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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
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 はっとした様子で表情を引き締めた勇姫は、以後無言で俺を道場まで送り、掘り起こした砂利をそのまま放置して帰っていった。


 あれは、どういうことだろう。などと、ひよった事を考える訳にもいかないだろう。

 どうやら勇姫は俺の事を好ましく思っているらしかった。

 長い付き合いだから、当然嫌ってはいない。人を嫌いになる程深い付き合いをしない俺は、嫌いになる前に関係自体を断つ。

 では付き合いが長い相手を、好いているのかと聞かれれば、論法的には肯定せざるをえない。

 しかし、この好意は友情とか親愛とか、そう言う類の物であって、いわゆる恋愛感情ではない。

 勇姫には、できれば幸せになって欲しい。ぐらいの事は思う。

 だが顔の良い男、性格の良い男、稼ぎの良い男なら、余所を当たった方がずっといい。

 なぜ、よりによって俺なのか。

 俺にとっての勇姫は、ずっと一緒に居る気の置けない貴重な幼馴染であり、友人だ。異性なのは知っているが、気にした事はほとんど無かった。

 だが、勇姫にとっては違ったらしい事は、俺に理由のわからない大きな衝撃を与えた。


「良一郎、倉内さんから電話があったぞ。やけに気落ちしていて何を言っているか、いまいち分からなかったが」

「分かった。着替えたら電話してみる」


 道着のまま、道場の横にある古い日本家屋の玄関から帰宅すると、母さんの見舞いから帰って来ていた父さんに声をかけられる。

 極力余計な事を考えず手早く風呂に入って、父に言われた通りに倉内のおじさんに電話をかける。


「良一郎です。あー、おじさん大丈夫ですか?勇姫がシバいたって言ってましたが」

『ああ、怖かったよ。帰って来たと思ったら勇姫の機嫌が直っていて助かった。良一郎のお陰だろう?』


 疲れた表情をしている事が容易に想像できる声だった。シバいたと言う話は本当だったらしい。


「いや、そんなことは。それで、どんな用事だったのでしょうか」

『ああ、そうだね。お見合い相手の川上さんから、連絡があったんだけど』

「はあ、そうでしたか」

『うん、結婚を前提に進めていきたいって』

「えっ」

『うん?どうかした?』

「あの、本当に?」

『うん、亜麻音(あまね)さんが明日道場の方に行くって言ってた』

「明日!?」


 おじさんはまだ何事かを話していたが、半分以上聞き流して電話を切った。

 正直、思考許容量の限界を超えた。

 なぜこんな事になっている?

 俺は、特別魅力的に見える外見ではないうえに洒落っ気も無い。性格だって控えめに言っても普通ではない。今まで異性にモテた経験などは皆無だし、道場を持ってはいるが、贅沢ができるほど生活に余裕がある訳でもない。しかも、その事は包み隠さず全て先方に伝えていると言うのに!

 どうして、こうなった?


「やめよう。考えるだけ無駄だ」


 考えてどうにかできる様な話でもない。

 俺の意思とは関係の無い所で話が進んでいるのだから、俺にはどうしようもない。

 成る様に成る。だろう。成って欲しい。

 とにかく、夕食の味も分からないほどに思いつめてはいけない。

 今まで感じた事の無い異様な疲労感を感じて、自室に戻る。

 こういうときは何も考えない方が良いのだ。

 寝る前の日課である五感没入(フルダイブ)型ゲーム『サムライ』を起動する。

『サムライ』は超絶リアル剣戟アクションを謳うゲームで、レベルを始めとした、ほとんどのステータスが存在しない。プレイヤーが実際に持っている技術と知識を駆使して戦う、かなりハードコアなゲームだ。

 大半のプレイヤーが武道経験者や重度の武道オタクで、全体の技術水準がかなり高い事を知り、実戦稽古になるかもしれないと思ったのが、プレイする切っ掛けになった。

 何も考えず、遠慮なく剣を振るえるこのゲームは今の俺にとって非常に都合の良いゲームと言える。

 プレイヤーの中には、剣術歴20年の俺から見ても間違いなく腕利きと呼べる者もいて、真剣勝負さながらの仮想稽古ができる事から、俺は熱中した。

 まずは何もない真っ白な仮想空間内で、運営からのお知らせを読む。


「メンテナンス終了のお知らせ。か」


 あくまで仮想的な稽古場と思っているので、自分からこのゲームの事を調べる事はしない。

 プレイするだけならログインする度にお知らせを読むだけで必要な知識は身につくのだから、楽なものだ。


「大規模アップデート、ローマ編開始?」


 アップデートの内容は、西洋武器の実装、新エリア『古代ローマ市街地』の解放、敵NPC複数の新規実装。とある。

 西洋武器の実装は嬉しい。多様な武器があれば、その対処法の稽古にもなるかもしれない。それ以外は本当に需要があるのか心配になる。


「一体どんな客層を想定しているのやら」


 まあ、色々と思う所はあるが、とりあえずやってみよう。余計な事を考えていると、考えたくない事まで思い出してしまいそうになる。

 ゲームを起動すると、真っ白な仮想空間はどこかへ吸い込まれるような視覚情報に呑みこまれていく。


 一番始めに感じたのは、眩しさ。

 やけにぎらつく太陽光が視界を奪った。

 左手で目を庇いながらしばらく待つ、利き腕の右手を使わないのは、刀を扱う利き腕を自由にしておきたい。と言う癖である。明るさに目が慣れれば周囲の様子が確認できるようになった。

 渇いた大地と、煉瓦と石造りの町並み。行き交う見慣れない格好の人々。


「おお、ローマっぽい。見たことないけど」


 町の様子を観察しながら、行くあても無く周囲をぶらつく。

 通行人のほとんどがNPCである事は、体力ゲージが表示されない事から分かる。

 三階建ての建物は居住施設だろうか、立派な柱のパルテノン神殿的な建物もちらほら見られる。

 建物の間にはほとんど隙間が無い。

 あまりにも人通りが多く歩きにくい為、目についた細い通路に逃げ込む。


「む、御覚悟!!」

「ん」


 途端に他のプレイヤーからの奇襲を受ける。

 俺は上体を逸らして初撃をかわす。隠れもせず裏路地の真ん中に陣取っていた辻斬りが視界に入る。

 辻斬りプレイは人気のプレイスタイルで、人通りの少ない所や薄暗かったりして視界の悪い所では『待ち』の辻斬りと出会う事が多い。逆に、出会ったプレイヤー全てに見境なく、どこでも襲いかかるスタイルを『脳剣』と呼ぶ。脳みそに剣が詰まっている。と言う事である。

 だが、これらの辻斬りは大した腕前でない事が多い。

 人間二人がぎりぎり通れるくらいの裏路地で襲いかかってきたこの辻斬りも、初撃をかわされ、刀を上段に構えなおした所を見ると、待ち上手ではない事がわかる。

 待ちの上手は、完全に知覚外からの初撃で必ず仕留める。万が一初撃で仕留め損なっても、即座に逃げるか、突き技主体で間髪入れずに突きかかってくるかの二択である。

 狭い路地で斬りかかろうとすれば、上段に構えて斬り下ろすか、下段に構えて斬り上げるかのどちらかしかない。刀を横方向に振ろうとすれば壁に引っかかる危険があるからだ。

 縦方向の斬撃は、来ると分かっていれば対処が極めて簡単だ。かわすか、受け流すかすれば、それでお終いである。

 俺の場合は刀で受ける事は、まずない。

 刀は非常にデリケートな物で、相手の攻撃を受けるだけで刃が欠けたり、潰れたりする危険性がある。実戦剣術の稽古を行っている気分の俺としては、そのようなもったいない事は出来ない。真剣は本当に、とても高価なのである。

 だから俺は相手の上段からの斬り下ろしを、右手でやんわりと捌きながら、相手の右脇腹をすり抜ける形でかわす。

 そして脇差を右逆手に抜いて、すれ違いながら相手の背中を一突きする。


「ああ、強い人だったかー」


 半透明になった相手がぼやいた。

 このゲームでは、死ぬと二分間だけ半透明になって、戦闘が出来なくなる。

 その間も言葉を交わす事が可能である。

 戦闘履歴に負けが増えるだけで、ペナルティも特にない。

 つくづく戦う事以外はどうでも良い。とでも言いたげなゲームである。


「ありがとうございました。ここら辺は待ちが多いんですか?」

「こちらこそ、ありがとうございました。多いですね、裏路地が少ないから結構人気があって、どこの裏路地も待ちがいますね」

「うわぁ、嫌な街だ」

「道場ならコロッセオか、神殿なんかが多いみたいですよ。大通りを通れば辻斬りも少ないです」

「ありがとうございます」


 その後、幾つか意見交換をして俺は大通りに戻る。

 話に出た『道場』と言うのは通称で、そう言う名称の施設も、システムも存在しない。

 対戦相手を求めて自分が移動するスタイルを辻斬りと呼び、対戦相手に来てもらうスタイルを道場と呼ぶのがゲーム内では定着している。

 一部の例外を除いて、道場は目立つ場所に陣取る。目立たない所に陣取っても誰も来ないからだ。

 今までの江戸時代風のマップなら、武家屋敷や大辻のど真ん中が人気のある場所だった。天守閣に陣取ったプレイヤーもいた。

 大した腕の無い人が道場プレイをしてもあまり人が集まらないので、総じて高い技量をもっている事が多いのが特徴と言えた。強い相手と戦いたい場合は、道場にお邪魔するのが手っ取り早い。

 だから道場のありそうな場所を探して大通りを進む事にする。

 人が多く視界が悪いが、大通りの向こう側に明らかに巨大な建物がある。誰もが一度は目にした事がある円形闘技場だ。先ほど話にも出たコロッセオなのかもしれない。あそこには間違いなく道場があると確信する。かなり広そうな場所なので複数の道場が開かれていてもおかしくは無い。


「名のあるお方とお見受けした。さあ、勝負!」


 すると、脳剣さんがいらっしゃった。脳剣さんはすでに刀を抜き放っており、通行人がさっと脇にそれていって、野次馬NPCが集まってくる。中にはプレイヤーの野次馬もいくらかいるだろう。大通りに人垣が出来て簡易的な戦闘エリアが出来あがる。

 こうなると、簡単には逃げられないので勝負を受けるしかない。

 俺はまったく気乗りしなかった。

 こういう人目のある場所では、面倒なルールがある。

 プレイヤー同士の戦闘はいつでもどこでも行えるが、こういう大勢のNPCがいる場所で斬った張ったをやると、決まって同心や岡っ引きが大量に現れて乱入して来るのだ。ローマなら巡回兵とかが出てくるに違いない。

 お手軽に一対多数の稽古になるかと思って何度か試した事があるが、NPCがあまりにも弱過ぎる上に、一度死ぬまではしつこく追い回されるので、精神的に疲れてしまう。


「道場に行きたいのですが」

「ごめんなさい!アルケミストと戦ってみたくて!今日十回目なんですけど、アルケミスト全然でなくて困ってるんです!」


 威勢の良い口上とは一転して、泣きそうな表情で謝りながら斬りかかってくる脳剣さんをさっくり斬り捨てる。

 脳剣は伊達ではないようで、剣筋は悪くなかった。もう少し冷静であったなら、楽しめたかもしれない。


「うわ、つよっ!」

「ほら、来ましたよ」


 ちなみに以前は『御用だ!御用だ!』と声を荒げた大量の同心と岡っ引きとが押し寄せてきたが、ローマでは『どうした!どうした!』らしい。ちなみにこのタイミングで逃げても、何の意味も無い。死ぬまで追いかけられる。

 見るからに暑苦しい筋肉質な兵士が数十人単位で野次馬をかき分けてくる。


「ああ、ローマ正規兵かぁ。残念!はずれです!」

「でかい金属盾持ってる」

「槍も長いですから気をつけて」

「他人事だなぁ!」

「僕今幽霊なんで。あ、死んだら良いんじゃないですか?」

「初めて見る相手なんで、一応戦ってみます」


 半透明な脳剣さんは気楽に手を振って俺を応援してくれている。そう言うのは要らない。

 ローマ正規兵は五人一組で行動するらしく、幅広の塔型金属盾を並べ、その隙間から槍を出している。


「ファランクスか、圧迫感凄いな」

「あれ、ずるいですよね。死ぬまで追ってくるのに戦術は防御的って、悪意を感じますね」

「確かに」


 悪意を感じる開発陣である。もしかするとNPCが弱すぎる。という意見を送り付けたプレイヤーが俺以外にもたくさん居たのかもしれない。

 それはさておき、ローマ正規兵の集団は『どうした!どうした!』と言いながらじりじり距離を詰めてきている。『どうした!』が挑発に聞こえてくるから不思議だ。

 見た所、かなりの重装備で、素早く動けるようには見えない。槍も金属製で二メートルぐらいはあるから、かなり重たいだろう。

 固く重い。そう言う相手は正面から戦っても勝ち目が薄い。

 基本的に日本刀は固い物を斬る様にはできていない。

 ではどうするか。守りを崩すか、横や後ろに回り込むか。

 本当なら、逃げ出すのが一番良い。が、このゲームでは意味が無い。

 俺は盾を蹴り崩せないかを試す事にした。

 プレイヤー同士であれば、力の強さはまったく同等に設定されており、筋肉の連動や関節の使い方などで優劣が決まる仕様になっている。

 ローマ正規兵の盾の構え方がいまいち良くないように見えて、蹴り崩せる様な気がしたのだ。

 狙うのは向かって左端の盾。重そうな槍は盾を構えている限り視界が悪く満足に扱えないはずなので怖くない。

 一番怖いのは接近した時に盾で殴られることだが、どうやら兵士はそこまでの練度は無いらしい。

 距離を詰める勢いに体重を乗せて盾を蹴り抜く。蹴りのコツは目標の少し向こう側を蹴るように意識することだ。そうすると貯めが出来て自然と威力が高まる。

 ばきり、と嫌な音がして、盾ごとローマ正規兵が転がる。金属盾に見えたが木製盾に薄い鉄板を張った代物であったらしい。


「あれくらいの盾なら斬れるかもしれない、いや、流石に無理か?」


 そう呟きながら、大小をそれぞれ抜いて、横合いから残りの四人を斬りつけたり、刺したりする。

 少し凝った編成にはなったようだが、NPCはやはり弱い。これでは大した稽古にはならない。


「あ」


 脳剣さんの声が聞こえたので振り向く。周囲にはまだファランクス隊がわんさかいる。

 面倒に思って自死も視野に入れるかと考えた矢先の事だった。


「火ぃぃい!?」


 俺の視界が全て炎に包まれた。

 熱い!訳は無いがヤバい。体力の減るペースが尋常じゃない。どうやら着物が凄い勢いで燃えているらしかった。恥も外聞も無く地面を転がる。とにかく火を消さなければならない。

 いや、着物が燃えているなら、脱いだ方が早い!

 思いがけず褌一丁を強要され、何が起きたのかを確認するために周囲を見回す。怪しげなフードを被り、スカーフで口元を隠しているNPCがいる。

 絶対にあいつだ。

 あいつがアルケミストに違いない。

 超絶リアル剣戟アクションを謳っている癖に錬金術とは、卑怯な手を使う開発陣だ。魔法は実在しないけど錬金術は実在します、してました。とでも言いたいのだろうか。ちょっと筋が通ってるあたりもイラっとする。

 絶対に斬る。と心に決める。

 アルケミストが懐から何やら取り出す。小さな手のひら大の壺の様な何かだ。

 まだ火の消えない着物から、大小だけを引っ掴み、アルケミストに肉薄するため駆け出す。

 アルケミストは次々と壺を取り出して、それを無造作に地面へと放ってゆく。当然壺はガチャリと割れる。中身が漏れる。黒っぽい液体だ。

 その液体が何なのかに予想がついて血の気が引く。


「何がアルケミストだ!ただの放火魔じゃないか!」


 円形闘技場前の大通りは一面火の海になった。アルケミストが油をばら撒いたからである。

 逃げ場のない炎に包まれ俺は死亡した。ちょうど復活していたらしい脳剣さんも巻き込まれて、また死んだ様子だった。


「放火は犯罪ですよ、開発さん」

「あの」

「なんですか」

「僕攻略サイト運営してて、それでアルケミストと戦闘したかったんですけど」

「そうですか」

「凄く良い動画が撮れたので、アップしていいですか!?」

「さっきのを?」

「ええ、さっきの一部始終を」

「やめてください。恥ずかしくて死んでしまいます」

「黒目線入れるから大丈夫ですよ、タイトルは初見でアルケミストと対決してみた。でどうですか」


 またも半透明になった脳剣さんはしつこく食い下がってきた。

 俺はすっかり精神的に疲れきって、脳剣さんの相手をするのが面倒くさくなった。そして適当な事を言ってゲームを終了した。

 ゲーム内での視覚情報が遮断され、真っ白な仮想空間に戻ってくると、気が抜けてそのまま寝落ちしてしまった。

五月十九日、加筆修正

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