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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
6/122

 目覚めると、変わらず埃っぽい牢屋の中に居た。

 淡い期待は裏切られ、寝ても覚めても状況不明の現状は改善されない事が判明した。

 今になって改めて考えると、変な意地を張って横にならなかったのは大失敗だった。

 安っぽい寝具の上で石壁を背にして眠ったものだから、体中が軋むように痛い。

 抱えるようにしていた大刀を掴む。ずしりと来る重さは間違いなく日本刀のそれだった。

 静かに鯉口を切り、ゆっくりと抜いて刃を見る。刃引きされた模造刀などではない。人を斬り殺すのに十分な凶器だ。それが俺の手の内にある。

 どうか誰も斬らずに済みますように。と願って刀を鞘に納める。

 立ち上がって軋む体をほぐすために伸びをする。眠っている間に多少乱れたらしい着物を正し、腰に大小を差す。

 格好、と言うのは案外重要なものだ。

 例えば制服。きちんと身につける事によって、格好に見合った頭にきちんと切り替わって、相応しい考えや行いが自然にできるようになる。

 部屋着のまま学校や職場に通う者はいないし、寝間着姿で道場で稽古する者も居ない。格好を整える。と言う行為には、自分の中できちんと区切りをつける。という意味がある。

 だから、刀をあらため着物を正す。という行為は、寝ぼけた頭と考えを持った良一郎という、どこにでもいそうな男から、剣術家の良一郎へと切り替わる。と言う事に他ならない。

 普段は常在戦場を気取って、日常においても剣術の事を忘れる事はないのだが、流石に昨日は色々あり過ぎて、区切りをつけなければやってられなかった。だから意図的に格好を正した。

 部屋の中は暗いから、まだ日の出前なのかもしれなかった。

 何もやれる事が無い。これからどうなるのか。あの老人は俺に何をさせるつもりなのだろうか。不安しかない。


「―――――!」


 廊下側から大きな声が聞こえてきた。誰かが何かを叫ぶように言っているが、俺にはその内容が分からない。

 するとすぐ近くから慌ただしい足音や小さな声が無数に聞こえてくる。ガシャン!と威勢の良い音も聞こえてきた。不思議に思い鉄格子に近づいて様子を窺う。鉄格子は頭が抜けない幅になっていて様子を見る事は出来ない。


「どうしたんですか!?」


 誰かに聞こえるように大きな声で叫ぶ。言葉が分からなくても誰かが来てくれれば、意思疎通のまねごと程度はできるはず。

 一人の筋肉質な男が不思議そうな顔をしながら、俺の牢の前に来てくれた。


「―――――?―――――!」


 男は初め不審そうな顔をした後、焦ったように何事かを言って廊下の方を指差した。階段のある方向だ。


「なにかあったんですか?」


 男が何を言いたいのか分からない俺は、それが伝わるように表情を作る。


「―――――!」


 すると男はスライドドアに掴みかかって、下の方を蹴ったり、上の方を押したりした。


「いや、開かないですよ。それよりなにかあったん」


 ガジャリ!と耳に障る音がしてドアが開く。

 男は不敵な笑みを浮かべて、ついてこいと言わんばかりの手振りをして、駆け出した。


「え、開くの?」


 なぜ開いたのか?

 鍵はしまっていなかったのか?

 閉じ込められたと思っていたのは俺の勘違いなのか?

 いろいろと思う所はあるが、とりあえず男の後を急いで追う事にする。

 男は階段の前で待ってくれていた様子だが、俺がついてきた事を確認すると急いで階段を駆け下りて行く。

 見失わないようについて行くと、男は一階の食堂に駆け込んだ。

 俺はそーっと食堂の中の様子を覗く。中は筋肉質な男たちで一杯だ。

 奥の方の一角に人だかりができている。


「―――――!」


 男は入口に一番近い席のそばで、俺に手招きをしている。座れ、と言う事らしい。

 俺が大人しく席に着くと、その男は筋肉質な男たちが団子になっている所へ向かう。


「―――――!」


 俺に座るように指示した男は、何事かを言いながら指を二本立てて団子の中へ分け入っていった。

 少しすると、パン四つとスープの入った器を二つ抱えて俺の前に戻ってきて、どかりと座った。

 パン二つとスープの入った器一つを俺の前に差し出す。


「俺がもらっても良いんですか?」


 目の前の食事を指さしてから自分を指さす。男は笑顔で机越しに俺の肩を軽く叩いて、自分の食事を始めた。

 俺もつられて食事を始める。

 昨日よりも汁気の少ないスープかと思えば、単純に野菜や肉などの具材が多いだけだ。

 パンは焼き上がってからそれほど時間が経っていないのか、ほんのりと温かく昨日よりもやわらかいし、二つもある。

 昨日の晩よりも豪勢な朝食である。こういう食事が一般的なのだろうか。


 食事を済ませると、男たちはぞろぞろと外へと出ていった。その様子を見ていると、目の前の男が立ち上がって、外を指さす。

 俺は食器はそのままでも良いのだろうか、とどうでも良い心配事を考えながら、目の前の男についていき外に出た。

 太陽が昇り始めた所なのか、少し明るい。

 男たちは昨日木剣を打ち合っていた広場で会話している。昨日はよくわからなかったが、俺を連れてきた男とあわせて十七人。全員が筋肉質で服の上からでも良く鍛えている事が分かる。


「――――――――――」


 俺を連れてきた男が、ここに居る全員に聞こえる大きな声で何かを言うと、一人が奥の簡素な建物に入り、木剣を二本持ってきて、一本を俺の足元に放った。

 その男は上着を脱いで、他の男に渡すと、木剣を構えた。

 下半身に貯めがあり、いつでも動ける体勢だ。


「あー、勝負しろって事ですか?」


 足元の木剣を拾って、俺を連れてきた男に尋ねる。言葉が通じないから、自分と上着を脱いだ男を指さして、最後に手に取った木剣を指さす。

 意味は伝わったらしく、俺を連れてきた男は大きくうなずいて笑顔を見せた。

 俺は腰の大小を腰から抜いて後ろに置く。それと、彼らは戦う時には上着を脱ぐようだから、それにならって俺も袖から腕を抜く。


「―――――!!」


 男たちから歓声が上がった。早朝だぞ、ご近所に迷惑だろ。と思わなくもない。家の道場は気兼ねなく稽古するために俺の爺さんが街外れに建てたのに。

 俺は木剣を中段に構えて、剣を構える男を観察する。

 相手はいきなり打ちこんでくる事は無かった。お互いに様子見と言ったところだろう。

 相手の男は、かなり体格が良い。上背があるから手足も俺より長いだろうし、力もおそらく相手の方が強い。

 まともに打ち合えば絶対に勝てない。

 ではどうするか。

 相手の打ちこみをかわすか、捌くかして、正中線を狙う。

 頭のてっぺんから股ぐらにかけての正中線には人体急所のほとんどが並んでいる。

 頭を打っても良いし、首、胸、鳩尾、もしくは金的を狙っても良い。

 後の先をとって一撃で決める。という俺が一番得意とする戦形である。加減なしで打ち込めば、木剣といえども間違いなく大怪我を負わせる事になるので、もちろん寸止めはする。

 だが、言う程簡単ではないのも剣術の面白い所である。

 実際にそれを行うには、相手の動きを予測する知識と経験、相手の初動を見逃さない動体視力、思った通りに動かせる良く鍛えた身体、それと何事にも動じない頑強な精神力が必要だ。

 少し寝かたを失敗したが、幸いな事に、食事にもあり付けたし体の方は問題ない。

 剣術を五歳の時から学んでいる俺は、もう剣術歴二十年のベテランだ。知識や経験、動体視力も持ち合わせている。

 では心の方はどうだろうか、万全な訳は無い。なぜか木剣での勝負をしているが、これは一体何の為に行われているのだろうか。

 俺はこれからどうすればいいのか、さっぱりわからない現状も不安しかない。

 そんな風に悩んでいるから、このように相手の初動を見落とすのだ。

 相手の男は大柄な割に機敏で、俺が気がついた時には既に右手で木剣を突きこむ体勢に入っていた。狙いはおそらく腹。

 完全にかわすのには猶予が足りない。捌くにも相手の勢いが乗り過ぎていて難しい。

 では受けるしかない。

 俺の一番嫌いな戦形になるが、ほかにやりようが無い。

 相手の突き込みを自身の木剣の鍔を利用して上から押さえる様に受け、力一杯地面に向かって押し込む。

 木剣は下方向に捌いたが、相手はそのままの勢いと体格差を利用して、俺の体勢を崩そうと押し進んでくる。

 相手の突きだした右肩と俺の右肩が組み合う様にぶつかる。相手の木剣を抑えるために重心があがっていた俺は踏ん張りが利かず押し負ける。

 一度組み合ってしまえば、距離を取るにも工夫が必要になる。何の考えも無く距離を取ろうとすればそのまま押し切られてしまいかねない。何せ相手は今も隙あらば木剣を斬り上げようと両腕に力を込めたままだ。組んだまま相手を捌く技もあるが、それをやるには俺の体勢が悪すぎた。

 相手は押し、俺は相手が諦めるまで少しでも体勢がマシになるように四苦八苦しながら耐える。組んだままずるずると押されて数秒。

 相手が力で勝る事を確信したらしく、膝を蹴り出して来るのが相手の背中越しに見えた。それをどうにか膝で受ける。

 凄まじい衝撃。体勢が悪く、体格差もある。

 俺の体は上手い事、宙に浮いた。

 膝の痛みをこらえながら左手を木剣から放して、相手の肩を掴む。腕の力と蹴りあげられた勢いを使って無理やり相手を飛び越える。宙返りの要領で相手の背中側に着地してすぐに振り向く、顔だけをこちらに向けて呆然としている相手の首筋に木剣を添える。


「―――――!!」


 熱狂した様子の男たちが一斉に俺の元へ近寄ってくる。

 頭や肩を激しく叩かれて驚くが、皆気分の良い笑顔なので黙って受け入れた。


「―――――!」


 勝負の相手だった男ですら、笑顔で俺の肩を叩きに来た。

 陽気な連中だった。言葉が通じれば親しくなれるかもしれない。言葉が分からない事が本当に惜しい。


「―――――」


 俺を外まで連れてきた男が何事かを言うと、興奮していた男たちも落ち着きを取り戻して、楽しげに会話し始めた。勝負した相手は上着を着こんで木剣を片付けていたから、俺も倣って着物を正して、大小を拾い腰に差した。

 不意に石壁に備え付けられた格子門が開く。おそらくはこの施設唯一の出入口である。

 そこには鉄格子製の幌が付けられた二頭引きの馬車が止まっている。

 見るからに物騒な馬車である。罪人を乗せて運ぶものだろうか。

 それにしてはやけに大きい様な気がする。

 御者台には青年と、見覚えのある老人が並んで座っており、老人はこちらに顔を向けると大きな声を出した。


「―――――!」

「「―――――!!」」


 老人の声に応えるようにして、周囲の男たちが雄叫びを上げる。

 俺を外に連れ出してくれた男は一人冷静な様子で御者台に座る老人と何か会話をしているようだが、男たちの雄叫びにかき消され内容は聞こえない。まあ、聞こえても理解できないので何も変わらないのだが。

 老人は男との会話が済むと、俺の方に満面の笑みを向けた。何を伝えたいのかが察せずに、愛想笑いを返してしまう。

 さあ、乗ってくれと言わんばかりの様子で老人は馬車を指さした。

 周囲の男たちは続々と物騒な馬車に乗り込んでゆく。

 その様子を呆然と眺めていると、先ほど勝負した男が俺の肩に腕をまわしてきた。ひどく機嫌の良い様子で、鼻歌交じりに馬車へと近付く。

 その男に引きずられるようにして、俺も馬車に乗り込んだ。正確には詰め込まれた、と言った方が正しいかもしれない程には荒々しい搭乗だった。

 馬車の中は俺も合わせて十八人の男がぎゅうぎゅう詰めで座っている。

 皆体格が良いから、圧が凄い。

 一瞬、逃げ出すなら今だと直感した。鉄格子は側面だけで、後ろは飛び降りようと思えばいつでも飛び降りられる。

 しかし、ご機嫌に歌う左右の男たちが俺の両肩に腕をまわし、歌に合わせて調子をとっているせいで、俺はその機会を掴む事が出来なかった。

五月二十日、加筆修正

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