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サムライフローマ  作者: いぬっころ
第一章 気がつけばローマ
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11t1

 目を覚ますと、周囲はまだ薄暗い。

 体を起して伸びをしながら、きちんと日の出前に目覚めた自分を褒めてあげる。

 修行時代の私は朝早くに起きるのが大の苦手で、指導してくれていた当時の神官長様によく叱られていた。

 流石に十年の修業を終えて、一人前と認められて六年目となる今は、寝坊なんて恥ずかしくてできない。

 今でもたまに、本当にたまに、危ない思いをする事はあるけれど。

 あまりゆっくり眠気を覚ましている時間は無い。ぼんやりしていると朝日はあっという間に昇ってしまう。

 壁際の寝台から下りて、昨日の内に汲んでおいた水で布切れを湿らせ、顔をぬぐう。

 寝間着のトゥニカを脱ぐ。着るのにも、脱ぐのにも、動くのにも、都合のいい愛用のトゥニカを寝台に放り投げる。

 寝台のすぐ横に小さく畳んである真っ白なキトンを手に取る。

 留め金を右手に二つ持って、意を決してキトンを寝台の上で広げる。

 キトンはトゥニカに比べると、着るにも、脱ぐにも、動くにも、具合が悪い。

 まず着方にちょっとしたコツが必要になる。なにせキトンは、ただの大きな長方形の布。どう着付けるのか、と途方に暮れたのは修業時代のいい思い出。

 広げたキトンの上の方を、広げたキトンの下に潜らせるようにたたむ。これは着つけた時に胸元と首筋を飾る目的があるらしい。個人的にその見栄は要らないと思う。

 次はそのキトンの真ん中ぐらいをめがけて、うつ伏せになるように寝転がる。この時たたんだ所がきちんと脇の下あたり、胸を隠す位置に来るようにしないといけないが、そこにばかり気をつけていると、今みたいに頭を壁にぶつけるので注意が必要。

 そして、何ももっていない左腕を伸ばして、キトンの畳まれた端を掴む。腕を伸ばしたまま仰向けになる。するとキトンは半分折りになって、その中に私が収まっている形になる。

 大抵折れている方に私の位置が偏っているので、キトンの両端を左手で掴み、折れ目側を右手で突っ張りながらずりずり真ん中のあたりに移動する。

 この時、間違っても左手を放してはならない。キトンごと動いてしまう可能性がある。そうなれば折れ目はよれよれになるか、折れ目自体が無くなってしまい、初めからやり直す羽目になる。

 大体真ん中ぐらいに来たら、右手に持っているフィブラという留め金で胸側と背中側のキトンを両肩の位置で引っ張り合わせて留める。

 ここでやっと立ち上がる事が出来る。だが、油断は禁物だ。この『一人で楽にキトンを着る方法』を教えてくれた友人が言うには、この時に油断してキトンの長さを侮り、キトンを踏ん付けたまま立ち上がってしまい、びりっとやってしまった人もいるらしい。父が寄付してくれた上等なリネンのキトンをそんな目に合わせるわけにはいかない。

 私は油断なく、慎重に立ち上がった。

 真っ直ぐに立つ。首は苦しくないか、両肩のフィブラが変になっていないかをきちんと確認する。万が一このフィブラが外れると胸と背中がぺろんとなってしまい大変な恥をかく事になる。修業時代に一度だけやらかして、大変なお叱りを受けて以来、一度もこの確認を怠った事は無い。

 もちろん、まだ終わりではない。

 すーすーする左半身をどうにかしなければならない。

 帯紐を左手に持って、前のキトンと後ろのキトンを左腰のあたりで重ねて肌を隠す。このときは必ず前と後ろを深く重ねる。そうしないと歩くたびに生足を放りだす危険性が多少ある。いい具合の場所を左手でつまんでおいて、右手で腰に帯紐をまわして、軽く帯紐を結ぶ。

 だが、このままでは裾を踏みながら歩くことになるので、裾がくるぶし位の位置になるように、帯紐がつられて上がらないように掴みながらキトンを引っ張り上げる。裾が均等な高さになったら帯紐が解けないようにしっかりと結ぶ。

 これで完成である。

 後は髪の毛の結い上げとパルラを羽織るだけ。

 そうすればウェスタの巫女としてどこに出ても恥ずかしくない格好の出来あがりである。

 日が昇るまでもう少し余裕がある。

 今日は日の出からお昼までが私の担当する時間帯だ。

 きっと深夜当番のユリアは欠伸を必死に我慢しながら、私を待っている。

 大切な友人の為にも、はしたない。と叱られないぎりぎりの速さで神殿へと向かった。



「おはようティベリア。おでこが赤いわ、どうしたの?」

「キトンを着る時、壁にぶつけたの」

「なんでキトンを着るのにおでこをぶつ訳?」


 炎がちろちろと揺れる竃の前でユリアは不思議そうな顔をした。

 ユリアはあまりにも眠たくて、寝ぼけているに違いなかった。


「ユリアが教えてくれた着方で、ちょっと失敗したの」


 私は、自分の失敗を友人に告白するのがなんだか恥ずかしくて、目線を逸らしながら言った。

 ユリアは一瞬何かを考える素振りを見せてから、驚いたような表情で言う。


「なに?ティベリア、あなた、まだあんな冗談を信じていたの!?」

「冗談?なにが?」


 ユリアは口元を手で覆い、信じられないものを見るような目で私を見る。


「うそ?本気なの?もっと上手い着方があるでしょう?」

「だって!ユリアがそれが一番だって言うから!」


 ユリアの態度から察すると、私はからかわれたらしかった。

 一番の親友と信じていた相手にからかわれて、私は何とも言えない気分になる。

 だって十年以上もユリアの言う『一人で楽にキトンを着る方法』を実践してきて、確かにこれなら一人でもきちんと着れる。なんて納得していたのだから。

 からかわれていた事は、実際はどうでも良い。ユリアはそういう所がある人だと言う事は、私は良く知っている。

 でも、言われると確かに、なんでもっと良い方法があると思わなかったのだろうか。

 自分の考えの至らなさが情けない。

 十年も修行して、一人立ちして六年目。二十二歳にもなってこの有様では情けないにも程がある。

五月二十日、加筆修正

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