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絵の中に在る  作者: 中野あお
5.知る人
20/38

5-4

 四回生の先輩の質問にはドキッとさえられたものの、俺に与えられた時間は特に難なく過ぎた。他の新入生も一人二問ずつくらい追加で質問をされていたが、自分の番が終わってしまうと気が抜けてしまい細かくは聞いていなかった。当面は顔と名前が一致することを目標にしようと思ったくらいだ。

 一人当たりの時間が長いと思っていたがそれは新入生だけで、先輩方の紹介は簡単なもので終わったので一巡してかかった時間は三十分ほどだった。四回生なんかは本当に巻でやっていったのでその時間の半分以上は新入生が使ったことになる。この場においての主役が新入生なのだからそうなって当然なのかもしれない。

 その後は予定通り五月部会となった。

 部会がどういうものなのかは知らなかったが、基本的には今月の予定を部員に再度連絡したり、報告事項を離したり、決めるべきものを決めるものを話し合う場だった。

 今月は特に決定を急ぐような話はなかったため、新入生向けに一年間の流れを説明することが中心だった。部だけで行う展示会や学園祭でやること、希望者のみではあるが外部の展示会やコンテストへの参加も可能だという話だった。絵がそこまで得意というわけではない俺には関係のない話ではあるが、そういう場に参加するような部員がいるというだけでも面白い。

 時刻は七時を過ぎて少しが経ったこところ。大学生にとってはまだ遅いというような時間ではないかもしれないが、日が落ちて暗くなっている。


「そろそろ良い時間だね。」


 ひとしきり部についての説明を終えた部長がそう切り出す。


「新入生の皆さんも部について粗方わかったと思いますので、ここらで親睦を深めるために場を変えたいと思います。」


 顔合わせと言ってもただ単にこうやって自己紹介をするだけでは新入生との仲は深まらない。お互いにまだまだ遠慮があるからだ。先週、顔合わせについて尋ねた時に部長にそう言われたことを思い出す。最後に『この段階から遠慮がなくてグイグイとくる後輩というのも嫌だけど。』と付け加えたのは俺への意味屋なのだろうか。

 話をしながらも時間を気にしている様子だったのはこのあとのためだろう。俺みたいに事前に入部届を出している人には告知がなされているのだが、食事会がありその店に移動するのだ。

 そのことを改めて先輩が説明をする。家族に連絡しないといけない人もいるだろうからと参加する人は荷物をもって部室前に集まることになった。

 今年は全員がそのまま移動することになった。といっても例年、参加しない人はいないらしい。まあ、どこのサークルもこのような流れだと新歓の段階で聞かされているおので準備してきている人が多い。



「よし、全員揃ったね。」


 わざとらしく部室から最後に出てきた部長はそんなことを言う。

 すっかり日が落ちて暗くなっているというのにこの建物の廊下は点いている蛍光灯が少ない。パッと見た感じ二つに一つは消えているように思える。国公立ならではの間違えた形の節電だろうか。


「そういえば今日って何時に行くって伝えてたっけ?」

「一応、十七時三十分頃ってお店には言ってあるけど。」

「なら、早めに行った方が良いね。」


 先輩方がそんな話をしながら動き出す中、新入生はとりあえず手近な人と話している。これだけの人数の移動だと歩く速度は速くないのでゆったりと話ができてしまう。手探りで話しているため盛り上がっているとは言い難いがそれでも黙っているよりはいいだろう。


「―それで、その話聞いて取らなかったわけ。」

「そういう情報どこでゲットしたらいいのかわからないからな。」

「私は純花先輩から聞いたってものが多いけど。」

「横から話に入って悪いんだけど、朝居君と芹沢さんって元々知り合いだったの?」


 新入生が女性しかいない中、まだ慣れている芹沢と話していると隣にいた杉本さんが疑問を口に出した。

 確かに入部早々仲の良さそうに話す男女というのは美術系では珍しいかもしれない。だからそのような推測をしたのだろう。


「ううん。四月に知り合ったばかりだよ。領域も専攻も一緒で見学でも何回か会ってたからお互い知ってるだけで。」

「そうなんだ。なんかものすごく仲良さそうに見えるからてっきり付き合っているのかと思ってたよ。でも、そんなに仲良くなれるってことはいいんじゃないかな。今後、よくやっていけるんじゃないかなってそう思ったよ。」

「ありがとう。なんかそこまで言ってもらえると…嬉しいな。」


 言い淀んだ言葉は小声で発せられ、それが返って彼女の本心であることを強調しているようだった。その言葉が俺にも向けられているものだと鈍感な俺でも気づく程に意思は強かった。

『私はこのサークルの人たち皆と仲良くなりたいんだ。絵が上手いとか下手だとか、先輩とか後輩とか、男とか女とか関係なくさ。だから、まずは朝居と仲良くなれたらって考えてるから宜しく。』

 思い出されるのは初めて芹沢と出会った日、彼女が入部すると決まったその日に俺に言った言葉。きっとそれが彼女の行動指針であり目標なのだろう。その第一歩として俺と仲良くなること。それを達成できたと他人が認めたこと。それが嬉しいのだろう。


「新入生男子一人だけだけどさ。朝居君も遠慮せずに話に混ざってきてくれていいから。仲良くやって行こうよ。」


 照れたように話す芹沢の方を見ながらも杉本さんが俺に声をかける。


「そう言ってもらえるとありがたいです。正直、男一人ってのは不安でしたから。」

「とりあえず、一回生仲良くしていきましょう。」


 言葉だけでは薄っぺらく聞こえてしまうような話ではあるものの杉本さんも芹沢も大真面目なのだ。本心からそうありたいと願っているし、俺もこのサークルで仲良くやっていきたいと思っている。

 他の新入生についてはまだわからないがそれでも、半数がそう思っているならその方向で良いのではないだろうか。仲良くしたくないような人もいないわけなのだから。

 そんなことを考えながら笑っていると先輩たちが振り返ったような気がした。


「早速仲が良いみたいで安心だね。」


 誰かが言った。

 同じサークルを選んでいる段階である程度似たところを持った者同士なのだ。だから打ち解けやすいし話しやすい。

 きっと今からの食事の席でもそうだ。緊張せずに行けば問題ないのだ。

 そう考えた一時間後に人生初めてのお酒で失敗する面々を見ることになり何とも言えない不安感を覚えることになるとはこの時、全く想像もしていなかった。

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