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絵の中に在る  作者: 中野あお
10.街を巡る
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10-②

 この日の昼食は喫茶店で食べることとなった。

 特にどちらかが希望したわけではないが、バスを降りて少し行ったところで見つけた全国チェーンのその店が二人はゆっくりと食事ができると考えたのだ。

 朝居はホットサンドとブレンドコーヒー、芹沢はホットサンドとアイスコーヒーを注文する。


「俺が払っておくから先に席見つけておいて。」

「わかった。後で払うね。」


 さりげなくはなかったが、芹沢の分もしっかりと払う。当然、彼女から後でお金を受ける気はなかった。

 昼食には少し早い時間であるため席は問題なく確保できた。

 手を振って場所を知らせる彼女の元へ二人分の食事を持って向かう。


「良い席空いてたね。」

「まだ混んでないからね。こういう喫茶店でも喫煙ルームの入り口付近とかだと嫌だよね。朝居って煙草吸う人?」

「未成年に何聞いてんの?まあ、将来的にも吸う予定はないかな。憧れも何もない。芹沢は?」

「同じく。」


 コーヒーに手をかけようとして芹沢は何かに気が付いたように小さく声をあげる。


「どうかした?」

「いや、まだお金払ってないなと。食事後でいい?」

「いいよ。これくらい奢らせてよ。」

「いや、でも悪いよ。」

「男としての小さな見栄みたいなものだよ。それに、女の子にこれくらい奢らないと後で姉さんに嫌味言われそうだし。」


 つい普段のノリで話してしまい、朝居はミスを犯した。

 午前中で稼いだポイントをかなり削ぐほどの大きな失態を。

 彼がそれに気が付く前に芹沢の機嫌は悪化していく。


「ねぇ、朝居。それはないんじゃないかな?」

「えっと、どれ?」

「デート中に他の女の名前を出すの。それもよりによって度会先輩はないんじゃないかな。」


 絵心はあれども女心には疎い。

 それが災いした。

 指摘されてから気が付き、その時には既に遅い。

 誰から見ても怒っているとわかるような表情を彼女は取っていた。


「ごめん。」

「許さない。でも―」


 拗ねたような表情を見せながら、芹沢は言葉を続ける。


「午後、ちゃんとデートしてくれたら許すかも。」


 悪戯っぽく笑う彼女に不意を突かれた朝居の心はときめきにも似た衝撃を受ける。

 惚れるとすればこういうものがきっかけなのだろうと彼に考えさせるほどの良くできたセリフと仕草だった。

 芹沢はそんな言葉を突発的に口にできるほど小悪魔的な女性でない。彼を意識させるためにあらかじめ用意した手札の一つである。


「照れるなら言わなければいいのに。」

「女の子には照れてでも言わなきゃならない時があるの。」


 彼女は考えてきた言葉を作った表情のまま言い終えるほど演技の上手な女性ではなかった。

 間があってどちらからとなく笑う。

 何がおかしかったわけではないが、何かが面白くなってきた。

 ついこの間まで中途半端な関係性だった二人がこうして普通に話していることが不思議だった。


「この時期にホットのコーヒーは暑くない?」

「俺はアイスコーヒーを飲まないんだ。」

「なんで?」

「苦手なんだ。」

「コーヒーが?」

「いや、アイスコーヒーが。」


 彼の不思議な好みだってこうして話さなければ知ることができなかった。

 素直になったからそういう機会が訪れた。


「やっぱり変な人だね。」

「よく言われる。あまり自分ではそう思ってないんだけどさ。」


 交わされる会話は他愛のない物ばかりだった。

 今話さなくてもいいようなこと、他の人にも話したような話、お互いのこと。

 そんな話をしているうちに二人の緊張は解けていた。

 デートだからと張り切り過ぎていた彼女も、デートの意味が分からず頭を悩ませていた彼も、今の時間をただ楽しんでいた。


 食事を終えた二人は予定通り、女性向けのアパレルショップが多数入っている商業ビルへと向かう。

 ウィンドウショッピングを楽しむのは男性よりも女性の方である。

 朝居はあまり服に頓着しないため、何件も見て回るというのは慣れていないが、女性の買い物に付き合うのもデートだと思い、一緒に見て回った。

 途中で入ったアクセサリーショップで感想を求められた際には曖昧なことしか言えず、彼女がワンピースを試着した際にも「彼氏さんからも一言どうぞ。」と言われ当たり障りのない反応しかできなかった。

 デートしてるからといって恋人と断定して話されるのは驚いたが、そう思われる立ち振る舞いだったのならデートとしては良いと彼は思っていた。


 対して、芹沢は満足とは言い切れなかった。

 最初からそういう点では期待していなかったとはいえ、もう少し褒めてくれたり、ドキッとしてくれることを期待していたからだ。

 あまり彼が興味のないところばかり回っても仕方がないと思い、画材屋に行くと、さっきまでの反応が嘘のように色々と言葉を返してくれた。

 朝居の方から話を振ってくることも服を見ている時より圧倒的に増えた。

 それも彼女にとっては不満だった。

 あの絵に対してだけでなく、彼は美術そのものへの興味がかなり高いことを再認識させられる。

 そして、芹沢自身は彼の恋愛対象どころか興味の対象にまだ入ることができていないのだと感じさせられた。

 彼女は今日の目標を思い出す。


 『朝居に私を意識させる。』


 一週間近く考えた末に決めた最低ラインの目標。

 残り少なくなりつつある今日の中でそれを達成するために練った策を眠らせておくわけにはいかないと密かに決意を固めるのであった。

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