05 人は見た目が100パーセント?
〈ウォーウ、ウトェルビ・アー!〉
現在私はぷるりんを装備中なので、ぷるりんの頑張りによる語学能力はアップされているのだが、これは私個人にもわかるのだ。かつての我が国のバイト先、ベーグル屋さんに居た頃からの、海外のお客様へのカタコト対応。言葉は全く通じなくても、身振り手振りと表情で、大体通じてしまうものはある。
〈ウトェルビ・アー!〉
(きっと喜んでる。チアー的に、おじさんは私を応援してくれてる)
私個人の語学能力に関しては、飛竜の飛ぶガーランド国語はなんとなく、何言ってるかは分かる程度まで飛躍している。なので〈テルフィアーン〉と笑顔になる彼らが、私を祝福してくれたのも理解できるのだ。
それはそうと、この〈テルフィアーン〉のように、最近気づいた事がある。
前回の訪問で、ぷるりん不在時に取得した〈テルフィアーン〉は、アラフィア姉さんとエスフォロス弟が私のチアーに頻繁に使用していたため、漠然と誉められていると認識していた。なので特に後追い検索もせず、眼鏡の語学講師からその言葉を聞くことがなかったので、チアー的な良い言葉だと解釈している。
解釈?
青い玉による異世界言語チートしてるくせに?
それがどうにも違うのだ。
つまりそう、ぷるりんを装備していると、彼の理解する異世界語は完全翻訳されているのだが、彼を外して私が独自に語学学習すると、私の学習スキルが表面化してしまうという事が発覚した。
この現象を何かに置き換えるとするのならば、パソコンを使用すると最上部に存在するあのマークが思い浮かぶ。入力の使用状況を保存してくれるあの四角なのだが、それをあえて押さなくても、画面を閉じるだけで保存しますか?〔はい〕〔いいえ〕が現れて、表を保存してくれる事がある。
それがある日、いつ、何かを押してしまったのか?その〔はい〕〔いいえ〕が、突如として現れなかった事があるのだ。
・・・あれ?毎回ちょっとしつこいイエス・ノー選択肢、でなかった気がする?
居間に置き去りの父の古いパソコンを、目的無しにぽちぽちしていた私。そのパソコンは中身もバージョンアップされておらず、閉じるときに悲しげな落下音がするのでお気に入りだったのだが、彼がコツコツと使用していた表計算、突然消えてしまった何かの設定に首を傾げた私は、見なかったことにしてそっと落下音と共に終了した。
その後『おおっ?』っと、日常生活に聞き慣れない声を発した父が、くつろぐ我々を振り返り『誰か触った?』とかなり焦っていたとある夕食後。
この様に、私が学習する事により〔何か〕を押してしまったのか、ぷるりんの正確なプログラミングに、私の拙いプログラミングが、異世界語翻訳機能に上書きされてしまうのだろう。
ざわざわ、ざわざわ。
さて、到着した賑わう港町で、漁師の小舟に忍び込んだ悪い子供の代表的存在の私を、金髪ファーン現象の青年が庇ってくれたわけだが、何故かしっぽ付きの異国の青年と、同種族ということで話は丸く収まった。
私のどこを見て、そうだと認識されたのか?
更に不思議なことに、船着場を通りがかった別の船の船員に、何故か私の知人が居たようで、彼は私のことを子ザルだと漁師たちに熱弁し始めたのだ。
猿なのか?鼠なのか?
頭上で飛び交う猿と鼠。笑顔で私を見下ろす彼らに、無愛想を浮かべるぷるりん。
〈ウトェルビ・アー!〉
プルムの港、我が星の東側民族の面影を持つ北方の船乗りたち。結局彼らは無銭乗船した悪い子の私を〔猿〕だと決め付け祝福し、その中の一人が大きな手で私の頭をわしづかもうとした。その時だ。
[**!やめとけ!!]
ドローン語で進む会話中、突然の鋭い北国の言葉で、一番私のことを鼠だと熱弁していたおじさんが仲間を制する。
一体おじさんは何に焦ったのか?
なんと彼は、鼠である私が、手を伸ばしてきた船員に噛みつくから、触るのはやめなさいと言ったのだ。
(・・・・・・・おぉう?)
そこまで鼠確定か。しかも、人には慣れていない、野性味あふれる人間不信感が丸出しに出ていたと?
私のどこを、どう見てくれると、そうなるのか?
おじさんの熱弁に周囲は強く納得し、長いしっぽをふりんふりんと動かす、私よりも動物感の強いファーン現象の尾長男も笑顔で同意。
〈そうだよねー、頭はやめてー〉
間の抜けた音程で言葉を発するファーン尾長。ひょろりとした細身、日焼けに金髪、温厚そうな笑顔が板についている。そして見ず知らずの私たちを助け、人々に終始笑顔で語りかけるファーン現象だが、今は外身のぷるりんが、彼に警戒している事は間違いない。
「・・・・」
(ぷるりん、尾長から目を離さない。私が零れ出る隙も与えないほどに、ピリピリと奴の全てを観察中)
舟での会話の中で、特に深刻なやり取りがあったわけでは無いと思ったのだが緊張感だけは増す。それは船上で、何も言わずに胸元を、いつもより長く握りしめていた事でそう察した。
〈行こう、メイ〉
達者でな、と手を振る人の善い船員を無視して、会釈もせずに無銭乗船のぷるりんこと私は彼らに背を向ける。前に訪れた時とは違い、本当に人の善い船員の彼らにお礼も言わずに立ち去る事への罪悪感。そんな私の残悪感を感じることの無いぷるりんだが、警戒中の尾長男に呼ばれて後を追う。
(そんなに、ぷるりんが気になるほどの猛者とは思えないけど・・・)
過去に騎士団長であったぷるりんは、私の身体でオゥストロさんとフロウ・チャラソウの剣試合の隙間に飛び出た事がある。騎士団長だったという過去の栄光にしがみついたぷるりんが、出来ると思って躍り出た現場。当時は緊張感にそれどころではなかったが、ついさっき我が国のあることを思い出した。
年寄りは、見かけによらず行動が機敏になるから、気を付けなさい。
そう言っていたのは、運転中の母親である。少し離れた歩道の電柱の陰にお年寄りが居るなと油断していると、彼らは運転手の想像以上のスピードで車道に躍り出て、半ば力尽きて道を渡りきる前にペースダウンしてしまう。動物的に突然はしゃぎ飛び出す子供も危険だが、一見まったり見える年寄りも要注意だと、母はしみじみつぶやいていた。
(横断歩道の無い車道に飛び出す年寄りももちろん大変危険だけど、自分が老化した時に、長い長い横断歩道をノンストップで渡りきれるか自信が無い)
中洲が用意された長い横断歩道、向島に待ち構えている左折車の、早く渡ってくれとの熱い視線。
若さ漲る今でこそ、スタスタと小走りに渡りきることが出来るのだが、エネルギーが消耗した年寄りにクラスチェンジした場合、左折車の熱い視線に心が折れてしまう可能性を想像できる。
(その場合、中洲に取り残されて、青信号に動き出した車道、大勢の車中の瞳に曝されて、渡りきれなかったことを憐れまれるのだ)
話が横断歩道の長さと緊張感に逸れたが、別にぷるりんを、横断歩道に心が折れてしまうほどの年寄りだとは思ってはいない。彼は自称二十九歳らしいのだ。自称とは、何より信頼性に欠けるただの自己申告なのだが、今までは彼の身体だとされるセルドライの見た目に、曖昧自称申告を受け入れることにしていた。だが待てよ?
(ぷるりんが、この世に居たのは五十年前だとも、今の私は知っている)
私の中の執着心、しつこい汚れは拭っても拭いきれない老人疑惑をかけられた、自称二十九歳のぷるりんさんの機敏な行動により、昨年は剣と鎗の間に私が挟まれてしまったあの件が再び脳裏にちらつく。
ピリピリしていた戦場、ドローンの国側のボスであるオゥストロさんと、幼児愛好家フロウ・チャラソウ将軍の決闘の狭間に、自分の歩行スピードもお構いなしに、車道に躍り出るがの如く飛び出したぷるりん。
あの時は、運転手のオゥストロさんとチャラソウさんの減速により、たまたま事なきを得ただけなのでは?
五十年?プラス二十九歳?
足したら後期高齢者なのでは?
(ぷるりん、そんな刻の流れと年齢ギャップ、考えたことはあるの?)
ファーン尾長に導かれ、彼の後を追い港町をうろつく私ことぷるりん。未だ言葉少なく、たまに胸元を握りしめるぷるりんは、無言で私に「出て来るな」と警戒を告げている。
(・・・確かに、ここは前に来たときも、怖い魔人に遭遇したり、怖い魔人から逃げ出したり、そんな思い出ばかりが蘇る)
ふわふわのエナガシスターズとの出会いや、まだ小さかったかっぱちゃんとの出会いもあったが、ふわふわの優しい思い出よりも、必死で森を走り抜け、首をかじられたネガティブな記憶が前にしゃしゃり出る。
当時ぷるりんを装備中であった私には、ぼんやりとした痛みは想像力で増強していたのだが、大きな魔人はよく見るとイケメンの部類だとしても、むき出しの犬歯で首をかじられた映像は、かなり衝撃的だった。
碧い海、開放的な南国バケイションに晴れない心は、無銭乗船の残悪感と過去に魔人にかじられた衝撃映像。
港の広場から聞こえるのは、弦楽器に眠気を誘うお経のような異世界ソング。観光客がひしめくこの南国に足を踏み入れて、自分だけ気持ちがわくわくしないその原因は、周囲でいちゃつくカップルの所為じゃない。
もやもや、イチャイチャ、もやもや。
(カップル?別に本当に気にならないよ。心がわくわくしないのは、魔人を思い出したピーティーエスディーの所為だから、)
人々は観光にざわめき、花火大会やクリスマスイベントに、これ見よがしに湧き出るカップルの様に、ぶらぶらと彼らがうろつく南国の港町。
そうこうもやもやしていると、とある一軒家に辿り着いた。そこはカップルに人気の個室居酒屋のようで、広めの個室が数件連なっている。すれ違うフロアースタッフは、盛り盛りの食事を両手に盆に乗せ、これも広めの廊下を往き来する。
長いスロープを上った離れの個室、静かな場所に案内されたファーン尾長とぷるりん。だがその部屋には、懐かしいあの子が待っていた。
部屋の窓辺に寄り掛かり、外を眺める銀色の長い髪。それは高めのポニーテールに括られているが、あの子を見間違うはずがない。振り返る白眼の無い青い瞳は、私を見て驚愕に大きく見開かれた。
『かっぱちゃん、・・・久しぶり!』
突然家に帰ってしまったかっぱちゃんとの再会に、思わず零れ出た私だが、久しぶりなので許してほしい。懐かしさに駆け寄り見上げた少年は、数ヵ月離れていただけで、
あれ?
なんか、でかいな、?
〈・・・・・・・・ヒエ、これ、〉
『え?』
困惑に私を指さすその声も、なんだか低くて別人だ。変声期を過ぎたからとか、そんな感じでは無く・・・、え?、別人?
〈・・・・・・・・〉
『・・・・・・え?』
まさか、別人?




