01 逃亡中
ぷるりんと異世界旅行に出発したのはいいのだが、現在のところ、どうにも旅行気分は味わえてはいない。
旅行といえば、それを盛り上げるアイテムの一つに旅のしおりがある。おにぎりと水筒、お菓子と共にリュックにしまわれる、旅行のワクワク感を操作する存在だ。内容としては、時間を守らないと集団行動に迷惑をかけますよ、というキリリとした注意喚起も含めるのだが、残念ながら今回の旅行にそれは無い。
どこまで行く?
ーー「とりあえず、西方」
今回の旅の目的は?
ーー「定住場所さがし」
どうやって行くの?
ーー「追っ手は三軍。ファルド、ガーランド、エスクランザだから、それを躱しながらだね」
『・・・・・・・・』
追っ手をかわす・・・旅行?
しおり無し、時間に拘束の無いフリーダム。
ワクワク感というよりハラハラ感・増。
(なぜだろう。異世界に落とされた一年前よりも、不安で不透明な逃亡感だけが増した)
トライド地域、森の神社からこっそり逃げ出した私たち。アピーちゃんとくろちゃんを先頭に、ぷるりんを装備した私とエルビーは鬱蒼とした森の中を駆け抜けて、海が見える辺境にたどり着いたのだが、そこから更に、道無き岩壁の絶壁をよじ登り何処かの山間の施設にやって来た。
人気の無い、岩だけの山岳施設。
ここに至ったことは、ぷるりんかエルビーが、それともここには居ないマスク代表の案内ミスによる、道間違いなのだそうだ。
(案内ミス。・・・ミス・メアリ)
ミスメアリとは、外国における女性の事では無く、この異世界では最上級の巫女という呼称の事である。空から落ちて、奇跡的に助かった私のような異世界迷い人を、こちらの宗教世界では天上の巫女と持ち上げるのだ。
異物は常に、持ちあげれるか堕とされる。
人の世の中という箱は、保守的な集団行動からはみ出たものを認める事に時間をかける。例えば有名大学を卒業し、有名企業に就職出来れば素晴らしいとスラリと褒め言葉は出るのだが、様々な理由で学業を修めなかったり、無名学校を卒業した者が地頭が良く社会的に成功しても、何故かスラリと褒め言葉は言われない。
天才だからね。
他には生まれながらの何とかや、育った環境によるハングリー精神などなども当てはめられる。
同じレールに乗らないのに〔上がった〕ものには、認める理由として〔天才〕という特殊枠を装着させる。もちろん集団行動のレール上に発生した努力の天才も存在するのだが、これはレールから脱線したはみ出し者の出世に関する内容なのだ。はみ出し者だって本人の努力が第一前提なのに、天才の次には運が良い、人に恵まれたなどの要因も重要視される。
そうすることで集団行動からはみ出た異物を認識し、彼らの存在を認めてあげられるのだ。
さて、地頭が良い〔天才〕ではなく〔天上人〕という特殊枠を与えられた私は、宗教で言うところの高位の存在である。そしてそれを様々な国の権力者たちが何かに利用出来るらしく、奪った者勝ちのトロフィー的な立ち位置でもある。
だがこの巫女という立場、ここで注意したいのは、北国エスクランザや飛竜の国のガーランドとは違い、東の国のファルド帝国でこの最上級の巫女という地位は、落人という危険落下人物として実験対象にクラスチェンジしてしまうことも忘れてはならない。
私はなんとか〔ぷるりん〕という異世界での便利アイテムを上手く使いこなし、巫女と落人の称号を綱渡りでやり過ごしてきたのだが、ここに来て望ましくない犯罪履歴が刻まれることとなった。
神社仏閣、建造物損壊の幇助。
(神社壊した、逃亡犯・・・、)
なんとも寝覚めの悪いこの罪は、森の中に建てられた、小さな神社の横部分をセルドライという知人が破壊して、穴を開けた事に起因する。そこから周囲の人々の目をかいくぐり逃げ出した我々が、一味として現在指名手配されているというわけだ。
こそこそ、ひそみひそみ、周囲をぐるりと見渡してからの物陰を小走りで走り去る。
(旅行・・・、違う・・・、)
エルビーやアピーちゃんの様に華麗にぴょんぴょんスタスタ歩くのではなく、ててててっ、ててててっと皆の後を常に小走りで走るぷるりんに、身体をレンタル中の私。
(足の短さの問題か?エルビーは普通に歩いているのに、私は常に駆け足状態)
自分の身体をぷるりんという異物に貸し与え、呑気にぼんやり現在の状況を分析していたのだが、小休憩に立ち寄った岩場の影で、チクリぶすりと私の頭に冷やかな声が突き刺さった。
「だから、自分の身体があるのなら、早くそっちに移りなよって言ったよね?セルドライに身体を盗られたままで、よくのんびりとミギノの身体に居座っているね」
「・・・・」
始まった。小舅エルビーによる、嫁いびりのようなチクチクぶすり攻撃。このチクチク攻撃により、常日頃、仲の悪いぷるりん氏とエルビー氏は、現場の空気を更にピリピリとピリつかせていく。
「オルディオール、足を、開いて座らないで。それ、ミギノの身体なんだから、女の子らしく出来ないなら、早く出てってよ」
「・・・・・・・・」
「腕も組むのやめてよね。まさか竜騎士の真似じゃないよね?情けなくない?仮にも過去に、ファルド帝国の将軍だったんでしょう騎士団長」
「・・・・・・・・・・・・」
「聞いてるの?『ぷるりん』」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
この様に、ちくりちくりとお小言を刺してくる。エルビーは異世界での私の保護者であるのだが、逃亡中のこの道中はお小言を繰り返し、言われたぷるりん氏はいつも完全無視を決めこんでいる。だがきっと、お腹の中ではモヤモヤと、お小言のストレスを溜め込んでいるに違いない。
(エルビーに聞こえないように、鼻から長いため息してる。自称過去の騎士団長、お疲れです)
だが忘れてはいけない。ストレスを溜め込むお腹は、私の五臓六腑なのである。
(ぷるりんのストレスが、私の身体に染みわたる?ぷるりんが私の身体でストレスを感じるの?何故だ?痛みは感じないのに)
魂と認識されるぷるりん玉。彼を装備した私は、疲れや痛みを感じる事がほとんど無い。だが日常生活において、喉が渇くやお腹がすいたな、トイレに行きたいなどなどの生理的衝動はあるのだ。
改めて思うのだが、ぷるりんは、現在は見た目にただのぷよぷよとした、柔らかい青い玉である。
半透明の中心部には、ラメとは言えない自然発光するキラキラを内在し、目も口も無いただの柔らかい玉である。
その玉のぷるりんは、この異世界では魂が具現化されたものだと認識されており、人(主に私神名芽依の身体)に侵入し現在活動中である。
玉では無く、人で在った頃の彼のファルド国での暮らしを想像するに、ファルド国の騎士団長、将軍、様々な呼称で呼ばれて部下を持ち使用人に囲まれて過ごすという、平民庶民にとっては想像上の生物、貴族という謎の生態系に分類される。主に彼らは物語の存在と認識されて漫画などに登場し現実味が無いのだが、これだけは私にも理解できる。
きっとぷるりんは、ヒエラルキーの頂点付近である、本物の大金持ちの上位にランキングされていたのだ。
そして約一年前にこの異世界にて、この玉と遭遇し身体をレンタルする事になった私だが、レンタルの対価として、玉は私に我が星への帰宅方法の探索の協力を提案した。だがそれは失敗し、次の第二計画が発動されたのだ。
そう、我が星へ、私は帰れなかった。
一年間の募り募った希望が打ち砕かれ、精神的に過度なストレスを受けた私だが、頭の中では目の前に転がる未払いぷるりん氏を見逃さなかった。
あれ?
ぷるりんとの曖昧誓約グランふふーんさって、まだ終わって無いよね?
帰れなかったとぐったりし、我が星の様々な神と仏に八つ当たり。思考回路がこみ上げる嗚咽に混線したのだが、流れた涙で頭が突然クリアになった。そして生存本能がストレスに打ち勝ち、〔ぷるりん〕という便利グッズをキープしようとしたのである。
このとっさの判断は、私の脳内の危機管理部署が起きてしまった災難〔帰れなかった〕という突発的ストレスを横に押しやり、キリッと働いたことによりピカンときらめいたのだ。
私の身体のレンタル料金という帰る道のり探索、帰れるかもしれないというギリギリ手前までこぎ着けたのだが、実際に帰る事が叶わなかったので支払い料金は未納のまま。
そこに私はつけ込んだ。
この玉を身体に装備する、異世界においての効果効能は実感済みなのだ。新聞の商品織り込みチラシで良く見られる、どこかに小さく効果効能は個人差によりますなどの、責任は買い手に一任される文言があるがこの商品〔青い玉〕個別名ぷるりんに関しては、既に一年間のお試し期間でアレルギーが出なかった事も分かっている。
(なのでこの異世界で生き抜く為に、成仏出来なかった昔の英雄、ぷるりんことオルディオール・ランダ・エールダーさんを利用する事に決めた)
身体レンタル未払い料金を意識させ、新しい支払い計画を持ち掛けた。とりあえず、この異世界での生活拠点、それを造るために協力してもらうのだ。
まあようは、次いこ、次。
というわけなのだが。