銀色の髪を受け継ぐもの 03
国が未だ安定していなかった遥か昔。
竜の巣である山々に囲まれた人々は怯え暮らしていたが、その中、飛竜と話せる一人の青年が現れた。
飛竜と友である青年は、並み居る権力者を退けて、国を纏める王となる。
その後、竜王と呼ばれた青年は、自分と同じように飛竜と友になれる方法を伝え広め始めた。
竜王の元には飛竜の友を得た強者たちが集い、彼らは国を護るものたちとなる。その中、珍しい赤い色の飛竜に乗る戦士が、他国から銀色の髪の少女を連れてやって来た。
青い大きな星を背に、屈強な騎士に抱かれる銀色の髪の少女。
彼女の美しい紫色の瞳からは、大粒の涙が溢れ零れていたという。
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二人の巫女の決闘の噂は、ガーランドの城内に留まらず、国内を駆け巡った。
〈こんなに短い刻で噂が城外に出るとは、故意に情報統制が乱されています〉
〈〔鳥〕は何をしているのだ?〉
ざわざわと混乱を隠せない右の翼から、三人の騎士が中央宮殿に進む。声を掛けることは憚られる、物々しい雰囲気の竜騎士たちは、王族の居城である奥殿に突き進んだ。
〈こちらで、少しお待ちください、〉
近衛騎士が配置される長い廊下の先、怯える従者に応接間に案内された第三砦のものたちは、それぞれが口を開かずに刻を待った。程なくして扉から現れた第二王子は、王族に対して起立し挨拶もしない無礼者たちに慇懃に微笑んだ。
〈オゥストロ・グールド。君と直接会うことは、今回が初めてだな〉
〈刻をいただき、ありがとうございます〉
ゆったりと椅子に腰掛けた第二王子イーオートに、同じ銀色の髪を持つセンディオラは微かに眼を細める。そして後に続いて入室した白髪の騎士を見て、明らかに眉間に皺を寄せた。
(〔竜嫌い〕クラゥムフィスタ・・・、)
ガーランド人の騎士でありながら、公然と飛竜を否定し髪を伸ばすことはない。改めて間近で目にした近衛騎士の姿を、センディオラとエスフォロスは侮蔑し嫌悪を表情に表した。そしてその、竜騎士が忌避すべき存在の背後から、ちょろりと現れたつり目の黒目はこちらを見上げてきた。
『あ、』
ーー〈!!〉
エスフォロスは、自分の息を飲む音に、室内の空気が張り詰めた事を感じた。同様に、二人の上官の驚愕も伝わってくる。緊急に王族に謁見を申し出はしたが、イーオートがこの場に少女を同伴させるとは思っていなかったのだ。
(メイへの再三の面会の希望は、何かと理由を付けて断られてきた。なのに今かよ、)
発言が限りなく制限される、王族との同席の場。そして王族と同列に席を用意された、天上人の巫女の少女には、もちろん気軽に声を掛ける事も許されない。
久しぶりに見た少女の全身を確認する。するとクラゥムフィスタが引いた椅子を見つめた少女は腰を掛けずに、なぜかエスフォロスに小さな指を差した。
(!?、俺?、俺が何?、)
〈・・・・・・・・〉
クラゥムフィスタの涼しげな瞳はエスフォロスを一瞥したが、言葉なく目を逸らす。それを見つめた少女は、何かを主張するでもなく、大人しく椅子によじ登った。そして無事に腰を落ち着けると、読めない表情で黒目はこちらを見つめているだけ。
『・・・・・・・・』
(メイ!なんか言いたい事があるなら言え!この場では、お前だけが、王子より先に、言いたいことを言えるんだ!!)
『・・・・・・・・』
微かな主張の確認に、少女の発言をイーオートは待ったが、ぼんやりと卓に目線を落とした黒目に無言の沈黙が落ちる。それに口端で笑った王子は、組んだ指に顎を乗せた。
〈先触れもなく火急の件とは、いま噂の〔決闘〕に関する事か?〉
〈その事実の確認に〉
〈確か出所はクラメア殿だと思ったが、なぜ私の所に?〉
穏やかに笑う銀色の瞳の奥には、砦騎士を試すような嘲りが潜んでいる。センディオラはそれを感じ取ったが、王子から上官への問いかけに、この場は沈黙するしか出来なかった。
〈短い刻で、意図的に国民に周知された。このことで、今回の決闘はイーオート殿下も同意なのだと判断致しました〉
〈クラメア殿ではなく、意図的に、私が広めたと言われたのかな?これは誉められたのか、貶されたのか。こちらはどう判断すればよいかな?クラゥムフィスタ〉
メイの背後に後ろ手に立つ白髪の男は、王子の問いかけに目線を砦騎士たちに落とすと、感情を一切乗せない表情で再び正面の宙を見る。
〈我が国に、王族を貶める愚かな騎士はおりません〉
〈そうだな。居るとすれば、昔々に竜王に名を取られた〔赤の英雄〕殿くらいか〉
自分の言葉にその通りだと頷いたイーオートだが、更に思い出したと、続けて過去の英雄を語り始めた。切れ者と周知される第二王子が、無意味な英雄伝に刻を費やす事はない。この意図がわからずセンディオラとエスフォロスは内心で首を傾げたが、オゥストロだけは反応を示した。
〈・・・・、〉
〈〔色違い〕の飛竜は強い力を持つが、驕り高ぶってはいけない。これは軍規にも記された、我が国の強者への戒めだ〉
美丈夫の微かに歪められた柳眉。オゥストロの苛立ちを返答としたイーオートは、更に穏やかに微笑み返す。
〈〔赤の英雄〕彼は国民には英雄とされるが〔色違い〕の飛竜で他国を蹂躙し、戦利品に美しい銀色の髪の女性を攫ってきた〔空賊〕となり、名を消されたと、竜騎士には伝えられる〉
〈・・・・・・・・〉
〈だが我ら王族や五大貴族には、軍では省略される真実が聞かされるのだ。その内容は、攫われてきた銀色の髪の女性は他国の王族で、後に竜王と恋仲になったのだが、それに悋気した〔赤の英雄〕が、王に反意して名を消されたというものだ。女子供が好きそうな昔語りの恋愛話だが、私には興味があった。上士センディオラも、聞いたことがあるだろう?〉
言って自身の銀色の髪の一房を、指でくるりと弄ぶ。それに問われたセンディオラも、短く同意を頷いた。
飛竜は、ガーランド国を取り囲む山脈にのみ群生する、苔を定期的に摂取しなければならないが、稀に生まれる色違いの変種はその摂取量が極端に少ない。その事を実証した赤飛竜、赤の英雄と呼ばれた者は、一騎で東領土に進撃し、その証として東の奥深くの森に隠された、美しい王族の王女を攫って連れ帰った。
国民には英雄と謳われるが、他国の小国を蹂躙し、その残虐な行為から、全ての竜騎士たちの戒めとして〔空賊〕と烙印され、竜王より名を消されたもの〔赤の英雄〕。オゥストロの遠い先祖である英雄だと、知るはずのないイーオートはこの場で語った。
〈確か特士オゥストロ殿は、こちらの天上人のメイ巫女を天に帰そうと、婚約は取り消したはずだった〉
〈・・・・〉
〈なので今回、王族が救出し、庇護したメイ巫女に、〔色違い〕黒竜ドーライアの乗り手である君を近付ければ、面倒な話になると思ったんだよ。気を回しすぎたかな?〉
『・・・・?、』
何度も巫女と呼ばれた事に、ぼんやり力なく卓を眺めていた少女が、隣に座るイーオートを見上げた。だが少女に興味のないイーオートから、目線が返ることは無い。
〈世間、特に貴族階級は、何かとこちらに注目しているものだ。私たちは悪目立ちが過ぎるからね。今回の決闘の件は、クラメア殿下ご本人か、周囲の考えかは分からないけれど、私も奉納祭は、メイ巫女が我が国に戻った事を、国の内外に知らしめる行事と考えている。いかがかな?特士オゥストロ、〉
〈・・・・御随意に〉
**
〈まさか噂の、クラゥムフィスタと関わるとは、正直思っていませんでした〉
退出した扉の外、苛立ちを吐き出したセンディオラ。三人は足を止めて重厚感のある応接間の扉を振り返る。
〈〔竜嫌い〕、そして〔竜殺し〕とは、本当なのでしょうか?〉
竜嫌いのクラゥムフィスタが近寄った飛竜は、その後なぜか天へと帰る〔天竜〕となる。噂話はクラゥムフィスタを厭うものたちの稚拙な嫌がらせだと気にもとめていなかったが、実際、その男を目の前にするとエスフォロスも薄気味が悪くなった。
〈噂の類に振り回される事は好きではないですが、あのように短い頭髪を見せつけられると、我が国の騎士としては違和感がありますね〉
〈おそらく、第一王子の一派のものが、第二王子の足を引くために、周囲を貶めているのだろう。クラゥムフィスタは、あの風貌から標的になるには良い的だ〉
〈・・・確かに。それにしてもなんだか、始祖王の話で逸らされましたが、結局は、決闘は止められないということですか?〉
〈良いのですか隊長、メイ様を、殿下は見世物にしようとしています〉
〈・・・・〉
〈見世物って、決闘は神聖なものです。まあでも最悪、決闘になっても、エミュスの報告ではメイ、巫女にはオルディオール殿がついているとありました。アピーからも、そう聞いています〉
オゥストロを抑えた二刀流。かつてのファルド騎士団長であるオルディオールを身の内に宿した少女が、今さら決闘で負けるはずもない。だがそれに、センディオラは首を横に振る。
〈それが問題なのだ。奉納祭の主巫女を賭けて天上人を争わせるが、その内容は王子たちの真意ではない〉
〈?、〉
〈これは兄弟喧嘩なのだ。国を賭けての〉
〈え?国って、あ、継承権の事ですか?でも、〉
〈第二王子だとしても、王位継承権は王子たちの優秀さで継承権を勝ち取れる。だが今回、最も優秀で国民に期待されている、イーオート第二王子殿下が王にはなれないと噂される理由〉
〈銀色の髪を持つものは、過去に竜王となった者はいない〉
静けさに落ちたオゥストロの低い声に、エスフォロスは今まで考えたこともなかった歴史を振り返る。
〈言われてみれば、確かに、〉
〈そこで今回の決闘が利用されるのだ。国内外で、名実共に天上人の巫女とされるものは、メイ様ただ一人なのだ。その方を、第二王子が後見人となられると、宣言するのだぞ?更にメイ様が決闘で勝利された場合、〔夜明〕が動きだす〉
夜明。銀髪の貴族を尊び、真王族だと崇め奉る組織。
〈イーオート殿下を、初の王位継承者に?だけどそういえば、待って下さい。俺、さっき少し気になったんですけど、・・・あれって〔メイ〕でしたよね?〉
〈どういう事だ?〉
〈いや、オルディオール殿が一緒なら、あの場でなんで、黙ってたんだろーなって。あの人、いや、あの玉って、いつも会議では隊長よりも喋ってたじゃないですか。生意気に、しゃしゃり出るというか、〉
〈・・・・〉
〈確かに。エミュスからも、意図的に我々を躱して逃走していたと、そう報告にあった〉
オルディオールは何かの意図で出て来なかったのか、出て来られなかったのか。
〈まあ、そもそもさっきは、メイの中に居たかどうかは分からないんですが、・・・あれ?それはそれで、決闘がヤバくないですか?ミリー巫女って魔法を使うとか、〉
ーー「ミリー巫女!そちらではありません、」
〈!?〉
通路から出て来た軽い足音は、長い黒髪の真白い衣装の可憐な少女。出会い頭に現れた、三人の砦騎士に遭遇し萎縮していたが、その中、オゥストロの美しい顔立ちに気付いて頬を染めて口を開けた。
〈これは第三砦の方々!〉、
「さあ巫女様、クラメア殿下のお部屋はあちらです、」
第一王子クラメアが、新しい巫女を私室に呼び寄せている事実にエスフォロスは驚愕したが、黙礼したオゥストロとセンディオラに、少女はなぜか後退った。
「どうしたのですか?巫女様、ああ、こちらの方々は第三砦です」
〈・・・言葉は、お話になられないので?〉
〈先ほどから、東言葉を使っているが、それは?〉
〈はい。巫女様は、お言葉は話せませんが、東言葉を聞くことは出来るのです〉
〈・・・・・・・・〉
『あれ?あの子、』
**
廊下に出てすぐに立ち止まり動かなくなった小さな少女に、クラゥムフィスタは行く先を示すが足は動かない。小さな少女の目線の先には、先に退出したはずの砦騎士たちが居た。
王族が関与した天上人の少女に、騎士たちから声を掛ける事は出来ない。それにクラゥムフィスタはあることを思い出した。
(やはり婚約者だとの噂は、噂だったのだな)
特士貴族の英雄、オゥストロが天上人メイの婚約者だと貫き通せば、王族が関与する隙間は無かったはずなのだ。それを天上に帰すと、放棄したのはオゥストロ自身である。
(真実想うものならば、天教院に言われたところで天になど帰すはずがない。メイ巫女の必要性を、軍会議では否定していたというし、言い寄られて手を焼いていた、ハミヤ家を除けるためだったか)
ーー想像よりも、黒竜騎士は、大したものではなかったな。
その嘲りが顔に出たようで、オゥストロの部下はクラゥムフィスタに怒りを返したが、取りあう事も無くあしらうと背を向ける。だが廊下の奥より厳しい声が響いた。
[何をしている!]
集まった視線の先には、天教院の大神官が珍しい早足でやって来る。いつにないアリアの声の強さに、皆は驚き目を見開いた。
[なんでここに、来たのかな]
更に続く強い叱咤に、それを問われて身を竦めた巫女の付き人は、ミリーへ移動を促すが、新たな天上人である少女は首を傾げて周囲を見回す。なぜかこの場で一番小さなつり目の少女は、片方の眉を上げて挑戦的に、苛立つ大神官を睨み付けていた。




