ココア。
今日は 朝起きて、カレンダーをみた。
君は、記念日なんてどうでもいいと思ってるタイプなんて分かってたけど
この日がなんとなくどこかで嬉しくて、
今日は1日 頑張ろうと思えたから。
君はどうだったかな。
どうでもいいままだったかな。
どっちでもいいけど。
僕は、昨日からずっとこうすることを決めていたみたいにソファにもたれて、君へ繋ぐ硬い端末を
耳の隙間に押し当てた。
午前0時。
部屋に響いたリズミカルな音と机を震わせるバイブ音にピクリと反応した。
今日は、仕事で小さなミスを連発して、
何度も周りに頭を下げて、
自分のせいじゃないようなことにもすみませんと言って、
大きなミスを1つするよりかはダメージが大きかったような、そんな感じの夜だった。
そんな夜に来た着信は、珍しく君からの電話で、ほっとした溜息をついてから着信を知らせるスマホの画面をスライドした。
「どうしたの?」
「、、、」
電話の向こうで君は、しばらく黙って、
「ん?」
続きを促すと、ぽつりと呟いた。
「、、、今日。そういえば、1年だったと思って。」
君と私は、なかなか会えない。
それは私が忙しくて、ゆっくりあなたと2人で会える時間を作れないから。
「あ、そうか!そうだね!」
それから少し間を空けて、君からは安心したみたいに優しい声が返ってくる。
「、、、そうだよ。」
そんな声に私は、小さく笑う。
君は、なんていうか、控えめだ。
あまりおしゃべりなタイプではなし、
どちらかというと天邪鬼で
イベントごとには基本参加しない。
交友関係も広くなくて、気に入った特定の人を ずっと長く、大切にする。
おしゃれには興味がなくて、
髪には無頓着で、
それなのに、
背が高い君は、シンプルな服装がよく似合って、それだけでおしゃれに見える。
それから君は、間を大事にしていて、
生き急ぐようなタイプでもないから、
基本的に口癖は、
「まあ、なるようになるでしょ」
その口癖は もう、私にも写った。
高校生のころ、
自分が描いていた理想の相手とは正反対で、具体的にどこがそうなのか聞かれると「あまりにもしゃべらない」というところ一択なのだが、
裏を返せばそれは、
私の方がおしゃべりで、君が聞き上手なせいだと気付いた。
そのせいなのかもしれないし、
そうじゃないかもしれない。
けれど、
1つ年上の君の隣で過ごす落ち着いている時間は、今のわたしの中で、最上級の居場所だ。
「、、意外、だね。 こういう電話くれるの。」
「、、そう?」
君の恋人になって、まだ1年。
出会ったのは、お気に入りのバンドのライブだった。
当てにしていた友人からドタキャンを喰らい、途方に暮れながらなんとなくtwitterで「#チケット譲ります」なんて探していたらご丁寧なご挨拶と一緒に「話し下手ですが、よかったらご相席でも。」と添えてきた人だ。
端っから男性の時点で無視と考えて探していたが、そんな挨拶にクスッと笑って魔が差したと言えば差したのだろう。
現代的な出会い方で、よくもまあ自分も快くそれに応じたものだな、と思ったりする。
まさかこの人と日々をご相席する間柄になるなんて思ってもいなくて、親に彼氏がいるとバレて、出会いなどと聞かれた日にはなんて答えようかと迷ってばかりだ。
私もライブに行きたかった、というところに折り合いをつけてもらおうなんて昭和の人間には通じるのだろうか。
そんなこんなで、ライブでは意気投合し、なんとなく流れでこのままご飯でもとなり、連絡先を交換しては度々会って、その後もライブには一緒に行くようになったのである。
気づけばライブ仲間から恋人になり、
そんな君が、私にとってどんな恋人なのかは会えない時間が多いせいで実際まだよくわからない。
それでも1つだけ。
君は、
ずるい人だ。
「しかも、0時ちょうどだった。」
そういう演出みたいなの、嫌いそうなくせに。
「、、うん。ちょっと、張ってた。」
なんか、それも、
ずるい。
「張ってたの?」
おかしくて笑ってみると
「、、、うん。」
不服そうにする。
きっとそれは 君が、
なかなか会えないわたしのために
慣れないことをがんばってくれたせいだ。
「ありがと、わざわざ。」
「うん。」
君は多分、電話は苦手だと言っときながら
本当は好きなタイプで、
電話はしたいけど、何を話したらいいかわからない、みたいな
そういう人だっていうのは最近気づいた。
「、、覚えてた?」
「なにを?」
それでも、君が少ない言葉で何か話そうとしてくれるのは胸がきゅんと小さくなる。
「今日。」
「あぁ、んー、、」
正直、覚えてるどうこうよりも、私はいちいち記念日にこだわらないタイプだった。
可愛気がなくて申し訳ないなと初めて少し、思ったりした。
「あれ?ワクワクしたの俺だけだった?」
耳に当てた板一枚の硬い端末から、君だけの低くて穏やかな声が聞こえる。
少し笑い声が含まれてるその声には、
君の意外なかわいい一面が見れて、顔がにやけたりした。
「うん、あなただけだった。」
わざとだけど、笑って返した。
「、、、ひどいな。」
でも、君の声は 「ひどい」だなんて、思ってそうにもなくて、
人を咎める気なんて1ミリもないくらいにひどく丁寧に柔らかかった。
だけど、
「なんか、1年経ったんだなぁて思ったら電話したくなった。」
そんな君の言葉には なんだか私もそうだったような気がしてくる。
「どうせなら、会いたかったなぁ。」
君のそんな似合わないかわいいセリフには、いくらでも私は弱くなって、どこまでも落ちていったっていいような気持ちになってしまう。
「会いたいって思ってもらえるの、なんかうれしいね。」
だから私は、
きっとこれから先 聞けることも少なくなってくるような、君から図らずも紡がれるココアみたいな言葉は、
ぐんと飲み干して、
ほっと一息をついて、
ゆっくりと私の中で溶かして行って、
これが幸せかと、思えるように。
なにが嬉しくて
なにが楽しくて
なにが幸せなのかを
君に、伝えていこうと思うよ。
それなのに、君は、
「会いたいって思えるのも、うれしいよ。」
本当にずるい。
普段は何も言わないくせに、
なんでもないような顔をして、
とんでもないような事をさらっと言ってしまう。
君の方が何枚も上手だ。
今日は、
何もかもが上手くいかなくて、
ひどく落ち込んで、
帰ってきた1人の家にも、
むっとした顔で入るお風呂にも癒されるわけなかった。
今までなら、そのまま眠るだけだった。
それだけだったのに。
そんな今日の夜がしわあせだと思えるのは
全部、君のせいだ。
「すごいね、あなたは。」
君のせいで、今日がいい日だったみたいになる。
「、、ん? なにが?」
私は、君を大事にしないといけないね。
「、、内緒。」
君に ふふっと笑う。
君は
何それ。 と楽しそうに笑った。