07 透明でも壁一枚。
船内ではやることも無いので甲板からぼんやり海を眺めていると、私を鼠だと証言したとある船員が近寄ってきた。
〈立派に抜けたなぁ!〉
『・・・・・・・・、』
ぷるりんのドローン語学習の誤り、または私が誤習得していなければ、彼は今、私に対して何かが抜けたと賛辞を浴びせた。
〔抜ける〕に関しては、メンタル面のぼんやりとした失敗から容量無制限の営業成績ランキング、更には男性の身体的性的処理に関する内容など、とっさに三つの憶測が脳裏を過ぎったが、この異世界では子供だと一般認識されている私に当てはめるには、どれも疑問がわく。
そして我が国で、子供の何かが抜けて祝福されるものを想像すれば、あの代表的な乳歯が連想されるのだが、面識の無い異界の船乗りが、出会い頭に私の乳歯に関心を持つことがそもそも意味がわからない。
本当に私の歯が抜けてしまえば、それは乳歯ではないので、もう二度と、下から生えてくる事はないのだ。
永久歯が抜けたとなれば、高額インプラントや差し歯や入れ歯が、抜けた穴に嵌まろうと今か今かと狙っていそうだが、いずれにせよ歯が抜ける事は喜ばしいことではなく、なので歯みがきはとてもとても大切なのである。
(歯みがきに話が逸れた。修正修正、)
この異世界ではまだお世話になっていない歯科医院、我が国でのキーンとした恐怖の切削音を思い出していると、私の頭上で船内マップを広げた船員は、貨物室までの道のりを詳しく私にレクチャーしている。いまだ私を鼠だと決めつける彼は、どうやら私の船旅に、薄暗い貨物室での安息を勧めてくれているようだ。
それはそうと自分が鼠だと決めつけられて、なぜ私は平静でいるのか?
他人からどう認識されようと、今さらなのである。様々なあだ名で異世界人を認識し、多方面から異世界人に人外の称号を与えられている私である。今さらなのである。
(それに目の前の船員は、嫌味でも差別でもなく、本心から私のことを鼠だと決定し、その成長を祝福してくれていることが、なんとなくわかる。これは人の良さそうなおじさんのおせっかいなんだよね)
おせっかいを温かい目で見守る私。だが見守ってはいるが、このまま彼のお勧めしている、貨物室の片隅に移動するつもりはない。なのでここはやんわりとした否定に、首から下げた乗船券を提示してみることにした。
更には、人間関係を円滑に受け流すスキルの発動だ。
ーーうんうん。
困惑し意味が不明なその場に、あえて事を荒立てず、ふんわり肯定し、合気道のように受け流す。対話バトルが発生しても、がっちりと組み合わず、険呑と殺気立たずにバチバチとぶつかり合わない技術の一つである。
だがこのスキル・ヤリス・ゴスは、対話の相手が白黒付けたい肉食系だと、成功率が著しく低下する事にも気をつけたい。
受け流されたうんうんを振り返りすくい上げ、白か黒かを明確にしようと、更に食いつきパンチを繰り出してくる粗探しタイプ。このタイプは、我が国特有の曖昧灰色領域を嫌い、丁か半かをハッタハッタしてくる。
〈わかってる、わかってる〉
私の頷きと乗船券に、笑顔で理解を示した船員。
(ヤリス・ゴス、成功)
ほっと一安心の私だが、頷く船員は私を手招きに指を差す。彼の笑顔に頷きながらその場の空気を読んで後を追うと、階段を降りた廊下の突き当たり、ある一室で立ち止まった。
(この乗船券の、客室?)
連れて来てくれたの?どこまでも親切な船員に微笑み頷くが、私の中のモシカシテ?は予想を裏切らずに的中した。
ここって、どう見ても・・・・・・・貨物室。
成功していたと思われたヤリス・ゴスは、異文化交流の思い違いにより見事に無効化されていた。だが開いた扉の中、私に用意されていた薄暗い貨物室の片隅、すでに先客が居たことに、おせっかいな船員のオヤジは驚愕に全身を揺らす。
[っ!!!、びっくりした、ええ、あれ?]
私の指定席であるはずの積まれた荷物の隙間に、すっぽりと人がしゃがみ込んでいる。驚き慌てる船員の一部始終を観察し無反応に見つめていたその子は、無表情に首からぶら下がる切符を差し出した。するとその乗船券の少女と、真横の私を交互にオヤジは何度も反復した。
[ああ、そうか!]、
〈あんたが前に会った子か、え?、じゃあ、?〉
勝手に勘違いして、私を疑惑の目で見下ろした。先客の指定席番号を確認し、振り返ったオヤジは私の切符を再び確認する。
〈・・・なんだ、北方人か〉
(なんだと?)
人間違いだったと極軽の謝罪の言葉に頭をかきながら退出していったオヤジだが、奴は今、私が鼠ではなく人だった事に肩を落として落胆したのではないのか?
腑に落ちない疑惑にオブラートされた怒りを飲み込み、間違えて客を貨物室に案内した駄目なスタッフを見送ってみたが、置き去りにされたこの場に、私を不穏に見上げる黒目と目が合った。
〈・・・・〉
『・・・・え、あの、』
フォロー無し。
スタッフの手違いで誤案内された私、無言で私を見つめる黒目に、何をどう言えばいいのだ?
〈・・・・・・・・〉
初対面のしゃがみ込んだままの先客。この子はガチの黒目がち。カラコンで女子力をアップというレベルではない。しゃがみ込み、こちらをガチ見の黒目の少女は、かっぱちゃんと同じ様に白眼が無い。くるんとした黒目がち。インコかネズミのような、つぶらな愛らしい黒目である。範囲の広い黒目がちは、大型ショッピングモールのペットショップで見つめ合った、ハムスターのように人々を魅惑の深淵に誘う。
・・・・・・・・買って・・・・・・・。
・・・・・・・・ここから出して・・・。
だがたとえ提示価格で購入出来たとしても、彼らにとって都合良しの、食・住を終身保障で用意できる環境と経済力がなければ、この誘いに背を向けて、後ろ髪をひかれる思いでその場を立ち去る事がセオリーだ。
我が国の、法律的には〔物〕だと位置付けられていた〔彼ら〕だが、金を払ってご自宅に迎え入れるのならば、預かった〔命〕に重きを置いて、潔く魅惑の深淵に墜ち、買い手が奴隷化するのもオプションの一つとなっている。
それはそうと、ビジネスが常に優先で、動物愛護発展途上国であった我が国は、今年は何か変化があっただろうか?この異世界に落とされた、私にはそれをネット検索することも出来ないのだ・・・。
(・・・はっ!、危ない危ない。しんみり動物に手厳しかった我が国を思い出していたが、ここはペットショップではない。しかも目の前のこの子は人である)
そしてガチの黒目ではあるが我が星で有名な、捕らえられた小さな灰色の宇宙からの使者でもない。更には諸外国でホラー的に紹介されている子供たちも居るのだろうが、彼らの雰囲気でもない。
〈・・・、・・・、〉
無表情に目線を逸らさないガチの黒目の少女は、私と同類の黒髪を高めポニーテールにひとくくり。おそらく私と同じ様に猫毛であろう張りの無い毛束が確認できる。ふるふると震える芯の無い毛束・・・おや?
〈・・・、・・・、〉
これって、まさか私を見て震えてないか?逸らされないガチの黒目は、にらみ付ける威嚇ではなくの、恐怖?
よく見れば、私より年下であろう先客の少女。何かの理由で貨物室の隅に丸まる彼女は、突然の不法侵入者の私の対処に私より困っていたのかもしれない。
所は違うが何かのタイミングで引きこもってしまい、徐々に自分以外の別の人間から遠離り、飯を与えてくれる存在により備蓄された食料は尽きることが無く、春を待つ越冬動物よりも更に冬眠期間の長いヒッキーのように人見知り感が全身に表れている。突然現れた私に震えてしまうのも当然だ。
配慮が足りなかった私。この場に安心感を与えるために、ガチの黒目に自然に背を向けようと思う。野生動物とヒッキー、人に距離を置きたいと考え中の彼らには、背中越しに安心安全、敵意無しを語るのだ。
だがこの背中越し、恐怖と不安にメンタルがバーストした彼らからの、過剰防衛攻撃への備えも忘れてはいけない。用心深さが美徳である、代表的なチキンの私はこれを念頭にくるりと背を向ける。
〈じゃあな〉
〈・・・・・・・・〉
お別れの挨拶とともに貨物室を後にしようとした私だが、くるりと背を向けた時に視界に流れ過ぎた室内、あれ?なんだあれ?絵?え?
(絵じゃない。窓だ。)
水面が見える貨物室の小窓に、何かが見えた。人の顔にも見えるので、初めは見なかった事にしようとしたのだが、怖い物は、薄目でも確認したくなるのが私の性質である。
『・・・・・・・・、』
不自然に立ち止まる私。貨物室に引きこもった背後の黒目がちさんを、気遣う余裕はゼロとなる。
(・・・・・・・・やっぱり、顔だな、あれ、・・・あ!)
そうかそうか、そうだった!あの現象を、以前の船旅で見たことがある。前回南国ゴウドに来たときに、かっぱちゃんに同じ様に水中から見つめられて全身が震えた事があったのだ!
なんだよ、河童の同類か。
驚かせないでよ。
何度見ても、同じ手に引っかかるよ、チッ。
安心感にヤサグレた舌打ちが思わず出てしまったが、そうとわかれば対象は肉の実体を持つ窓の外、水族館のように遠慮無しに観察してみるのである。
じろじろ。
(男性か女性か?・・・、男かな?)
小窓の向こう側、海面の波しぶきに船内覗き魔の正体がはっきり見えない。ただガラス窓にべったりと張り付く顔に、青のような紺のような白眼の無い瞳。しばらく見つめ合った魚系覗き魔と私だが、奴が威嚇に牙だらけの歯を剥き出したので片方の眉を上げて応戦してみた。
(なんだあいつ?覗き魔のくせに、人の顔を見て歯を剥き出しに?)
居なくなった覗き魔に首をかしげたが、振り返ると黒目がちさんも荷物の隅から消えていた。もともと静かな貨物室だったが、薄暗い空気とギシギシと軋む音に薄ら寒くなり、足早にその場を後にする。
そもそもは船員の誤案内によるこの薄ら寒さなのだが、陽の当たる甲板に戻ってきた私は、騒然とした異変に呆然と立ち尽くした。
穏やかな船旅から一変、逃げまどう乗客と襲いかかるテロリストたち。警備らしき人々が応戦するが、海から乗り込んでくる暴漢に圧されているのは目に見えて分かった。
『あ、あれ、!!』
逃げる者、それを追う者、その中に、さっきまで私と見つめ合っていたあの子を発見する。うろちょろと大人を避けて逃げていたその子は、青黒い大きな男に追われていた。
あの色、全身が黒っぽいあの男は、窓からこちらに歯を剥き出した、あいつである!
執拗に追いかけ、黒目がちのあの子に襲い掛かった海からの暴漢。だが伸ばされた野太い魚風の男の腕には二本の刃物が突き刺さり、それを投じた者を振り返り牙を剥き出しに威嚇した。
(・・・さっきより、歯茎が剥き出しに怒ってる、)
もちろん襲われた少女を救ったのは、見た目には彼女と大差ない、救世主としての風格は兼ね備えていない私なのだが、意気揚々と躍り出た甲板で手にした武器は、あの時の農具である。
ドローンから逃げるために森の中を駆けずり回り、疲労困憊の私の身体でこつこつせっせと解体していた〔あの農具〕。ベルトの内側に差し込まれ、座るたびにお尻に突き刺さるのではないかと地味に気が気でなかった〔あの農具〕だ。
〈行け!〉
ぷるりんは私の声で女の子に叫び、手にした農具を手裏剣のように投げ放つ。悲鳴なのか怒声なのか、聞き慣れない異様な音を発した魚風暴漢は、三本目をガチリと歯で受け止めて、腕に刺さった異物を抜き去ると逆にこちらに投げ返してきた。
それをぷるりんは華麗に躱すことが出来たのだが、突然始まった乱闘に、私は心を無にして気配を消し去るのみである。
考えては、ダメなのだ。
緊張すればするほどに、あーでもないこーでもないと、ミスった想定妄想を連続展開させて、パフォーマンス成功から遠離っていく。
無我の境地、我関せずを、貫き通す時!
仏様の半眼、この世の一切合切を、空気の如く見なかったことに集中するのだ!
こんな私の天性空気のスキルは、いざこざのたびにアップグレードしていく。そして努力の甲斐もあり、私はこの場に表面化することなく、ぷるりんや船の乗組員の活躍により、海賊たちを追い払うことに成功した。




