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幸せの喋る鳥

作者: たまもや

このページを開いていただきありがとうございます。

「たまもや」と申します。



これからできる限り毎日、三題噺を書いていこうと思っております。

今回はその作品の第一弾となります。


お題は、

「煙突、喋る鳥、髪」です。


初心者がゆえに、至らなかったところもあると思います。

もしお読みいただけましたら、コメント等にご指摘いただけると励みになります。


よろしくお願いいたします。

「アツイネー!アツイネー!」

甲高い声でそう言うのは、招き猫ならぬ招き鳥ピーちゃん。

「そうだね。暑いね。」

ここ「土岐湯」のマスコットであるオウムのピーちゃんは、簡単な言葉を教えると返してくれる。これが評判らしく、入口の暖簾や、販売しているタオルや手ぬぐいなどのグッズには、すべてオウムのマークがついている。

「今日は何を教えてるの?」

靴箱に靴を入れながら話しかけてくるのは、同じ大学の2年生、中原有希。

「今日は、ピーちゃんから喋りかけてきてくれたんですよ。暑いねーって」

「そうなんだ。ラッキーだね」

「なんかいいことあったらいいなぁ」

ピーちゃんは、基本的にオウム返しをするだけなので、話しかけた言葉に対して答えてくれるのだが、たまにこうしてピーちゃんの方から喋りかけてくれることがある。常連客の中では、これが幸せなことが起こるというジンクスになっているらしい。

「それじゃあまたあとでね」

そう言うと「女」と大きく書いてある暖簾の奥に消えていった。僕もその後を追うように、「男」の暖簾の奥へと入っていく。


 上京し、この町で生活を始めたばかりのころ、家のユニットバスに入るのが苦手で困っていた。そんな時、家の近くに大きな煙突を見つけた。それを目印に向かうと、この土岐湯があった。はじめは気分の向くままに訪れていたのだが、バイトのない平日の水曜と金曜、日曜の週に3回ほど、夕方に通うのが習慣になっていった。ひと月くらいたったころ、毎回見かける彼女に話しかけられた。

「西大の子?」

顔を覗き込むように話しかけてくる彼女は、少し濡れた長い髪を後ろ結び、揺らしている。

「あ、はい」

「一緒だね。私は有希、教育学部に通ってるの」

「あ、浩之です。け、経済学部です」

突然話しかけられたことに驚いたせいか、少ししどろもどろになってしまった。

「最近よく見かけるなぁと思ってね」

「あ、はい。バイトない日に来るようにしてて」

「そうなんだ、ここ大学生はあんまり来ないから珍しいなぁと思ってたんだよね」

「あぁ、あのスーパー銭湯ですか」

「うん、そうみたい」

去年の冬、駅前にスパや岩盤浴なども入ったスーパー銭湯ができたせいで、そこに客を取られてしまっているらしい。

「まぁ、人が少なくて入りやすいからいいんだけどね」

くすっと笑った後に、でもお店は困るよなぁ、と難しげな顔をする。

「難しいね」

再び満面の笑顔。僕は、この時初めてひとめぼれを経験した。


 それから早数か月。夏は後半戦に差し掛かっていた。

「さすがに連絡先くらいは聞きたいよなぁ」

壁の絵の金魚に向かってつぶやく。銭湯の待合室で会うたびに、大学で何があったとか、最近のドラマについてとか、他愛もない会話はあるものの、それ以外の交流には進展させることができずにいた。いい加減、少しは行動しなければとは思っているのだが、なかなか一歩が踏み出せない。


 脱衣所から待合室に向かい、番頭さんからいつものコーヒー牛乳を買う。蓋をごみ箱に捨て、ピーちゃんのところに向かう。

「ピーちゃん、どうやって聞けばいいのかな」

「イイノカナー」

「そりゃアドバイスはくれないよね」

当たり前かとうつむく。すると、たくさんのチラシの中の一つがキラリと光って見えた。

【第51回納涼花火大会】と書かれたチラシには、大きな花火の写真とともに、日付が大きく書かれていた。【8月27日(日)】、今日は金曜日なので、もう明後日だ。

「これは、いいきっかけに…なるか、いやでもさすがに連絡先も知らない人をいきなり花火に誘うってどうなんだろう」

連絡先、花火と唸りながらそのチラシとにらめっこする。


 そうこうしているうちに、彼女が暖簾の奥から現れた。相変わらず後ろで一つ結びにした髪は少し濡れていて、ほんのり赤く染まった頬は、彼女の愛くるしい顔をより一層強調していた。いいお湯でした、と番頭さんと話しつつ、いつものフルーツ牛乳を買い、こっちに歩いてくる。

「いいお湯だったね」

ニコッという形容詞がここまで似合うかと思える笑顔で話しかけてくる。

「男湯はいつもより少し熱かったんで早めに上がっちゃいました」

「熱くなくてもヒロくん上がるの早いでしょ!」

そうツッコミを入れた彼女は近くの椅子に腰かけると、先ほど買ったフルーツ牛乳を飲み始めた。僕もいつものように、隣の椅子に座り、コーヒー牛乳を飲む。

「またコーヒーじゃん、絶対フルーツがおいしいよ」

「そういう有希さんもまたフルーツじゃないですか」

「だってコーヒーの味嫌いなんだもん」

片方の頬を膨らませて反論してくる彼女の破壊力は抜群で、目を逸らさずにはいられなかった。

「そういえば有希さんは実家に帰ったりしないんですか?」

「んー、お盆には帰ったから、また帰るにしても9月になってからでいいかなーって。うち南の方だから暑いし」

「あ、そういえばそうでしたね」

その答えを聞いて少し希望が見えた。少なくとも今週末に変えることはないみたいだ。

「そういうヒロくんは?」

「今年は、家族みんなでこっちに来るらしいんで、もう帰省はしない予定です」

そうなんだー、の一言が終わると、無言の時間が流れた。連絡先、花火、と心の中では思っているものの、口に出すことができない。しかし、今言わないと後悔するぞと、自分に言い聞かせて、言葉を発する。

「あのさ」

僕が言葉を発する前に彼女の口から声が発された。

「へ、あ、は、はい」

動揺が前面に出た返事をすると、

「今週末って何してるの?」

まさに自分が聞きたかったことを聞かれ、心が読まれてるのではないかと思いながら、

「土曜はバイトですけど、日曜は特に何もないですね」

「それじゃあさ、近くの川で花火大会あるから行かない?」

「え、僕でいいんですか?」

「うん。何もない同士どうかなぁって」

まさか、彼女から誘われる事態になるとは思ってもいなかった。喜びで爆発しそうな気持を抑えながら、

「それじゃあぜひお願いします」

「やった!それじゃあ細かい時間とか決めたいから連絡先教えて!」

「あ、はい」

これこそ、棚から牡丹餅。いや、棚から牡丹餅とケーキくらいのものだ。何もしなくても幸せがやってきてしまった。そんな幸せをかみしめながら、彼女の携帯に映し出されたQRコードを読み取る。出てきたアカウントには、【有希】の文字と、ピーちゃんの画像が映っていた。


 それから少しお互いのアイコンの話をし、帰ることになった。

「時間も時間だし、ご飯でも行く?」

「え、いいんですか」

「うん。今日ご飯の準備してきてないんだよね」

それじゃあと、日曜の細かい時間を決めるということを名目にご飯に行くことになった。靴箱に行く前にピーちゃんにお別れを言いに行く。僕個人としては、お別れよりもお礼を言いに行ったがいいのかも知れない。ジンクス通り幸せなことが立て続けに3つも起こったのだ。ピーちゃんのおかげに違いない。

 そんなことを思いながら、二人で声をかけようとすると、

「レンラクサキ、ハナビ!レンラクサキ!ハナビ!」

突然、言葉を発した。

「え?」

驚いた表情でピーちゃんを見る彼女。その表情は膨れ顔に代わり、僕に冷たい視線を送ると、

「そっちから誘ってほしかったなー」

と言い放ち、さっそうと靴を取り出し、外に出ていってしまった。

「ピーちゃん、なんてことを…」

「レンラクサキ、ハナビ!」

さっき、ピーちゃんの前で唸っていたときに覚えてしまったのだろうか。まったくとんでもないタイミングで喋ってくれたものだ。足取りも重く靴を履き外に出ると、夕焼けに照らされた彼女がいた。

「もう!遅いよ!」

「え、あ、ごめん」

「今日のご飯、ヒロくんのおごりだからね」

「…了解です」

「あ、あと」

「はい?」

「次は、ヒロくんから誘ってよね」

頑張ります、と返事をした僕の頭をコツンと叩くと彼女はお店の候補を挙げ始めた。僕は、改めてピーちゃんのすごさに驚きつつ、どこでもどうぞと返事をした。


三題噺のお題に関しましては、以下のホームページを参考にさせていただきました。


http://chocol.heteml.jp/soda/switch1.html

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