喉笛を貫き。ごぼごぼと血を吐きながら倒れる。

「敵だ! 気をつけろ!」

 敵は暗闇から矢を射かけてくる。敵の居場所はわからないが、少なくとも一人ではない。

「もっといるみたいですよ。六人くらい」

 モフオが頭の中で話してくれる。どこかに潜んでいるようだ。

 しかし、このままではらちが明かない。

「おい暗殺者め、闇討ちか、卑怯者! 武器なんか捨ててかかって来いよ!」

 俺は怒鳴る。

 そういうと、突然辺りが明るくなる。

 壁にいくつか光源ができて、手に取るようにわかるようになる。

 ハリーは断末魔の痙攣をしていた。トムとディックは武器を捨てて伏せている。俺とロムは背中合わせになって身構えていた。

 そして、奥から数人の人間が現れる。

 先頭がなんだかやつれ果てた男、縛られていた。

 彼に剣を突きつけた男が二人。皮鎧を着た戦士。

 弓の兵士が三人。

 そして、真っ黒いマントのメガネの男。細身で神経質な雰囲気である。鎧は着ていない、術者なのか。

「私はラレンチ。どこにでもいる魔法使いです。ガルディア王国の王子、クリサレス殿ですね。お見知りおきを」

 勿体ぶってお辞儀するラレンチという男。

「実は私、お金に困っていましてね。王子をとあるところにお連れしたら、大金がいただけるという話を聞きまして……ここで待っていたのです。それに、この彼が、あなたのことを洗いざらい喋ってくれましたから」

 ラレンチは縛られた男を指さす。ボロボロだがよく見るとかなり若い男だった。

「あ、こいつクレイマンですよ。王子!」

 トムが叫ぶ。

 そういわれても、俺は見たこともないので、当惑するだけだった。名前だけ知っているが衛兵隊長の息子だ。

 生贄にされたのに生きていたのか……よく見ると、服の胸部が大きく破れている。

「フフフ。わかりませんか。別にどうでもいいですけど、王子様は記憶を失われたとか。クレイマンのこともわからないようですね」

「僕にどうしろというのだ」

「簡単ですよ、武器を捨ててください。その二人の間抜けは素直ですね。彼らを見習ってください」

 トムとディックはあっさり武器を捨てて降伏している。

 この二人は全く役に立たない、入り口は開いている、一気に駆け抜けたら逃げられる可能性はあった。

 俺はロムを見る。

 うなづくロム。

 さっと走ろうとした。しかし、

「王子様、諦めてください!」

 いきなり、トムが俺をディックがロムを羽交い絞めにする。

「裏切ったのか、恥を知れ!」

「そういわれても、俺たちはまだ死にたくないんですよ。王子様を渡して金をもらう側になります」

 トムの臭い息。

「へへ、そういう事ですよ、旦那」

 ディックもロムを押さえつけながら答える。

 ロムは力が強いが、すぐには逃げられないようだ。

「ハハハ! これは傑作だ! 護衛がここまであっさり裏切るなんて、初めて見ましたよ。さすが腑抜けのガルディア。噂は伊達じゃないですな。もう、ここまで来たら、こいつは用なしでしょう」

 ラレンチがうなづくと、クレイマンの横にいた兵が彼の首を掻き切る。

 大出血して死亡するクレイマン。

 俺は数発殴られて、意識がもうろうとする。

「さて、どうしましょうか。裏切り兵の二人はどうしたいのです」

「俺たちはこの王子を手込めにしたい。何でもいう事をきくからやらせてくれ」

「なるほど、そういう趣味でしたか。お好きにどうぞ。私は興味ありませんし、王子が死ななければ何をしてもかまいません」

 貴族的なしぐさで肩をすくめるラレンチ。

「こいつはどうします」

 ディック。ロムを必死に抑えている。

「殺してください。邪魔なだけなので」

 ラレンチは横にいる兵に命じる。彼はナイフを抜くとロムに近づく。

 もう絶体絶命だ。すまないロム。

 俺の瞳から涙が流れた。

「ちっ」

 背後から舌打ちする声。

 ひゅん! と何かが風邪を切る音がして、何かが兵士に突き刺さる。

「ぐわ!」

 ナイフを抜いた兵がくたっと倒れ込んだ。

 同時に、バチバチと洞窟内に電撃が走り、何人かの兵が倒れる。

 すっと明かりが消えると、何者かが走り回る音。

 剣が鞘走り、人を刺す音が聞こえる。うめき声と悲鳴。

 俺には真っ暗すぎて何も見えなかった。敵兵もそうらしく、一方的に虐殺されている。

「ここは引く」

 ラレンチの声。呪文が詠唱され、ブオンという音がして気配が消える。

 そして、再び、洞窟は明かりが戻る。

 光源の位置は違うが、同じく光の魔法だろう。

 状況を見ると、ラレンチ以外は皆死亡している。

 トムは死亡。

 ディックはロムが逆襲に転じて、腹をナイフで刺されている。苦しみながら死ねと思う。

 二人の人物が、洞窟の入り口にいる。

 一人は雲付くような大男。多分、二百五十センチはある。

 ローブを着て杖を持つ。フードの所為で顔は全く見えない。

 もう一人は、とても小柄な若い女性だった。

 真っ黒の衣装に、真っ黒な髪、黒い瞳に、白い肌。黒い瞳は非常に鋭い。

 腹を刺されても抵抗続けるディックに突然白い光が当たる。彼はピクリとも動かなくなる。

「やれやれ、結局こうなるか」

 大男がつぶやく。

「おじさん。この二人をどうする」

 小さな女の子が大男に問う。

「どうも何もしないよ。ただ、このまま生きて帰ってもらうだけだ」

「……」

 何か不満げな彼女。殺す気?

「あの、大男さん、多分、ヴァリーさんですよね」

「ああ、ご存知ですか王子……というか、何処の誰かは知りませんが。王子にされた可哀想な方」

 やっぱり、こいつは俺の正体を知っている。

「お願いです、元の世界に戻してくれませんか!」

 俺は思わず叫んでしまう。

「うーん、それは無理かな。なぜなら、あなたは元の世界から逃げたくて仕方がなかった人なのです。その時に二度と元に戻れないという約束を世界と結んでしまいました。死んだ人が生き返らないように、あなたも元には戻れません」

「そんな……」

「本当の王子とあなたは同じ思いだったのです。それで呼応して、彼とあなたは入れ替わったのです」

 がっくり座り込む俺、この殺伐とした世界で生きていくしかないのだろうか。

「記憶は消えているかもしれませんが、あなたも相当つらい人生だったみたいですよ。元の世界で」

 慰めるようにヴァリーはいう。

「そうですか……」

 消え入るような俺の声。

「もうこうなったのです、諦めて前向きに生きましょう。人生捨てたものじゃありませんよ。多分。そんなことより、王子、あなたは重大な運命に巻き込まれつつあるのです。今、まっすぐ生きないと、本当の地獄がやってきます。とりあえず、簡単に申し上げると、あなたの国は魔王に狙われています。国力を上げて、然るべきときに然るべき軍勢を持てないなら、なすすべなく皆殺しになります」

「は、はぁ、それはいつごろになります?」

「運命の時ですからね。即座ではないですけど、来るのは間違いないですよ」

「どうすればいいのです。この国は今でも終わりかけですよ! 教えてください」

 俺は思わず大声を上げる。

「うーん困りましたね。私はあまり直接介入してはいけない決まりなのです。でも、魔王はルールを無視して、平気で何でもやる。仕方がないですね、幾つか援助しましょう」

「やったー、じゃあ、何をくれるんですか」

 目をキラキラさせながら俺は彼に近づく。

「そう期待されても……あ、そうだ、これ上げますよ」

 ヴァリーは俺に近寄ると、何か光の塊のようなものを俺に押し当てる。巨大な手でつかまれたと思った次の瞬間には、光は消えていた。

「マナの力です。いやあ良かった。誰かに渡せて。私には要らないものですから。それと、彼女を部下にしてください」

「ええ! 嫌よ!」

 小さな女の子は凄い嫌がりぶりだった。

「あいつ、絶対エッチなことするわ、それに、おじさんとまだ一緒に居たい」

 何だよ、その決めつけ。

 ロリコン扱いする気か! 違う、お兄さん目線なだけだ!

「おお、なんと嬉しいことを……しかし、もう、私はあなたと一緒に居られないのです。私は人にあまり関わってはいけないことになってますから。エリン。もう一人で生きる時が来ましたよ」

 そういうと、ヴァリーは透明になって消えていく。

「おじさん、消えないで!」

「私はいつでもあなたを見守っています。これを持って行きなさい。私の気持ちです」

 ヴァリーは消えながら、幾つか物を落としていく。

 彼女はしばらく泣いていたが、きっと俺の方を見ると、すっと闇に消えてしまう。

「お、おい、君!」

 俺の声はむなしく洞窟に響くだけだった。

 ヴァリーが落としていったものは、漆黒の宝石がつけられた女物のネックレスと指輪だった。指輪には何かの紋章が刻まれている。

「エリンちゃんだったか、ヴァリーさんの物はどうでもいいのか?」

「ネックレスは凄い魔力の品です。指輪は単なる指輪ですが……かなり高価です」

 モフオがしきりに匂いを嗅ぎながら教えてくれる。匂いは関係ないと思うが。

「とりあえず、放置しておくのもどうかと思うので、預かっておこう。ここにそう書いておけばいいだろう」

 俺はマジックで二つの品を預かったことを書いておく。

 何時でも取りに来て良いと。

「あの子、思い込みが凄そうだから、こう書いておかないと怖い」

 苦笑しながら書く俺。

「ツンデレって奴ですか」

「デレがあるかどうかは神のみぞ知るだな」

「ところでここはどうするんですか?」

「素直に話すよ、微かな記憶を頼りに、この水晶洞窟に来たけど、そこで賊に襲われた。護衛は必死に戦ったが多勢に無勢で戦死。クレイマンも加勢に来たが、返り討ちに会う。結局、エリンという謎の剣士がやってきて、助けられたという感じかな」

「大筋は間違っていませんが、事実も全部話すわけではないのですね」

 物品に飽きたモフオは体をぺろぺろする。

「まあ、それは当然だろう」

 俺は死したクレイマンの縛めを解いてやる。筋書きが変になるので。

 彼は裏切られたとはいえ、愛する王子のことをべらべらしゃべったという。これは胸にしまっておくべきなのだろう。特に遺族には。

 こんな感じで胸に秘めていく事がどんどん増えるのが人生なのかもしれない。


 翌日からは大騒ぎだった。

 死体が回収され、衛兵隊長が涙にくれる。

 クレイマンは王子を救った英雄という事になった。ロムも王子を救ったので報奨金。

 トム、ディック、ハリーも立派な兵士として称賛されることになる。

 ロム以外は見当違いの称賛だったが、遺族がいる限り下手なことはいえない。

 ラレンチという男は似顔絵とともに金貨百枚の賞金付きで指名手配される。

 尚、敵兵の死骸からは何の証拠も見つからなかった。この辺りの民族という事だけで、それ以外のことは不明である。




 二日後。

 朝の宮廷、大臣や大勢の陳情者の前で、俺は母からまた叱責を受ける。

「なぜ、記憶を失ってから、こんなに事件が起きるの。あなたの周りには」

「すみません、母上」

「その剣士は褒美を上げないといけません、心当たりはないの?」

「残念ながら……その時が初めてお会いした方ですので、非常に小柄で愛らしい少女というだけで他には……」

「それだけでは……」

 その時、突然、

「返して!」

 天井から声がする。ふと見上げると、エリンがそこにいた。いつの間に。

「あ、あなたは?」

 王妃が困惑の声。

「侵入者だ!」

 衛兵たちが騒ぎ出す。

 俺は慌てて、兵を抑えて、

「エリン、返すから降りてきてくれ」

 そういうと、彼女はすっと音もなく床に着地する。怒ったような目で俺をにらむ。

「返してもいい。ただし、僕の護衛になると誓うんだ」

「……」

 エリンの目は更に怖くなる。

「おじさんもそういっていただろ。何もしない根無し草になるより僕の元にいた方がいいよ」

 暫く沈黙が続く。迷っているのだろう。

 俺はこれ以上何もいわない。

 去っていくのなら、止める権利もないからだ。

「わかったわ。あなたの護衛になる。だから、返して」

 俺はうなづくと、麻の袋を渡す。中に件の品物が入っていた。

 彼女は確認すると、身に付ける。

「あら、その指輪はアーロン王国の紋賞よ……」

 王妃が目ざとく気が付く。

 エリンが王妃を見るが、敵意は無いようだ。

「その指輪はアーロン王国の貴人しか付けられないものよ。ようこそガルディアへ。私は王妃ミランダ。あなたは?」

「……エリンです。エリン・アン」

「アン家といえば、アーロン王国の前の王の宰相の家系ですね。光栄ですわ、エリン様」

 にっこり微笑む王妃。

「……私はもう貴族ではない。王子の護衛なのだ。それ以外の何者でもない」

「何か事情がおありなのね。いいわ。私の息子を守って下さいな。でも、ガルディアはあなたを貴人として遇しますわ」

 彼女は礼をすると、ふっと消えてしまう。

 どよめく人々。

「今のは一体」「何という事だ。大国の大貴族の令嬢だぞ」「消えたぞ、どういった魔法だ」

「静粛に! この件は王子と王妃に任せるしかありませんぞ!」

 有力な人物が声をあげる。どよめきが止まった。

 それからは、宮廷はいつもの通常運転に戻った。

 その日はもう一つ騒ぎがあった。

 国庫に千枚の金貨が戻っていたのだ。

「エリンかな。返してくれたんだ」

「私より隠密うまいですからねぇ」

 モフオは猫のしぐさをしながら、面倒臭そうに答える。




 さらに数日。

 俺は再び冒険者ギルドにいた。

 前と違い活気が出ている。

 うわさを聞き付けたのか、冒険者志望の若者が数人滞在している。

 商人や貴族たちも、人が集まるならと、冒険の依頼を出すようになっていた。

 ロムは彼らから、多少尊敬を受けるようになったようだ。

 店の親爺もばかにしたような態度で彼には接しなくなった。

 張り紙を見ると、概ね護衛任務ばかりだった。俺の依頼は誰もやってない、安いうえに危険だという事なのだろう。

 これからは貼り紙を出さずに、目をつけた冒険者をスカウトして、一緒にパーティを組むことにする。

「諸君、王子様が来たぞ」

 親爺が声をかけると、人々が集まってくる。五人。

 戦士風の若者が三人。盗賊風の妖精小人が一人。そして、エルフの女が一人。

 女エルフ!

 薄い本!

 俺の期待は下半身中心に高まったが、その勢いはすぐにしぼむことになる。

「あなたが、片田舎の小国の王子ね。私はダナ。高貴なハイエルフよ。私に会えたことを喜びなさい」

「ほへ?」

「馬鹿面してないで、感謝しなさい。私みたいな偉大で高貴な存在が、あなたのような底辺の生き物に手を貸してあげるのよ」

「は、はぁ」

「私と出会えただけで、そして、会話できただけであなたは幸運なのよ」

「こ、この方はちょっと……たとえハイエルフといえども……」

 俺は苦笑しながら、この変な女を脳内全力否定開始する。

「ちょっと待てくれ。この人はちょっと変なんだ」

 盗賊風の妖精小人。いかにも狡すっからい感じの男が横から話しかける。壮年の小人だろうか、短く髭を蓄えている。

「そ、そうなの?」

「悪気はない。ただおかしいだけで、実力はある。悪人でも無いぞ」

 男はナイフで爪を削りながらいう。

「私はハイエルフの魔法使い。高貴かつ知性、美貌。全てを兼ね備えているわ」

 ダナは物凄い上から目線を俺にくれる。

「つまりこれはどういうこと?」

「要は金を出せば働くってことだ。金は俺に渡してくれ。俺はオーベだヨロシクな」

 ニヤリと笑う。経験を積んだ壮年のホルス人の隠密。

 オーベはかなり高い金額を要求してくる。そして、ダナは金は要らないがオーベは相棒なので彼を雇うのが条件と宣う。

 俺は結局、この二人を雇うことにした。ロムは頼りになるが、戦闘だけに特化しすぎている。エリンは護衛をしてくれるという話だが、今尚顔を見せないので、とりあえず、当てにならない。

 ダナとオーベはアーロン王国から来たという。

 アーロン王国は東に位置する隣国の大国である、間に山脈と未開の荒野があるが。一応隣国なのだ。


 翌日には彼らと出発する。メンバーは俺、ロム、オーベ、そして、どう見ても変人ダナ。彼らの雇用費用が嵩んだので、若者三人には今回はあきらめてもらった。

 目的地は『水車小屋』だが、距離があるので、彼らと話をする。

「アーロンはピット王の治世で平和になったからなぁ。蛮族は軒並み平伏しているし、悪魔信仰も撃滅されたうえに、南方の女戦士国家と同盟してる。もう怖いものなしだぜ。結果、俺たち冒険者には若干暇な国になったんだよ。ゴブリン退治を歴戦の勇者が取りあう始末だ。まあ、一般人にはこれほどありがたい王はいないわな。ピット王を崇める宗教ができるレベルだぜ」

 オーベがぺらぺらとアーロン王国の話をしてくれる。

「オーベさんはピット王が好きなのか?」

「そりゃそうだよ。あの偉大なお方は最初冒険者だったんだぜ。子供の時に暴漢に襲われて片眼を失っている。しかも、両親を目の前で殺されているんだ。こんなハンデを負いながら苦難の冒険の末、両親の仇を打ち取り、悪龍を倒し、悪魔信仰を倒し……ハハハ、いい出したらきりがないな。冒険者としてあこがれの存在だよ。嫌いになる理由がないだろ」

「確かに、それが本当なら、大英雄だね。大だけでは足りないかも知れない。でも、一人で成し遂げたわけじゃないだろ」

 オーベは嬉しそうに。

「よくぞ聞いてくれた。俺たちの同胞、デリクという男が影に陽に王を助けていたという。王の偉業の何割かは俺たちの仲間が成し遂げたのよ」

「私たちの同胞も王と協力してますのよ。実際、王妃はハイエルフの女性ですから」

 と、ダナが誇らしげにいう。

「流石ハイエルフ」

 一応、このダナはほめあげて称えあげてこき使う予定である。

「ピット王なら、私ほどの偉大な種族でも結婚相手として釣り合うかもしれませんわね。仮に私が求婚されたら受けるかもしれませんわ」

 なぜか頬を赤らめるダナ。

(滅茶苦茶条件高いな。人類に数人しかいないレベルが釣り合うのか……千パーセントぐらいで婚期逃すわ、この女)

 と、俺は激しく思った。

「ダナさん、もっと劇的に条件下げないとお見合いすらできませんぜ」

 オーベ、流石に年の功。

 まともなご意見。

「五月蠅いわね。あなた結婚相談所の回し者なの」

 人の話を聴く気のない女だった。


 やがて、『水車小屋』に到着する。

 この『水車小屋』は、名前は『水車小屋』だが、水車小屋ではない。

 古代に建っていた塔の二階がずれ落ちて、水車のように見えるからそう呼ばれている。現実は古い塔の根元だけの廃墟である。

 俺はオーベを見る。

 彼はうなずくと、そっと、足を忍ばせて偵察に向かう。

 即座に存在がわからなくなる。たぶん、何らかの魔法なのだろうが、やはり、本職は頼りになる。

 十分ほどしたら帰ってくる。

「オークが住んでいる。十匹」

「ホホホ。少なすぎですわ。戦力にもなりませんわ」

 ダナが笑う。俺は思わずぎょっとする。

 オークは人間より強い生き物だ。

 非常に筋骨隆々とした生き物で、武装もしっかりしている。人間より知性が劣るから何とか倒せているが、正面から同数で普通に戦うと負ける可能性が高い。ちなみに、これはロムの受け売りである。彼はぽつぽつと有益なことを教えてくれる。

 とりあえず、明らかに人数で負けている。

「これは、撤退して、援軍でも呼ぶべきか」

 来てくれないだろうなと諦めの気持ちが湧く。

「ホホホ、王子様は弱気なのね。そんなので次の王が務まるのかしら」

「いやぁ。これはちょっと不利でしょ。僕らは四人ですよ」

 俺が苦笑すると。

「そんなのだからいつまでたってもヘタレなのよ! 気合い入れなさい!」

 金切り声。敵に聞こえるレベルだった。

「ちょ、っちょっと。ダナさん、静かに!」

 気合の問題や無いやろ!

「十匹如き、私一人で十分よ。出てきなさい、ゴミオークども! ヘタレ、ウンコたれ!」

 ダナはずかずかと、敵に向かっていく。

 頭がおかしいのか!

「オーベ、止めてくれ!」

「あー、あーなったら無理っす。援護を考えましょう」

 オーベは弓を構えてどこかに消える。

 声を聞きつけて、オークたちが出てきた。

 彼らの前には、なんか知らないけど上から目線のハイエルフ女が一人。

 流石にぎょっとしている。

 普通に考えて、絶対あり得ない状況だからだ。

「アホオークども、それで全部なの。私を倒すには少なすぎるわ!」

 ダナが吼える。

 オークたちは何か相談しているが、どうやら、とりあえず、この変なエルフの生皮を剥いでから考えることに決定したようだった。

 オークは武器を構えると走り始める。

「ホホホ、では早速行くわ。アースエレメンタル!」

 突然、ボコっと地面が隆起すると、巨大な土の人形が現れる。立ち止まるオーク。

 これだけで五匹のオークが足止めを喰らう。

「チャーム!」

 立て続けにダナの魔法。

 一匹のオークが停止する。頭を仕切りに振っているが、突然、隣のオークに斬りかかる。

 残り三匹のオークがダナに肉薄するが、ダナはふっと消えてしまう。戸惑うオークたち。

 そこに、矢の雨が降り、一人が倒れる。

 そして、ロムがチャージを行い一人を倒す。

 俺も突撃していた。一匹に斬りかかるが、簡単に受けられてしまう。

「はぁ、やっぱり一番弱いのは俺か!」

 オークは怒って、俺に反撃するがこれはひらりと躱して終わり。

 俺が斬り返そうとすると、オークの頭が魔法の光で吹き飛ぶ。

 ダナの魔法だった。

「王子様、お怪我はありませんか」

 ダナの声。

「ああ、助かったよ、盛大に脳味噌を浴びたけどね」

 悪臭で頭がくらくらする。

 まだ生きているオークは土人形と命を懸けた殺し合いをしている。俺たちはそれ見ているが、人形が片手でハエでも潰すようにオークを叩くと、何の抵抗もなく死んでいくだけだった。

 戦闘はすぐに終わる。

「オークども、がっぽりため込んでやがったぜ」

 オーベがヒーローらしからぬ発言。

 ざっと見て、金貨百枚はあった。その他資材や武具を叩き売ると、百五十枚。

 今までで最大の儲けだった、半分は国庫に入れて(というか俺の活動資金)、オーベとロムに残金は渡すことになる。

 オーベはホクホク顔。

 ロムはいつもながら無言。

「そういえば、ロムは金を貯めたらどうするつもりなんだ」

 俺はなんとなく気になって聞く。

「より、強力な装備を買って……」

「買って?」

「……」

 彼はそのまま無言。

 俺たちは戦利品を馬車に満載して、帰路についた。

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誤字脱字はそれなりにチェックしましたが、想像より多かったですごめんなさい。

世界の地名や設定などは昔中二病の時に作った設定を使ってますでの、由来などは忘れました。

最初期の投稿を読まれた方には申し訳ございませんが、かなり記述に間違いが多く発見されました。特に東西を間違えることが多く、地形情報をかなり混乱させてしまったのではないかと思います。

近いうちに地図を公開したいと思っています。……が、地図を書くのが下手なようで、ちょっと苦戦しています。


2020/4/5 ガルディア周辺図をつけました。よければご確認ください。

2020/7/25 文章リニューアル開始。行頭余白入れました。改行も増やし、多少は読みやすくなったでしょうか。今後、二話以降も行う予定です。

2023/4/30~9/22 微修正

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