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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
8/122

 俺と剣闘士たちが一緒になって陣取っている一角に、無数の木箱が運び込まれた。

 その内を覗いてみれば、武具の類が詰められている。

 すでにそれぞれ身につける品物が決まっているらしく、よどみない動作で手早く、羽つき兜だとか、手甲だとかを身につけている。

 老人が俺に向かって手招きしている。傍に行くとすぐそばにある木箱の中を指さした後に、俺の事を指さしたから、木箱の中の武具を自由に使用してよい。と言う事だろう。

 木箱の中には兜、手甲、脛当てがあるが、胸当てはない。

 ありがたい事だが、いずれも使い慣れない物なので、俺がこれらを身につける事は無い。

 新庄夢想流は合戦が無くなった江戸時代初期に開かれた流派で、鎧を身につけた相手との戦い方は伝えていても、鎧を身につけて戦う方法は、そこまで多く伝えられていない。

 基本的には着物同士での斬り合いを想定している。戦いでは相手の攻撃を受けるのは下策、かわすか捌くのが上策、逃げるのが最上と教えているから、動きを鈍らせる防具の類は一切身につけない。

 だが、武器は別だ。

 鞘に納められた幅広で頑丈そうな短剣を一振り借りる事にする。なぜなら腰に差している大小は換えが効かない一品だ。ローマで日本刀が手に入るとは思えないし、高価な日本刀を使いつぶすのはとても気が引ける。もちろんいざと言う時には、自前の大小を使う事にためらいは無い。

 ためらいは無いが、使い捨てられる武器が一本ある。というだけで、安心感がある。かわし損ねて、受けなければ死ぬ、でも刀はもったいない。なんて考えている間に、ばっさり斬られては剣術家の名折れ。そんな事になるほど未熟ではないつもりではあるけれども、万が一の為の保険だ。

 短剣と言っても刃渡りは五十センチ近くあり、自前の脇差の長さと大した違いが無いから、多少は使用感も近いかもしれない。

 大小と同じく左腰に差しては邪魔になるので、右腰に差す事にする。

 和装と短剣との外見的違和感が凄い。しかもすっかり剣闘士らしく準備し終わった屈強な男たちの中で、俺一人だけが和装なのは酷く浮いている。

 ちょっと格好悪いか。と考えていたら、男たちがざわつき始めた。

 円形闘技場のちょうど反対側に、我々に負けないほど鍛えられた男たちの集団が出来あがっている。

 近くの男の肩を叩いて、あの集団が何なのかを身振りを交えて尋ねる。

 すると男は真面目な表情をしていて、胸の前で両手で握り拳を作り、二度ぶつけ合わせた。

 我々が戦う相手だと言う事だろうか。

 今朝勝負をした男は優れた肉体と確かな技術を持っていた。少なからず同程度の実力があると見ておいた方が良いだろう。何時だって油断と慢心が一番の敵である。

 だが今は今朝の様な不安は無い。実際に相手を近くで見るまでは分からないが、俺の状態としてはほとんど最高の状態に近いと言って良い。

 こちらの男たちも闘志に満ちた良い表情をしている。

 観客席も徐々に埋まってきている。

 始まるのが待ちきれないらしい観客が、顔を赤くしながら何事かを叫んでいる。

 異様とも言える熱気が円形闘技場を包みこんでいた。


 しばらくして、観客席の一角には特別に設えたらしい日除け付きの席が出来あがっていた。その席から一人の男が立ち上がり、高々と口上を述べる。観客は静かにその言葉に耳を傾ける。長い口上が済むと、観客は凄まじい歓声を上げた。

 剣闘が始まるようだ。

 観客の熱狂ぶりは凄まじい。観客席は満員を通り越して、立ち見客までいる状況だ。どう見積もっても千人以上いる観客が同時に歓声を上げる様子は、ある意味では狂気じみているように俺は感じた。

 観客席にいる男の一人が、さっと手を上げると、観客はすぐに静かになる。


「―――――!」


 その男が良く響く声で何かを言うと、観客から歓声が上がり、我々の反対側に陣取っている男たちの中から一人が、声援に応えるように手を振りながら円形闘技場の中心部へと歩み出る。

 先ほどと同じ観客席の男が手を上げると、観客はまた静かになる。


「―――――!」


 その男が同じように何かを言うと、歓声が上がり、今度は我々の方から一人、円形闘技場の中心部へと向かってゆく。

 察するに、戦う剣闘士を紹介しているのだ。そして、紹介された剣闘士は歓声に応えながら、中心まで進み出ていくのが作法なのかもしれない。

 二人の男が中心部で向かい合うと、歓声は鳴りやんで、進行役らしい男が短く何かを言うと勝負が始まった。

 最初の一戦は、見世物としての完成度が高かった。

 剣闘士はお互いに、相手を倒そう、と言う感じが無い。むしろ型稽古と同じで、決まり事がある様な立ち会いだった。交互に打ち合ってみたり、軽業じみた派手な動きが目立つ。見ていて退屈する、と言う事が無いように良く工夫されていて、観客もその一戦を楽しげに見ていた。

 すると、進行役の男が声を上げる。二人の剣闘士は観客の惜しみない拍手に応えながら、それぞれの場所に帰ってくる。

 一戦目は見世物としての側面が強かったが、二戦目以降は明確に違った。

 必ず同じくらいの技量の相手が組まれているらしく、激闘と呼ぶにふさわしい勝負が繰り広げられた。

 怪我人もかなり出ている。刃物を使っているのだから当然だ。だが、急所への攻撃は禁止されているようで、命に関わる怪我をしている者は一人もいなかった。

 観客はまさに熱狂している。

 剣闘士が傷つけば、歓声と悲鳴とが響く。

 劣勢でも諦めずに立ち上がった剣闘士がいれば、惜しみない声援を送る。

 奇跡的とも言える逆転劇を見せた剣闘士には、さながら英雄に対してする様に万雷の拍手と共にその勝利を讃える言葉を贈る。

 まあ、俺は言葉は分からないから、そんな雰囲気だろう、という予想である。

 十戦勝負が済んで、不意に気になった事を近くの男に尋ねてみる。

 俺の出番はいつなのか。

 どう手振りで伝えるかが難しく、難儀したがなんとか伝わった。

 尋ねられた男は勝負を終えた男から一人ずつ順番に指さす、俺がその指を向けられたのは十八番目。


「嘘、トリ?」

五月二十日、加筆修正

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