2-1
「朝居のどこが良いの?」
幸ちゃんに言われた。
私が聞きたいくらいだ。
どこにでもいそうな顔立ちに少し小さめの目、高めの鼻。カッコいいと呼ぶのは少しはばかられるような顔だ。髪もとりあえずワックスを付けてますという感じでこだわりがあるわけでもなさそうだ。身長も高いとは言えないが低くはない。
一目惚れをするような特徴などないのだ。
だから、彼のどこが好きなのかと聞かれたらこう答えるしかない。
「優しそうなところに惹かれたの。」
こう答えるのは容姿が何とも言えない相手に対しての常套句かもしれない。私も最初は特に意識をせずにそう答えていた。
しかし、朝居は本当に優しいのだ。実際にそこに惹かれだしている私もいる。
自己暗示なのかもしれないが、気のせいとか勘違いで一目惚れと片づけるにはこの恋は諦めきれなさがある。こういう言い方は嫌いなのだが、運命なのかもしれない。
部室に着くと案の定、朝居はとても集中した様子で絵を眺めていた。
確かにこの絵はきれいだ。特に執着があるわけでもなく、好きでもない私ですらそう思われるほどに素敵な絵である。その反面、絵の内容に対する印象の薄さはあるかもしれないが、全体として美しければ私は良いと思う。この絵を描いた人は知らないが、おそらく美術系の勉強をしている領域の人物が描いたものなのであろう。
朝居がこの絵を好きなら私はこの絵が嫌いだ。
幼稚だと思われるかもしれないが嫉妬しているのだ。この絵ではなく、この絵を描いた人に、この絵に描かれた人物に。
そして同時に感謝もしている。私に興味が向いていないとはいえ、朝居と一緒に入れる時間を増やしてくれることに。
「ねぇ、朝居。」
声をかけながら肩をたたく。
「何?」
返って来るのはそっけない返事。
別に話したいことがあって声をかけたわけじゃない。ただ私の方にも目を向けてほしかっただけだ。
「朝居ってどんな絵を描くの?」
「急になんでそんなことを?」
特に話すことが見つからなかったからだとは言えない。
「いや、いつもその絵を見てるのはそういう水彩画を描いているから余計に気になるのかなって思って。部室で朝居が絵を描いてるところを見たことがないし。デッサンは見たことあるけどさ。」
「まあ、水彩画を描いてるのは確かだけどさ。」
「やっぱりそうなんだ。」
実は部長から聞いて知っていたなんてことは言わない。
「ここでは水彩やらないの?」
「いや、部室でも何度か水彩色鉛筆で絵は描いてる。絵の具の方はまだやってない。」
「この前置いてあったワトソン紙は朝居の忘れ物だったのね。」
「たぶん。まあ、正直、こんな綺麗な絵の前で水彩をやろうという気はどうしても薄れてしまうけどさ。」
それは私も思う。それもこの絵が嫌いな理由。
「私もこの絵を前にして水彩やる気を失いつつあるな。」
「芹沢も水彩なのか。」
「そうだよ。」
好きな人との共通点があるというのは嬉しい。それが些細な事ではなく、このような趣味のそれもジャンルまで一緒となるとなおさらだ。
「芹沢も絵を描いてるところ見たことないけど。」
「さっきも言ったじゃん。この絵の前で書く気が起きないんだって。」
最近は家でも水彩をやることはかなり減ったけど。
「これが本物かっていうと大げさかもしれないけど、美術学んでる人が書いたんだろうなって感じると自分がちっぽけに感じるよな。」
「何それ、中二病?」
「いや、現実をつきつけられただけ。」
現実を突きつけられたか。
今私に差し出された現実は好きな人が振り向いてくれないというものなんだけど。そんなこと当人には言わない。私はそういう駆け引きをするようなタイプではない。
ガチャっと扉が開く音がする。
「お疲れ様です。」
入って来たのは部長だ。
「お疲れ様です。」
なにも疲れていないのに定型文と化したこの言葉を口にする。
タイミングが悪い。せっかくちゃんとした会話ができていたというのに。
きっとこの後、朝居は部長のことばかり気にかけるんだろう。
これは嫉妬だ。
もう少し話をしていたい。どうやったらこのまま部長を綺麗に巻き込んで朝居と会話ができるのか。
「いや、二人ともまだ新歓中なのに熱心だね。朝居は相変わらず『彼女』に夢中なのか?」
「そうですね。とてもきれいですから。」
ほら、始まった。こういう白々しい会話を私の前でしないでほしい。
「千夏ちゃんもこの絵を見に来たの?」
「いえ、私は朝居に会いに来ました。」
「えっ。」
しまった。
全員が言葉を失う。
「たまには部長だけじゃなくて私もかまってほしいなって。」
自棄だ。
「千夏ちゃん。」
部長が驚いたように名前を呼ぶ。
あぁ、これ効いてるんだ。
「こうやって会いに来ては、まだ部長とも日が浅いですし、私に乗り換えることもできるよってアピールしないと。」
「いや、だから芹沢、部長とは…。」
「冗談ですよ。冗談。彼氏取られるかと思ってびっくりしました?」
まだ取り返しのつくところで終わらせる。
「いや、真剣なトーンで言うもんだから驚いたよ。」
「ごめんなさい。」
思っていたのと違う方向に行ったとはいえ、部長への攻撃になるならいいのかもしれない。意地が悪いが仕方ない。
私はこれに味を占めたのだ。
そして、この日以来、こういう芝居じみたことをしながら朝居との会話を狙っていくことにしたのだった。