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ぷるりんと異世界旅行に、  作者: wawa
断崖の牢獄~トラヴィス山脈
3/75

02 シンキング・ターイム!



 ごつごつとした岩場。陽が暮れると岩場を飛び越えながらの長距離マラソンが始まる。もちろんその間は、ぷるりんを装備した私が表に現れる事はない。ただぼんやり、アピーちゃんとくろちゃん、エルビーが走る様を眺めているだけだ。逃げ走る以外の行動として、陽が昇ると岩場に隠れて食事をして仮眠を取るのだが、そこで私はぷるりんと入れ替わる。


 もちろんここまでの道のりで、各地の見所を散策しスマホでぱちりと記念撮影、ご当地名産品や甘味を味わう。そんなワクワク満腹感は一切ない。


 (旅行、違う・・・、)


 「ミギノ、クラウをこぼしたよ」


 トライドの森からここまでの道中、岩陰から射し込む朝日をぼんやり見ながら硬いパンをかじっていると、粗相をアピーちゃんに怒られた。短くなった栗色の髪の毛をフードで隠しているアピーちゃんだが、人目を避ける逃亡中は、常にお耳を全開に周囲に聞き耳を立てている。このチーム逃亡犯の先頭を常に走る彼女は、日に日に顔付きがキリッと凛々しくなり、前髪には可愛い髪飾りかキラリと光る。


 「クラウ、おいしいですね。アピーちゃん」


 「・・・・・・・・ミギノ、」


 味なんて特にしないが、アピーちゃんに会話のつなぎ枕を投げてみた。かみ切れないハードなパンは、旅の持ち運び用に故意に硬く乾燥させられている。奥歯でも一撃で粉砕できないラスクを飴のように味わっていると、いつの間にかアピーちゃんのお耳がへたりと下がり、お顔は私を憐れんでいた。どうやら投げた枕はスルーされたらしい。


 「ミギノ、ずーっと口の中に入れてるね。遊んでいてはダメだよ」


 『・・・・』うんうん。


 食事に時間をかけすぎて、彼らの出発を遅らせていることはわかっている。だがこの前、その問題を解決しようとパンを片手に歩きパンをしようとしたら、エルビーにぷるりんと間違えて蔑まれた。 


 ーー「君はミギノの身体で、歩きながらクラウを食べる気なの?エールダーって、ファルド帝国では大貴族なのに、女性にそんな事を**するような、品の無い**だったんだね」


 ーー『え?』


 ーー「・・・情けない。トライドの王族が聞いたら、皆びっくりするよ。トライドはファルドよりは田舎だけど、貴族や王族でそんな*****人、見たこと無いよ」


 ーー『・・・・・・・・』


 ぐちぐち、くどくど、ねちねち。


 出会い頭にサラリぶすりとイャミを言い捨てられる事も傷つくが、追いイャミはローブローの様にじわじわと身体に染み込んでいく。


 ぐちぐち、くどくど、ブツブツ。


 私の勉強不足により、ところどころ聞き取れないが全てはイャミだと理解できる。投げかけられたイャミは数分。この間、私に装備されていないぷるりん玉は、空気を読んで岩陰から出て来なかった。降り注いだ小舅エルビーによる嫌味イャミの連打。いつもは他人事だと、私はぷるりんではないから関係ないと流し聞いていたのだが、自分自身に駄目だ憐れだとブスブスっと刺さった異世界人からの蔑みは、思ったよりもメンタルゲージを大きくすり減らした。


 「アピー、ちょっと、」


 そうこう思い出していると、タイムリーにイャミな小舅エルビーがやって来て、アピーちゃんを連れ去った。アピーちゃんは、このチームの中では進路方向を決める重要な役割を担っている。彼女の大きなお耳はもふもふとした癒し効果だけでなく、かなり遠くの音を聞くことができ、追っ手から逃れる事が出来るらしい。

 

 岩場に消えた二人は、おそらく少し先の場所に発見したシンプルな造りの山岳施設を見に行ったのだろう。やはり逃亡犯としては、怪しげな施設を見つけても即座に飛び込む事はしない。


 人の出入りを物陰から観察し、ケモミミ盗聴・集音器アピー氏による施設内の集音調査。更には玉であるぷるりん氏による建造物無断侵入調査。遅れて合流するのか未だに姿は見えない、皆の会話の中では時折出てくる、マスクトラー探索班からの周辺情報。


 「・・・・、・・・」

 「・・・・・、見た顔が・・・・」


 『・・・・』もぐもぐ。


 戻ってきて、少し離れた場所でヒソヒソと会話するアピーちゃんとエルビーを遠目に、無機質な施設を眺めていた私だが、ぽとりと現れたぷるりんが突然パンの欠片が滞在した口の中に飛び込んだ。もそもそ、もぐもぐしていたパンを液状化したぷるりんごと飲み込み、体内に取り入れる。


 パンのように栄養にならないぷるりんが全身に染み渡る。そしてパンの栄養よりも即効性のあるぷるりんは、私の身体の支配権を奪って立ち上がった。


 「行くぞ、」


 私の声で、鋭く二人に命じたぷるりんは、避けるように施設に背を向ける。そして岩場の小道に滑り込んだ。


 (そうか、あの山岳施設には、行かないんだ)


 皆がずいぶん注目していた山岳施設。しかも「見た顔が」居るとか居ないとか。なのでこれから乗り込むかと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


 エルビー、アピーちゃん、ぷるりん。そして近くに居るはずのマスク代表。彼らは、私に意見を求めない。ここ数日は、私個人に話しかける回数も減ってきた。


 (これって・・・・、)


 トライドの森で我が国に帰れなかった私だが、この異世界で生きていこうと地に足をつけようと決意したのだ。決意はしたのだが。


 (・・・皆、私の事はまるで無視)


 この異世界の、生活様式も道のりも分からない。そんな私に意見を聞く事なんて、時間の無駄なんだということはわかるのだ。だけど異世界旅行も良いかもしれないと思っていた私のポジティブシンキングは、ここまでの道中でネガティブシンキングに傾いた。


 身体をシェアしているぷるりんに無視される。そんな事は前に経験済みなのだが、さすがにアピーちゃんやエルビーまでが私を横に置き去りに、ぷるりんだけと会話をするこの状況はなんだか・・・。



 なんだか少し、さみしい。



 (いや、わかるのだ。わかるのだ。きっと今は、前とは比べものにならないくらい、逃げなきゃいけない状況なんだよね)


 三つの国の軍隊が、異世界人の私に付与された、巫女ミスメアリという価値を追っている。捕まると、閉じ込められてどこかの施設から出られない事をぷるりんは言っていた。今は私の存在など置き去りにされても、異世界ここに居るという事を無視されても、追っ手から逃げ切らなければならない切迫感極まる状況。


 だが追っ手追っ手と逃げ続けているが、その追っ手と出会した事が無いので追われている実感はあまりないのも事実なのだ。ぷるりんは、以前は私の体力増強のために、私自身にマラソンを強要していたのだが、それも言わずに岩山を自分で走り続けている。なのでよほど逃げなければいけないのだろう。


 だけど追われる身としては、行く先々に追っ手が待ち受けているものを想定してしまう。


 (映画や漫画、ゲームに小説にドラマで様々な情報収集している私としては、追われる者の行く手には、必ずといっていいほど追っ手が追ってくる)


 オッテガ・オッテクル?


 だじゃれでは無い。

 何かのブランド名でも無い。


 ここまで追っ手の姿が見えないと、逆にこれは過剰防衛なのでは?もしかして、カミナメイ・フィーチャリング・巫女ミスメアリ、そんなに追われてないんじゃない?と、逃げることに疑問が湧いてしまうのだ。


 思い起こすと追っ手の三軍とは、粘着質なフロウ・チャラソウが率いるファルド軍。表面的には私の婚約者となっている黒竜騎士オゥストロさんが所属する、飛竜ドローンが飛び交うガーランド軍。そしてアリアという痴漢癖の変質者を王子と掲げるエスクランザ国の軍である。


 (粘着質は気になるが、やはりなんだか緊張感の感じられない三軍という組織)


 しかし軍と名のつくもの、やはり一筋縄ではいかないのだろうか?


 なにがどう、なんなのか?


 そう状況を傍観していた存在感の無い私だったのだが、岩山から出て直ぐの港町でくろちゃんの姿が見えなくなった。


 慌てるアピーちゃんや、意外と猫思いだったのかくろちゃんを気にして周囲をきょろきょろするエルビーを見流して、ぷるりんに身体をレンタル中の私は現在冷静にこの状況を分析している。


 お家の中から出られない派と、近所を縄張りに散策派、そして人に飼われることなく自由を求める派の彼らの共通点。


 それは?


 ーー猫は気まぐれな生き物である。


 人間にわりと寄り添ってしまう、犬一族と比較されての事なのだろうが、猫は気ままにタンスの上、または塀の上から人々を見下ろし、そしてごろにゃんと近寄ってきては気まぐれに撫でさせてくれる種族であるには違いない。


 お触りの許可、それはこびこびとした媚びではなく『さわっても、良いよ。今ならね』という猫主観によるお触りなのだ。


 だから彼らが人間に断り無く、猫の道を突き進み、どんな猛者に粉をかけ、睨み合おうと彼らの自由。そんな猫時間を過ごす彼らは、猫が居なくなったと慌てふためく人間を、物陰からクールに眺めているかもしれない。


 (きっとぷるりんにしか心を開かないくろちゃんも、今まさにクールに我々を観察中なのでは?)


 などなどと猫の気持ちに寄り添っていた私だが、少し先の四辻で周囲を見回していたアピーちゃんが、叩き付けるように降ってきた何かに突然捕まった事に、何も出来ずにそれを見ているだけだった。




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