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絵の中に在る  作者: 中野あお
10.街を巡る
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10-①

「お待たせ。待った?」

「いや、俺も今来たところ。」


 朝居と芹沢の初デートはそんなベタな会話から始まった。

 ただ、それは狙って作り出された状況であることを朝居は知らない。

 待ち合わせは午前九時三十分だというのに、芹沢は八時四十五分を少し過ぎたあたりからここで待っていたのだ。少し離れたところをうろつき、朝居が来たのを確認してから少し待ち、さも「今着きました」と言わんばかりに登場した。

 それも全て最初の会話の切り出し方がわからないと困ると考えに考えた末に辿り着いた作戦だった。

 まんまと彼女の誘導に引っ掛かった彼は望まれたままの言葉を返し、無事に最初の会話を乗りきることができた。


「じゃあ、行こうか。」

「どこへ向かうの?」

「市立美術館。行ったことある?」

「いや、ないかな。興味はあったけど。」

「ちょうど今、セザンヌの特別展やってるからさ。」


 二人ともが興味のある場所として芹沢がたどり着いた答えは美術館だった。

 あの静かな空間は本来、デートに向いていないように思われる場所だが、今の二人にはそれでいいと思われた。

 会話が途切れてしまう気まずさを気にしなくていい場所であり、見終わればお互いに話したいことができるはず。

 それが芹沢の考えだった。

 二人は最初の目的地に向かって歩き出した。

 もちろん手も繋いでいなければ、それほど近づいて歩いているわけでもない。

 その何とも言えない距離感は青春だった。



 駅から歩いて二十分ほどでそこへ到着した。

 朝居が一人で歩いたのならもう少し早かったかもしれないが、度会からのアドバイスもあって歩幅を彼女に合わせて歩いた。

 対して芹沢は彼のそういった気遣いに気が付いていた。

 歩きやすいようにアドバイス通りスニーカーを履いてきた彼女だったが、体格の差による歩幅の違いはどうしようもない。そこを朝居が気にしてくれているというのはとてもポイントの高いものだった。

 そもそも好感度は十分なので芹沢に対する点数稼ぎは彼女をオーバーキルするものでしかないことなど彼は知らない。

 

 開かれた門を通り、敷地内を歩き、少し奥にある建物へとたどり着く。

 同じく市内にある博物館とは異なり、まだ券売機ではなく窓口でチケットを買うスタイルである。


「常設と特別展を大学生二人で。」

「学生証の提示をお願いいたします。」


 二人は財布から受付の女性に見せる。

 地域の大学に通う彼らは割引を受けることができる。そんな話が入学した際にもらった冊子に書いてあったと心の中で思う。


「ありがとうございます。千四百円になります。」


 二人分のお金を出そうとした朝居を芹沢は止める。


「今日は私が付き合ってもらってるんだから、ここくらいは私が全額出すよ。」

「それは男としてあれだから、普通に七百円ずつにしよう。」


 そう言って普通にお金を払い終える。

 デートは男が奢るものだという感覚を持ち合わせている朝居ではあるが、一から百まで男が持つというのは違うと教えてもらっていた。食べ物などは出したらいいが、こういった場所は相手が強く望んでいないなら出すべきではないと渡会は言った。


 館内を巡っている間、会話は多くなかったが気まずさもなかった。

 絵を描くもの同士、鑑賞への興味も持ち合わせているためお互いに話したいことを話しながら、それでいて素晴らしい芸術作品のために作られた空気を壊し過ぎないように話し過ぎずない。

 まさに芹沢の思い描いた通りのデート。

 素晴らしい絵画を前に横目で彼の様子を伺い、時折目が合いお互いに照れる。

 彼女は一時間以上見て回った絵の内容を覚えていない。意識の半分を朝居の方に向けていたからだ。


 行きに思ったよりも歩いて疲れたので、帰りはバスで駅前まで戻る。

 幸いにもバスは空いていて二人掛けの席に座ることができたが、その距離感に二人の心臓は何時もより早く血液を送り出し、意識すればするほど早まる。

 大学生にもなってこれくらいで緊張していては今後やっていけないと両者ともに思うも、身体は従ってくれなかった。


「ねぇ、朝居。」


 黙っていても意味がないので言葉を切り出す。


「あのね。この後まだ時間ある?」

「問題ないよ。どこか行きたいところとかある?」

「せっかくここら辺に来たんだから買い物とかしたいし付き合ってくれないかな。服とか見たいんだけど、いいかな?」


 買い物など一人でもできる。

 ただ芹沢は彼とまだ一緒に居たかった。

 行き当たりばったりで口に出した言葉ではなく、これも彼女のプランのうちであった。

 服や小物などを一緒に見て回る中で朝居の好みを把握しようという思惑もあり、あわよくば店員さんに「彼氏さんですか?」など聞かれ、彼に私を意識させるきっかけとなればいいと思ったのだ。


「いいよ。でも、その前にお昼ご飯食べない?芹沢がまだお腹空いてないっていうなら後でもいいけど。」

「えっ。あっそうだね。もうこんな時間だね。通りでお腹が空いてきたはずだ。」


 彼女は朝居からの提案に焦った。

 ここ数日間考え続けたはずのデートプランの中に食事が含まれていないことに気が付いたからだ。

 行きたいパンケーキ屋や途中で寄りたいクレープ屋などは調べてあるものの、食事になるような場所は考えていなかった。考え始めた当初のプランには食事の時間もあったはずなのに、いつの間にか消してしまっていたようだ。


「何か食べたいものとかある?逆にこれは最近食べたから嫌とか。」


 その点に、朝居は助言に従い、食事や休憩場所に重点を置いて調べていた。もちろん、休憩場所は喫茶店でありホテルは念頭に置いていない。下心を持ちすぎると見抜かれると姉なる者が笑ったからだ。

 最終的には昼食を取れるような店が集まっている通りで店を見ながら考えるつもりであるが、入って失敗する確率を下げるために質問。


「イタリアン以外かな。昨日、パスタ食べたから。」


 答えながら芹沢は顔がさらに熱くなるのを感じる。

 彼女から誘ったデートに彼が幾分か準備をして臨んでくれて、私に気を回してくれていることが嬉しく、この人のこういうところが好きなのだと余計に意識してしまったからだ。

 気持ちは昂れども、今の彼女には手前に座る彼の方へ少し寄ることが精一杯だった。

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