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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
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 ウェスタ神殿からフォルム・ロマヌムを見回すと、まずは目の前にカエサル神殿が見える。その右側には最高神祇官の公邸(レギア)、左手には双子(ゲミニ)神殿がある。

 左手に双子神殿を捉えながら聖なる道(ウィア・サクラ)を進み、アウグストゥスの凱旋門を抜けると、左手には巨大な公会堂(バシリカ・ユリア)が、右手には公共広場(フォルム)があって、フォルムの向こう側には元老院議事堂(クリア・ユリア)民館(コミティウム)黒い大理石の神殿(ラピス・ニゲル)、有名な扉があるヤヌス神殿、ウェヌスとクロアキナの小さな石像のある祭壇、美しい公会堂(バシリカ・アエミリア)が、ぎゅっと並んでいる。

 さらにバシリカ・ユリアの前を通ってウィア・サクラを真っ直ぐ西へ進むと、正面にはティベリウス帝の凱旋門がある。

 右手側のフォルムを見下ろす位置には演壇(ロストラ)があって、その右側にローマの測量基準点である大理石の円錐が、左側にはローマ街道の起点、黄金の里程標(アリウム・アウレウム)と呼ばれる大理石の円柱が立っている。

 ティベリウス帝の凱旋門を抜けると目の前にはサトゥルヌス神殿があって、その奥には公文書館(タブラリウム)、少し右にはコンコルディア神殿がある。

 一仕事終えた人々がこぞって街に繰り出す昼過ぎは、広く整備されたウィア・サクラといえども人で溢れ返っている。それぞれの神殿に祈りを捧げにやってくる人、会議を終えた元老院議員、神殿で勤めている者、それらが一斉に出てくるのだから込み合うのも仕方がない。

 その人混みを、するするとかわしながら道沿いに西へ向かう。

 テヴェレ川の中州にあるティベリーナ島に向かう道はほとんど毎日通っているから、この人混みだって慣れ親しんだものでしかない。

 護衛のリクトルの人たちは良い顔をしないけれど、これは日課の様なものだから諦めてもらおう。

 街を行き交う人たちは皆陽気な表情をしていて、私はなんだか嬉しくなってしまう。

 ネロ帝は劇場、美術館、体育館などの建設に熱心なお方だから、この人たちもそれらを目当てにしているのかもしれない。ローマには珍しい食材もたくさん集まるから、これから贅を尽くした宴会をするのかもしれない。仕事先から愛する妻の元に急ぐ夫もきっと居る事だろう。

 私がウェスタの巫女としての勤めを果たす事で、ほんの少しくらいはローマの繁栄と安寧の一助となれている。という意識がどこかにあるのだろうと思う。

 全ての竃と家庭を守護する女神ウェスタへの信仰は、ローマが都市国家として成り立った当初から続いている由緒正しいものだ。

 ローマ最初の王であるロムルスの母親が、レア・シルウィアという名のウェスタの巫女だったのだから、女神ウェスタへの信仰がそのまま国母教として認められる事は、とても自然な事だったに違いない。

 それ故にウェスタの巫女はローマの人たちから尊敬される存在だ。ウェスタの巫女はローマの母であると信じられている。少し堅苦しいと感じる決まり事も少なくないけれど、それで皆が安心して生活できると言うのであれば何の不満もない。

 なのだけれど、私にも産まれた家があって、本当の両親がいて、思い出したように寂しいな。と感じる事もある。

 私の父は、クィントゥス・ティベリウス・リイヌム。ローマ市街の外で亜麻農園を営んでいる。母のウァレリア・プブリコラは織物の達人だ。ウェスタの巫女たちが纏うパルラと私のキトンは、父が育てた亜麻を使い、母が腕によりをかけて織り上げた最高の、真っ白な亜麻布で作られている。

 (小さなティベリア)は元気にしているだろうか。泣き虫と癇癪持ちは収まっただろうか、いや、もう二十歳にもなるのだから、良い人と一緒になって、幸せに暮らしているに違いない。たまに顔を見せに来てくれるけれど、私に気を使っているのか、そういう話は聞いた事が無い。お姉ちゃんとしてはそういう話も聞いてみたいのだけれど。

 勤めに精を出して、神殿の姉妹たちと楽しくお喋りをして、喧嘩したり、仲直りしたり、叱られたり、可愛い妹たちを思いっきり甘やかしたりするのは凄く充実していて楽しい。

 けれども、こうして暇を見つけては外に出てしまうのは、()()()()()()在り得た自分を、人々の姿から映し見たいからなのかもしれない。

 テヴェレ川の向こうにある、見えるはずのないの遠い我が家を探しているのは、いわゆる普通の環境と言うものを求めているのかもしれなかった。

 いけない。このままでは涙がこぼれてしまいそうだ。

 歩きながらぼろぼろと涙を流すウェスタの巫女がいたら、皆何事かと心配してしまうに違いない。

 さっとパルラを頭に被せて、こっそり目元を拭う。そうすれば大丈夫。誰にも見えはしない。

 そうしようと決心してパルラを被る。

 すぐに後悔した。

 だってこのパルラはきっと、父が丹精込めて世話をした亜麻でできていて、母が懸命に織り機を操り、妹が手伝いにもならない手伝いをして、そうしてできあがった物に違いない。

 そう気がついた私は、せめて音だけは絶対に漏らすまいと心に決めて、固く唇を噛んで、鼻の奥のつんとした感じを必死に堪えた。

五月二十二日、加筆修正

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