間28 沸騰
剣次郎からの手紙が再び届くようになって、妙はひとまず安心した。
と同時に、腹が立ってもいた。
無事であるらしい事は何よりうれしく、何度も手紙をくれる事だって、幸いな事である。
けれども、一か月近くも、並みならぬ心労をかけさせた張本人が寄越す手紙の内容が毎度、少々暢気に過ぎるからだった。
剣次郎が元より長文を書く様な性分ではない事は、妙にも理解が及んでいた。
そもそも、手紙をしたためる事すら思いつかないような朴訥な人柄を持っていて、けれども周りの人の事ばかりに気を回すような男なのだから、この手紙だって、私が安心するようにと思っての物に違いない。と妙は理解していた。
とはいえ妙にも忍耐の限界があるのである。
やれ食い物が美味かっただの、建物が立派だの、冬は寒くて難儀するけれど春夏は涼しくて良いとか、暮らしてみると案外住みよい土地であるとか、そんな事をつらつらと知らされても、じゃあずっとそちらで過ごせば良いではないですか、と一時の怒りが膨らむばかり。
その怒りが延々と胸の内を一杯に占めていてくれれば良いのに、すぐにしゅんとしぼむように収まってしまって、今度はぽっかりと空いてしまった部分に、寂しさばかりが募る。
怒りのように跡形もなく無くなってしまえば良いのに、この寂しさという奴は、胸中に延々と居座り続けるのが厄介だった。
寂しさ紛れに以前受け取った手紙を読み返しても、寂しさが増すような気がするばかりで、便箋も気持ちもすっかり草臥れてしまっている。
あの男は、他の一切の事を忘れてしまうほど私を喜ばせる事の一つでも書けないのか。
と、八つ当たりに近い考えで、妙は返事をしたためた。
無難に仕上がった手紙の内容は、いかにも予想がつきそうなつまらない内容で、妙は少し面白くなかった。
いつものように、体調を尋ね、向こうの様子を尋ね、こちらは元気でいるから心配しないでくださいねと結ぶ。
剣次郎の事を責められるほど、上等な手紙ではないと、妙には思えた。
だって剣次郎は酒田で三年生活した。おおよそ我が家の様子も、酒田の様子も、予想がついているに違いない。
分かり切った事を書いているのだから、それは、面白くないに決まっている。
手紙と言うのは、近況やら、心中やら、とにかく、過ぎた事を誰かに知らせる物だから、必然そうなる。
だから、いつもと違う事を書く。
と妙は思った。
思いつき自体は、もう何度試みたかわからない。
そして必ず毎度、やっぱりやめた、恥ずかしい。と無かった事にした。
けれども、もう我慢の限界だった。
最後に、目を引くようにたっぷり行間を空けて、
『お帰りになられたら、すぐに祝言をあげられるのでしょうね』
と、過ぎた事ではなく、これからの事を、少しの悪戯心と、たっぷりの願いを込めて妙は書き足した。
それはそのまま、確かに剣次郎の元に届いたのである。
剣次郎からの返事には、非常に丁寧な言葉で、これからの事が書かれていた。
曰く、徴兵が済めば、すぐに山形に戻ることになっているけれども、そのまま仙台の陸軍教導学校で一年間学ぶ事になっているから、正確に、いつなら可能。とは答えられない。陸軍教導学校卒業後であれば、少し余裕があるだろうから、その時期ではどうでしょうか。との由。
妙は激怒した。
二年でも嫌だったのに、知らぬ間にもう一年足されて、合わせて三年。こんな事を許していては、結婚する頃には、私はおばあちゃんになっているかもしれぬ。もう剣次郎には任せておけない。
と、妙は決心したのである。




