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ぷるりんと異世界旅行に、  作者: wawa
断崖の牢獄~トラヴィス山脈
7/75

04 油断 04



 案内された豪奢な部屋の中、一通り室内を歩き回り暇をもてあます青年だったが、見知らぬ案内人が開いた扉から、現れた見知った顔に走り寄った。黒目がちな瞳に美しい顔立ち。長い手足を真白い清楚な衣装に身を包み、身長はスラリと高い。だが青年にとって一般よりも背が高いと思った女性だったが、自分たちを取り囲む者たちの身長に、それは違うと考え直した。


 『見た?今の女も、スゲーデカくない?俺、美瑠ちゃんもモデルさんだから大きいと思ったけど、俺も百八十あるんだよ?そんなレベルじゃなくない?ここの連中』


 『そうだね、昨日まで居た所、男の人が多かったから、そういう所なのかと思ったけど、このお城みたいな場所でも皆大きいよね』


 『で?、美瑠ちゃん、何処行ってきたの?』


 『それが!、たぶん王様に会っちゃったの!』 


 『は?、王様?竜の次は王様かよ。マジでゲームの中みたいじゃねえ?いつの間にか仮想空間入ってるとか?てゆーかミリちゃん、王様と会えたの?俺は次?いつ呼ばれるの?』


 『きっとセッキーも会えるよ。私が会えたんだもん、え?あ、あの人!』


 音も無く開けられた扉から二人の前に進み出る。金色の襟や袖口に金色の繊細な刺繍、白い長衣に身を包んだ黒髪の青年は、涼しげな微笑みを浮かべていた。 



 『こんにちは』

 


 『『えっ!?』』



 『この人、さっき王様の場所で会ったの!なんかね、セレブなおば様と一緒に、私に話しかけてくれたの!さっきは言葉が通じなかったのに、・・・まさか、この人も私たちと同じ?』


 『いやでも、目は青くない?』



 [・・・・・・・・]



 戸惑う二人を流し見て、軽く微笑むとふわりと裾を翻す。青年の背後に控えていた少年がそれに続くと、再び扉は閉じられた。


 『??、』

 

 『今のナニ?なんか笑ってたけど、』


 『でも〔こんにちは〕って言ったよ、もしかしたら、言葉が通じるんじゃない?名前はね、確か、・・・えー、なんだっけ?忘れちゃった』


 『いやいや、そこ重要でしょ?ご指名かけられないじゃん。マジで俺らみたいに、ここに来た先輩ってこと?でもなんか、目の青色はカラコン?ガイジン?それとも今、すんげー増えてる渡来人半世?』


 『どうだろ?・・・・』

  

 『ねーそういえば、美瑠ちゃん〔あの男〕に、俺の事も説明してくれてるの?』


 『ウェルトさん?でも説明っていっても、言葉が通じないし・・・』


 『だってこのワールド、明らかに美瑠ちゃんの方が優遇されてるじゃん。やっぱり女の子だからかな?これってイマドキ性差別じゃね?男性差別って、酷くね?、着替えも一着しかくれないし、美瑠ちゃんだけ着飾ってんの、カワイソウじゃん、俺。』



 『言葉が通じるさっきの人に、また会えたら言っておくね』








++++++++++++


************








 ーー「心配するなよアピー、ソートリアはおとなしい飛竜だし、エミュスは竜騎士の中では、実は一番飛行がうまいからな。酔わないぞ」


 昨年、天起祭の為に初めて訪れたガーランドの王都。飛竜を恐れて震えるアピーは、エスフォロスに連れられて若い竜騎士と彼の相棒である飛竜に乗せてもらうことになった。


 ーー〈その子がアピー?・・・ふーん〉


 一見して十代の新米騎士にも見える青年だが、年齢はエスフォロスとそう変わらないらしい。尾は下がり耳は垂れ、腰が引けて震えるアピーの手を引き上げて飛竜に乗せた竜騎士は、空を飛んでいる事を忘れるほどの安定感で王都まで運んでくれた。だが到着した王城の飛竜の集う駐竜場に過剰に怯えたアピーを見て、笑いながら話し掛けたのだ。


 ーー「お前はファルドで生まれたんだってね?可哀相。だからそんなに貧弱なんだね」


 ーー「!!」


 アピーにも分かる東言葉で、生粋の南方人ゴウドとファルドで奴隷とされる獣人との違いを説明される。恐ろしい家に売られて、そこで囚われの身として出会った二人の少年は真の南方人ゴウドであったのだが、アピーは少しの間、彼らと行動を共にしていた。だが常に、見えない壁を感じていたのだ。種族は同じでも、生まれた場所の違いを南方生まれの少年二人の存在に考えるようになっていたアピーに、率直なエミュスの言葉は心に突き刺さった。


 ーー「南方人かれらは格好いいけど、お前は見た目が同じなだけで、なんか、違うよね」


 ーー「・・・・・・・・、」





 住宅街の四辻に突如として現れた飛竜に、周囲の人々から悲鳴が上がる。飛竜の登場とほぼ同刻に、突風を躱すように果実売りの店の軒下に飛び込んだ少女と旅人の青年は、そのまま店陰から路地に走り去った。

 

 「港は?」


 「ここから近いのは東北に十五セルドヴィーデギガル、北方セウス行きの黒の港」


 「南方ゴウド行きの最短は、やはり赤の港しかないか」


 「じゃあ最悪、赤、いや、プルム港ーーガアン!!!


 二人の旅人を引き裂くように、上空から投擲された。警告無しに投げ落とされた槍には重量があり、穂先が地面に力強く突き刺さる。不審に逃げ去った大小の走る外套の者、その内の大きな方を狙った投擲だったが、擦りもせずに躱された事に上空の騎士は舌打ちした。


 〈直ぐにエスフォロスが来るぞ!絶対に、一番手柄は死守してね!〉


 飛竜の鞍に括られた袋には黒猫が、そしてその鞍に片手で押さえ付けるのは、捕まえたばかりの大犬族の少女。アピーは黒猫とは違い、暴れもせずに大人しく竜の背にしがみついている。


 〈二手に分かれました!前方に、大広場、多数の住民!〉

 〈先行します!〉

  

 エミュスの部下は二手に分かれ一騎は速度を上げると、朝の食材の買い出しに集う人々に上空から飛竜が警告音を発する。突如現れた竜騎士により、緊急事態を発せられた人々は手にしていた食材を放り投げて散り散りに広場から逃げ始めた。


 飛竜から警告音が発せられると、人々は道を開けて物陰に避難しなければならない。ガーランド人にとっては緊急事態に想定された行動なのだが、それを知らない小さな陰は、人々の進行方向から逸れて逆進に大広場に飛び出した。


 道を探してきょろきょろと辺りを見回す。避難する住民に押されると、外套が外れて姿が顕わになった。


 〈ソートリア!!黒長鼠カラテテだ!!黒髪の!!〉


 竜騎士の声と共に急降下する飛竜の轟音、市場の為に積まれた商家の木箱が直進を遮るように点在し、減速した少女の背後に伸びた手に、小さな身体は目の前の木箱を飛び越えた。転がり込んだ少女は素早く路地裏に滑り込み、その上空を灰色の巨体は躯を捻り旋回する。飛竜が侵入を好まない狭い路地、だが飛竜と感応力の高いエミュスは、声かけと手綱の操作により、雑然とする大広場から人々の隙間を縫って路地を走る小さな姿を追う。すると乗り手の誘導に上空から滑空したソートリアは、羽を折り畳むと狭い路地裏を高速で突き進んだ。


 (来やがった、)


 路地を逃げる人々から、驚愕の声が後方から聞こえる。大きな翼を持つ飛竜の特性を考えて、狭い路地裏に飛び込んだつもりだったが、背後から迫るのは盛大な風切り音。オルディオールは少女の身体で路地裏を全力で走り抜けるが、見える曲がり角の寸でで背後から竜騎士の手が伸びた。


 「っく!!」


 間に合った曲がり角、急な方向転換に、飛竜の巨体では曲がりきれないと踏んだ。だが突然左方に飛び込んだ少女と、同じ速度で飛竜は後を追う。


 〈ソートリアから逃げられると思ったの?甘いよね!!〉

 

 少女の真横に現れたのは飛竜の横顔。更に竜騎士の指を背に感じ、感覚よりもなかなか前に進まない足の短さに、苛立ちと焦りに歯を食いしばった。


 (まずい、)


 〈捕まえた!!〉




 ーー「「「ギャンッッッ!!!」」」


 


 〈〈!!!?〉〉


 

 突然、身の内から鼓膜に突き刺さった破裂音。それに驚愕したソートリアは減速し、急加速して上空に舞い上がる。一方エミュスは、それが抵抗なく抑え付けていた獣人の少女から発せられたと理解するのに一瞬の間を置いた。


 〈なんだ、お前?、?、〉


 飛竜の背に、荷として括られた黒猫ではない。音を発したのは、捕らえられた直後から飛竜と自分に怯えて腹にしがみついていた大犬族の少女。だが見下ろした翠の瞳に怯えは無く、歯を剥き出しに腹の底から唸り声を上げている。


 「グルルル、グルルル、グルルル、」


 〈ッ、生意気な、このガキ!〉

 

 素早く動いた竜騎士の手の甲は、唸り続けるアピーを薙ぎ払った。甲高い短い悲鳴は、飛竜の背から宙に投げ出される。


 〈エミュス副分隊長エイダー!東側、エスフォロス分隊長エイドの隊が来ました!〉


 〈やっぱりね。庶民は行動が無駄に早くてイライラするね。天上人エ・ローハメイは、森に向かったよ!早く探して!〉


 部下の報告に東側に浮かぶ飛影に目を眇めると、怒りに叩き落とした少女には構わず、逃げた獲物の後を追う。



 飛竜から弾き飛ばされたアピーは、高所から散在する木箱の上に力無く落下していった。



 

**




 (やられたと思ったが、なんとか逃げ切った)


 路地裏で迫り来る飛竜の気配が、なぜか突然離れていった。その後は町外れの民家の庭から森の中に逃げ込む事は出来たのだが、遠目に兵士の姿を確認して休まずに走り続ける。


 トラヴィス山脈の麓だけあり、澄んだ川の水だけは不自由しない。水分だけは欠かさずに森の中を走り抜けると、家畜用に栽培された飼料の畑が現れた。農作業に使用される小屋に忍び込み、壁に立て掛けた農機具を分解して武器を作る。それが終わると周囲を確認して、丸一日走り続けた少女の身体から抜け出した。


 「仮眠を取れ、俺は周囲を見てくる。絶対に、外には出るな」


 『っ、はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ、・・・・、』


 (そういえば、さっき腕が岩場に当たったが、まさか傷は、!!、)


 小屋から外に出ようとして、振り返ってメイを見たオルディオールは動きを止めた。訓練で多少の筋力を付けても、貴族の様に過ごしてきた少女の皮膚は繊細で、少し木の枝に叩かれては切り傷となり、走りながら岩場に手をついただけで手の平は擦り剥ける。オルディオールが森を全力疾走しただけで、少女の身体は満身創痍となっていた。


 『・・・、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、』


 (・・・・)


 積まれた藁の上に倒れたままの、傷だらけのメイの保温になるかと葉を横から押してみた。だがパラリと束にもならない数本が、少女の腕に落ちるだけ。次にぴょんぴょんと跳ねて藁に体当たりしてみたが、微かに動いた束が足先を隠す程度にしかならなかった。その後あれこれ考えて周囲を飛び跳ねてみたが、非力な小さな球体のオルディオールには、潜った藁を下から突き上げ舞い散る葉を被せる事しか出来ない。


 (・・・・・・・・不様だな)


 少女の傷の手当ても出来ず、その身を藁で被うことも一苦労。改めて今の哀れな姿を硝子戸越しに見たが、それ以上は無駄な事だと自分を憐れむのはやめた。





***


ーーーガーランド南、赤の港市場。



 〈こんにちはー兵隊さん。昨日からー、なんだか東の方がざわざわしてるけどー、何かあったのー?〉


 短めの金色の髪は癖毛ではねている。ガーランド人よりも日に焼けた褐色の肌に、興味津々な金色の目の青年。彼のすらりと長い足の後方には、長い尾がゆらりと揺れている。


 〈お、珍しいな、兄ちゃん西から来たのか?〉


 南方人特有の、大判の腰布に緩やかな下衣。そして剥き出しの腕と靴を履かない足首には、幾重にも細い腕輪が飾られる。この猿族の青年の腕には、西方の学者の入れ墨が印されていた。


 〈南方大陸ゴウドの商売人は多いけど、西って、北方大陸セウスの西だよな?あの辺にもあんた達の集落ってあったのか?〉


 〈ありますよー。少し遠いけど、ぜひ遊びに来て下さい〉


 〈あぁ、まあ、そのうち。〉


 砂地を越えた北方大陸の最西方、そこには観光場所も何も無い、僻地だと地図には記されている。そんな場所に休日に訪れようと考えもしない第六の砦の兵士は、愛想笑いに客人の誘いを受け流した。


 〈それで?それで?東側はどうしたのかなー?まさか、またファルドと何かあったの?和平条約が結ばれたはずだよねー?〉


 話を逸らそうと思ったが、振り出しに戻された。兵士は南方人の中でも頭の切れる猿族に、下手な嘘はつけないと声を潜める。


 〈なんでも、凶悪犯が逃げたらしい〉


 〈凶悪犯?ああ、第二砦グラムルスには捕虜収容所があるものね。・・・でも赤の港には、商人達に気をつけてねのお知らせは回ってないよねー?何故かなー?〉


 〈・・・・そろそろ回るよ、さあ学者さまも、買い物済ませたら、あまり外は彷徨かないことだ〉


 〈はーい〉


 大人しく笑顔で立ち去った猿族に、面倒事が去ったと兵士は胸をなで下ろす。だが背を向けた金色の瞳は、人懐っこい表情から一変し、鋭い目つきで周囲を観察し始めた。


 (第二砦グラムルスには、凶暴と呼べる捕虜の収監は無いよねー。あそこは政治犯とか、・・・後はファルドの捕虜といっても大貴族の騎士くらい。・・・考えられるのは、トライドと隣接した東側から入った凶悪犯・・・)


 買い物袋を両手に、背には大きな袋を背負っている。ぼんやりと夕陽の海辺を眺めた青年は、更に首を傾げて海を眺めた。


 (僕ら、真存在ゴウドには知らせたくない凶悪犯となると?)


 ガーランドの赤の港と南方大陸のプルム港には協定があり、往き来する人々を脅かす存在が発生すれば、即座に情報が開示され身の安全が護られる様になっている。だが今回、猿族の青年が独自に得た情報は、赤の港の利用者には知らされずに、故意に伏せられていた。


 (存在を、自国で独占したい凶悪犯なんて、やっぱりアレかな?去年の天起祭で、天に帰れずこの地に留まった天上人エ・ローハ、それを誘拐して逃げたって、危険度の高い二人組?・・・怖ーい。)


 ざわざわと人々が集う赤の港。魚介類や南方大陸の果実、ガーランドの特産品がひしめく活気ある市場を見渡して、買い集めた品を袋に詰める。


 (でも天上人エ・ローハか。あの少年の旅人二人組が来てからカウスは毎日その天上人エ・ローハの話をしてたけど、僕は別に、興味ないけど、・・・・・・・・。)  


 上質な石鹸を山ほど買った。更に最新の墨を調達出来て、猿族の青年は満足に荷を背負う。


 (柄の悪い無人ハグの犯罪者が二人。しかも一人は狂国オーラ、大聖堂院カ・ラビ・オール出身の魔戦士デルドバルじゃなかった?・・・天上人エ・ローハなんてどうでもいいけど、本当にミュイが心配になってきた。あの子、ガーランド行きじゃなくて、ちゃんとエスクランザ行きに乗れるかな?)


 一年程前に、西方の村から南方大陸へ旅に出た猿族の少女。実は青年は、妹のように可愛がっていた同族と、途中で会える事を計算して今回の買い出しにやって来た。鼠猿族のミュイは、巣穴から出て来たばかりの甘えん坊の頃より面倒をみてきたので、特に気にかけていた。少女が成長して、無事に帰郷出来る事を願っていた青年は、居ても立ってもいられずに、待ち望んでいたこの日に合わせて村を出て来たのだ。


 その少女の帰郷に、物騒な犯罪者の情報が舞い込んだ。青年は不穏な東側の山脈を眺めて、不気味に平静を装う港町の軍人を流し見る。


 (でもエスクランザ行きに乗れたって、ミュイが船でその凶悪犯と出くわしたらどうするの・・・。うーん、)


 過保護と周囲に揶揄されるので、ミュイを迎えに行くとは公言出来ない。鼠猿族は一年かけて保護毛が抜けて大人になるのだが、様変わりしたであろう少女を想像し、青年は再びうーんと考え込んだ。そして赤く染まる海辺を見据え、そうだと閃くと船着場に足を向けた。



 (過保護じゃない。鼠猿エレンの成長の邪魔もしていない。凶悪犯の噂を聞いたから、偶然近くに居たから迎えに行ったんだよ、って、これって、過保護じゃないよね)




**




 〈おじさん、南方大陸行きの船はどれ?〉


 〈南方?今日はもう、プルム港行きは終わったぞ。明日の朝、一番は三番乗り場だな〉


 〈・・・そうなんだー、〉


 〈あ、そうだ兄ちゃん!、もし急いでんなら、あっちの船着場行ってみな!サビャ釣り漁の連中は、釣ったら直にプルム港に行く奴もいるぜ〉


 〈おー、サビャ釣り漁?ありがとう!頼んでみます!〉

 

 陽が昇らない刻から漁をして、朝日と共に港を目指すサビャ漁。身が透明で弾力がある魚は、青年の好物の一つである。まだ薄暗い赤の港、南方大陸までの乗船を交渉した青年は、漁師に船賃を支払うと中型の船を探す。


 〈止まれ〉


 鋭い声に振り返ると、光石を照らした黒い影が現れた。物々しく近寄る姿は第六の砦の竜騎士で、昼間とは違い厳しい口調で身分証と背中の荷物の中身を改められる。不審は無いと解放されると、猿族の青年は待たせていた漁師に事情を説明した。


 〈第六の巡回か尋常じゃねーな。なんかあったんだよ。ほら、最近、北方の航路でたちの悪い賊が出るって話だからな〉


 港の漁業関係者達は、未だに第二砦から逃げたと噂される〔凶悪犯〕の話を知らされていない。その事に口を噤んだ青年は、漁師に合わせて海域に出没する賊を思い出した。


 〈それエスクランザの港でも聞いたよ。海族の連中だよね。・・・たしか蛇魚メアハ首領トアルの、〉


 〈そうなんだよな、蛇魚メアハって、俺の中ではどちらかというと、そーいうの、取り締まる印象だったんたがよ。この赤の港でも、漁業連中の揉め事を収めてるだろ?逆位置になる奴は珍しいな、ってな〉


 〈そうだよね。南方でも、大体そんな感じだよ。蛇魚メアハって。怒らせると厄介だけど、基本は荒らす事を鎮める役なんだよね〉


 〈ハハッ、じゃあもしかして、〔黒髪の誰か〕が、蛇魚メアハを怒らせたのかもしれねえな〉 


 〈君たちの中の黒髪の子が、もし蛇魚メアハを怒らせたとしても、彼らは許される事をしてないけどねー〉


 三国の協定により、国家間の決められた航路では争いを禁じている。飛竜の飛行も制限される厳しい決まりは、獣人である南方人が、東、北の両大陸と定められた領海で、大陸人を無断で食す事も厳しく禁じられていた。一族の長の決まり事を破った真存在は、同じ部族からはじき出される。罪の重さによっては三部族からの攻撃対象となり、犯罪者を強制収容する離島に送られる。ここ最近、南方大陸の北方への航路では、海真存在エルゴウドと名乗る南方人の賊が出没し、旅客の黒髪の若い女性が連れ去られる事件が相次いでいた。

 

 〈荷台の奥に乗ってくれ〉


 〈はーい〉


 そう大きくはない漁船の奥には、既に荷が積まれている。波に揺れる不安定な足下に、縛られた荷台を掴みながら奥に移動する。指定された腰掛けに進んだ青年は、生温かい荷物の気配に荷台の隅を振り返った。


 


**




 「・・・ん?」


 大きな揺れに気付き、何事かと身体を起こす。


 暗闇を進み始めた漁船に気を張っていたが、漁が始まり様子を覗っていた。だが空が白んできた頃に、穏やかな揺れに身を委ねて少しだけ目を閉じてみた。すぐに目を開けて見てみると、潮風の匂いに突き刺さる朝日が降り注ぐ。オルディオールは眉間に皺を寄せると、キラキラと輝く波間をぼんやりと眺めた。


 「・・・やべえ。寝ちまった?」


 〈良い朝だね〉


 「?、」


 至近距離の声に振り仰いだ左側。海上の吹き曝しで寝てしまったのだが、意外に寒さを感じなかった理由が、金色の瞳でこちらを見下ろしていた。




**




 (・・・・・・・・誰?)


 日に焼けた金髪青年は、この界隈ではもはやお馴染みの金色の瞳である。夜間不法侵入を咎められないように、海上警備員から逃げるように身を隠した小舟。その中の荷物の隅にしゃがみ込み、動き出した船上で張り込み刑事の緊張感で周囲を覗っていたぷるりん刑事は、なんと寝落ちをしたらしい。


 瞳を閉じられた事により、もれなく私も寝落ちに強制睡眠連行されたわけだが、珍しく身体がガクンと揺れるほど慌てたぷるりんの目の前に、見知らぬ青年が座っていた。


 〈はーん、・・・なるほど。これが〔****血〕かー・・・、ふぅーん、〉


 (・・・?)


 初めましてのこの現場において、人を見下ろし鼻から息が抜け出るような〈ファーン〉と小馬鹿にする表現力。



 こいつは一体、なんなのか?



 〈ふぅーん・・・・、うーん、んー・・・、〉


 この謎の〈ファーン〉現象は、小舟がプルムの港に到着するまで続いた。そしてよくよく考えなくても無銭乗船、いわゆる密航してしまった私ことぷるりんなのだが、この〈ファーン〉現象の彼が船長と交渉し、事なきを得たのである。




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