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ぷるりんと異世界旅行に、  作者: wawa
断崖の牢獄~トラヴィス山脈
6/75

追うものと追われるもの 03



 トライド領内から西側、第三の砦を避けるようにガーランドトラヴィス山脈北西部から侵入した一行は、岩場に隠された建物を発見した。


 この岩場には、飛竜での出入りを主としているため徒歩での道は無い。だがアピーが道無き岩場の中から通れる場所を探し出し、伝って漸くたどり着いた人気の無い軍施設には、見覚えのあるファルドの騎士が捕らえられていた。


 「間違いない。ステル・テイオン・ローラントだった」


 「ステルが?・・・ああ、そういえば、ガーランドで任務失敗したって、そんな噂もあったかも」


 少女の身体から抜け出してルルとなり、施設内に潜り込んだオルディオールが発見した人物は、かつてファルド帝国軍に所属していた騎士だった。珍しく驚きに口を開いたエルヴィーを、黒髪の少女は目を眇めて見返す。岩陰に隠されるように造られた建物は、捕虜収容所であった。


 「そういえば、お前は奴と知り合いだったか?」


 「そうだね。知り合いというか、ステルは古臭い貴族の出で、さらに第一師団の騎士だからね。大聖堂院カ・ラビ・オールを良く思っていなかったから、僕の顔を見ると煩くて、面倒だったよ」


 「ファルドの騎士に、大聖堂院カ・ラビ・オールを良く思う奴は居ないだろ。・・・しかし、」


 改めて遠巻きに収容所を眺め見た黒髪の少女は、小さな頭でうんうんと頷いた。 


 「手を出そうにも、術が無い」


 「騒ぎは起こしたくないからね。見なかったことにしよう」


 「自国の騎士を、見殺しにするつもりはない。お前に意見は聞いていない」


 「え?まさかステルを助けるって言ったの?無理だよね。術が無いって、自分で言ったよね?」


 「貴族の騎士が捕虜となる、これは外交上の問題だと、そう言っているのだ。刻が動けばこの場も動く。下手に手を出せば、今までのテイオンの努力を無にする可能性もある」


 「・・・回りくどく言ってるけど、結局は、見なかった事にするんでしょう?かっこ悪。」


 「・・・・・・・・」


 囚われた知人を置き去りにして、オルディオールは再び少女メイの身体からずるりと抜け出した。人気は無く兵士の数も少ないこの場で、予定通り休息を取ることにしたのだ。


 「ミギノ、クラウだよ。あそこの岩陰で休憩してね」


 「ありがとうございます。私はクラウを食べて寝ます」


 青い異物ルルが抜け出したあとの疲れた顔の黒髪の少女に、エルヴィーは柔らかく優しく微笑んだ。素直に自分を見上げて真面目に頷くメイに満足し、手渡された包みを手にして岩場に向かう少女を見送ると、その後を追った獣人の少女を確認して周囲を見回す。


 (岩場の窪地、陸の孤島か。確かに、囚人を捕らえるには便利だけど、これがガーランドの過信だね)


 ファルド帝国では捕虜収容所といえば四方を兵士が見張るものだが、飛竜での出入りを想定した断崖絶壁で囲まれた窪地には、人影が無く飛び交う飛竜の数も少ない。


 (過去に侵入者が少なく、ファルドがここまで侵入した事がないからね。でもアピー、あの子は人の通れる道を探し出した。・・・ん?、あれ?)


 他国の軍の抜け穴を嘲ったエルヴィーだが、空に複数の飛影を確認して身を伏せた。

 

 「アピー、ちょっと、」


 大きな翠色の瞳、栗色の犬耳を素早く反応させる。メイと食事を取っていた獣人の少女はエルヴィーに走り寄ると、示された上空の飛竜に耳を向け、捕虜収容施設内に走り寄り壁面に耳をひたりと付けた。


 〈・・・、トクシュ、ルス、イソウ、王都カルシーダ〉、

 「って聞こえたよ。さっきより、みんな動き回ってる」


 「〈移送〉、捕虜を移送するのか。・・・、わざわざ今日やらなくてもいいのに」


 「あ!、待って、トラーさんから連絡来た」


 行動を共にしないトラーは、離れた場所から周辺情報を探って知らせてくれる。その方法は、獣人特有の伝達方法である〔遠鳴き〕の応用で、アピーにしか聞こえない金属音を合図に、トラーが遠方から話しかける内容を、大犬族の耳で聞き取るというものだった。


 「・・・・、・・・・、えーっと、えーっと、北口に、第二、三隊、集結」


 「北口に、三隊か、捕虜の移送って言ったって、ステルぐらいなら、そんなに騒ぐことないのに」


 「さっきの通り道は北だよね。じゃあ人気の少ない、別の道を探すね。あれ?ミギノ?クラウは食べ終わったの?」


 眠りそうになりながら口にクラウの欠片を詰め込むが、力無くぼんやり遠くを眺めていた黒髪の少女。元気付けようと食事を見守っていたアピーだったが、その少女が軽やかに岩場を飛び降りてきた姿に首を傾げた。


 「玉さんなの?ミギノ、クラウ食べれたの?」


 「行くぞ、」


 竜騎士の増員を想定してその場から逃げ去る。本来ならば休憩とする刻だが、少女から身体の支配権を奪ったオルディオールは、素早く手荷物をエルヴィーに放ると収容所に背を向け走り出した。


  


**




 ファルド帝国内では次々と大貴族が消失し、国内で主導権争いが勃発した。それにより再編制された貴族議員により、ファルド王族を軸とする新たな国家体制が誕生する。東大陸平和条約からおよそ二ヵ月、新ファルド共和国は平和条約の名の下、ガーランド竜王国に捕虜の引き渡しを求めてきた。


 旧ファルド帝国軍において、第一師団から派遣された使者である騎士はファルド王族軍直属の使者であり、第二砦管轄下、ガーランド北西にある岩場に囲まれた山岳地帯に収容されていた。だがそこを訪れた兵士は、軍以外は立ち入りが出来ないはずの捕虜収容所周辺に、見慣れない複数の不審な足跡を発見する。


 〈成人の男、獣人ゴウドスピル、そして子供、〉


 この場に訪れる事が不可能な者たちの足跡は、国内外で追跡されている少女のものだと容易に推測された。


 第二砦の捕虜収容所から、軍全隊に緊急伝達が駆け巡る。二人の賊に攫われていた、天上の巫女の足跡の発見により、巫女の捜索に関わる者たちは一斉に動き出した。




**



 〈エミュス!、聞いたか、巫女ミスメアリ第二砦グラム・ルスに現れた!〉


 〈巫女ミスメアリ?、それなら王城で、新しいものが発生してただろ?そんなのより、僕は今、メイを探すのに手いっぱいだよ〉


 〈???、だからその、メイちゃんだろ?〉


 〈おいお前、平民のくせにオゥストロ隊長ライドのメイを、メイちゃんだと?下々の者どもは、メイ様だと、敬称を忘れるな〉


 〈はいはい。俺たちの隊は、直ぐに第二ルスに行くからな!お前はセンディオラ分隊長エイドから預かってる隊を向かわせろ!〉


 〈ふん!〉


 別部隊の分隊長の声かけにも、顎を逸らして不満を示す。自分よりも貴族の階級が低い者には、公然と差別と侮蔑を顕わにするエミュスだが、王宮内の廊下を品もなく走り去った兵士の姿を横目で追った。


 〈・・・・第二グラム・ルス?、そういえば第二あそこは王都の東領となるのか。東領って、センディオラ分隊長エイドの御母上の領地だよね?〉


 砦に置き去りにしては寂しがるだろうと、飼い主である上官より言い付けられ、天起祭の王都召喚に黒長鼠を連れて来たのはエミュスである。この命じられた内容は、王都の東領を管理する上官の実家に鼠を預ける事であったのだが、少し目を離した隙に、その鼠は逃げ出してしまったのだ。王城内を隈無く探したが見つからず、現在は城外に逃げた可能性が強まっている。



 〈ラフエルト様の領地か・・・。ふむ、〉





***


ーーーガーランド王都東部、ラフエルト自治領上空。

   



 五大貴族であるラフエルト・クエイルは、ガーランド竜王国、東領を統べる女傑である。白金の髪、息子と同じく怜悧な銀色の瞳の女領主は、第二砦を補佐する屈強な私軍を有している。竜騎士とは違い領土防衛を主とする馬犬騎士団は、砦山脈の麓にある領域全体の警護を担っていた。


 〈エミュス副分隊長エイダー!〉


 王都から東領内全域を支配するラフエルトの領空内に、許可無く侵入出来るのは第二砦部隊と領主の血族だけである。他の隊は街中を避け指定された空路飛行のみが許されるが、エミュスはある考えにより指定空路から外れ、ラフエルト領空内に無断侵入した。


 〈ここから先は、領主の許可を得ないとなりません!〉


 〈うるさいな。お前、僕より階級が下なのに、誰に何を言ってるの?〉


 〈・・・・・・・・、〉

 〈・・・ですが!〉


 稚拙な蔑みは、いつものことだと怒りを飲み込む二人の部下を引き連れて、ラフエルト領空内を第三の砦竜騎士が飛行する。そしてこの身勝手な上官は、自分を止めるために追ってきた、共に軍規を破った部下を庇うことなどない。


 部下の諫めにも耳を貸さずに更に高度を下げた住宅街。通過だけの通常飛行では屋根よりも遥か上空を飛ぶはずが、馴染みの無い第三の砦の記章を付けた一騎が音も無く低空飛行したことにより、振り仰いだ住民は、驚愕にそれを指で追う。ここは第二砦の領空だとの非難も上がるが、第三の砦騎士隊に憧れながらも、天起祭に中央都市に行けなかった支持者たちは、黄色い悲鳴を上げて追いかけ始めた。


 〈バレてるバレてる、〉

 〈ったりまえだ、喜べネエ!不法侵入、場合によっちゃー降格もんだぞ!〉

 〈降格で、すむのかな?〉


 〈メーイーはー、どーこーかーなー。ソートリア、見える?まだ少し暗いから、見えにくいよね〉


 部下の負の熱視線をものともせずに、相棒の飛竜にだけは親しげに話しかける。夜が明けて間もなく、見慣れない街中を見下ろすエミュスは朱色の睫毛に縁取られた金色の瞳をある方角に定めた。 


 (分隊長エイド黒長鼠カラテテの習性の一つに、体の小ささからは想像出来ない距離を駆け抜けるって言ってた)


 第三の砦で毎朝上官と共に散歩をしているものは、まるまるとした胴体に、短い足を必死に動かしている。少し歩いただけで、キューキューとセンディオラの長い足の下をぐるぐる回り、腕に乗せてくれと小さな両手でしがみつく。そんな肥え太った鼠が、とても中央都市カルシーダから百デギガル以上も離れたこのラフエルト領に、半刻で自力でたどり着ける事は想像出来ない。だがその可能性に賭け、エミュスは禁を犯して下方に目を凝らし続けた。


 〈副分隊長エイダー!戻りましょう!!本当に!!!ここから先は、ラフエルト様の邸宅があるはずです!!!〉


 夜明けと共に動き始めた街中の、ある通りから飛竜の姿を追う住民達が立ち止まった。領主の私邸の領域に踏み込めない彼らを見て、二人の部下は青ざめる。様々な悲鳴を置き去りに、滑るように住宅街を過ぎ去った飛影は、王族の領地に匹敵するラフエルト邸の広大な庭園の一角に侵入した。その直後、エミュスの相棒である飛竜ソートリアが、何かに強く反応して首を下げた。


 〈居た!!、ソートリア!お手柄だね!〉


 森を抜けた先、迷路に刈り込まれた庭園の、本来の意味をなさずに一直線に何かが屋敷に向かって突き進んでいる。そして迷路を突っ切る高速で動く小さなものの後を、葉を散らして蛇行しながら跳ね飛ぶ猫が追っていた。


 〈メイ太ってるから、山猫に追われてるんだ!急いで!〉


 門扉の警護を躱して玄関前に飛び出た小さな黒の塊は、扉に体当たりすると跳ね返り、石畳にぽとりと落ちて転がった。その音に玄関扉は一度開いて黒の塊は飛び付いたのだが、無情にも再び重い扉は閉じられる。その頃、大きな猫は庭木の硬い葉を嫌い、大回りに迷路を迂回するとようやく玄関前に現れた。


 葉で乱された黒の毛並みを舐めて整える。そして毛足の長い尻尾を一振りすると、舌舐めずりに獲物に狙いを定めた。小さな塊は、うろうろと未だ大きな玄関扉の隙間に身を寄せる。その背後に、しなやかな黒の猫が飛ぶように、小さな背中に躍り掛かった。


 扉の前に縮こまる黒の塊、その倍の大きさの黒猫、空より急降下する大きな飛影。


 〈間に合わない!!、〉


 ーーガチャリ!


 エミュスの苦鳴、鋭く長い爪が黒毛の長鼠に突き刺さる前に、開かれた扉から伸び出た長い腕により小さな鼠は掴みあげられた。そして中空に浮いた大きな黒猫を、鼠の代わりに掴んでしまったエミュスだが、その猫を見て驚愕に目を見開く。


 〈お前、〔くろちゃん〕じゃないのか!?・・・あ、ということは、奴らはこの町の中、本当に、近くに居るの?〉


 ふわりと毛を逆立てる黒長鼠は、今は貴婦人の腕の中から旋回した飛竜を見上げている。


 〈ならこれは、メイのお手柄だね!〉


 エミュスの労いを理解せず、つぶらな瞳は警戒に眇められ、生意気に威嚇音を発した。それに応じるように、上官と同じ色の白銀の瞳は不法侵入者を厳しく睨み据えた。


 〈センディオラの部下だな?第三グラムタイの者が、許可無く一体何ごとか?ここは第二ルスの領域だぞ〉


 〈これは我が上士の御母上、空の明けの祝福と共に、朝のご挨拶を申し上げます。そして緊急事態により、不法侵入をお許し下い〉


 〈決まり事を犯した第三グラムタイの者ども、その緊急事態とは、たかが野良猫ファススピルを捕らえる事か?〉


 〈はい、分隊長エイドのメイの導きにより、攫われし巫女様ミスメアリ、メイ殿への手掛かりが、この黒猫カラスピルにございます〉


 〈?〉


 獲物を追っていたはずが、逆に捕らわれ今は袋に入れられた。不法侵入の咎を相殺に出来る対価として、もがき暴れる黒猫をエミュスは領主に見せつける。


 〈なんと、まさか本当にそのスピルが、巫女様ミスメアリの手掛かりと申したか?〉 


 〈最重要指名手配犯二名の領内侵入、及び潜伏の可能性があります。領内全域の上空の解放をお願い申し上げます〉


 〈許可しよう。疾く、巫女姫ミスメアリを救出するがよい〉


 〈は!!〉


 呆然とする二人の部下を振り向いたエミュスは、昇り始めた朝陽に朱色に染まる空、手にした蠢く袋を前に突き出した。


 

 〈これはオゥストロ隊長ライドのメイが飼っていた黒猫カラスピルだ。この近くに居るぞ。お前達、第二砦グラムルスに集った奴らより、先にオゥストロ隊長のメイを捜しだせ!〉




***


ーーーラフエルト自治領、東入口の町、

   大広場への通り。




 (トラーの報告では、失踪したことにより、各国でメイの利用価値を更に跳ね上げている。まあファルド帝国から、オーラ公国を分離させ、各国に脅威とされていた魔戦士デルドバルを壊滅させた切欠には違いないが、・・・)


 大きな通りの衣服店の軒下、硝子窓に映る姿は背丈の低い子供に見える。これは自分なのだと、ようやく見慣れた黒髪につり目気味の大きな瞳は、身の内の本人の意思表示なのか生意気に片方の眉が吊り上げられた。


 (そういやこいつ、変な癖があるからな。気を付けないと)


 ファルド帝国医療師団長であった、テスリド・メアー・オーラと対面したばかりの頃、病室でよほど暇をもてあましたのか、メイはメアーの表情の癖を鏡に向かって真似ていた。その反復は、今では自然と身についてしまっている。


 (他人の顔真似だけならまだしも、なにが目的なのか、メイはいつの間にか他人の仕草を目聡く観察して、陰で練習までしてるからな。軍の最敬礼から破落戸の挑発行為まで、適切では無い場所で披露してしまうことがある。大事な話は聞き飛ばしているか言葉を理解していないことが多いくせに、無駄なことには力を入れる。このガキ、地味に厄介。)


 そんな些細な少女の癖、初めこそ勝手が分からなかった他人の身体の大きさ。ルルという異物じぶんが侵入したことによる、少女の身体の負担を計算して遠慮をしていたが、一年近く付き合えば、今のオルディオールにはメイという少女の肉体の限界が分かるようになっていた。ある程度走り込んでも、ある程度の水分摂取と栄養、そして休息を定期的に入れる事で、今では長距離を移動出来ている。


 (ひ弱には違いないが、天上人エ・ローハ小学ドトールと同じ扱いで何とかなる)


 にぎにぎと、使い慣れてきた小さな手の感覚を確かめる。そして無事にガーランド竜王国の町中に入れた事に微かな安堵をし、背後の山脈を仰ぎ見た。ここまでの道のりは、獣人のアピーの獣道選択により、軍との不必要な遭遇は確実に回避されている。アピーの優秀さを感心していたオルディオールだが、町の中心部にほど近い道の真ん中で、頼り無く辺りを何度も見回す少女に首を傾げた。


 「どうした、アピー?」


 「それがね、くろちゃんが居ないの」


 「くろちゃん?」


 球体であるオルディオールを頭に乗せて移動してくれる黒猫は、今回の道中では、オルディオールが球体にならずにメイの身体に入り移動していることを不満に思っているようだった。


 メイの身体で行動するオルディオールから距離を置き、移動はアピーよりも少し前を走っている。トラヴィス山脈の岩場では常に視界の端に横切っていたが、全く居なくなる事はなかった。


 「くろちゃん、少し遠くにお散歩する場合、いつもアピーに一言言ってくれるんだけど、それは言ってなかったの」


 「獲物でも見つけたとか?」


 「獲物?そういえば、町の入り口で、太ったトリアを見たって喜んでた、それかな?」


 「それだね。でも町の入り口からけっこう過ぎたし、トリアを捕ったなら、きっと自慢しにくるんじゃない?・・・太ってるなら、すぐに捕まるだろうし」


 陽が昇り、住民達が活気付いてきた町並み。通りにも人が増えてきたが、エルヴィーは深く被った外套の内から、慎重に見慣れない人々を観察する。


 「トラーによると、ここは第二竜騎士団の管轄だよね。くろちゃんは、第三の拠点しか行ったこと無いはずだから、トリアが居たって、遠くには行かないと思うけど」


 「第二砦の麓町ラフエルト、ここは王都カルシーダの東入口だ。田舎だが、どこに警護や騎士団が居るか分からない」


 オルディオールも、黒髪の少女と共に行動してから、現在の竜騎士団を敵として対峙する事は初めてなのだ。内心に湧き上がる好奇心はあるが、追われる身の上としては完全な衝突回避が望ましい。


 「くろちゃんは?アピー、探してくる?」


 「・・・どうだろうね」


 エルヴィーの癖なのか、質問をすると明確に返事が返らない事がよくある。少しの間を待っていたアピーだが、何かの音に気付いて四辻に向かった。


 「どうしたの?アピー?、くろちゃんが居たの?」


 「うん!、くろちゃんが呼んでる声が・・・」




 「・・・ーーーーー!!!!」




 「え?、」


 位置が特定出来なく、アピーにも不明瞭にしか聞こえない、どこか不安を感じさせる呼びかけ。それを捉えようと、人目を憚らず外套から大きな栗色の耳を周囲に向けたアピーは、あり得ない方向から聞こえた黒猫の悲鳴に、翠色の瞳を見開いて真上を見上げた。



 ーーーーズバンッ!!! 



 そう広くは無い町の四辻に、朝陽を遮る黒い陰がアピーを飲み込み突風で周囲を弾き飛ばした。風向きを計算し大犬の聴覚範囲を躱した飛竜は、獲物に向かって真上から落ちてきた。

  

 〈!!!、〉


 包み込むのは身を震え上がらせる恐怖の臭い。朝陽を浴びた朱色の髪は金色に縁取られ、束に編み込まれた一房が顔に落ちる。かつて上官の命令で穏やかに少女を王都まで運んでくれた飛竜は畏怖と恐怖で身を縛り、乗り手の青年は金の瞳を弧に歪め、酷薄の笑みでアピーを見下ろした。



 〈相変わらず、この優秀なソートリアに怯えるなんて、お前は気の小さな南方族ゴウドだね〉




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