9-③
デート。男女で待ち合わせをして出かけること。
その定義は広義的であり、どこからをデートと呼ぶかは人によるだろう。
実際、芹沢はデートと口にしたは良いものの、その言葉を使ったことを悔いていた。
「あかん。どう考えても誘った段階で好意がモロバレや。」
前日の夜になってそのことに気付き、普段使わない関西弁へと彼女を導く程度に混乱は激しかった。
「一緒に出掛けよう」と誘うのと「デートしよう」と誘うのでは内容的には同じであっても現れている者が異なる。
同回生と仲良くしたいから遊びに誘った程度の雰囲気を装って緊張をほぐすと同時に、朝居に好意を隠しながらこちらを意識してもらおうなどと考えていた彼女にとって、その気付きは計画への致命傷だった。
だからと言って今更内容を変えたところで今よりもいいプランを生み出せるわけもなく、自らの振る舞い方を見直すほかなかった。
ラブコメディーであれば頭を柱にぶつけるような悶え。羞恥心から来るそれに押しつぶされそうな少女。
「さっきからうるさい。何を騒いでるの。」
ノックもせずに扉を開けた芹沢晶菜が目にしたのはベッドで悶える妹であった。
姉と目が合い固まる。
「なんでいるの?」
「明日、こっちの友達と遊ぶから帰って来た。それでどうしたの?何か失敗した?サークル?千夏にもようやく春が来たの?」
就職して家を出たはずの人物がいることには驚いたが、そう遠くに住んでいないのでちょくちょく帰って来ることを失念していた彼女が悪かった。
「最後のって言ったら笑う?」
「笑ってあげる。おめでとう。どこまで行ったの?」
「まだ付き合ってないけど、明日デートなの。」
「千夏にしては頑張ってるじゃん。」
椅子に座った姉は、妹の成長を喜ぶように笑顔を見せる。
薄い掛け布団にくるまりながらそれにはにかんで答える。
「千夏よりは恋愛経験のある私に何か聞いておくことある?」
確かに姉は今までに何人か彼氏がいたと思い浮かべると同時に、中学生の頃、隣の部屋から聞こえてきた姉の嬌声を思い出す。私が塾に行っていると思っていた姉はあの後珍しく取り乱していた。
懐かしく恥ずかしい思い出とともに、何故最初に彼女に相談しなかったのかと思った。
「どういう意気込みで行けばいいかな?」
「気軽でいいと思うよ。意気込んで空回りしても仕方ないし。付き合ってないなら尚更。本当に付き合いたいなら、一歩目は相手に意識させることから始めたら?」
「好きになってもらうってこと?」
「そこまで行けばいいけど、世の中そう上手くは進まないからさ。またデートしたい、一緒に出掛けて楽しかったと思わせられたら勝ち。そんなのはどう?」
藤川幸も言っていた。目標を設定してはどうかと。
友人にもらったアドバイスを今の今まで忘れていたのは芹沢が追い詰められていたからだ。勝手に悩んでいただけだが。
姉の提案は今まさに彼女が必要としていたものだった。
「ありがとうお姉ちゃん。珍しく役に立った。」
「珍しくは余計。」
そう言った晶菜に食らったデコピンはかなり痛かった。
『これどう思う?』
『デートなんだから楽しんできたらいいじゃん。』
『いや、だからなんで急にデートとか言い出したんだろうかと。』
『そんなの直接千夏ちゃんに聞いてよ。私は彼女じゃないんだから。まあ、女の子から誘うくらいなんだから富貴のこと好きなんじゃないの?』
同日、朝居も姉に相談を持ち掛けていた。
彼は一人っ子なので正確には姉ではなく従姉である度会燈子に相談をしていた。
珍しく朝居からかかって来た電話に何事かと思って出た度会だったが、その予想外の相談内容に笑いをこらえきれず、最初の五分くらいがずっと笑っていた。
彼女は事前に戸田から話を聞いてデートのことは知っていたのだが、まさか朝居から相談されるなどとは思っていなかった。
『そんなテキトーに言われても困るんだけど。』
『世話の焼ける弟だね。私から言えるアドバイスは一つ。ちゃんと男見せて奢ってあげなよ。そしたら、彼女もメロメロさ。』
今ほど電話の相手が初恋であることを後悔したことはない。
恋を知った相手に恥を忍んでこの話をしたというのに、返って来るのは本気なのか冗談なのかわからないものばかり。
他人事だからいじり倒してやろうというのが伝わってくる。こんな面白いネタはないとでも言いたそうだ。
『もういい。姉さんに頼ろうとした俺が馬鹿だった。』
『ちょっと待てよ。真面目に答えるからさ。』
やはり今までのは半分以上冗談だったのだと溜息をつく。
デートが初めてというわけではないが、そもそも出会ってそう時間も経っていない相手と何を話せばいいのかすらわからなかった。
『まずはね。さっきの話だと完全に千夏ちゃんが主導だからデートプランは考えてきてくれるんだろうけど、富貴も少しは下調べしておいた方が良いよ。特に食事とか休憩とかできるところで良いところをいくつか。』
『思ったよりまともなアドバイスが来た。』
『失礼な。まあ、他にもいくつか言うから良く聞きなさいよ。伊達に大学生やってないってわからせてあげるから。』
『お手柔らかにお願いします。』
いつも自分も導いてくれる姉に朝居は感謝した。
こうやって悩みを聞いてくれることがありがたかった。
芹沢も同様に悩んでいることを彼は知らない。
傍から見れば「青春」と評するしかない彼らの悩みも当人にとっては大きな問題で、一人で解決するには経験が足りなかった。
だから度会はそれを助けることにしたのだ。
初恋の相手が良い人と結ばれるように。




