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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
7/122

 気分はドナドナ。(売られる子牛)

 最悪だ。


 しかし、悲観しないと決めたからには、もう少しポジティブに物事を捉えなければならない。

 この陽気で筋肉な男たちを見ろ。

 肩を組み合い陽気に歌う様子は本当に楽しそうで、とても悲観的には見えない。まあ、歌の内容はさっぱり分からないから雰囲気だけだが。

 冷静に考えてみれば、おかしな待遇であると思う。

 言葉は通じないながらも、老人と契約らしきものを交わし、食事も与えられ、牢屋にしか見えなかったが寝床も提供してもらえた。閉じ込められたと思ったのはきっと俺の勘違いだったのだろう。さっき行った勝負の真意は分からないが、男たちの俺に対する打ち解けた雰囲気から察するに、通過儀礼の様なものだったのかもしれない。

 この馬車だって妙だ。見た目こそ物々しいが、逃げようと思えばいつでも逃げられる。

 そのように考えてみれば、それほど悪い扱いはされていない。

 本当にあの老人は俺に何をさせたいのだろうか。


 馬車にしばらく揺られていると、陽気に歌っていた隣の男が俺の肩を叩いて進行方向を指さした。

 そこには円形の建物がある。高さは二階建て程度だが、幅は百メートル以上あるかもしれない。ここまでの道のりでは一度も見かけなかった白っぽい石材の建物である。

 馬車はそのまま円形の建物のそばに止まって男たちは馬車から下りる。そして、老人が先導するようにして俺たちはその建物の中に入った。

 建物はかなり特殊な構造をしていた。まず中心はかなり広い範囲で渇いた土がむき出しになっている。そしてその空間をぐるりと囲うように腰ほどの高さしかない石壁が築かれている。そのさらに外側には階段状に石材が組まれているようだ。スタジアムだとか、サッカー場に近い作りをしている。

 いや、そろそろ現実逃避はやめよう。

 認める。

 ここはおそらく円形闘技場だ。ローマで、円形で、見世物に適した作りの建造物が、それ以外であるはずがない。

 あのジジイ、俺に剣闘士として戦えと言うのか。

 剣闘奴隷たちが、いつか解放される事を信じ、連日血を血で洗う死闘を繰り返す。そんなイメージだ。それを俺にやれと言うのか。

 冗談ではない。

 見世物になる人の生き死にや暴力があって良い筈がない。

 俺は年末に必ずと言っていいほど放送される、総合格闘技やらボクシングやらの特番を絶対に見ない。人が殴られる場面を見ても楽しくはない。流血する姿を見ても勇ましい。とは思わない。

 まして自分がそれをやるのは、まったく気が進まない。

 俺は見世物になるために剣術を修めた訳ではない。人を殺すために剣術を修めた訳でもない。

 剣術は人を殺すための技術だ。と言われれば否定する事は出来ない。本質的にはその通りだと俺も認めよう。

 だが、だからと言って人を殺して良い。とは誰も言っていない。

 新庄夢想流は真剣、木刀、竹刀問わず他流試合を禁止している。

 新庄夢想流は林崎夢想流を源流に持つ古い実戦剣術で、その試合は剣だけではなく、殴りもするし、蹴りもする。組み付きもすれば、締め技も使う。打ち込みで狙う場所は大抵急所だ。

 そんな事をすれば当たり前に大怪我をするし、死人が出かねない。だから試合は禁止なのである。それらを封じた稽古であれば、他流派との交流も認めている。

 人を殺すための技術を教えはするが、それを使う事は禁じ、禁を破れば破門と明確に定められている。

 我が家の伝える新庄夢想流という流派は、そもそもそういう矛盾を抱えた流派なのだ。


 例えばお互いに死ぬ事を承知したうえでの真剣勝負ならば、本人同士の勝手である。好きにすればいい。死んでしまうのだから、流派に破門されようが何の関係も無い。

 つまりはお互いに同意の上で命がけの勝負をするなら文句は無いのだ。

 俺も、新庄夢想流の使い手であるから、試合は禁じられているし、人を殺したくは無いから、たとえ真剣勝負であっても絶対に斬らないつもりだ。しかし、真剣勝負で死んでも良い、ぐらいの覚悟はある。

 この考えで真剣勝負が実現した場合、俺だけが死ぬ可能性のある真剣勝負。という事になる。俺が勝てば真剣勝負が経験でき、相手は生き残って次の真剣勝負をすればよい。俺が負ければ俺が死ぬだけ。という半ば詐欺に近い図式だ。

 まあ、それは今はどうでもいい。

 剣闘士として戦う上で問題になるのは、相手に死ぬ覚悟があるのかが分からない。と言う所にある。何せ言葉が通じない。

 それにこう言うとおかしな話だが、死んでも良いから真剣勝負がしたい。と思う人間は普通はいない。

 そう考えると、命がけの剣闘試合は割に合わない。俺の方が相手より強かった場合、相手を殺せないから勝負がつかない、そのくせ俺は相手の反撃で死ぬ可能性がある。俺の方が相手より弱かった場合、ただ殺される。

 俺が求めている真剣勝負はそういう物ではない。全ての技術、経験を駆使してなお勝てず、勝負の最中で剣術の極致に至れるような壮絶な経験がしたいのだ。死ぬ覚悟がある、といのは嘘ではないが、できれば生き残りたい。そして相手も殺したくない。

 そしてローマの円形闘技場で真剣勝負、と言うのは何ともイメージと違うし、剣闘士を下に見るわけではないが、剣術の極致に至れるような経験が出来る相手は、恐らくローマにはいないのではないか、とも思う。


 うんうん悩んでいたらしい俺は、心配顔の男に肩を叩かれて正気に戻った。

 悩んでいる間にいくらか時間が経過したようで、先ほどまではがらんとしていた闘技場内は、木箱を運ぶ人々が忙しなく行き来するようになっていた。観客席を見れば、まばらながらも観客が入場し始めている。もう直に剣闘が始まってしまうのだろう。

 剣の極致に至らずに死ぬのはご免である。だからと言って人を殺すのも嫌だ。

 どれほど考えても答えは出ない。いっそ、野垂れ死にを覚悟して逃げ出すか。

 先ほどと同じ男が俺の両肩を掴んで、力一杯揺さぶった。頭ががくがく揺れて、首が痛いほどだった。

 目の前の男は、良く見れば今朝俺を食堂まで連れて行ってくれた男だ。

 俺は余程ひどい顔をしているのか、男は肩や背中を叩き、優し気な声色で話しかけてくれている。この男も自らの解放を願う剣闘士なのだろう。

 今まで見た彼らの陽気な雰囲気は、きっと剣闘奴隷という極限的逆境にある自分たちを鼓舞する為の物に違いない。

 なんて心の強い男たちなのだろう。

 彼らは、自分たちが苦しい状況にあっても、他者に優しくする事ができる人たちなのだ。


「俺、死ぬかな?」


 彼らの優しさに誘われたか、極めつけの弱虫が俺の中に生まれた。

 だから、彼らの知りようのない。冷静であれば絶対にしない様な質問をした。

 言葉が通じないので、自らの手で首を落とすような仕草も一緒に見せた。


「―――――!!」


 男たちは爆笑した。

 言葉は分からないがそれくらいは分かる。腹を抱えている奴もいる。そこまで笑われると、なんだか腹が立つ。

 俺がむっとした表情で立ち尽くしていると、男たちは俺が何を思い悩んでいるのかを察してくれたらしく、集まって話し合いをしてから、寸劇の様な物を見せてくれた。

 それは剣闘の様子を表現したものの様だった。

 土の上に丸く線を描き、その中で向かい合う二人は激しく戦う。劣勢の男が地面に倒れると、優勢だった男は雄叫びをあげる。地面に倒れた方の男は苦しそうに息をしている。

 するとその他の男たちが全員親指を上げて、何事かを叫ぶ。すると倒れていた男は立ち上がって、線の中から立ち去る。男たちはどうだ?と言わんばかりの顔で、俺の方をにやにやしながら見ている。


「いや、だから負けた方はどうなる!」


 負けた方は殺されるのではないのか、と立ち去った方の男を指さし、首を落とす仕草をして見せる。

 俺が負ければ当然死ぬのだろうし、百歩譲ってそれは良い。

 だが俺が勝ったせいで相手が死ぬなら、それは俺が殺したこととなんら変わりが無い。そうなってしまえば俺は新庄夢想流の剣術家ではなく、ただの人殺しになってしまう。

 男たちはまた爆笑した。ないない、それは無い。と言わんばかりの仕草であった。


「え、そうなの!?」


 男たちの寸劇の内容から察するに、相手に止めを刺す必要も無く勝敗は決し、負けた相手も死ぬ事は無い。と言う事らしい。

 そういう事情なら、物騒な得物を使用するというだけで、稽古と大した違いは無い。

 俺は俄然やる気を取り戻した。

 笑顔の男たちが荒々しく俺の頭や肩を叩いて行くが、今はそれすらも気分が良い。


 ならば、新庄夢想流の妙技を披露してやろう。

五月二十日、加筆修正

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