08 バーガー?テーマ・パーク?
ドローンの唾液を洗い流し、ベタついた衣服を全身ソープで洗濯し、煖炉の前で乾かした。
ゴワゴワでバリバリの、柔軟性の足りない大判のバスタオルに包まり、そのまま独りぼっちの夜ご飯。枯れ枝ランドセルを運ばされた重労働に疲労困憊のはずなのだが、イライラと眠れない憂鬱な一夜を過ごした。
翌日、大きな窓から見える青空に、昨日よりもドローンがヒラヒラ舞っている。それに我が国でいつか見た、河川敷での凧揚げ風景を思い出したのだが、凧の一枚がひらりと窓辺にやって来た。
〈お迎えに上がりました。・・・、まだ、お着替えではありませんか!?〉
凧、もといドローンから降り立ったレトリバーさんだが、定位置は煖炉の前である私を見て、かなり驚愕した。
〈早く、準備を!着替えは、〉
ボサボサの頭で、ゴワゴワのタオルに包まれて、半分眠りながら頂いた朝食。そういえばその時に、食事を運んでくれたレトリバーさんが、後で来るような事を言っていた気がする。
(ドローンでお出かけするから、何とか時間に準備がどうとか・・・言ってたかも、)
だけどそんなこと、心の芯からヤサグレタ、今の私には届いていなかった。
お散歩中の犬だって、飼い主の隣を歩きたくない日だってあるはず。行くわよと綱を引かれても、嫌だと前足を地面に踏ん張るのだ。
そう脳内で犬の気持ちに寄り添ったところで、私は犬ではない。レトリバーさんの言い付けを忘れた言い訳にも、屁理屈にもならない。なので通気性の悪い一夜の室内干し、スッキリ乾かなかった私の衣服に手を伸ばした。部屋干し洗濯洗剤などではなく、全身固形ソープを泡立てて押しもみ洗いした私の衣類は生乾き。その生乾きを素早く装着。
ーーじわっとひんやりする・・・。
クサイ?
ノンノン。
もう、なんだっていいのである。
いろいろ、投げやりなのである。
着替えた私はレトリバーにドローンに乗せられ、窓から眺めていた尖った山に一直線に飛び立った。
(乾くかも・・・)
心地よい強風は身体に冷たすぎるのだが、生乾きのままの私の衣服の乾燥には役立つだろう。そんな小さなプラス思考でぼんやり近づく山を眺めていたが、何やら聞こえてきた歓声に、ふと下を見下ろしてみる。
(なんだあれ、なに観戦?・・・オリンピックの開会式?)
人、人、人。
この光景は、スポーツ観戦やライブ会場、大きなイベントの開会式に集う群衆の熱気。野球場やサッカー観戦のような、円状に囲まれたスタジアムではない。日除け天井のない席で観客は、鋭い亀裂にパカリと割れた、山の中腹にかかる細くて白い橋を見上げている。
(しかも花火も巨大スクリーンも、後方席に優しい設備は何も無し)
尖った山にはところどころドローンが舞い舞いしていたり、置物のように岩棚に設置されている。そこに架かる細くて頼りない橋に連れられてきたのだが、降り立ってみると、橋は我が国の一車線道路と同じくらいの幅があった。だがこの橋、手すりなんか何も無い。
(安全ベルトも何も無し。例えば、レトリバーさんのドローンに、どーんと背中を押されれば、そのまま下に?、)
さっと振り返り、ドローンとの距離を確かめる。
『え?』
だが何て事だ。そこには私をここにお散歩させに来た、レトリバーもドローンももう居なかった。というか私を置き去りに、奴らは岩壁に向かっている。
『ちょ、』
待てよ!
渾身の叫びは、後方に聞こえたドローンの羽ばたく音に全てを言えず、振り返るとそこには私と同じ様に置き去りにされた、あの人が立っていた。
『ここって?、デートって言ってたけど、まさかあの子と?』
『・・・・・・・・、』
私と同じ我が国の人。私と同じく巫女と呼ばれるミリーさんの登場に、観客席から大きな歓声が山に響き渡る。そして彼女が口にしたある言葉によって、ここで何が行われ、集った観客が何を観戦しに来たのか、ようやく理解できた。
『〈決闘〉、するの?』
私の漏れ出たつぶやきはざわつく地上とは違い、寒くて静かな手すり無しの橋の上でミスミリーさんに届いたようだ。同じくここに置き去りにされ、ドローンを切なげに振り返っていた彼女は、私の声に振り返ると可憐な声で言った。
『するわけ無いじゃん』
あれ?
『ねえ、聞きたかったんだけど、もしかして言葉、わかる?』
『・・・え?わかるよ』
『良かったー!!じゃあここ、どこかわかる?ていうかさ、接続できる?検索してみた?繋がれる場所、あったら教えて』
『・・・・繋がれるって、スマホのこと?』
『・・・・・・・・は?うそ、マジ今、スマホって言わなかった?』
『スマホ』
『ええ?〔あの〕スマホ!?ミックじゃなくて、ほんとにスマホ!?』
『・・・・ミック?』
『今どきスマホの人、ご老人だけだと思ったー、スマホって、どうやって使うんだっけ?使えるかな?まあいいや、かして』
『・・・今ないよ。充電切れてるし、』
『ジューデン?・・・ああ、充電、あーそうだよねー、スマホって、充電しないと使えないんだー。えーほーんと、珍しいねー、そんなに若いのに。あー、親がお金の無いトコって、子供の時に入れてもらえなくて、大人になってから頭にミック入れるの、怖がってた人居るって誰かに聞いたかもー。不便だねー』
『・・・・・・・・』
同じ国の人間なのに、話がそこそこ噛み合わない。だがこれだけは分かるのは、この人が私を下に見ているであろう話し方。
美人・ミスミリー、
は、上から目線。
トライドの美人医師おかまにも、ここ異世界の言葉により散々に容姿身体を貶されてきた私だが、なぜだろう、性格の悪い美人なおかまに何を言われようと、どんな目で見下されようと、正直あまり傷つかなかった。
それは彼が新人類という高みの人種であったからとか、それとも違う気がする。
『って、さむ!ヤバくない寒くない?あ、ねえ、それ、上着きてるんだね。いーなぁー・・・』
『え?』
いまだに湿っぽい、私の上着が、狙われた。明らかに薄着のミスミリーだがこの人、他人が自ら差し出すわけでなく、他人の寒さもお構いなしに上着を狙った発言は、自分のことしか考えられない自己中発言。
もちろん湿った上着を他人に渡す気のない私は、目の前の自己中心を聞き流す技を繰り出してみた。
『あなたはいつ〔この国〕に、来ましたか?』
『え?この国?ここ?、ああ、この変な場所のこと?えーと、一ヶ月くらい経ったかな?びっくりしたよね。転んで目が覚めたらこんな感じで、初めはどーしよーかと思ったけど、まあ、ウェルトさんに助けられて、マジで良かった。セッキーもいたし』
『ウェルトさんと、み?え?セッキーって、?』
『そちらは?誰かいる?仲間居たら紹介してよ。ここの人たちと、話せる人、誰か知らない?・・・まさか、あなたはムリっぽいよね?』
『・・・・・・・・、』
私は、もし仮にでも、我が国の言葉を話せる、我が国の人と出会うことが出来たのなら、どんなに嬉しいだろうかと、あり得ないそれを心の片隅に、この異世界をやり過ごしてきた。
この異世界に来たばかりの時、鈴木さんというお医者さんが残した我が国の痕跡の発見。鈴木医師に会えることはなかったけど、誰か他にと、いつもいつも、もしかしたらを願っていた。
だからこそ、一年経った現在、このガーランド国に来て、サエグサさんとの出会いに割り込んだぷるりんが、すごく邪魔だった。そしてぷるりんに、言ってはいけないことを口に出してしまった。
だからこそ、もし魔法が使えるこの世界の人が、我が国を偽って、巫女だと名乗っていたのだとしたら、それにも苛立ち腹が立ったのだ。
(だけど実際、あんなに望んでいた本当の我が国の人と出会うことが出来て、こうして話が出来ているのに、なんかなんか、)
『考えなくても大丈夫だよー、今どきスマホのこには期待してないから。セッキー、ここに居なくてよかったよ。いや逆に、セッキーに会わせたいかも。ミック入れてないって聞いたら、原始をどこまでさかのぼるのかな?創世記?ウフフッ!』
なんか違う。
『てゆーか、本当に寒い。もう無理。お姉さんに、迎えに来てもらう』
風が冷たいふきっさらしの橋の上。そういえば、ミスミリーを運んできたのは白色ドローン。そのドローンに唾液攻撃された時、私をせせら笑ったあの女。眼鏡の講師を連想させる冷たい銀髪に、高身長で文句の出ない、見た目は美人のあの女は、きっと私をここに連れて来た、氷像の妹だと勝手に位置付けている。
『お姉さん、は、どこ?どのドラゴン、あれお姉さんなの?、ねえ、そっちも連れて来た人呼んでみて、寒すぎる。上着かしてくれないし』
貸すわけが無い。
むしろ子供や老人、病人なら喜んで生乾きでも差し出すが、今のところ、ミスミリーに貸し出す上着は私には無い。
下から聞こえるのはワーワーとざわめく観客のざわめき。そしてどこからかドーンと花火のような破裂音が聞こえたが、青空に輝く花火は見えない。
我が国の人に出会えた喜びが霞んで消えた私だが、ドローンにアピールするミスミリー氏を視界の片隅に、自分もそろそろ地上に帰りたいアピールをすることにした。
いろいろとさておき、おそらくこの現状が、あまり良くないと理解出来ている。
ドローンの国の人々が寄り集まってこちらを眺めているのは、昨年にぷるりんとツインテールさんが繰り広げた、決闘の観戦なのだろう。
そして今回の出場者は、薄着のミスミリーと生乾きの私である。
ーーするわけ無いじゃん。
これは、この異世界の人々よりも、何を言っていたのかわからない彼女の言葉。だがミスミリーが出会い頭に吐き捨てたこの言葉には同意する。
決闘なんて、するわけ無いじゃん。
高身長で血気盛んなドローンの国の人々は、おそらく自国の誰かの決闘の前に、余興で異世界人の我々を、この橋に乗せたのだろう。
企画が適当すぎである。
ご覧の通り、言葉が通じなくても我が国の彼女との共通点は、戦後の平和的ゆとり教育により、まったりのんびり、肉弾戦はスポーツ観戦か、フィクションのバトル映画が基本なのである。
指相撲のように、橋の上に向かい合わせにハッケヨイに置き去りにされても、脳内を揺さぶる高音のゴングがカーンと鳴らされたとしても、決闘してね、と直に告げられたのだとしても、『どうやって?』と、我が星の自由の大陸の人々のように、ホワイ?と両手を広げるのみだ。
そうこうあれこれ考えていたのだが、目の端で、私に背を向けていたミスミリーが、くるりとこちらを振り返る。
《灰と化せ》
『?、え?』
上げられた彼女の片手、向けられた指輪がきらりと光る。まばゆい光がその指輪に吸い込まれると、それは私に向かって飛んできた。
「!!」
ーードオオォン・・・!!
背後で聞こえたのは大きな衝撃音。そして遅れて響き渡るのは観客席からの大声援。
『・・・、?、』
過ぎ去った粉塵の向こう側、顔をかすめそうになった光の玉は山肌を抉っている。強く腰を引かれて座り込んでいた私が呆然と振り返ると、正面に手をかざしたミスミリーがこちらを見下ろしていた。
〈勝者!!ミリーの巫女!!!〉




